7人の妖精 [2017年05月26日(金)]

 昭和学園のキャンパスで学ぶ、子ども園、初等部、中高部の園児・児童・生徒の中には、時々居場所を変えて、植え込みに隠れていたり、木の蔭から顔をのぞかせている7人の妖精(の人形)を見つけるのを楽しみにしている人もいます。

(式典の際に全員集合した7人の妖精(の人形))
kobito

 実は、皆さんが知っている妖精は、ディズニー映画の『白雪姫と7人のこびと』のお話に出てくる、7人、Doc(ドック:先生)、Grumpy(グランピー:おこりんぼ)、Sneezy(スニージー:くしゃみ)、Sleepy(スリーピー:ねぼすけ)、Bashful(バッシュフル:てれすけ)、Happy(ハッピー:ごきげん)、Dopey(ドーピー:おとぼけ)ではないでしょうか。この7人は、ディズニーがアニメ映画製作のために創作した妖精たちなのです。

 古くから、ヨーロッパでは童話や民間伝承の中に、妖精が良く出てきます。ドイツのグリム童話にある『白雪姫』に出てくるsieben Zwergeは英語ではdwarf (ドワーフ)と言います。そして、民間伝承に出てくるドワーフは、gnome(ノーム)と呼ばれる土の妖精と関係が深いと言われています。ノームは、古代ギリシャでは、土の妖精でした。世界は火、水、空気、土の4大元素からできていて、それぞれに妖精が住んでいると考えられていたからだそうです。

 ヨーロッパでは、土の妖精ノームは地下に住み、地中を自由に移動し、地下に眠る財宝を守ると信じられていました。ノームは身長15センチ、400歳くらいまでは元気に生きるのだそうで、庭を守る番人として、庭先にノームの人形が良く飾られているのだそうです。本学にいる妖精達もランタンを持ったり、スコップを持ったりしていますね。

 ヨーロッパには他にもいろいろな妖精がいて、研究もおこなわれています。本学でも長くお教えいただいていた英文学者、東京大学名誉教授の平野敬一先生もその研究者のお一人でした。私は昭和で『マザー・グースの唄』を教えていただきましたが、先生は1992年に『妖精事典』も翻訳されています。ケルト圏とイギリス、ヨーロッパに伝わる400種類の妖精のことが書かれていて、さらに、妖精や妖怪と出会った人の体験も書かれています。日本でも水木しげるの『ゲゲゲの鬼太郎』は一大ブームを引き起こしましたが、ヨーロッパの妖怪の話も、とても面白いですよ。

昭和のこのシンボルマークは何でしょう [2017年05月19日(金)]

 昭和のこのシンボルマークは何でしょう?

【高画質】ロゴ文字下付き - コピー (2)

 飴玉?手毬?ビー玉?地球?いろいろに見えますね。

 これは、昭和女子大学の附属研究所として2014年11月1日に開設された、現代教育研究所(http://iome.jp/)のシンボルマークです。8つの研究グループがそれぞれのテーマで研究を進めると同時に、研究所全体としてさまざまな研究課題に取り組んでいくという趣旨を表しているそうです。

 よくロゴとかロゴマークなどという表現を使いますが、調べてみると、冒頭の写真は、シンボルマーク。これに下のロゴタイプが加わると、全体がロゴマークと呼ばれるそうです。

(現代教育研究所のロゴタイプ)

【高画質】ロゴ文字下付き - コピー

(現代教育研究所のロゴマーク)

【高画質】ロゴ文字下付き

 さて、現代教育研究所では「今日的教育課題」について、主に乳幼児教育から中等教育段階までを中心とした教育についての調査研究・実践を行うことを目的としています。また、本学の基盤であるトルストイ教育や私学教育の研究も進めています。

 それでは、「今日的教育課題」として、どんなことが挙げられるのでしょう。

 文部科学省は「現在の教育に関する主な課題」の中で、教育の目標の実現として、既に10年前から以下のような課題を挙げています。

(「現在の教育に関する主な課題」文部科学省HPを参考にしました。 http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo7/shiryo/07081503/003.htm

①子どもの学力
 国際的に見て全体的に上位にはあるが、読解力などは低下傾向。世界トップレベルとは言えず、学ぶ意欲や学習習慣が十分でない。

②規範意識
 小・中学生の規範意識の低下や、高校生の規範意識が米国や中国と比較して低い。

(参考)掃除当番などクラスの仕事をさぼることについて「よくある」「ときどきある」と答えた児童生徒の割合

 平成11年  小学生  7.9%    中学生 15.7%
 平成18年  小学生 10.3%     中学生 20.1%

③青少年の自然体験
 昆虫採集や登山など、自然体験のない青少年の割合が増加。

④読書活動
 中学生・高校生で1ヶ月に1冊も本を読まない生徒が多いなど、子どもの活字離れが指摘されている。

⑤子どもの体力
 昭和60年頃から長期的に低下傾向。学校・家庭・地域の連携が必要。

⑥食育の推進
 偏食、朝食欠食など、子どもの食生活の乱れ、肥満傾向の増大など健康への影響が問題。

⑦優れた芸術文化に触れる機会
 学校や地域で、子どもたちが身近に伝統文化や現代の文化芸術に触れる機会が少ない。

 現代教育研究所が、こうした課題の解決に向けて活発に取り組み、将来、日本を背負って世界で活躍する子ども、児童、生徒たちのこれからの教育について、さまざまな発信をしてくださることを期待しているところです。

祝歌 [2017年05月12日(金)]

 昭和女子大学は今年創立97周年を迎えました。3年後には100周年を迎えます。
 小学校、中学校、高等学校、大学と、普通はあまり自分の卒業年度を覚えていないものですが、本学では、よく覚えている卒業生が多いようです。その理由は、祝歌があるからではないでしょうか。毎年、該当の年が創立何年にあたるかを、少なくとも、入学式、創立記念日、卒業式には祝歌の歌詞に入れて歌うからです。数字の読み方には、少し戸惑うこともあるのですが、今年は、「ああ、きゅうじゅうしちねん」と歌っています。

 昭和15年10月26日に、本学の「創立20周年記念祭」が神宮外苑の日本青年会館で行われたと記録されています。この折に、「創立20周年祝賀の歌」として発表されたのが、現在の「祝歌」です。「校歌」は、日本の国でたとえれば、「国歌」にあたるもので、正式な式典では必ず歌いますが、その他の会合や集まりでは、「第二校歌」とも呼ばれる「祝歌」を歌っています。

(昭和15年10月26日に行われた「創立20周年記念祭」)
DSC01173

 その作詞は、創立者人見圓吉先生、そして作曲は権藤圓立(えんりゅう)先生です。
 権藤圓立は、宮崎県の延岡市の真宗大谷派の光勝寺に生まれ、東京音楽学校(現在の東京芸術大学)で声楽を学びました。宮崎県では初の声楽家と言われてます。大正11年、野口雨情と出会い、雨情の媒酌で結婚。夫人である権藤はなよは、童謡「たなばたさま」の作詞者です。大正14年に東京放送局(現NHK)が開局された折には、記念番組で歌曲や童謡を歌い、レコードもたくさん出されています。一方、同時代に、人見圓吉は人見東明として文学界で活躍され、野口雨情とも親交が深く、たとえば、大正9年には「雨情の東京復帰歓迎会」を小川未明、西条八十、窪田空穂などと共に開催したりしていました。昭和女子大学の前身、日本女子高等学院が生まれたのも大正9年。定かではありませんが、権藤圓立とは、少なくとも顔見知りであったのではないでしょうか。

 権藤圓立の自筆の「祝歌」の楽譜と歌詞が書かれた曲譜の写真が、『学園の半世紀』に掲載されています。

(権藤圓立の自筆の「祝歌」曲譜 『学園の半世紀』より)
DSC01148_

 墨で書かれた五線譜はとても珍しいですね。そして、圓立の雅号は「里芋」と書かれています。「リウ」と読むようです。また、昭和38年に行われた光葉会総会では権藤圓立先生の指揮で祝歌を歌いました。

(昭和38年 光葉会総会にて祝歌の指揮をとる権藤圓立先生 『学園の半世紀』より)
DSC01184

 権藤圓立は、小・中・高校や大学の校歌、応援歌などの作曲も手掛けられ、本学と同じ世田谷にある駒沢大学の校歌も作曲されています。高校野球のTV中継では、出場校の校歌の紹介がありますが、その中に権藤圓立作曲という紹介見ることもあります。昭和の「祝歌」、100年はどのように歌ったらよいのかな、ちょっと心配ですが、これからも力強く歌い続けていきましょう。

47年前の創立50周年祝賀 [2017年05月05日(金)]

 昭和45年11月7日の創立50周年記念式典に先立って、10月20日には、全学を挙げて創立50周年記念体育祭が行われました。

(創立50周年記念体育祭の様子)
○DSC01132

 附属校の生徒たちがグランドいっぱいに「50」の人文字をつくり、全学を挙げてのマスゲーム「50周年の歩み」では、幼稚部から高等部の生徒が順番に50年の歴史を表現しました。90歳近い創立者人見圓吉理事長は、在校生、卒業生をはじめ、保護者も参加したグランドでの祝賀の集いで、力強く未来に向けての大きな飛躍を誓われました。

 キャンパス内の記念講堂の脇にある「先哲の碑」は、その創立50周年記念体育祭の時に、創立者が昭和学園の前途を祝福されて両手を広げられた姿をイメージして創られています。

(昭和学園の前途を祝福する創立の父人見円吉理事長『学園の半世紀』より)

●DSC01121

 創立記念日はその後、地方出身の学生達が、春の連休を利用して故郷に帰りゆっくり過ごせる時間をとらせたいという思いから、5月2日に設定されました。今年は、4月29日が「昭和の日」、30日は日曜日、5月1日には創立記念式を挙行し、2日は創立記念日で休校、そして3日から5日までが連休となり、土曜日、日曜日と続いて休日となる人にとっては言葉通りまさにゴールデンウィークとなりましたね。

 ところで、ゴールデンウィークという名前の由来は、ラジオの視聴率が最も高い「ゴールデンタイム」に倣ったなど、いくつか説があるようです。NHKではゴールデンウィークということばを使わずに「大型連休」と言うようですが、その理由はすべての人が休みを取れるとは限らないからだそうで、公共放送はこのようなことばの使い方にも注意をしているのですね。

 あと3年で創立100周年を迎える昭和女子大学。更にその先の100年に向けての第一歩に繋がる年にしたいものです。

校歌 [2017年04月28日(金)]

 本学は、大正9 年9月10日に「私塾」日本女子高等学院が小石川幼稚園の間借り教室で始まり、大正11年3月には、東中野の中野幼稚園の一隅を借りて仮校舎として、日本女子高等学院設立認可申請を東京府に提出しました。そして、その4月に新生「日本女子高等学院」が誕生したと記録にあります。しかし、大正12年9月には関東大震災。何とか倒壊は逃れ、11日に始業式。大正14年3月には、第1回卒業生、国文科4名、英文科4名、附属女学部7名の15名を送り出しました。この卒業式には、先輩が誰もいなかったのはもとより、校歌もありませんでした。

 第1回卒業生の悲願であった本学の校舎がやっとできたのは、大正15年5月のこと。初めて独立した校舎を持つこととなり、同年6月5日に東中野の仮校舎から上高田の新校舎に移転したのです。この新校舎の落成式に校歌が制定されました。昭和の目指す教育の理想が、謳われています。初代理事長、人見圓吉先生が作詞されました。

(大正15年の上高田校舎)

DSC01089   DSC01092

 校歌の第1節「朝風薫る武蔵野の、緑が丘に春和み、学びの庭の八重桜、色香も清く咲き充てり」では、本居宣長が「敷島の大和心を人とはば、朝日に匂ふ山桜」、つまり、「日本人のこころとは何かと人が尋ねたら、朝日に照り映える自然に咲く山桜のように、純粋無垢な気高い心情である」と謳ったように、「春の武蔵野の丘に緑が映え、気高い日本人の心を表すような八重桜が美しく咲いている」いる。昭和は、そのような清々しく美しい自然に勝るとも劣らない、「清き気品」「篤き至誠」「高き識見」を兼ね備えた女性たちが学ぶ学園でありたいと謳っています。

 第2節「広き世界の学芸と、古今の知徳照り映えて、命永遠なる亀鏡(みかがみ)は、青空高く輝けり」では、向上と進歩が本学の教育の根本であり、またそれらは人生の目的であることも示しています。広く世界と古今の知恵を求めて、永遠の亀鏡(キケイ)、つまり周りの人々の「手本」となるような人材に成長することを目指したいものだと語りかけています。

 第3節「あらゆる者を育みて、そだてあげしは女性なり、女性文化の帆を張りて、海路遙けく漕ぎ出たり」では、女性こそがすべてのものを育て、育むことができるのだから、学問を積み、知識を身に付け、徳を積んで、女性文化の発展のために一歩を踏み出しましょう、と呼びかけています。

(校歌、高女旗、学院旗)「学園の半世紀(昭和46年11月7日発行)」より引用

DSC011091

 式典では必ず歌う校歌ですが、次の機会には是非、作詞者が校歌に込めた意味も考えながら歌ってみませんか。きっとまた新鮮な気持ちで歌えるのではないでしょうか。

「心を伝える」オルゴール [2017年04月21日(金)]

 オルゴールは、英語ではmusic boxと言います。それではオルゴールという名称はどこから来たのかというと、江戸時代の初期に自動オルガンをorgel、オランダ語で「オルヘル」、ドイツ語で「オルゲル」と読んだことから始まり、今では「オルゴール」と呼ぶようになったようです。日本では、初めのころは「自鳴琴」とも呼ばれていたそうです。

 オルゴールはもともと、懐中時計や指輪に仕込まれた小型のものから始まったそうで、ぜんまい仕掛けのばねや歯車で動かされていました。1815年に世界で最初のオルゴール工場が時計の産地でもあったスイスにできて盛んに生産されはじめ、19世紀になるとドイツにディスク・オルゴールが登場しました。

 昭和学園には、そのドイツで作られたディスク・オルゴールが3台もあるのをご存じですか。望秀学寮、東明学林、初等部にあります。ピン打ちした金属の筒が回るオルゴールはよく見かけますが、ディスク・オルゴールの中でも本学が所有している大型のものは、日本国内にいくつかあるオルゴール博物館まで出かけないと、なかなかその音色を聞くことはできないのではないでしょうか。

(望秀学寮にあるオルゴール)             (東明学林にあるオルゴール)

オルゴール正面      食堂オルゴール①

<望秀学寮 オルゴール曲目>
1.TRAUMEREI AND ROMANCE 2.THE TROUBADOR VERDI 3.CARMEN TORREADOR SONG 4.WEDDING MARCH 5.CONVENT BELLS 6.HOME SWEET HOME 7.LA PALOMA SERENADE 8.WAVES OF THE DANUBE WALTZ 9.THE BARBOR OF SEVILIA 10.PICOLO FANTASIE 11.THE BLUE BELLS OF SCOTLAD 12.KAYA KAYA

<東明学林 オルゴールに添えられている文章と曲目>
1.アヴェ・マリア 2.フニクリ・フニクラ 3.ニューヨークの鐘 4.ラ・トロヴィアータ 5.狩人の合唱 6.春の歌 7.きよし この夜 8.スケーターズ・ワルツ 9.歌劇「カルメン」より 10.ウインザーの陽気な女房たち 11.タクト

 専用のコインを入れると縦に置かれた直径60センチ以上もある大きな円盤形の金属板が回転して、演奏が始まります。ディスクの交換ができるので、11~12曲の演奏を聴くことが出来ます。玄関入ってすぐのところにこのオルゴールが設置されている初等部では、何か良いことをした児童がコインをいただいて、演奏を聴くことが出来るのだそうです。東明学林や望秀学寮では、事務室に行ってお願いすれば、誰でも聞くことが出来ますから、学生の皆さん、そして、卒業生の皆さん、是非、心を洗われるような音色を楽しんでください。

AEQUABILITER ET DILIGENTERとFIAT LUX [2017年04月14日(金)]

 図書館のある8号館の正門側入口の左側の外壁にAEQUABILITER ET DILIGENTERと、FIAT LUXという言葉が掲げられています。

(8号館の正門側入口)

DSC00691

 はじめのAEQUABILITER ET DILIGENTERは、キケロの「兄弟クゥイーントゥス宛の手紙Ⅰ」の中にあるもので、「着実にして勤勉」という意味であることが、本学の図書館のサイトhttps://swu.ac.jp/fac/lib/use/u_facility/u_collectionにあります。イギリスの詩人、ジョン・ミットフォード(1782-1831)の詩句に由来があることも『昭和女子大学90年史』に記述されています。現在の6号館にあった旧図書館の入り口に掲げられていたものをここに移転しました。本学創立者人見圓吉先生が、図書館に相応しい言葉を探すように、当時本学でご指導をいただいていた国語学者の吉田澄夫教授に依頼して、この言葉に巡り合ったようです。

 もう一つのFIAT LUXは、旧約聖書の創世記第1章にある、次のようなことばからの引用で、「光あれ」という意味です。昭和女子大学図書館報の名前にもなっています。

   In principio creavit Deus caelum et terram. 創めに神が天と地を造った。

  Dixitque Deus: “Fiat lux!” Et facta est lux. 神は云った。「光あれ」。すると光ができた。

 宗教的な意味で「光あれ」がどのような意味を持つかは別として、混沌とした闇の世界に光明をもたらす光は、「開講の詞」にある、「陰惨な雲」に覆われた世界に差し込む「一道の光明」であり、「文化の道を歩み出すべく、互いに研き合わなければならない」という意味が込められたことばと解釈できるのではないでしょうか。

 この句は、その昔、今の学園本部館の近くにあった近代文庫の入り口に掲げられていました。

 これら二つのことばは、共にラテン語ですが、全く出典も違い、初めに刻まれていた建物も違いますから、一続きのものでないことだけは誤解の無いように。

 創立者の人見圓吉先生は、晩年になられても、毎晩遅くまで、近代文庫や図書館で研究を続けられていたと伺っています。図書館は静かにものを考え、研究に打ち込める場所だったのですね。現在では、自宅や学外のどこからでも、PCがあれば本学の教職員や学生は、図書館の情報を見ることができます。また、図書館で調べなくても、様々な情報源を活用して情報をとり出すことも簡単に即座にできるようになりました。しかし、そうした知識は、その場だけの単なる情報として終わってしまうことが多く、本をじっくりと考えながら読んで得た知識とは、違うように思いませんか。

春の昭和東京キャンパス [2017年04月07日(金)]

4月2日に入学式が無事終了し、新入生のオリエンテーションが各学部・学科で行われました。
現在、大学では、上級生が学科ごとに卒業後の進路を考えながら、専門、一般教養・外国語、キャリア科目等の履修をどのように計画すれば良いかなどを指導したり、歓迎の気持ちを込めて新入生歓迎パーティを開催したりと、工夫したオリエンテーションが続いています。またクラブ同好会主催の歓迎フェスタも行われ、桜など春の花々が咲き始めたキャンパスはとても賑わっています。

(学園本部前のソメイヨシノ)                 (大学7号館前のパンジー)

DSC00617  DSC00550

 

ところで、今年から学園の建物の名称が変更になりました。正式な英語の名称も表示された白いプレートがそれぞれの建物の前に設置されています。

(西門にある新しい構内案内図と、建物の名称を案内するプレート)

DSC00639   DSC00641

大きく変わったところは、大学2号館東棟が6号館(Building 6)に、研究館が7号館(Building 7)に、80年館が80年館西棟も含めて8号館(Building 8)に、そして、北校舎が9号館(Building 9)となりました。プレートの表記は例えば1号館のように「~館」とついている場合は、「B1」のように表記しますが、創立者記念講堂はMH(Hitomi Memorial Hall)、学園本部はAB(Central Administrative Building)、中高部(Junior-Senior High School)1号館はH1、中高部2号館はH2、初等部はES(Elementary School)、こども園はEC(Early Childhood Education and Care Center)となりました。

また、昨年ご報告した、鳥に種をついばまれて、なかなか成長しなかった菜の花もそろそろつぼみを持ち始めました。

うららかな春の日、東京キャンパス内の花めぐりを兼ねて、新しいキャンパス地図と建物表示のプレートもご覧ください。

 

 

新入生の皆さん、友達の名前をまず覚えましょう! [2017年03月31日(金)]

 4月2日は昭和女子大学の入学式です。今年度は、5学部13学科及び大学院修士・博士課程で合計1,500名を超える新入生を迎えます。国際学部や生活科学部の食安全マネジメント学科の学生さん達は、それぞれの学部・学科、初めての入学生です。4年間で、どんな成果を出してくれるのかが、とても楽しみです。新入生の皆さんは、上級生とも、諸先生方とも、職員の皆さんとも、自由に活発なコミュニケーションが早くとれるようになるといいですね。そして在学生の皆さんも、いよいよ平成29年度の新学期のスタートを迎えます。積極的に授業や様々な活動に参加しましょう。

 

(学園本部館前の桜と枝に止まるメジロ)
ブログ用

 春は新しい出会いの季節。これまでコミュニケーションが苦手だと思っていた人も、新しい環境で新しい仲間に囲まれて、コミュニケーション上手になるチャンスです。その第1歩は相手の話を耳と目でよく聞くこと、そして、次は、その内容を自分の言葉で繰り返して相手に確認すること。こうすると、ミス・コミュニケーションはグッと少なくなります。特に初対面の人から受けた印象は、かなり長い間消えないものですから、是非、明るい表情で、相手に聞き取り易い言葉で話しかけるように努めましょう。

 コミュニケーションの第一歩は挨拶の声をかけることと、相手の名前を覚えることですよね。私の名前は「カネコ トモコ(旧姓は「宮崎」)」ですが、小学校の卒業式でクラス担任の先生が私を、「ミヤザキ アサコ」と呼んだので、とても悲しかった記憶があります。それとは逆に、大学院の博士課程に通っていた頃、ある著名な教授から、”Tomoko, how’s your dissertation going?”と声をかけられ、たくさんの院生の中から私の名前を憶えていてくれたことが嬉しくて、「よーし、この教授の下で博論を書き上げよう!」と決心したこともありました。

 たかが挨拶、されど挨拶。そして、たかが名前、されど名前ですね。

 教師にとって、生徒や学生の名前を覚えることはとても大切なことだと知ってはいるのですが、私はそれが苦手な方です。そこで、私の今年度の目標を、学生の皆さんやお目にかかった方々の氏名をしっかり覚えることにしたいと思います。皆さんはこの1年、どのような目標を立てられましたか。目標に向かて、一つ一つ工夫を重ねて努力をしているという自主的なプロセス自体が、重要な価値を持っています。そのプロセスの中にいること自体に意味があり、たとえそれが失敗に終わっても、再びチャレンジすれば、きっといつかは、目標の達成へと近づくことができるでしょう。

平成28年度卒業式 [2017年03月17日(金)]

(平成28年度卒業式の様子)

DSC04483

 3月16日(木)に平成28年度の学位授与式が創立者記念講堂で盛大に行われました。前日が冬のように寒い一日だったものでお天気がどうなることかととても心配でしたが、春のやわらかな光が気持ちの良い素晴らしい一日でした。

 本学では、卒業式を2回に分けて挙行します。記念講堂の座席は1階が1,476席、2階が532席の計2,008席。今年の卒業生は4学部12学科の1,361名と大学院博士課程・修士課程修了生35名の総計1,396名です。それに卒業生のご家族も参列されるので、どうしても2回に分けなければなりません。

 学部卒業生で各種資格を取得した方は約850名、卒業生の60%に当たります。また、学部卒業生の内23名は大学院に、そしておよそ99%の皆さんが既に就職先を決定していることは、とても嬉しいことです。凛としたお面差しで晴れやかに式場に入場する姿からは、この4年間で、様々な経験を通して、自分を磨き上げたという卒業生の皆さんの自信が伝わってきました。

 地球上に住む約73億人の中で、大学で学ぶ機会を得ている人はたったの7%、しかも女子だけに限れば3%にも満たないそうです。それを考えると、大学を卒業した人は、世界的にみれば、世界に貢献する義務があり、大きな期待を背負っていることになるでしょう。

 卒業式では、卒業生一人一人の氏名が学科長から読み上げられます。1,396名を2回に分けても、1回に700名近くの名前が読みあげられることになり、長時間の式典になりましたが、卒業生の皆さんが大変整然と参加してくださり、素晴らしい卒業式を全員が協力して、作り上げてくださったと思います。私の式辞も理事長・総長の告辞、来賓の祝辞も、そして、在校生代表の送辞と卒業生代表の答辞も、一言も漏らさないようにと真剣に聞いてくださっていたのには、感動しました。

(学位記を受け取る学生)

DSC04514

 卒業生の皆さんの栄光ある未来を心から祈っています。