学園の日常

7人の妖精 [2017年05月26日(金)]

 昭和学園のキャンパスで学ぶ、子ども園、初等部、中高部の園児・児童・生徒の中には、時々居場所を変えて、植え込みに隠れていたり、木の蔭から顔をのぞかせている7人の妖精(の人形)を見つけるのを楽しみにしている人もいます。

(式典の際に全員集合した7人の妖精(の人形))
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 実は、皆さんが知っている妖精は、ディズニー映画の『白雪姫と7人のこびと』のお話に出てくる、7人、Doc(ドック:先生)、Grumpy(グランピー:おこりんぼ)、Sneezy(スニージー:くしゃみ)、Sleepy(スリーピー:ねぼすけ)、Bashful(バッシュフル:てれすけ)、Happy(ハッピー:ごきげん)、Dopey(ドーピー:おとぼけ)ではないでしょうか。この7人は、ディズニーがアニメ映画製作のために創作した妖精たちなのです。

 古くから、ヨーロッパでは童話や民間伝承の中に、妖精が良く出てきます。ドイツのグリム童話にある『白雪姫』に出てくるsieben Zwergeは英語ではdwarf (ドワーフ)と言います。そして、民間伝承に出てくるドワーフは、gnome(ノーム)と呼ばれる土の妖精と関係が深いと言われています。ノームは、古代ギリシャでは、土の妖精でした。世界は火、水、空気、土の4大元素からできていて、それぞれに妖精が住んでいると考えられていたからだそうです。

 ヨーロッパでは、土の妖精ノームは地下に住み、地中を自由に移動し、地下に眠る財宝を守ると信じられていました。ノームは身長15センチ、400歳くらいまでは元気に生きるのだそうで、庭を守る番人として、庭先にノームの人形が良く飾られているのだそうです。本学にいる妖精達もランタンを持ったり、スコップを持ったりしていますね。

 ヨーロッパには他にもいろいろな妖精がいて、研究もおこなわれています。本学でも長くお教えいただいていた英文学者、東京大学名誉教授の平野敬一先生もその研究者のお一人でした。私は昭和で『マザー・グースの唄』を教えていただきましたが、先生は1992年に『妖精事典』も翻訳されています。ケルト圏とイギリス、ヨーロッパに伝わる400種類の妖精のことが書かれていて、さらに、妖精や妖怪と出会った人の体験も書かれています。日本でも水木しげるの『ゲゲゲの鬼太郎』は一大ブームを引き起こしましたが、ヨーロッパの妖怪の話も、とても面白いですよ。

新入生の皆さん、友達の名前をまず覚えましょう! [2017年03月31日(金)]

 4月2日は昭和女子大学の入学式です。今年度は、5学部13学科及び大学院修士・博士課程で合計1,500名を超える新入生を迎えます。国際学部や生活科学部の食安全マネジメント学科の学生さん達は、それぞれの学部・学科、初めての入学生です。4年間で、どんな成果を出してくれるのかが、とても楽しみです。新入生の皆さんは、上級生とも、諸先生方とも、職員の皆さんとも、自由に活発なコミュニケーションが早くとれるようになるといいですね。そして在学生の皆さんも、いよいよ平成29年度の新学期のスタートを迎えます。積極的に授業や様々な活動に参加しましょう。

 

(学園本部館前の桜と枝に止まるメジロ)
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 春は新しい出会いの季節。これまでコミュニケーションが苦手だと思っていた人も、新しい環境で新しい仲間に囲まれて、コミュニケーション上手になるチャンスです。その第1歩は相手の話を耳と目でよく聞くこと、そして、次は、その内容を自分の言葉で繰り返して相手に確認すること。こうすると、ミス・コミュニケーションはグッと少なくなります。特に初対面の人から受けた印象は、かなり長い間消えないものですから、是非、明るい表情で、相手に聞き取り易い言葉で話しかけるように努めましょう。

 コミュニケーションの第一歩は挨拶の声をかけることと、相手の名前を覚えることですよね。私の名前は「カネコ トモコ(旧姓は「宮崎」)」ですが、小学校の卒業式でクラス担任の先生が私を、「ミヤザキ アサコ」と呼んだので、とても悲しかった記憶があります。それとは逆に、大学院の博士課程に通っていた頃、ある著名な教授から、”Tomoko, how’s your dissertation going?”と声をかけられ、たくさんの院生の中から私の名前を憶えていてくれたことが嬉しくて、「よーし、この教授の下で博論を書き上げよう!」と決心したこともありました。

 たかが挨拶、されど挨拶。そして、たかが名前、されど名前ですね。

 教師にとって、生徒や学生の名前を覚えることはとても大切なことだと知ってはいるのですが、私はそれが苦手な方です。そこで、私の今年度の目標を、学生の皆さんやお目にかかった方々の氏名をしっかり覚えることにしたいと思います。皆さんはこの1年、どのような目標を立てられましたか。目標に向かて、一つ一つ工夫を重ねて努力をしているという自主的なプロセス自体が、重要な価値を持っています。そのプロセスの中にいること自体に意味があり、たとえそれが失敗に終わっても、再びチャレンジすれば、きっといつかは、目標の達成へと近づくことができるでしょう。

平成28年度卒業式 [2017年03月17日(金)]

(平成28年度卒業式の様子)

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 3月16日(木)に平成28年度の学位授与式が創立者記念講堂で盛大に行われました。前日が冬のように寒い一日だったものでお天気がどうなることかととても心配でしたが、春のやわらかな光が気持ちの良い素晴らしい一日でした。

 本学では、卒業式を2回に分けて挙行します。記念講堂の座席は1階が1,476席、2階が532席の計2,008席。今年の卒業生は4学部12学科の1,361名と大学院博士課程・修士課程修了生35名の総計1,396名です。それに卒業生のご家族も参列されるので、どうしても2回に分けなければなりません。

 学部卒業生で各種資格を取得した方は約850名、卒業生の60%に当たります。また、学部卒業生の内23名は大学院に、そしておよそ99%の皆さんが既に就職先を決定していることは、とても嬉しいことです。凛としたお面差しで晴れやかに式場に入場する姿からは、この4年間で、様々な経験を通して、自分を磨き上げたという卒業生の皆さんの自信が伝わってきました。

 地球上に住む約73億人の中で、大学で学ぶ機会を得ている人はたったの7%、しかも女子だけに限れば3%にも満たないそうです。それを考えると、大学を卒業した人は、世界的にみれば、世界に貢献する義務があり、大きな期待を背負っていることになるでしょう。

 卒業式では、卒業生一人一人の氏名が学科長から読み上げられます。1,396名を2回に分けても、1回に700名近くの名前が読みあげられることになり、長時間の式典になりましたが、卒業生の皆さんが大変整然と参加してくださり、素晴らしい卒業式を全員が協力して、作り上げてくださったと思います。私の式辞も理事長・総長の告辞、来賓の祝辞も、そして、在校生代表の送辞と卒業生代表の答辞も、一言も漏らさないようにと真剣に聞いてくださっていたのには、感動しました。

(学位記を受け取る学生)

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 卒業生の皆さんの栄光ある未来を心から祈っています。

昭和女子大学サポーターズ・クラブってどんなクラブ? [2017年02月17日(金)]

 「昭和女子大学」と大学名が付いていますが「昭和女子大学」は学校法人全体を指しているので、このクラブは、昭和のこども園、小学校、中学・高等学校、大学、大学院まですべてを対象にしたものです。クラブというのはそもそも共通の目的を持つ人たちが組織する会のことです。ですから、最近はスポーツクラブとか、ゴルフクラブなどに会費を支払って会員になっている方も多いと思います。でも、昭和女子大学サポーターズ・クラブは、こうしたクラブとはちょっと違い、会費なしで、昭和学園をサポートしてくださる方々の会です。
 
 今年、本学は創立96周年を迎え、2020年には創立100周年を迎えます。100周年に向けて、また、それ以降の昭和学園の発展に向けて、卒業生、在校生の保護者、教職員、そのほか多くの関係者の方々と共に<昭和コミュニティ>の絆をゆるぎないものにするために、2016年の7月に創設されました。昭和学園の教育活動へのご支援をいただき、学園で学ぶ児童、生徒、学生たちを支え、励ましていただける方々が、様々な形でサポートをしてくださるクラブです。大学としても、このクラブができたことを大変感謝しています。
 
 大学ではすでに「社会人メンター制度」で、社会で活躍中の女性の皆さんが学生のキャリア支援をしてくださったり、資生堂、ハヤカワ文庫、JAL、KFCなどの企業が学生との協働プロジェクトを実施してくださったりしています。また、300に近い事業所が600名ほどのインターンシップをお引き受けていただいています。寄付講座を行っていただいている企業もあり、「昭和」にはたくさんのサポーターの方々がいらっしゃいます。こうした方々にも是非、サポーターズ・クラブに登録していただけると嬉しいですね。多くのサポートにお答えできるように、サポーターのみなさんが、その甲斐があると思ってくださる昭和学園になりたいものです。
 私もサポート会員の一人でもあり、月に1回、メールマガジンで学園の近況を知らせてもらっています。2月13日のメールマガジンでは、大学の入試で既に受験者が1万人を突破したことやら、中高部のスーパーグローバルハイスクールの研究発表会の様子、そして、北校地の新校舎の写真入りの紹介などがありました。
 
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 写真の中央が新校舎、左手の奥が連結されている新体育館、一番奥のブルーの屋根の建物が記念講堂ですね。正門からの道からではこのような全体像は見ることができないので、貴重な写真です。
 すでにサポーターになってくださっている皆さんも、是非、保護者の皆さん、教え子、同窓生などをはじめ、昭和学園に関わりのある方々にこのクラブのことをお伝えしませんか。特に海外にお住まいの方などで、なかなか昭和の最近の様子をお知りになる機会が少ない方には、きっと喜んでいただけると思います。是非、皆さんで昭和女子大学サポーターズ・クラブのことを「拡散」しましょう。

昭和サポーターズクラブのサイトはこちら

太郎傘、次郎傘のお話 [2017年02月03日(金)]

 小学校から大学までに受ける授業の種類は、多分400を超えるのではないかと思います。たとえば期末試験の前になると、かなり詳細まで授業の内容を覚えていたはずなのに、時が立つと、はっきりとその内容を覚えている人はあまりないのかもしれません。逆にそれは、その内容が消化されて、それぞれの知識となって身についているということなのかもしれません。
 
 それに比べて、先生が授業中やその他の時間に話してくださったエピソードは意外に記憶に残るもので、昭和の卒業生が集まるとそういった話に花が咲きます。ここでお話する「太郎傘、次郎傘の話」も、覚えている人の多い話の一つです。大学の校舎のあちこちにある傘立てに入っている置きっ放しの傘を見ると、いつもこの話を思い出します。
 
(学内の傘立て)
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 思いがけず雨が降り出した時に誰でも使うことができるように、ある店の前に古い傘が2本置かれていました。駅の近くにある店なので、急な雨の日にはその傘が便利に利用されていました。そして次の日か、少なくとも2,3日後には、いつも2本の傘はそこに戻されていて、また、突然の雨の時には、他の人が借りていきました。ところが雨がしばらく降らなくなったある日、ふと傘立てを見ると、こんな張り紙がされていました。「太郎傘がいなくて、次郎傘が悲しんでいます」。古くなっても役に立っていた2本の傘。そのうちの1本が戻ってこなかったのです。でも、しばらくして戻ってきました、きれいに折りたたまれて、次郎傘のとなりに入っていました。そして張り紙には、「太郎傘が戻ってきて、次郎傘も喜んでいます。また一緒に皆さんのお役に立てます」と書かれていました。
 
 善意で傘を店の前に置いていた店主の思いも素晴らしいし、太郎傘に早く戻ってきて欲しいという気持ちの伝え方も、多分天日に干してきれいにたたんで傘が戻されたことも、心温まるものです。
 
 1月30日の読売新聞の夕刊に「傘の忘れ物2週間で処分」という記事がありました。東京都内では雨の日に1日約3,300本もの傘の落し物が届けられるのに、返還率は1%程度が続いているとのこと。それまで3か月だった拾得物の保管期限を2007年から、安価なものについては2週間での処分としたり、ホームページで落し物の検索ができるシステムを導入したり、着払いで自宅に配送できるようにしているのだそうですが、それでも保管場所はいつも満杯とのこと。ハンカチでさえ返還率は1.6%なのに、傘はかわいそうですよね。大量消費の時代となり、物への執着心が薄れ、探すより買う方が楽?だと思うのでしょう。
 
 少し前までは、忘れ物で保管期間を過ぎた誰も取りに来ない傘を置いている電車の駅もありました。初めのうち、傘立てにはたくさんの傘が置かれていますが、残念なことに、そこに返却する人も少なくなったためでしょうか、それとも、500円程度払えばどこでも傘が購入できるので、古い傘なんか使いたい人がいないからでしょうか、最近は置き傘をしている所も少なくなってしまったようです。
 
 皆さんの傘は学内のどこかに置きっ放しになっていませんか。古くてもまだ使えそうな傘が埃にまみれて傘立てに残っていたり、同じようなビニールの傘が何本も乱立していたりするのを見ると、この傘はきっと、はじめは喜んで使ってもらっていたに違いないのにかわいそうだなと思ってしまうのは、私だけでしょうか。
 
 バブルの時代に一度は姿を消したように思えた、物を大切にする日本古来の文化をもう一度取り戻したいと思いませんか。

何の花が咲くのかな [2017年01月27日(金)]

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 大学の正門を入って校舎に向かう歩道に沿って、植木鉢が並んでいます。いつも、つぼみのついた折々の季節の花を、学園の植栽を管理する方たちが植えてくださいます。花が開いてからしばらくの間、あちこちに並べられた鉢植えの花は、そばを通る人の心を和ませてくれています。私は特に、11月の秋桜祭の頃、可憐なコスモスの花が咲き揃うのを楽しみにしています。

 ところが先週の初めごろから、鉢に黒い色のネットがかけられ、鉢を覗くと土しか見えません。土をなじませているのか、それとも何か種を蒔いてすぐに芽が出るのかなと、毎日鉢を覗いていましたが、何も変わったことはありませんでした。そして、先週末には何やら小さな緑色の双葉が出てきたのです。何の花だと思いますか?
 
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 実はこの鉢にははじめ、ネットをかけず沢山の種を蒔いたそうです。ところが芽が出るとハトがたくさん寄ってきて、すべて食べてしまったそうです。苦肉の策としてネットをかぶせたとのことでした。
 
 だんだんに成長していますが、まだ日中の気温が上がらず、大きくなりませんね。一体どんな花が咲くのかとても楽しみです。 3月の卒業式から4月の入学式には黄色の花が咲き揃うそうです。何の花なのかは、下の画像がヒントです。

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 種を蒔いて、花が咲く時を待つのは、とても楽しいことです。花が咲くのを待つ気持ちは、よく人生の生き方にもたとえられます。
 
 2週間ほど、植木鉢を覗いていて、考えたことがあります。
 
 同じように蒔かれた種であっても、運良くハトに食べられなかったとしても、咲く花の大きさや色はそれぞれ違います。種そのものが違っていることもあるでしょう。土の栄養分、水やりの量、そして日照時間もきっと違っているのでしょう。どんな花が咲くか…大きく力強い花、他の花の陰に隠れて可憐に咲く花、他より少し色の薄い花、違う方向を向いて咲く花…。それぞれに、種から花が咲くまでの間の様々な条件に影響を受けて決まるのでしょう。土の栄養分の配合、水やりの時間や量、そして日照時間や方向など、一つ一つの花が咲くまでの環境はそれぞれ違います。もしかすると、となりの大きなつぼみに隠れて、太陽の光を十分に受けることができず、最後にやっと開いた小さい花も交じっているかもしれません。
 
 なんだか、きれいに咲き揃った花だけを見て、○○の花は美しいと感激するだけでいいのかどうか…。勝手に決めつけては申し訳ないように思えてきました。いろいろな悪条件の中で、やっと開いた小さな花は、本当は他の大きくてきれいに咲いた花よりずっと頑張り屋さんの花なのかもしれませんね。見えるものに隠れた、見えないものを見なければ、本当の良さはわからないのかもしれません。

秋桜祭 [2016年11月18日(金)]

 今年で第24回目となる秋桜祭(学園祭)が11月12日㈯と13日㈰の両日、快晴の秋空のもと開催されました。学生による実行委員会が企画・運営のすべてを取り仕切り、クラブ、クラス、研修グループ、プロジェクトグループ等に在校生や卒業生も参加して、多くの方々が「つなぐ」のテーマのもと、展示、プレゼンテーション、ステージパフォーマンス、バザーなど、盛りだくさんのイベントを繰り広げました。とても充実した2日間でした。秋桜祭のプログラムには、総務、庶務、会場管理、宣伝、企画、コンサートとトークショーのイベント担当など、総勢168名の学生スタッフの名簿が掲載されていました。大学全体のまとめ役として活躍された実行委員会の幹部の皆さんも、本当にお疲れ様でした。
 
(正門に掲げられた今回の秋桜祭の看板)
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 秋桜祭が16:00に終了して、大方の片付けも終わった頃、帰宅の途につきました。大学前の国道246号で渋谷方面に行くバスを待っていたところ、女子学生らしき3人組が、大きな袋をもって、ウロウロとしているのが目に入りました。来たバスに乗った後に、良く見ると、ゴミ袋とゴミ拾い用のトングを持って、道路脇に捨てられたゴミを拾いながら歩いていました。本学の学生の様でした。どこまで歩いて行ったのかは見届けていませんが、多分、三軒茶屋駅の方まで歩いたのではないかと思います。同じバスに乗った中年女性の二人組の方が学生達を見て「あら、ありがたいわね」と話しているのを聞いて、「うちの学生です」と自慢したいくらい嬉しかったのですが、それよりも、バスに乗る前に「ありがとう、お疲れ様」と声をかければよかったと後悔しています。後輩たちが、最後の最後まで、きちんと気を配り、有終の美を飾ってくれたことをとても嬉しく思いました。
 
(秋桜祭の様子)
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 本学では創立以来、学問研究の発表の場として大学祭が行われてきました。1955(昭和30)年3月の大火の後、秋の体育祭と同じように、春にも全学参加の行事をしたいということで、初夏の6月に「六月祭」と称して大学祭を行うことになりました。そして、その翌年からは付属校も参加することとなり、「昭和祭」と名付けました。1965(昭和40)年の6月には、三笠宮崇仁殿下が本学の「昭和祭」にご来館くださったことが、『昭和女子大学70年史』に記録されています。しかし残念なことに、1971(昭和46)年は学生運動の煽りをうけて、学科ごとに小規模な研究発表や展示は行いましたが、昭和祭には大学として不参加となってしまいました。すぐに学生から昭和祭復活の声があがり、1973(昭48)年に再開。その折に秋の「文化の日」の後に開催することになったのです。さらに1993(平成5)年から大学では「秋桜祭」という名称で、学生の自主的な企画・運営による学園祭が始まり、今日を迎えています。
 
(1970年前後の昭和祭の大学パンフレット)
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 来年の秋桜祭が今から楽しみです。

カルガモ親子 [2016年07月01日(金)]

 創立70周年を記念して造られた日本庭園「昭和之泉」。毎年、カルガモ親子の姿が見られるのを心待ちにしている方も多いことでしょう。カルガモは渡り鳥ではないので、1年中日本にいますが、移動はするのだそうで、昭和で生まれた雛が成長して必ず昭和のキャンパスに戻るという訳でもないようです。

 カルガモの親は5~8月に水辺の草むらに巣を作り、卵を産むと2~3週間程じっと卵を抱きます。雛が孵ると、その日のうちか翌日には全部が母親の後について巣を離れるそうです。その理由は、親が巣に餌を運ぶことがないためで、多くの場合は水辺の食べ物のある所に雛を連れ出します。運が良ければ、ちょうどその頃、カルガモのかわいらしいよちよち歩きに遭遇することが出来るのですね。雛は、はじめはまだ飛べないので、水上にいれば少しは安全ですが、カラス等に襲われることもあり、昭和之泉近辺で生まれたカルガモの雛も何回か被害に遭っています。そういう訳でカルガモの親子は、いつもキャンパス内の同じところにいるとはかぎらず、昭和之泉の光葉庵の裏にいたり、3号館の前や旧体育館前に現れたり、と神出鬼没です。
 
(昭和之泉のカルガモ※昨年のもの)
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 東京大手町の三井物産本社近くの人工池あたりの再開発のために、それまで毎年話題となっていたカルガモの雛のよちよち歩きのニュースを聞かなくなって久しいのですが、2020年にはそのあたりの再開発が完成し、2021年には、カルガモが憩える新しい池も整備される予定だという報道が最近ありました。近くの公園や小川に移転していたカルガモもきっと戻ってくれることでしょう。
 
 ところで、カルガモはどうして1列に並んで母親の後を歩くのだと思いますか。面白いことが分かりました。まず、生まれたらすぐに雛が親鳥の後について歩くのは「インプリンティング(刷り込み)」のためです。これは、動物の成長過程のある時期に、特定の物事が短時間に覚え込まれ、それが長時間持続する学習現象のことを指します。カルガモの雛も、生まれてすぐに見たもの、動いているもの、そして、音を出すものの後を追って行くという追従反応と呼ばれる行動をとるそうです。こうして、生まれてから1か月間位、母親について歩くことで、エサの食べ方や危険から身を守る方法を学ぶのだそうです。さてそれでは、なぜ1列で歩くかというと、それは本能的にその方が安全だからだとか、横から外的が来ることを想定していないからだとも考えられています。ガンの仲間の雛は、カルガモのように一列になって歩く習性を持っているようですが、その順番は決まっていないとか。体力のある雛や注意深く母親の行動を見ていて素早く動きの変化を察知できる雛から順番に、親の後ろに付いて歩くのではないか、と説明する人もいます。
 
 そういえば、列の後ろの方を歩く雛たちは、「迷わないでちゃんとついていけるかな?」と心配しながらそのよちよち歩きの行列を見守った経験のある方が多いのではないでしょうか。昭和乃泉やその近くのキャンパス内で、今年もカルガモの親子の行進が見られることを皆さんと一緒に楽しみに待ちましょう。

昭和のカラス [2016年04月28日(木)]

 家族や仲間と住み着き、渋谷の繁華街に通勤して毎日御馳走を食べ、夕方になるとまたねぐらのある本学のキャンパスに戻ってくるカラスのお話です。

 かなり昔のことになりますが、前期の後半頃です。担当の授業が始まる前に少し時間があったので、ちょっと外の空気を吸おうと思い、教材等を持ったまま3号館4階の東側非常階段の扉を開けた途端のことでした。カラスが突然ガーガーと鳴き、校舎側から威嚇してきました。突つかれそうになり、とっさに屋上へと階段を上がって難を逃れたのは良いのですが、そのカラスが4階の階段の手すりのところからずっと見張っていて、頑として動かないのです。屋上から教室のある下の階になかなか降りることが出来ず、冷や汗をかきました。

学内にいるカラス
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 日本で良く見かけるのは、黒色のハシブトガラスとハシボソガラスだそうですが、その時のカラスは、確か、まっ黒で猫ほどの大きさがあり、太いくちばしをしていました。きっと、ハシブトガラスに違いないと思います。カラスは雑食性で頭が良く、犬よりも知能が高いとそうですが、とにかくその時のカラスは羽も艶々していて大きかったです。ちょうど、繁殖期で子どもが巣立つ時期にかかっていたのか、カラスの方も警戒心が非常に強かったのでしょう。
 
 
 でも、その時期を外せば、秋の夕暮れ時、カーカーと鳴きながら高い空を飛んで住処に戻るカラスの姿を見ると、「からすなぜなくの」という歌を思い出し、なんとなく郷愁を感じるのは私だけでしょうか。雨降りの後、天気が良くなると、キャンパスの水溜りで、嬉しそうに水浴びをしているカラスも可愛いものだそうです。

 カラスの他にも、本学のキャンパスには意外に色々な鳥やら動物が来訪します。カルガモの親子が日本庭園に姿を表したら、また紹介しましょう。本学の海外キャンパス、昭和ボストンには、招かれざる客、スカンクもお目見えします。東京でもボストンでも、珍客に出会ったら、是非、記念写真に収めておいてください。

 ちなみに、私が大学生だった1970年ごろは、黒のスーツが制服でした。自分達のことを『三茶のカラス』と称していたこともあります。制服を存続するかしないかについて、学生部会(今の学友会)で意見を戦わせたことを思い出します。その後、制服は無くなり、式典の時のみ、黒か紺のスーツを着用することになりました。

 

1960年代の授業の様子
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朝食は王様のように [2016年04月15日(金)]

 Eat breakfast like a king, lunch like a prince, dinner like a pauper.という格言を聞いたことがありますか。「朝食は王様のように、昼食は王子のように、夕食は貧民のように食べなさい」という意味です。

 食事の摂り方については、今の時代はとても昔の通りにはいかないかもしれません。食べたいと思う時に食べれば無駄なく栄養が取れるので、その方が良いと考える人もあるでしょう。英語のbreakfastは前日の夕食以降のfast「断食」をbreak「中断する」という意味ですから、断食となる時間が短いと確かに早い時間の朝食は食べたくない人もあるかもしれません。食べたくない朝食を無理して食べることは逆に健康には良くないかもしれませんね。しかし、よくよく考えると、朝起きたら、朝食が食べたいと思うような生活を是非したいものだとは思いませんか。

 脳が使えるエネルギーはブドウ糖で、しかも脳にはそのブドウ糖を蓄えることができないのだそうです。ですから、しっかりとした睡眠を取り、1日をきちんとした朝食から始めれば、脳に十分なエネルギーを送ることができるので、脳の活性化に大いに効果があるように思います。
 
 本学のカフェテリア「ソフィア」では、学生の皆さんが朝ごはんをしっかり摂って、活気のある一日を過ごしてほしという趣旨で、4月11日から28日まで、「150(いこう)昭和で朝ごはん」という特別メニューの朝ごはんを150 円で提供してくれています。ずっとずっと昔、食料が乏しかった時代に、頑張って勉学に励む本学の学生のために、上級生や先生方がキャンパスで山羊を飼って、その乳を配ってくれたという話を思い出しました。そんな温かい気持ちが今のキャンパスにも伝えられているようで、ちょっと嬉しいですね。
 
 
キャンパスで山羊を飼っていた頃
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「昭和で朝ごはん」
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