2017年4月

校歌 [2017年04月28日(金)]

 本学は、大正9 年9月10日に「私塾」日本女子高等学院が小石川幼稚園の間借り教室で始まり、大正11年3月には、東中野の中野幼稚園の一隅を借りて仮校舎として、日本女子高等学院設立認可申請を東京府に提出しました。そして、その4月に新生「日本女子高等学院」が誕生したと記録にあります。しかし、大正12年9月には関東大震災。何とか倒壊は逃れ、11日に始業式。大正14年3月には、第1回卒業生、国文科4名、英文科4名、附属女学部7名の15名を送り出しました。この卒業式には、先輩が誰もいなかったのはもとより、校歌もありませんでした。

 第1回卒業生の悲願であった本学の校舎がやっとできたのは、大正15年5月のこと。初めて独立した校舎を持つこととなり、同年6月5日に東中野の仮校舎から上高田の新校舎に移転したのです。この新校舎の落成式に校歌が制定されました。昭和の目指す教育の理想が、謳われています。初代理事長、人見圓吉先生が作詞されました。

(大正15年の上高田校舎)

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 校歌の第1節「朝風薫る武蔵野の、緑が丘に春和み、学びの庭の八重桜、色香も清く咲き充てり」では、本居宣長が「敷島の大和心を人とはば、朝日に匂ふ山桜」、つまり、「日本人のこころとは何かと人が尋ねたら、朝日に照り映える自然に咲く山桜のように、純粋無垢な気高い心情である」と謳ったように、「春の武蔵野の丘に緑が映え、気高い日本人の心を表すような八重桜が美しく咲いている」いる。昭和は、そのような清々しく美しい自然に勝るとも劣らない、「清き気品」「篤き至誠」「高き識見」を兼ね備えた女性たちが学ぶ学園でありたいと謳っています。

 第2節「広き世界の学芸と、古今の知徳照り映えて、命永遠なる亀鏡(みかがみ)は、青空高く輝けり」では、向上と進歩が本学の教育の根本であり、またそれらは人生の目的であることも示しています。広く世界と古今の知恵を求めて、永遠の亀鏡(キケイ)、つまり周りの人々の「手本」となるような人材に成長することを目指したいものだと語りかけています。

 第3節「あらゆる者を育みて、そだてあげしは女性なり、女性文化の帆を張りて、海路遙けく漕ぎ出たり」では、女性こそがすべてのものを育て、育むことができるのだから、学問を積み、知識を身に付け、徳を積んで、女性文化の発展のために一歩を踏み出しましょう、と呼びかけています。

(校歌、高女旗、学院旗)「学園の半世紀(昭和46年11月7日発行)」より引用

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 式典では必ず歌う校歌ですが、次の機会には是非、作詞者が校歌に込めた意味も考えながら歌ってみませんか。きっとまた新鮮な気持ちで歌えるのではないでしょうか。

「心を伝える」オルゴール [2017年04月21日(金)]

 オルゴールは、英語ではmusic boxと言います。それではオルゴールという名称はどこから来たのかというと、江戸時代の初期に自動オルガンをorgel、オランダ語で「オルヘル」、ドイツ語で「オルゲル」と読んだことから始まり、今では「オルゴール」と呼ぶようになったようです。日本では、初めのころは「自鳴琴」とも呼ばれていたそうです。

 オルゴールはもともと、懐中時計や指輪に仕込まれた小型のものから始まったそうで、ぜんまい仕掛けのばねや歯車で動かされていました。1815年に世界で最初のオルゴール工場が時計の産地でもあったスイスにできて盛んに生産されはじめ、19世紀になるとドイツにディスク・オルゴールが登場しました。

 昭和学園には、そのドイツで作られたディスク・オルゴールが3台もあるのをご存じですか。望秀学寮、東明学林、初等部にあります。ピン打ちした金属の筒が回るオルゴールはよく見かけますが、ディスク・オルゴールの中でも本学が所有している大型のものは、日本国内にいくつかあるオルゴール博物館まで出かけないと、なかなかその音色を聞くことはできないのではないでしょうか。

(望秀学寮にあるオルゴール)             (東明学林にあるオルゴール)

オルゴール正面      食堂オルゴール①

<望秀学寮 オルゴール曲目>
1.TRAUMEREI AND ROMANCE 2.THE TROUBADOR VERDI 3.CARMEN TORREADOR SONG 4.WEDDING MARCH 5.CONVENT BELLS 6.HOME SWEET HOME 7.LA PALOMA SERENADE 8.WAVES OF THE DANUBE WALTZ 9.THE BARBOR OF SEVILIA 10.PICOLO FANTASIE 11.THE BLUE BELLS OF SCOTLAD 12.KAYA KAYA

<東明学林 オルゴールに添えられている文章と曲目>
1.アヴェ・マリア 2.フニクリ・フニクラ 3.ニューヨークの鐘 4.ラ・トロヴィアータ 5.狩人の合唱 6.春の歌 7.きよし この夜 8.スケーターズ・ワルツ 9.歌劇「カルメン」より 10.ウインザーの陽気な女房たち 11.タクト

 専用のコインを入れると縦に置かれた直径60センチ以上もある大きな円盤形の金属板が回転して、演奏が始まります。ディスクの交換ができるので、11~12曲の演奏を聴くことが出来ます。玄関入ってすぐのところにこのオルゴールが設置されている初等部では、何か良いことをした児童がコインをいただいて、演奏を聴くことが出来るのだそうです。東明学林や望秀学寮では、事務室に行ってお願いすれば、誰でも聞くことが出来ますから、学生の皆さん、そして、卒業生の皆さん、是非、心を洗われるような音色を楽しんでください。

AEQUABILITER ET DILIGENTERとFIAT LUX [2017年04月14日(金)]

 図書館のある8号館の正門側入口の左側の外壁にAEQUABILITER ET DILIGENTERと、FIAT LUXという言葉が掲げられています。

(8号館の正門側入口)

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 はじめのAEQUABILITER ET DILIGENTERは、キケロの「兄弟クゥイーントゥス宛の手紙Ⅰ」の中にあるもので、「着実にして勤勉」という意味であることが、本学の図書館のサイトhttps://swu.ac.jp/fac/lib/use/u_facility/u_collectionにあります。イギリスの詩人、ジョン・ミットフォード(1782-1831)の詩句に由来があることも『昭和女子大学90年史』に記述されています。現在の6号館にあった旧図書館の入り口に掲げられていたものをここに移転しました。本学創立者人見圓吉先生が、図書館に相応しい言葉を探すように、当時本学でご指導をいただいていた国語学者の吉田澄夫教授に依頼して、この言葉に巡り合ったようです。

 もう一つのFIAT LUXは、旧約聖書の創世記第1章にある、次のようなことばからの引用で、「光あれ」という意味です。昭和女子大学図書館報の名前にもなっています。

   In principio creavit Deus caelum et terram. 創めに神が天と地を造った。

  Dixitque Deus: “Fiat lux!” Et facta est lux. 神は云った。「光あれ」。すると光ができた。

 宗教的な意味で「光あれ」がどのような意味を持つかは別として、混沌とした闇の世界に光明をもたらす光は、「開講の詞」にある、「陰惨な雲」に覆われた世界に差し込む「一道の光明」であり、「文化の道を歩み出すべく、互いに研き合わなければならない」という意味が込められたことばと解釈できるのではないでしょうか。

 この句は、その昔、今の学園本部館の近くにあった近代文庫の入り口に掲げられていました。

 これら二つのことばは、共にラテン語ですが、全く出典も違い、初めに刻まれていた建物も違いますから、一続きのものでないことだけは誤解の無いように。

 創立者の人見圓吉先生は、晩年になられても、毎晩遅くまで、近代文庫や図書館で研究を続けられていたと伺っています。図書館は静かにものを考え、研究に打ち込める場所だったのですね。現在では、自宅や学外のどこからでも、PCがあれば本学の教職員や学生は、図書館の情報を見ることができます。また、図書館で調べなくても、様々な情報源を活用して情報をとり出すことも簡単に即座にできるようになりました。しかし、そうした知識は、その場だけの単なる情報として終わってしまうことが多く、本をじっくりと考えながら読んで得た知識とは、違うように思いませんか。

春の昭和東京キャンパス [2017年04月07日(金)]

4月2日に入学式が無事終了し、新入生のオリエンテーションが各学部・学科で行われました。
現在、大学では、上級生が学科ごとに卒業後の進路を考えながら、専門、一般教養・外国語、キャリア科目等の履修をどのように計画すれば良いかなどを指導したり、歓迎の気持ちを込めて新入生歓迎パーティを開催したりと、工夫したオリエンテーションが続いています。またクラブ同好会主催の歓迎フェスタも行われ、桜など春の花々が咲き始めたキャンパスはとても賑わっています。

(学園本部前のソメイヨシノ)                 (大学7号館前のパンジー)

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ところで、今年から学園の建物の名称が変更になりました。正式な英語の名称も表示された白いプレートがそれぞれの建物の前に設置されています。

(西門にある新しい構内案内図と、建物の名称を案内するプレート)

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大きく変わったところは、大学2号館東棟が6号館(Building 6)に、研究館が7号館(Building 7)に、80年館が80年館西棟も含めて8号館(Building 8)に、そして、北校舎が9号館(Building 9)となりました。プレートの表記は例えば1号館のように「~館」とついている場合は、「B1」のように表記しますが、創立者記念講堂はMH(Hitomi Memorial Hall)、学園本部はAB(Central Administrative Building)、中高部(Junior-Senior High School)1号館はH1、中高部2号館はH2、初等部はES(Elementary School)、こども園はEC(Early Childhood Education and Care Center)となりました。

また、昨年ご報告した、鳥に種をついばまれて、なかなか成長しなかった菜の花もそろそろつぼみを持ち始めました。

うららかな春の日、東京キャンパス内の花めぐりを兼ねて、新しいキャンパス地図と建物表示のプレートもご覧ください。