2011年1月

ボツワナ共和国国民議会議長来校 [2011年01月31日(月)]


 23日(日)は本学のA 日程試験。入試の中でも一番のメインだが、センター入試に比べて科目数が少ないので午後早く終わる。試験中待機されている保護者の方々にご挨拶に行く。合格者にはぜひ昭和女子大学を選んでほしいとドリカム7や就業力支援の話をするが、宣伝臭なく長所を伝えるのは難しい。

 26日(水)には入試委員会で各学科の合格者を決める。
 夕方昨日につづき叔母の病院を見舞ってから副知事時代からの知人の家族と新宿で食事。小学生、中学生、高校生だった子どもたちが大学生と2人の国際派社会人に立派に成人しているので感動。ブリスベンでの2年間は彼らに苦労以上の実りをもたらしたとうれしい。

 24日(月)の夜、テレビ朝日『Qさま!!』放映。いろいろな方から見たとコメントが入る。失敗した解答は遊びと思っていても恥ずかしい。


 25日(火)ボツワナ共和国の国民議会議長が見える。寒い日だったがお元気で光葉庵で歓迎スピーチ。私と同年代で北京会議にも出席されていたそうだからどこかですれ違っていたかもしれない。「自分たちが築き上げた女性の権利を若い世代は、当然に思って感謝しない」との嘆きに共感。お付きは全員男性。昭和ナースリーの子どもたちが国旗を振り、歌で歓迎したのでとても喜んでくださる。子どもたちは全く物怖じしない。

 役職内定者それぞれに来ていただいてお願いする。一人ひとり個人的には老親を抱えていたり(こういう方がとても多い)、子どもが受験期だったり、体調が思わしくなかったり事情を持っておられる。誰でも万全の状態の人はいないのだから、それは所与の条件としてがんばっていただきたいが、同時に役職に就いた人だけに仕事や責任を押し付けるのでなく支え合っていかなければと思う。


 28日(金)は女性文化研究所の研究会で木村修一先生、島田淳子先生に話していただく。お二人が3月で退かれるので花束贈呈。それから有馬真喜子さんの叙勲の祝賀会に駆け付ける。私は1975年以来のお付き合いでいろいろお世話になっているので発起人と司会。津田塾の関係者、外務省の関係者、内閣府の関係者、横浜市の方、ユニフェムの方などたくさんの方がお祝いに来てくださり盛会だった。

入試シーズン始まる [2011年01月21日(金)]


 今年は寒の内という言葉がふさわしい寒い日が続くが、その中で15,16日はセンター試験。英語リスニングのテストも1回で終わり、ほっとする。
オーストラリアのブリスベンでは大洪水とのニュース。友人たちに電話して無事を確認。しかし中心部の機能はストップして大変らしい。つい3年前は大干ばつだったのに、気候の変化の幅が大きく荒っぽくなっている。たくさんボランテイアも駆けつけているらしいのに私は何もしなくていいのかと自省。
 17日(月)はゲゲゲの女房の武良布枝さんと対談。無名時代から成功しても変わらぬ足が地に着いた生き方に共感。まさに「終わりよければすべてよし」だが、家族のきずなの強さに感心する。ちょうど[ユダヤ賢母の教え]という本の前書きに書いたとおり、母親の果たす役割は大きい。
18日(火)は、授業の後、公共政策調査会の懸賞論文授賞式に出席。最優秀賞は文化女子大学の准教授。昭和女子大学の教員や学生ももっとこうした外部の懸賞に応募すればよいと思う。ここでも薬物や非行に走る子どもは家庭に問題があると警察関係の方の意見に同感するが押し付けは反発されるし、子育てならぬ親育てはどうすればよいのだろう。
 来年度の役職者の人事、いろんな方に教育や学校運営の責任を分担していただきたいが、なかなか適材適所は難しい。
18日日本文芸社から発行する本に使う写真を撮影。しっかりメイクして別人のようだが、とてもよく撮れている。その顔のまま夕食。樋口一葉も住んだ龍泉寺町で趣のあるしもた屋で普茶料理をいただく。健康志向の手間暇のかかった料理にくつろぐ。

昭和ボストンの成人式 [2011年01月11日(火)]


あけまして おめでとう ございます。

 お正月早々、昭和ボストンの成人式に出席するためにボストンに来た。今まではお祝いのメッセージを送るだけだったが、今年は昭和ボストンが日米交流に貢献したと外務大臣表彰を受けたのではじめて出席する。
 6日の夜は上月総領事が私達を招いて着席ディナーをしてくださる。総領事はハーバードにも留学されているので、こちらの生活を楽しみにされていたはずだが、着任3ヶ月で帰任発令が出ていて、ボストンの人はみな残念がっている。夕食には異例なことだが、総領事館で働いている昭和女子大学の短大出身の秋元さんも招いていただく。行きの機中でもANAのキャビンアテンダントの方が「昭和出身です」と名のってくださる。卒業生がいろいろな場で頑張っているのは心強い。
 7日10時(昭和ボストン内の)レインボーホールで成人式。プロボスト昭和ボストン学長、私、理事長、学生代表、総領事のスピーチ。日本語のスピーチは慣れているが、英語なので二時間ほど時間をかけて準備した。Responsibility,Powers,Dreamsを持つよう話したが、学生たちにちゃんと伝わっただろうか。スタッフや教員の方や、日米協会会長リーグリー氏が感動だったとほめてくださったのでほっとする。総領事も用意された原稿があったはずだが、ご自身の言葉でスピーチしてくださったのでとてもよかった。
 夜はオムニパーカーハウスホテルでパーティ。アメリカは21歳までお酒は飲めないので、アルコールは抜きだが、学生たちは盛り上がっていた。みんなメイクやドレスでおしゃれをして見違えるよう。11時すぎまで踊っていたらしい。日本から訪れたご家族も約30人、たくさん写真を撮る。
 私はこのホテルははじめてだったが、ケネディがジャクリーンにプロポーズしたテーブルが1Fのレストランにあるとプロボスト先生に教えてもらう。
 次の日は、BLIP09の学生とミーティング。とても前向きのいい子たちが多く嬉しい。①インターンシップやボランティアとして英語を使う機会をつくる ②英語で行われる授業をとる ③秋桜祭のスピーチコンテストに参加するよう帰国後の過ごし方を話す。この中からも、BLIP06の戸部さんのようにアメリカの大学院に進学する学生が出て欲しい。

 ボストンは友人が多い町だが、今回は滞在日数が短いのでルーシーとメアリーにだけ会う。ルーシーはいつも魅力的。家を改装し、インドプロジェクトを手がけ意気盛ん。メアリーは99歳。すっかり小さくなって「なんでこんなに長生きしてしまったんだろう」と弱音をはくので「次の世代に、いい人生のお手本を示すよう神様が命を与えてくださっているのよ」と励ます。

BLIP:本学、英語コミュニケーション学科の学生は、1セメスター以上の昭和ボストンへの留学が必修となっている。1~3セメスタのプログラムがあり、BLIPは3セメスターのプログラム。