「原典講読」で明大博物館(刑事部門)に行きました。 [2019年02月23日(土)]

西洋史の山本です。こんにちは。

今学期の「原典講読」ではジャンヌ・ダルクとマリー・アントワネットを扱いましたが、この二人はいずれも処刑されたために、その方法に関して授業内で議論がありました。刑罰や拷問については文献や図版だけでは分かりづらい面があると思います。そこで学生たちとともに、明治大学博物館(刑事部門)に行ってきました。

ギロチンと「鋼鉄の処女」

明治大学が宮城浩蔵ら法律家らにより創設されたことは有名ですね。彼らは、刑法においても西欧化が進む明治時代において、急速に忘れ去られていた江戸時代以前の刑罰・拷問器具の複製品(レプリカ)を作らせました。もちろん興味本位ではなく、一種の「負の遺産」として。これが刑事部門のコレクションの起源で、やがて拷問器具のみならず文献資料などの蒐集も行われ、現在にいたるそうです。また、同博物館で有名な「鋼鉄の処女」と「ギロチン」も、西洋における刑罰理念の一例として展示されていました。

2名の歴文生に感想を書いていただきました。どうぞご覧ください。

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明治大学の博物館で、特に拷問に関する展示を見てみて、実物を見ることの大切さを改めて痛感しました。私はここに足を運ぶ前、授業の中でフランス革命を取り上げた際、ギロチンについて調べて発表しました。そのためギロチンの仕組みは、文章を通してどのような手順で行われるのか理解した上で見たのですが、文章では伝わらない、ギロチンの幅や高さ、簡素なロープ、鈍く光る刃、首が固定される穴の大きさなど、視覚を通して体感することができました。また学芸員の方に解説して頂いて、日本ではどのような拷問が行われていたかなどお話を聞くことができ、西洋との考え方の違いや刑罰について考えさせられるいい機会となりました。(2年T・Mさん)

江戸時代の刑罰・拷問

明治大学の博物館には色々な拷問具や刑具が展示されていました。その中のギロチンのレプリカは私が一番見たかったものでした。レプリカでも、どっしりとした存在感があり、死刑囚の首に下ろされるであろう刃は重そうでした。私が初めてギロチンの存在を知ったのは小学生の頃でしたが、その時は「人間の首を一瞬で落とすなんてなんて恐ろしい道具を人類は発明したんだろう」と思っていました。しかし明治大学の学芸員の方もおっしゃっていた通り、当時は人を苦しめずに処刑できる人道的な処刑道具としてギロチンが開発されたというのが真実でした。けれども、その後大量の処刑が可能という特徴をナチスドイツに利用され多くの反逆者とされる罪のない人を静かに殺す道具になったという運命は残酷だなと思います。日本でのギロチンの展示はここだけなのでまた足を運びたいです。(2年S・Aさん)

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昭和女子大学の歴史文化学科では、「手で考え、足で見よう」をキャッチフレーズとして、文献のみならず実際に「現場」に行って学ぶ教育が推進されています。受験生(または保護者の方々)は、ぜひ大学ホームページ等をご覧いただきたいと思います。

末尾ながら、突然の訪問ながら丁寧にご説明いただいた同博物館学芸員の外山徹先生には、厚く御礼を申し上げます。