ボストン、取材 [2012年05月11日(金)]

 ゴールデンウィーク後半はボストンで過ごし7日(月)に帰国。ボストン理事会にアメリカの方2人、井原英語コミュニケーション学科長に加わって頂き、新しい形でスタートした。4月に就航したJAL直行便は便利で入国審査が楽で感動したが、値段が高すぎるのとサービスの水準が低下しているので長期的に路線を維持できるのか少し心配。ハーバードの人達と会ったり、旧友と会ったりボストンは心がなごむ。BLIPの学生たちも積極的で頼もしい。猛暑の中、ボストンマラソンを完走した学生が3人もいるのがうれしい。
 8日(火)はまだ時差ボケのところ、リクルートの雑誌の座談会で安西祐一郎日本学術振興会理事長、中島嶺雄国際教養大学学長等と座談会。とても話が弾んであっという間に2時間経ってしまった。こういう立派な方々との座談会は楽しい。時間がないのでタクシーで帰ってすぐ授業。
 9日(水)は芙蓉診療所の取材と、角川書店の方と出版について打ちあわせ。担当者と新学部、オナーズクラス、広報計画などについて話し合い。夜は石弘光先生(一橋大学名誉教授)との会食を中座して、社会人メンターの方に現代ビジネス研究所の説明。昭和女子大学の社会人メンター制度やこの研究所はうまくいけば大学教育を社会全体がサポートするユニークなものとなるだろうと期待している。


 10日(木)は学長室の打合せの後、名古屋テレビの収録。テレビは放映時間が短くても、収録時間は長くかかる。4月27日(金)に収録したテレビ東京「たけしのニッポンのミカタ」はスタジオ収録でかなり効率的だった。

Leaders Academy in SHOWA [2012年04月23日(月)]

 今年は桜も遅かったが、桃も李も遅く、14日(土)にソロプチミストの講演で山梨に行ったが、まだ4,5分咲きで雨に濡れていた。来日中のメタとグローリアも同行し、講演後の夕食会の後、石和温泉で日本式温泉を体験。翌日は笛吹川沿いを散歩した後中央線で帰り、新宿の歩行者天国の後、我が家へ。日本人だと小さな家に呼ぶより外で食事をするのだが、オーストラリアではよく自宅に招いてもらったので、お返しをしなければと思うし、家が小さくても寛大なので気が楽である。娘たちも子どもを連れてきて手巻きずしパーティ。
 16日(月)、新学科についてのブレーンストーミング、どう特徴を出すか、悩ましい。日経新聞(4/13付朝刊に『ビジネス系学部 創設へ』という見出しで掲載された)の反響は大きい。
 17日(火)は1限目と3限目に授業、その間に学長室打ち合わせ。夕方、帝国ホテルで地方銀行の頭取さんたちの会で講演、会食。地方の活性化のコアになる方たちに、コミュニケーションに標準語と方言が必要なように、ビジネス語と生活語、男性語と女性語のマルチ言語の使い手になってくださいとお願い。


 18日(水)、明治記念館で母子愛育会の全国大会で講演。その後、大学に戻り経営協議会、3時半から女性文化研究会で西田ファルディンさんの講演。イランやイスラムの女性に対する蒙を啓かれただけでなく、中東の政治情勢とも絡めてスケールの大きい講演で感動。もっと多くの方に聞いてもらえなくて残念。講演後タクシーで渋谷駅までご一緒した後、西田さんは横浜へ、私は埼玉へ三角さんのお通夜。その後、メタとグローリアの泊まっているホテルで夕食。二人は、明朝、羽田から韓国へ。私は見送れないのでこれでお別れ。
 19日(木)、三角さんのお葬式。出棺までいてくれと言われたので理事会に遅刻。理事会は5時近くまでかかり、その後、長期計画について話す時間はほとんどなかった。


 20日(金)、午前中は大学、午後、文科省の会議。地下鉄からそのままオナーズ・クラスの説明会。どれだけ参加してくれるか。大学院委員会の後、女性文化研究賞最終選考委員会。みんなの意見が一致して割と早く終わる。
 21日(土)、光葉同窓会幹事会でご挨拶した後、大学院の授業。
 22日(日)は、ミッドタウンでイクメン・トークでご挨拶。その後、新国立美術館。長女の新築の家で夕食。

新歓オリエンテーション [2012年04月11日(水)]


 新入生がキャンパスにあふれ、遅かった桜も満開となりキャンパスは活気を取り戻した。各学科のオリエンテーションに上級生を参加させる試みも定着してきた。きっと準備したのにうまくできなくて落ち込む経験をする学生もいるだろうが、いい経験になっているはずである。人見記念講堂での新入生歓迎フェスタは司会も出演者も頑張っていた。
 12学科の新入生歓迎夕食会に出たが、それぞれ学科の特徴がにじみ出る。墨書きの招待状、手作りブックカバーをプレゼントする日本語日本文学科、ダンスのパーフォーマンスの文化創造学科、手話コーラスの福祉社会学科、教員や上級生に話しかけたらシールがもらえる環境デザイン学科などなど。
 なかには「新入生は話しかけてきませんね」などと言いながら自分たちだけで料理を食べておしゃべりしている上級生もいるので、「この会でのあなたの役割は自分から新入生に話しかけることでしょ」と注意。知らない人とどう話すかも7つの力の一つ。パーティーで自分たちだけで群れている大人にはなってほしくない。

 オーストラリアのブリスベン時代からずっとお世話になっているメタとグローリアが来日。桜で東京が一番美しい時期なので誇らしい。私の時間が取れないので、京都・奈良はパック旅行、東京見物もバスを申し込むが、9日(月)の国際学科の夕食会では学生と最後まで楽しく話していた。

新年度スタート・入学式 [2012年04月06日(金)]


 4月、大学の24年度が始まる。
 2日(月)は新任式、教育会議、大学部局長会、学長講話と続く。本当は、年度初めの教育会議に、私もたくさん話したいことがあるのだが、時間がないので短く話す。1つ目は学生に「7つの力」を身に着けさせようと言っているが、教員もコミュニケーション力、課題発見力、行動力をつける必要があるのではないかということ。2つ目はキャリアデザインポリシーから、学生たちの将来を見据え、何を教えるか再確認して欲しいということ。国際的に大学教育は何を教えたか、何を教えるかではなく、学生がどれだけの力をつけたかを問題にする方向に動き始めている。
 緑声舎入寮の新入生は70余名。理念としては、みなさん寮生活が全人教育に資するとおっしゃるのだが、希望者のみの選択制にした後は、入寮希望者が激減した。
 3日(火)は入学式。新入生も緊張しているが、わたしも心をこめて歓迎の言葉を述べる。
台風並みの低気圧が接近する中で午前の式は問題なく終了したが、午後は雨が降り出し、入学式後のガイダンスは早めに切り上げ、職員の集いは中止になり帰宅指示。6,7時頃は風雨がすさまじく、交通機関も大混乱だったが、9時頃には澄み切った空に月が輝いていた。桜は1,2分咲きだったので、嵐にも持ちこたえた。

マニラへ [2012年03月27日(火)]

 卒業式が終り、年度末の式典まで少し時間が空くこの時期は大学がひっそりしているが、アドミッション部は何人入学者辞退が出るか、胃を痛くしている。わが校しか合格しない学生は辞退しないので、辞退があるのは他校に合格する受験生が多いからとプラスに考えよう。新学部関係もまだまだ詰めることが多い。

 18日(日)から2泊3日で有馬真喜子さんとマニラに行ってきた。若い人、子どもが街にあふれているのが目立つ。94年の訪問から18年ぶりだが、日航ホテルはタイ資本に買収されている。日本経済・企業の退潮はさびしい。卜部大使の公邸はとても広くて立派。料理人も腕がいい。警護付きのこの地域の邸宅は政府要人も多い。
 ミリアム大学を訪問。カソリックの女子大学で2009年11月、昭和女子大学で講演してくださったパトリシア・リクアナンさんは学長から高等教育庁の長官になっているが、シャハ二さん(ラモス大統領の妹、元上院議員)は学事顧問、オーロラ・ディオスさんは女性ジェンダー学研究所所長。ミリアム大学はたくさんの大学と交流している。近くて生活費が安く英語を勉強するには最適と韓国の人が子どもから大学生まで多数来ているそうだ。

 キャリア支援部委員会から、各学科が卒業生にどんな進路があり、そこへ進むにはどんな科目をとるべきか、各学科で議論してまとめた資料が出てくる。これはとても意義がある。これに基づいて各学科が将来計画を立てることができる。
 22日(木)午後はサキコーポレーションの秋山社長と、グロービス経営大学院大学の堀義人学長と対談。リスクをとって起業して仕事をしている人はまぶしい。堀さんはプレゼンテ―ション能力や、決断力だけでなく地頭も訓練でよくなるとの意見。昭和女子大学はそうした経験を与えているか。 
 23日(金)、新規入校の教職員に講話。

卒業式 [2012年03月21日(水)]

 12日(月)は社会人メンターの方からグローバルビジネス学部についての期待やアドバイスを聞く。みなさん真剣に考えてくださって本当にありがたい。改めて人材の宝庫だと実感。その後、朝日ニュースターがテレビ朝日に吸収されるそうで、最後の番組審議会。地上波テレビが視聴率、スポンサーを気にして同じような番組を流している中で異色の局だっただけに惜しい。
 13日(火)は3月入試に関する入試委員会、学長室打ち合わせの後、NHKのスタジオで「老いを豊かに生きる」の収録。改めてボイストレーニング、発音練習をしなければと思う。6時からNPO昭和の懇親会。ほんとにいい仕事をしてくださっていると改めて感謝。
 14日(水)は資生堂社会福祉事業財団の方の訪問の後、今後の幼稚園保育所のあり方についての検討会。昼、プレスセンターへ女性の活躍推進の勉強会へ行き、その後、大学に戻り経営協議会、時間が伸びてフローレンスの駒崎さんとの時間が十分に取れず残念。夜、前名古屋高裁長官の門口さんほかと会食。男女共同参画の定義つくりの時に内閣法制局参事官としてお世話になって以来の尊敬する方。
 15日(木)卒業式の予行練習の後、評議員会。寮や新学部について意見が多くでる。
ボストン理事会も時間が長くなる。理事会、新学部の英語カリキュラムの打ち合わせをした後、夕食。今週は娘の子どもの体調が悪く、娘は仕事との両立に自信をなくしそうだが、私もあまり手伝えず、励ますだけ。
 
 16日(金)は卒業式。昨年は震災の影響でできなかったので2年ぶり。改めて感謝。学生たちもマスクはしていないし、ブーツやミュールもいないし、予行の時よりきちんとしている。一人一人に学位記を手渡す。こちらは喉がからからになり、足は棒のようになるが、9割以上の学生がアイコンタクトをして、ニコッと学位記を受け取ってくれて、祝福の心が通じたように思う。学長の仕事はいろいろあるが卒業式に心をこめた言葉を贈るのは、最重要な仕事の一つと思い、私としては気合を入れているのだが、通じているのだろうか。よそで行う講演会の後は講演録を作ってくださったり、お手紙やアンケートで励まされることが多いのだが、卒業式の式辞はそうした反応はないが、みんなが真剣に聞いてくれるので良しとしよう。卒業生の祖母の方が感謝の差し入れをしていただいてうれしい。私も風邪がぶり返したようで、娘の手伝いもせず、早めに帰って長く寝る。
 17日は雨の中日光市で講演。卒業生の方が、私が新聞やテレビに出ているのがうれしいと言ってくださる。

徳なきは憐れむべし [2012年03月13日(火)]

 帰国後も風邪がなかなか抜けないが、一応予定された仕事、約束した日程はこなす。
 6日(火)は学長室の打ち合わせ、生活科学部で卒業保留にした学生の保護者からのお手紙について事情を聴き、お返事。午後は女性文化研究所の運営委員会と女性文化研究賞の選考委員会。
 7日(水)はAERAの一色編集長との対談。明るい色のスーツをというので肌寒い中、初夏用のスーツ。週刊朝日の林真理子さんの対談の時のカメラマンの方なので、心強い。写される私は変わらないが、カメラマンによって本当に写り方が違う。
 教育会議では場所柄もわきまえない発言をして得々としている方がいて驚く。自分のことは棚に上げて人を批判するのを聞くと腹が立つが、自分をなだめる呪文が「徳なきは憐れむべし」である。夜、仏壇のはせがわの会長ほかと会食。改めてその人間性と経営哲学に感心。
 9日(金)はパシフィコ横浜でAPECの会議のモデレーターを務める。他の国では女性の登用が経済の活性化に役立っているのに、日本の歩みはどうしてこんなに遅いのだろう。国内だけを見ていると少しは進歩しているからまあいいかと思うのだが、アジアの国々の変化は目覚ましい。帰り、「クローズアップ現代」の国谷さんと話こむ。魅力的かつまじめな方でますますファンになる。
 10日(土)は三月期入試。みぞれ交じりの中、約300人余が受験。今年の受験生は全体で昨年に比べ1割近く増加したことになるが、アドミッション部はじめみんなの頑張りのおかげ。午後、国際人材養成の活動をしているNPOでスピーチ。
 11日(日)は震災1周年。もう1年、まだ1年。昼は家族全員集合。その後、ハビタット協会の震災記念のイベントに。夜は鈴木さん夫妻、岩城さんと会食。

ニューヨーク [2012年03月07日(水)]

 先月26日(日)から少し調子が悪く風邪をひいたらしい。29日(水)からアメリカに行くので慎重を期し、夜の会合もドタキャンで欠席。火曜日も熱があるので医院にいき、5日分の薬をもらう。熱があると何もしたくなくなる。タクシーで帰宅。すぐに眠り、5時頃に目が覚めたので、パッキング。雪が降っているので、少し早めに家を出る。結果的には予定通りの時間に私は到着したが、飛行機の出発が1時間遅れ、機内で待機。
 東海岸までの機内は書き入れ時で校正や原稿書きをするのが常だが、今回は機内映画を見たり、本を読んだりして過ごす。暇だと緊張感がなくなって風邪をひいたりすると反省。
ケネディ国際空港の入国審査の時間がかかり過ぎるが無事ホテルへ。国連のパスをもらう。旧友のサリーのお姉さんが、用意していてくれていたので写真も撮らなくていい。夕方は、国連代表部へ行き、西田大使公邸ですばらしい夕食会。さすが西田さん。
 次の日はチャーチセンターの地階で農村女性のワークショップ。参加者多数。日本の農村女性がこういう場で発言し、参画するのははじめてだろう。この一世代の間に農村女性は大きく変わったことを発信すべき。CSWでは災害とジェンダーの決議案提出。橋本さん、木村公使のがんばり。他にも出た方がよい会合は山のようにあるが、今回は私のエネルギーが低く、ホテルで寝ている時間を確保。夜は橋本さん、岡島さん、鹿野さんもいっしょに農村女性グループと夕食会。
 2日(金)はボストンへ。昭和ボストンのキャンパスに来るとほっとする。新しい学部について話し、また卒業生のフェローとも会えるし、短期間でもできるだけボストンに行こう思う。

修了式 [2012年03月02日(金)]

 2月下旬は知人から頼まれた講演が重なって、20日(月)は福岡に行く。福岡大学が九州の財界から資金を集めて研究プロジェクトをしているのに感心。これも永野芳宣さんの手腕である。九州財界人は個性的な方が多くて楽しい。次の朝、永野さんと一緒だったのでVIP扱い。

 21日(火)久しぶりに人見名誉理事長と会食。


 22日(水)はブラッシュアップキャリア塾の修了式。いいプログラムだと思うのだが、参加者が伸びないのが残念。そのあと伊藤忠の小林会長、橘・フクシマ・咲江さん(G&S Global Advisors代表取締役社長)と鼎談。日程を合わせるのが大変だったが、さすがの内容で一部分だけにまとめるのがもったいない。鼎談後、平尾理事長と食事。新しい学部の特徴をどう出そうか苦慮していたが、現実のビジネスとのタイアップでいく方向になってきた。夜は、あきしの会とハーバードの仲間と銀座で歩いている時に、見知らぬ読者の方から声をかけられる。私の本を読んことがきっかけで、自分の勉強のために大学院に進学したそうだ。作者冥利につきる。

 23日(木)は大学部局長会終了後、飛行機で富山県立図書館八十周年記念講演に向かう。視界不良で前の飛行機は、一時間遅れ。私が乗る飛行機も引き返すかもしれないと言われてハラハラするが間に合う。皆さん熱心に聞いてくださる。また、図書館で私の本の目録を作ってくださったのに感激。その後、光葉同窓会の方と会食。翌日は、京都へ行く。

寒波 [2012年02月20日(月)]

 先週末は再び寒波がやってきた。

 14日(火)夜は、PHPの会議室で渡部昇一さんなどの勉強会でスピーチ。80歳を過ぎておられるそうだが、お元気。こういう高齢者が増えていくのは心強い。
 15日(水)は、学園のネクタイ・ハンカチのデザインコンペの表彰式、大学院委員会、経営協議会、新学部構想委員会と続く。新しい学部も理想だけでなく具体的に定員や教員をどのような人にお願いするかという段階に入ってきて悩ましい。女性文化研究叢書「女性と情報」の試し刷りの本が届く。なかなか立派に見える。
 16日は学長室の打ち合わせ、校舎検討委員会、理事会と続く。夜はものつくり大学理事長の石岡ご夫妻などと会食。


 17日(金)は朝日新聞の教育欄に昭和女子大学の学長として掲載される。写真は新体育館で学生と。理事長との打ち合わせの後、文部科学省、経済同友会、3時から女性文化研究所の研究員の発表、杉田さんのアンケートは回収率の悪さが気になる。中田さんは生田長江と与謝野晶子に関して、高橋さんは投稿短歌欄について。女性の短歌は分析の仕方によってはいろんな可能性がある。
 夜は久しぶりにブラインドスポットの平塚さんと麻布で。雪が降る中を帰る。
 18日(土)は山形県村山市で講演。きくちいまさんと会う。相変わらず素敵な着物姿。福島までは乾いた晴天だったが、米沢あたりから雪が深いので嬉しくなる。同窓会の方たちも多数来場。市民委員会の方の手作りの漬物がおいしい。講演の後の蕎麦懐石も建設会社の社長さんの副業だが、なかなか凝った料理。地方の方が幸福度指数、豊かさ指数は高いように感じる。蔵王で泊まりたかったが、ハイシーズンの土曜日、一人客は歓迎されないので、その日のうちに帰宅。