日本美術史担当の植松勇介です。
小生、静岡県浜松市に住んでいます。昭和女子大学には関東在住の学生が多いため、静岡県や浜松市は縁遠い土地でしょう。折にふれ、静岡県西部地域の歴史・文化を紹介していきたいと思います。
////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////
浜松市中区鴨江に「根上がり松」と呼ばれるクロマツが二本あります。樹齢は200年とも400年とも言われ、根が地表から2メートルほど浮き上がっており、その姿は植物よりも動物を思わせます。
平成19年(2007)7月、この根上がり松の一本が暴風雨で根元から折れてしまいました。幹が空洞化し、自重に耐えきれなくなったようです。
「根上がり松、倒れる」のニュースに接したとき、小生はその一部が欲しいと思いました。根上がり松は浜松市の文化財(天然記念物)に指定されており、通常ならば小枝一本折ることも許されないのです。
早速、浜松市役所に問い合わせたところ、主幹部はすでに粉砕されていましたが、幸い太い枝が残っており、1メートルほど譲り受けました。
入手した材をどう加工しようか、あれこれ思案した結果、香合を作ることにしました。しかし、挽いてくれる木地師がなかなか見つかりません。松は脂(ヤニ)があるため、工具が傷みやすく、木工品の材としては不向きなのです。
一年後、長野県南木曽町の木地師、小椋榮一氏が加工を引き受けてくださいました。完成したのはさらに一年後。結局、二年の歳月を要しましたが、仕上がりには満足しています。
香合は木目を活かすため、あえて何も塗っていません。脂が染み出てきたのか、木目がすいぶんはっきりしてきました。蓋を開ければ、今でも清々しい香りが立ちのぼります。
浜松市役所に連絡するのが一日遅れていたら折れた部分はすべてチップになっていたかもしれません。用途など考えずに行動を起こして正解でした。一方で、信頼できる木地師が見つかるまで焦らず待っていたことも良かったと思います。大胆さと慎重さ ―― どちらが欠けても根上がり松の香合は得られなかったでしょう。