2018年7月

留学カフェ~リアルな日本語教育を知る 第2弾 実施報告 [2018年07月31日(火)]

<日文便り>

インドネシアに渡り、長期間滞在して日本語教員を務めた日文4年生と日本で大学院に所属しながら
日本語学校に非常勤講師として勤務している院生がそれぞれの体験談を語ってくれました。
二人の経験を通して明らかになったことは、日本で日本語を教えることと外国で日本語を教えるこ
との違いです。外国ではゼロから日本語を学ぶ生徒も多く、わかりやすいジェスチャーが重要な伝え
方の一つになるのだそうです。両発表とも明朗な口調で非常に聞き取りやすい声だったことが印象に
残っています。ここにも二人の培ってきたスキルがはっきりと見えます。

 
実際に現地の状況を見てみる、そしてその国に興味を持つことと研究を続けながら
日本語教育の未来を見据えることの大切さが見えてきた有意義な時間でした。
二人の発表のあとは、恒例の歓談タイム。
参加した学生は興味津々で、色々な話を聞けたようです。
  
留学カフェは後期に第3弾を計画中です。
少しでも異文化に興味を持った学生は話を聞きに来てみて下さい!
〈KM〉

インドの日本語教室訪問 [2018年07月24日(火)]

〈研究室便り〉
 今年3月に初めてインドへ行ってきました。
プライベート旅行でしたが、インドの日本語教育の拠点の一つプネでは、
日本語教育アドバイザーとして日本から国費で派遣されている日本語教育専門家を訪ね、
プネ大学、ティラクマハラシュトラ大学、社会人向け日本語講座を持つプネ印日協会を訪問し、
一部の日本語教室を見学させていただきました。
インドの経済発展と印日関係の改善を背景に、インドの日本語学習者はここ15年で
約3.5倍に増え、現在は、180余りの機関で約24,000人が日本語を学んでいます。
インドの日本語学習者の約半数は、社会人(あるいは学校教育以外の機関で学ぶ学習者)で、
日系企業や日本と取引のある会社に勤める(あるいは今後勤めたいと思う)人たちが
多く学んでいます。
 また、仕事とは関係なく、純粋な趣味として日本語を学ぶ人たちも多くいます。
 
 
写真は、名門プネ大学の日本語教室がある校舎の入口と、日本語教室で出会った学生さんたちです。
私が見学させていただいた平日の午前の時間帯の教室では、主婦の方たちや写真のような
大学生が20人ほど集まっていました。大学生たちは、プネ大学の他の学科の専攻生や
プネにある他の大学の学生たちで、本科の授業がない時間帯を選んで、
日本語教室に来ているということでした。
広告、ソフトウェア開発など自分の専門を生かして将来は日本企業に就職したいという人もいれば、
すでに日本に就職することが決まっていると期待に満ちたか表情で話してくれる人もいました。
一方、アニメやドラマが大好きで日本に興味を持つようになったという人もいました。
どの学生も目を輝かせて日本や日本語への興味を語ってくれ、私は久しぶりに心を洗われるような
思いを経験しました。
今日はインドの日本語教育の一端をご紹介しましたが、世界には130か国で365万人余りが
日本語を学んでいます。
昭和女子大学は、日本語教育学の専攻を古くから持つ伝統ある大学の一つです。
多くの受験生、在校生が日本語教育に関心を寄せてくださることを期待しています。
(Y.O.)

授業紹介~創作A(エッセイ・シナリオ)~ [2018年07月17日(火)]

<授業紹介>
未来を切り開く発想力・創造力育成のための「創作論」、
それを私は「クリエイティブ・レッスン」と称し、
創造力育成の魅力的トレーニングにチャレンジしています。
レッスンの特徴は「ワクワク楽しく、頭はクタクタ」。
それでは「クリエイティブ・レッスン=創作論」冒険のスタートです。
「どこにもないものを創りたい」学生たちの情熱・モチベーション・
創造的な野心、それをコアに検証実験に挑戦しているのが、
この「クリエイティブ・レッスン=創作論」。
ただこの「クリエイティブになるための思考ツール」というのが難題。
現状の教育システムには存在しないし、
私自身「どこにもない新しいもの」を創り出す方法を教わった経験はないし、
規則もメソッドも、ルールもない。だからこそ、とてつもなくスリリングなのです。
何が起きるかわからないからこそ、「やってみなければわからない」。
つくりながら考えていけば、見えなかったものに出会い、気づくはず。
状況に変化が起きれば、作戦・戦略を変えればよい。
クリエイティブなもの創りの原動力は、「方法」であって、
「才能」ではないからです。柔軟な発想で対処できる「筋力」を磨けば、
ステキなモノは必ず生まれる。そんな「ワクワク・ドキドキ」の授業は、
まずは出会いと交流の場つくり「ウォーミング・アップ」から
毎時間スタートします。

ウォーミング・アップ一つ目は「世界に一つの名刺つくり」。
初めて人と出会うときのお決まりは「自己紹介」。
ところが、大抵の自己紹介はワンパターンで印象に残らない。
フツーにあるモノに、「新しさ」と「面白さ」のスパイスを加えることができたなら、
そこで思いついたのが「世界に一つの名刺つくり」。
私らしさをギュッと凝縮した個性あふれる自分だけの名刺つくりは、
三つの空欄を埋めるところからスタートです。
私は(  )が好きです。私は実は(  )です。私はいつも(  )です。
この三つの空欄を考え、私らしさを表現した名刺。
つづいて、インプロゲームでカラダと心をほぐし、
「面白い」を生み出すクリエイティブ・テストにチャレンジ。
毎回ウォーミングアップの素材を変えることで、「ワクワク・ドキドキ」
の創出を目指します。

メインワーク:<未来へのストーリー>
毎回ミッションとしてメインワークを用意しますが、本格的な執筆活動がスタートしたのは6月。
はじめは「リレー物語」。物語の始まりは同じでも、人それぞれに展開していく新たな物語。
五分後に隣の人からパスされた物語を、響き、つなげ、広げていくなかで、
1人では決して思いつかないストーリー展開に皆が夢中になっていきます。
「ジャズの即興を体感したような気がする」そんなコメントに私はワクワク。
さらに「アイディア」をゆさぶるために、「ショート・ショート」に挑戦。
思いつく名詞を浮かべること、そこから絞った一つのタームから、
さらに連想を広げていくこと、その連想のワードと最初の名詞をドッキング、
不思議なワードつくりのステップで生まれた言葉がショート・ショ―トの素材。
<「面白い」と思う気持ちが私の背中をグイグイと押し続けてくれました。>
とコメントにあるようなステキな「ショート・ショート」を経て、
いろいろな視点から世界を眺めるワークが続きます。
「多様な視点で世界をながめる」と言っても素材は「浦島太郎」
そう、NHKで大人をも夢中にさせた「浦島太郎裁判」を実践することに挑戦。
裁判官・検察官・弁護士そして証人カメ、浦島太郎・乙姫と、
役になった学生は本気で語りはじめます。裁判員になった仲間たちも
メモを片手に必死で参加。評決のためのディスカッションは、ヒートアップ。
<たかが昔話、されど昔話、こんなに私たちを刺激するなんて、思ってもいませんでした。>
<立場が変わると、視点が変わると見える風景が変わります>
そんなコメントを受け、7月4日の挑戦ワークが一人称で語る昔話。

「それは誰のまなざしか」
授業の最初を少しばかり実況中継してみましょう。


私は語ります。
「もし、あの童話の主人公が、昔話の主人公が、自らの口で語ったなら、
どんな物語が生まれるでしょう。さあ、挑戦です。みなさんが、
昔話・童話の主人公になりきって、みなさんの目線で物語を語りなおし、
リメイクしていただきたいのです。視点が変われば、おのずと
浮かび上がるのは、主人公の心のうち、イマジネーションをとばし、
ひろげ、オリジナルな主人公の「心の声」を創り上げてみましょう。」
「えっ~難しい、だってお話がもうあるのに~
先生例えば、どんな感じですか」と学生。
私は答えます。「例えば 浦島太郎が語る<浦島太郎>…乙姫様のごちそうに、
鯛やヒラメの舞い踊り、ただ珍しく、おもしろく、月日のたつのも夢のうち・・
でも正直なところ、おいらはもう竜宮城にあきちゃった。
どうしても故郷に帰りたいんだよう・・・」
「シンデレラが語る<シンデレラ>…そのおばあさんは、私の前で言いました。
「さっ、めをつぶってごらん。
サラガドゥラ メチカブラ ビビディ・バビディ・ブー うたえ 踊れ 楽しく
ビビディ・バビディ・ブーいいよ、ゆっくり目をあげてごらん・・」
私はびっくりしました。かがみにうつっているのは誰?ステキなドレスに
キラキラのティアラ・・・ これ・・本当に私?」
どのお話の主人公になろうかと、学生たちのリサーチがスタート。
決めるや否や一斉にがんがん書き始めます。90分の授業が終了したとき、
そこには35の新たな「昔話」が誕生です。

ほんの少しご紹介しましょう。
「お母さんブタが語る<三匹の子豚>」
「こんなはずじゃなかった」
私はたまにふとそう思います。そして、自分の子どもを思い出します。
私があの時、正しい選択をしていれば誰も失わずに済んだのかもしれないと。
あれは一年前のこと、夫に先立たれた私は女で一つで」

「オオカミが語る<赤ずきん>」
赤と言えば、りんご、赤ワイン、肉、血液…
全部おれのすきなもの、だから、はじめて君をみたとき、一瞬で虜に
なっちまったんだ。真っ白な肌を、どこまでも真っ赤な頭巾で包んだ女の子。
どうしたら、君のそばに近づけるんだろう・・」
「笛吹男が語る<ハーメルンの笛吹>」
「君の持つ笛の音はいつも正しい音をしているね」そういってくれた人がいた。
「どういうこと?」目で訴えた僕に、その人は続きを教えてくれた。
それなのに、今、どうしてもその続きが思い出せない。
目の前でおぼれ死んでいくネズミを見ながら、どうして、
こんなくだらないことを思い出してるんだろう、苦笑した・・

「グッとくる、そう、グッとくる本物をつくるためには、
いろんなモノやコトを体験することが必要だとわかりました」
学生たちのコメントが私背中を押してくれます。

新しい「ワクワク」「面白さ」を創造するクリエイティブ・レッスン、
エネルギーを注げる「テーマ」「素材」「仕掛け」への冒険はこれからも続きます。

〈AO〉

オープンキャンパスのお知らせ [2018年07月16日(月)]

<日文便り>

みなさん、こんにちは!
日文キャラクターさくらです。

最近すっかり熱いですね。
こまめに水分補給をして、元気に夏を過ごしましょう♪♪

さて、今週末はオープンキャンパスが行われます。

7月22日(日) 10時~15時

★学科の企画★
学生による学科紹介
時間 10:45~11:00/13:45~14:00 ※同一内容
場所 B13S38教室

体験授業 和歌が分かる?―百人一首を読み解こう―
講師 丹下暖子 専任講師
時間 11:10~11:50/14:10~14:50 ※同一内容
場所 B13S38教室
三十一文字の和歌の世界をひらくと、思いもよらないドラマが待っています。
暗記だけでは分からない百人一首の世界に触れ、800年もの間、読み継がれてきた理由を考えてみましょう。

――大学って、女子大って、どんなところ?
と、気になっている方は多いのではないでしょうか?
学科ブースでは、学生のキャンパスアドバイザーが
大学生活について何でもお話しますよ!

みなさんとお会いできることを楽しみにしています♪

(SAKURA)

基礎演習(一年次必修)―言葉に対する感度を上げよう― [2018年07月13日(金)]

〈授業紹介〉
基礎演習(一年次必修)―言葉に対する感度を上げよう―

基礎演習は大学での学びの基礎を固めていくための授業です。
「図書館利用法」「情報検索の仕方」「要点のつかみ方、まとめ方」
「レポートの書き方」(構成・引用の仕方・テーマの設定の仕方)などを
基礎の基礎から学びます。

さて、今日の授業は「言葉に対する感度を上げる」です。
レポートは優等生ではつまらない。
そこに、その人なりの観点・切り口、そして表現のこだわりがほしい。
似たような言葉でも、自分なりの使い分けを意識しよう。

ここで例題

A〈恋〉と〈愛〉の違い
B〈生活〉と〈人生〉の違い

それぞれ自分で考えて、隣の人と話し合い、板書して、みんなに説明します。

・〈恋〉はピンク、〈愛〉は赤。
・〈恋〉はドッジボール、〈愛〉はキャッチボール。
・漢字に注目!〈恋〉は下心(下に心)、〈愛〉はまごころ(真ん中に心)。

など、よく練られたおもしろい意見が続出しました。
感度はビンビンだったようです。

これから出てくるレポートが楽しみです。
〈FE〉

 

日本文化発信プロジェクト 活動の様子1 [2018年07月12日(木)]

<日文便り>

こんにちは!日本文化発信プロジェクトの御手洗です!
日本文化発信プロジェクトは、2016年からスタートしたプロジェクト科目で、今年で3年目になります。
昨年は、留学生に「やさしい日本語」で狂言を紹介するガイドブックを作成しました。
今年は「外国人に狂言の台本(台詞)も楽しんでもらうこと」を目標に活動しています。

今回は、演目「附子(ぶす)」の紹介したい台詞をピックアップし、「やさしい日本語」で逐語訳をつけました。
ホワイトボードにアイデアを書き出して議論したり、プロジェクトメンバーの留学生に率直な意見を聞いたり…
思いもよらない箇所につまずいて苦戦しましたが、色々な意見をもとにどう方向を見定めていくか、これこそがプロジェクトの学びです。
私の専攻は文学なので、文学的視点ではなく、日本語教育の視点からみる狂言の台本は新鮮でした。

夏休みには日本語学校の留学生との意見交換会を予定しています。

次回は日本語学校との交流の様子をお届けします!

留学カフェ~リアルな日本語教育を知る 第2弾 [2018年07月11日(水)]

<在学生の方へ>

留学カフェを行います。
今回のテーマは日本語教育、タイトルは「リアルな日本語教育を知る第2弾」です。
日本語教育に興味関心のある方はぜひご出席ください。

日時:7月12日(木)昼休み
場所:リソースルームにて

「第2弾」というタイトルに「あれ?」と思われた方もいらっしゃるかもしれませんね。
実は、先週、第1弾を行いました!
日本語学校でのインターンシップ経験及び日本語学校見学経験がある日文4年生が説明をした後、質疑応答に移りました。参加した学生はいずれも日本語教育を履修中の学生達でしたが、授業で学ぶ日本語教育とは違う、「リアルな日本語教育」を知る貴重な機会となったようです。
日本語教育とは、日本語を母語としない外国人に対して日本語をどのように教えるのか、その教え方を研究したり、外国語としての日本語のメカニズムを研究する学問です。学問としての知識しかない学生にとって、日本語学校での経験を有している先輩の具体的な話は、これからの模擬授業での心構えや海外実習での具体的な注意点として学ぶことが多かったようです。

日本語教育を専攻する日文の身近な先輩の実体験は、大いに刺激になります。
第2弾へのご参加も、ぜひお待ちしております!

  

(KW)

芥川龍之介と美術 ― 授業のひとこま ― [2018年07月09日(月)]

〈授業紹介〉

私は、数年前から「文学と美術」(日本文学Ⅰ・近代B)という授業を
持っているので、それにちなんで、「芥川龍之介と美術」のお話をします。
美術といっても、さまざまなジャンルがありますが、今回はその代表の
「絵画」をめぐる話です。


↑「沼地」を発表したころの芥川龍之介(1919)

絵を描く人=画家=絵師といえば、皆さんは「地獄変」(大正7年4月)の
絵仏師良秀のことを思い浮かべるかもしれませんが、今回のテーマは
「地獄変」ではなく、「沼地」(大正8年5月)という作品です。
この作品のあらすじは、以下の通り。

「私(わたくし)」は或る絵画展覧会場で「沼地」と題された一枚の油絵から、
芸術家の恍惚たる悲壮の感激を受け、かたわらの美術記者に「傑作です」と言うが、
記者はその評を嘲笑し、思うように絵が描けないため狂気となって自殺した画家の絵だと告げる。
しかし「私」はそれを聞いてもなお全身に異様な戦慄を覚えつつ、
記者に向って再び昂然と「傑作です」と繰返す。
作品の本文には、

画は確、「沼地」とか云ふので、画家は知名の人でもなかつた。
又画そのものも、唯濁つた水と、湿つた土と、さうしてその土に繁茂する草木とを
描いただけだから、恐らく尋常の見物からは、文字通り一顧さへも受けなかつた事であらう。
その上不思議な事にこの画家は、蓊欝たる草木を描きながら、一刷毛も緑の色を使つてゐない
蘆や白楊(ポプラア)や無花果を彩るものは、どこを見ても濁つた黄色である
まるで濡れた壁土のやうな、重苦しい黄色である。
(…)しかしその画の中に恐しい力が潜んでゐる事は、見てゐるに従つて分つて来た。
殊に前景の土の如きは、そこを踏む時の足の心もちまでもまざまざと感じさせる程、
それ程的確に描いてあつた。踏むとぶすりと音をさせて踝(くるぶし)が隠れるやうな、
滑な淤泥(をでい)の心もちである。私はこの小さな油画の中に、
鋭く自然を摑まうとしてゐる、傷(いたま)しい芸術家の姿を見出した。
さうしてあらゆる優れた芸術品から受ける様にこの黄いろい沼地の草木からも
恍惚たる悲壮の感激を受けた
。実際同じ会場に懸かつてゐる大小さまざまな画の中で、
この一枚に拮抗し得る程力強い画は、どこにも見出す事が出来なかつたのである。

とあります。
引用が長くなりましたが、このような陰うつな絵が実際にあるかどうか
はともかくとして、「黄いろい沼地」の絵は、〈黄色の画家〉と
呼ばれたゴッホの絵を、容易に想起させます。
「沼地」の、狂気となって自殺した画家の設定もまた、精神を病んで、
ピストル自殺をしたゴッホに重なるからです。

芥川は、ゴッホを通して「絵画」を発見し、やがてゴッホと同じように、
魂の苦悩に憑かれ、自殺してしまいました。

↑ゴッホの「黄いろい」絵の代表作「ひまわり」(1888)

この作品からは、いくつもの解釈が導き出せますが、語り手の「私」の
「黄いろい沼地」の絵から受けた感動を、作者芥川が「恍惚たる悲壮の
感激」と表現していることに注目してほしいのです。
というのは、この作品に先立つ「戯作三昧」(大正6年11月)にも
「恍惚たる悲壮の感激」という言葉があり、「地獄変」にも
「恍惚とした法悦の輝き」という表現が出てくるからです。
つまりこの言葉は、芥川にとって芸術家の理想の境地を示すものなのですね。

しかし彼らは、「沼地」に典型的なように、世間には理解されません。
逆に、世間の無理解こそが、優れた芸術家のあかしになるわけです。
芥川龍之介自身は、決して世間に理解されなかったのではなく、
むしろ当時の人気作家のトップランナーでしたが、芸術家を真の芸術家
たらしめる根源が世間の理解や人気と一致しないこともまた
よく知っていたのでしょう。
芥川龍之介は自殺の一か月前(昭和2年6月)に発表した
「文芸的な、あまりに文芸的な」の中で、

「西洋」の僕に呼びかけるのはいつも造形美術の中からである。

と述べているほど、「美術」は彼にとって「西洋」を知るかけがえのない体験でした。
その他、東洋美術にも造詣の深かった芥川。
自画像として「河童」の絵を描き続けた芥川。
などなど、芥川龍之介と美術に関する話題は、尽きるところがありません。

続きを知りたいかたには、ぜひとも私の授業に出席してもらいましょう。

〈YS〉

・.★+日文流七夕・.★+ [2018年07月06日(金)]

<日文便り>

こんにちは、日文キャラクターさくらです。
7月7日は、七夕ですね!
(七夕に関するT先生の記事はこちらから! → ミ★

昨年日文教授室前に七夕飾りをしたのですが、
学生に好評で「今年もぜひやってほしい」との声があがりました。

残念ながら今年は笹はないのですが、
掲示板の緑を笹に見立て(?)
学生のみなさんが短冊をかけられるようにしました。

早速、学生のみなさんがたくさんの願いを書いてくれましたよ^^
(一部教職員のものもあります☆)

明日まで行っていますので、学生のみなさんぜひぜひ書いていってください♪

(sakura)

 

授業紹介~近現代文学を読む「演習Ⅱ」~ [2018年07月05日(木)]

〈授業紹介〉

今回は、演習形式で近現代文学の作品を読み解いていく授業「演習Ⅱ」をご紹介いたします。
演習とは、教員が講義をする授業とは形式が異なり、学生が主体となるもので、
対象の作品について調べ、考察した成果を発表する場となります。
前期は、有島武郎、芥川龍之介、梶井基次郎、太宰治、梅崎春生、三島由紀夫、小川洋子
といった作家の作品を扱っております。
文学(小説)など、自然にすなおに読んだらそれで良い、などというような声を
世間(?)で聞くこともありますが、それは、あくまでもその当人にとっての
〈自然〉〈すなお〉でしかないということを、まず自覚する必要が出てきます。
〈すなおに読んだら、〇〇と読めるでしょ〉
〈誰がなんと言おうと、私は△△と読んだ〉
という態度では、傲慢で独善的です。
そのため、その作品に対し、他者の読解(先行研究)がこれまでに
どのように為されてきたかということを踏まえる必要が出てきます。
それは時代の流れの中での、価値観の移り変わりを読み取ることともなります
(例えば、教科書でも有名な太宰治「走れメロス」なども、
ずいぶんと読み取り方が変化しております)。
それを踏まえた上で、改めて〈現在〉の視点から、どのようにその作品を
読み取ることができるのか、ということを熟考していきます。
もう少し正確に言えば、〈いま〉その作品の読解を考えていくこと自体が、
結果的に我々が〈現在〉どのような価値観を持っているのか、ということを
浮き彫りにしていくことになるのだと思います。
ただ、〈現在〉の価値観と一言でいっても、当然かんたんに
導き出せるものではありません。
そのため、グループ内において徹底的に話し合った上で発表者たちは本番に臨み、
更に発表後、それを聴いていた他の学生たちとの間で再び話し合っていき、
より説得的な読解を導き出していくこととなります。
時に思いもよらない新しい視点が生まれることもあり、
とてもスリリングな時間となっています。
また、そうした場を共有することで連帯感のようなものも改めて生まれていきます。
写真の当日は、このあと大学のキャンパス内にある「光葉博物館」に、
春の特別展「ことばのいろ ことばのおと~人見東明と白秋・露風の詩の世界~」
(6月1日~30日)をみるために行きました。
ちいさな文学散歩のようなものですが、少しのびのびとした時間の中で、
改めて詩の世界に触れることができました。
またこうした文学散歩のような機会をつくり、改めて学生間での交流も
深めていきたいと思っております。
〈YN〉