2013年8月

8月25日の学長ブログ [2013年08月25日(日)]

 8月17日(土)は私の誕生日。昔青雲の志、さだたり白髪の歳、もう祝ってくださる人も少なくなった。
 米子で鳥取県教育委員会主催の県民大学で講演。同窓会の方が花束を差し入れてくださり、講演終了後サイン会にも来てくださる。終了後お目にかかる予定にして、友人の迎えを遅らせてもらっていたのに、連絡が悪く遠慮なさる。しばらくして友人が迎えに来てくれて大山神社に参詣。神仏混交のなかなか素敵な神域。市営の温泉に入ったあと自宅でご夫妻と夕食。大学時代に戻ったみたい。
 次の朝、米子空港から帰京。その後、次女が子供を連れてきて少しベビーシッター。夕食は長女がセットしてくれたレストランで、みんなで食事。俯仰天地に愧じず、子供たち家族がみんな元気で、仕事があることに感謝すべし。
 19日(月)は久しぶりで大学へ。いろいろなメールや書類の整理。
 20日(火)は午前中植松さんとボストンの関係について話す。その後、入試についてアドミッション部長。午後は明日からカーペットの張替えというので川崎さんに手伝ってもらい持ち物整理。私は整理が苦手でついつい先送りするが1か月に1回はこうした整理をするとよいと痛感。同友会の方などと大手町で夕食。
 21日(水)はカーペットの張替えで休んでよいということだったのだが出勤。女性文化研究所でメール処理や、図書館で論文用の文献調べなど。i-Phoneの送信機能がおかしかったのを時田さんに直してもらう。夕食は青山で。亀山さんなどとロシア情勢、プーチンなどについて話す。
 22日(木)は箱根湯本で信用金庫組合のトップセミナーで講演。全員男性。片岡常務理事が30年前に私が機関誌に書いた記事のコピーを下さる。我ながら若い写真。箱根も暑い。
 23日(金)は朝7時の飛行機で熊本へ。県庁の車で熊本駅、A列車(JR九州の特別列車)、シークルーズと乗り継いで天草へ。熊本未来会議リレー講演で天草の観光について講演と知事を囲んでの鼎談。観光や地域おこしは私の専門分野ではないだけに自由にいろんなことがいえる。夕方は、アレグリアという素敵な宿へ。海を見晴らす素晴らしい部屋。ちょうど虹が海の中から弧を描く。知事と夕食。2次会には天草市長夫妻、ホテルオーナーの錦戸夫妻も加わり楽しいおしゃべり。
 24日(土)は朝から車で天草の名所めぐり。天草灘は風光明媚。「5足の靴」の大江天主堂、崎津天主堂、天草コレジョ館、牛深など訪れる。観光ボランティアの方が故郷を愛しておられるのがよくわかる。与謝野鉄幹は、後年、晶子と再訪しているように魅力的な地域。南蛮船だけでなく、難破した遣唐使船など海は多くのものをもたらしたのだ。県庁の内田さんもアートポリスなどいろいろ思いを聞かせてくださる。天草エアラインで福岡へ。そのあと予定を変更して昔からの知人が市長選挙に出るというので佐賀へ。断続的に強い雨のなか400人ほど来てくださる。
 25日(日)は羽田から大学のオープンキャンパスへ。曇り時々雨の中、多数の来場者でにぎわっていた。夕食は鈴木雄二さんの古稀のお祝い。

サハ共和国訪問記 [2013年08月19日(月)]

 8月11日(日)から16日(金)まで初めてロシアのサハ共和国に、昨年、能を公演された桜間さんの夫人と涌永さんと訪問した。
 それまで知らない国だったが、昨年10月昭和女子大学を副首相のガビシェワさんが訪問され熱心にご招待されたので行ったが予想以上に魅力的な国だった。
 11日(日)の朝アエロフロートでハバロフスクへ。満席でひどい機内食だった。乗継のためホテルに滞在するが、空港へ出迎えてくれた代表部の方はとてもまじめで親切なのだが、日本語も英語も通じず、私たちはロシア語を読めず、話せず、夕食のオーダーさえままならず「言語」の大切さを痛感。夜10時過ぎまで明るく、ホテルのそばを少し散歩する。高級スーパーの品ぞろえは豊富。午前1時にホテルを出て3時30分の飛行機に乗り、5時にヤクーツクに着く。日本語が通じる対外関係省のキムさんと通訳のジーナさんが迎えに来てくれてほっとする。郊外の森の中のゲストハウスへ。モスクワからの農業大臣ご夫妻と私たちだけが宿泊。

 11時にゲストハウスを出てヤクーツクの中心街のレーニン広場に面した大統領府で副首相に面会。国営テレビや新聞の取材。お昼は副首相の招宴。馬乳酒、コケモモのジュース、肉入りのサラダ、スープ、牛肉ステーキとかなりのボリューム。そのあと、ダイアモンド博物館を見学し、真新しい国立医療センターへ。医療費は無料で最新の医療を施すそうだ。そのあと女性国会議員の幹部と会見。夕食は日本サハ友好協会会長の中央銀行頭取、副頭取と夕食。日本に1993年から2000年まで駐在され、日本語がとてもお上手。キムさんが口琴を演奏してくれる。草原の風のような音律。世界中に演奏者がいるそうである。9時40分ごろ帰る。

 13日(火)は1日レナ川をクルーズして世界自然遺産に指定されている石柱群を見に行く。100トンほどの豪華な船で立派な食堂、個室もある。5時間ほど川をさかのぼり、上陸したところでシャーマンが火を焚いて無事を祈ってくれる。そのあと1時間余り歩いて頂上へ。すばらしい眺望。かつては海の底だったそうで三葉虫の化石なども出るらしい。船のディナーでトナカイのステーキが出る。いろいろおしゃべりしていると副首相は1981年、28歳の時ソ連代表として『青年の船』に参加されたそうである。私は1973年の『青年の船』に管理部として乗り込んでいるので奇遇に驚く。夜10時ごろに帰る。
 14日(水)は日本風の朝食。まず高等音楽院を訪問。7歳から17歳までの才能ある青少年を集めて英才教育をしているそうである。少年たちは親元を離れてかわいい家に7~8人が住み、音楽と学業に励む。モスクワから著名な音楽家が指導に訪れるそうだ。卒業生の素晴らしいピアノ演奏とクラリネット演奏。それから昨年完成したばかりの市内の保育所へ。すばらしい施設だが1日5食を提供し、親の負担は1日105ルーブル(約300円)だそうである。

 ヤクーツク市長を表敬訪問し、そのあと副市長と昼食。午後は文化大臣と懇談。ユニークな芸術家肌の大臣。勝木さんという日本人の教授も同席。記録DVD 用のインタビュー。それから北方文化研究所へ。民族衣装の若い研究生たちが歌と口琴で歓迎してくれる。
次はギムナジウムへ。サハの民族文化を伝える教育をしているそうで子供たちも民族衣装や音楽で歓迎。そのあと車で1時間ほどの郊外の聖地で伝統的な歓迎の式典。各界の女性リーダーが34人参加。伝統の手作業などを伝える人が多い。その中の主だった人たちと夕食。祭りのときは10万人以上集まるそうである。10時半ごろ帰る。
 15日(木)は朝10時に教育研究所へ行き日本の女性リーダーの育成について講演。日本語からロシア語、サハ語と2重通訳と聞いていたのだがジーナさんが一人で通訳してくれる。30分余り質疑応答。教育費は無料だが教員の待遇は低く問題らしい。お昼は北方連邦大学の学長と農業大学の学長。そのあと大学のイノベーション研究所とマンモス研究所、医療センターを見学。若い研究者が意欲的に説明してくれる。

お土産を買った後、ツンドラ博物館へ。永久凍土の中に作られた氷の殿堂で厳重な防寒着を2重に着込んでも寒い。そのあと対外関係省主催のお別れ夕食会で副首相も来てくださる。10時半ごろに帰り、パッキング。いろいろな資料や本や記念品をいただいたのだが、スーツケースに収まりきらない。12時過ぎにゲストハウスを出て空港へ。2時10分発、6時25分ウラジオストック着。イリアさんという人が迎えに来てくれホテルに。午後、市内を見物。シベリア鉄道の起点。革命までは自由港だったということで美しい町並みが残っているが、橋の建設で市長が賄賂をとって逃亡しているとか。アルメニア・レストランで夕食をとり空港へ。出発間際に飛行機のトラブルが発見され2時間近く遅れるが21時半無事に成田に到着。
 最初はどうなるかと心配したが皆さん親切で手厚く歓迎してくださり、テレビや新聞も好意的に報道してくださった。日本の8倍の国土に100万人に満たない人口。ダイヤ、金、銀、石油と資源は豊富。親日的なこの国のことをあまりにも知らなかった自分を恥じるとともにできるだけの協力をしなければと思った旅だった。連日天候に恵まれ最高気温は20度前半、夜は12~13度と、酷暑の日本と別世界。

SWU Summer Program終了 [2013年08月09日(金)]

 今週からは大学は夏休みモード。しかし5日(月)は福島の市民発電の会と天野先生の刺繍の展示、日本女子大学の元学長の後藤先生に久しぶりでお目にかかる。そのあとデジタル広報について話し合い。ネット選挙がそうであったように可能性は大きいがまだ効果を発揮するには至っていないからホームページの効率化など既存のメデイアを洗練していくことになる。夕方、いろはのお迎えをしてから、大学時代の仲良し同級生と夕食。みんな第2の繁忙期というか、孫の世話や親の世話で忙しくしている。
 6日(火)は沖縄へ。同窓会の方には声をかけなかったのだが、支部長はじめ20人以上の方に来ていただく。歌人の比嘉さんや、画家の志田さん、農村女性なども来てくださる。沖縄の方の人情の厚さに改めて感動する。15分ほど沖縄の海を見るだけで帰ったが、ちゃんと1泊してゆっくりお話しするようにすればよかったのに、ご迷惑かけてはいけないと遠慮したのを後悔する。
 7日は午前中大学に行き、午後から滋賀県県民塾の講演で彦根へ。行く途中自転車で転んでかなり大きな擦り傷。出血多量で少し悲惨。一瞬のことで自分の油断を反省するとともに、大きな怪我でないのに感謝。彦根は初めてだったが、米原から車で20分足らず。会場は県立大学。学長とも話。いろいろ参考になる。塾長の田原総一郎さんは体調が悪く欠席で、坂本さんという方が代理。P&Gの遠藤さんのメークアップで別人のようにきれいにして登壇。小山さんご夫婦がわざわざ来てくださる。立山町出身の方も来てくださる。終了後、遠藤さん、筒井さんと食事。趣のある街。
 ホテルが彦根城の前だったので朝散歩。井伊直弼の銅像や碑もある。3人で竹生島詣で。琵琶湖を渡り水と美と富貴の弁財天に。謡曲や伝説でおなじみだったので縁あって参詣できてうれしい。


 9日(金)はサマープログラムの修了式。参加学生のプレゼンテーションを聞き、修了証を渡す。初めてでどうなることか心配だったがみんなよくやってくれた。日本人の学生の参加が少なかったのが残念だが、参加した学生たちが楽しかった、よかったと言ってくれたのはうれしい。

 来週は大学全体が一斉休暇になるので、サハ共和国へ行く。

特別シンポジウム開催・ゴードン教授 コシノヒロコ氏来訪 [2013年08月04日(日)]

 前期も最終週に入り、蒸し暑い天気が続く中、夏休み前の仕事にめどをつけるべく忙しく過ごす。
 7月29日(月)は13時から昭和信金と協定の調印式。信用金庫はマイクロクレジットの原型ともいうべき小口金融なので女性との相性はいいし、いろいろな可能性がある。そのあと来年度の人事について打ち合わせ。夕食は高校の先輩諸氏と築地で。


 30日(火)1時間目は期末試験。1時間しないうちに答案を出す学生が多いので簡単過ぎたかと思ったら、論述で全く書けない子も。2限目はサマープログラムで留学生に日本の女性の現状について話す。留学生は質問や議論が活発で家庭での役割分担も様々で面白い。日本人学生の参加が少ないのが本当に残念。もう試験も終わっているというのに意欲が不足。午後は雑誌の取材。ナースリーのお迎えをしてから、原宿で旧総理府の仲間と山崎大使と夕食。
 31日(水)日経新聞の全面広告。1時間目は実践倫理。1年生も、もう1学期が終わるのだ。夏休み期間を事件事故に巻き込まれないようにというより、有意義にいろいろチャレンジするように薦める。その後、学長室打ち合わせ。夏休み前なので案件が多い。お昼休みは英語コミュニケーション学科のボストン出発式。ここでも無事と安全を祈るより、しっかり勉強するように言ってしまう。15時アドミッション部長。災害地の受験料免除ほか。15時30分から総合こども園の委員会。新園舎の設計もかなり固まってきた。そのあと現代ビジネス研究所の所員会議。研究員と所員の共同プロジェクトがもっと必要。ナースリーでお迎えをしてから新宿で埼玉県庁時代の人たちと会食。みんな律義で真面目。
 8月1日(木)はアサヒビール取締役会。案件が多く、大学到着が13時を過ぎる。14時から総合教育センターの在り方について話し合う。リベラルアーツが大事だといわれるが、日文や歴文の授業をもっと他学科生がとるようにすればよい。科目もネーミングにより、履修者の数が大きく変わる。話し合いが長引き、大学院委員会は副学長に任せる。次女たちが夕食に来る。
 2日(金)は午前中試験の採点。14時大学のクラブの先輩の榊原さん。年を重ねてもいろんなチャレンジをされていて尊敬。15時現代ビジネス研究所の研究員のインタビュー。先行研究も調べてほしい。16時広中さんと小池さん。18時半から青山で伊藤忠の方々と会食。とても楽しく話が弾む。知(地)の拠点に選ばれなかったという知らせで気落ち。はじめから世田谷は難しいとは思っていたがやはり悔しい。


 3日(土)は特別シンポジウム「ミシンが変えた女性の暮らし」。ゴードン教授の基調講演もとても面白かったが、パネルディスカッションも吉見東大教授、コシノヒロコさんも魅力的。私たちの世代までは、母がミシンで作った手製の服を着ていたし、戦後、昭和女子大学が大学になった際も国文科、英文科、被服科であった。主婦が280分も裁縫をしていた時代。東大は副学長が10人もいるそうだ。