‘小野寺拓也’ タグのついている投稿

3年生・1年生合同ディベート大会(@望秀学寮)が開催されました! [2016年10月27日(木)]

こんにちは、松田忍です。

10月19日から22日にかけて3泊4日の望秀学寮が開催され、歴文3年生と1年生約200名が参加しました。

望秀学寮の目玉プログラムの1つが3年生と1年生の縦割り班によるディベート大会です。

歴文生たちは、専門教育のなかで「確かな情報に基づいて研究する力」や「実践型の学びや海外演習のなかで培った広い視野」の土台がしっかりできています。そうした堅固な土台の上に、さらに「発信する力」や「議論する力」を鍛えて、自信を持たせて社会へと送り出したいと思っております。そのため、学寮や必修授業の機会を使って、段階的にプレゼンやディベートの経験を積ませるべく、路線整備を進めて参りました。そのステップの一つが望秀学寮でのディベート大会であります。

ディベートという形式になると、学生たちもかなり緊張感が増すようでありまして、夜の自由時間も、各部屋で綿密なミーティングがおこなわれたようであります。

さて、今年はディベートのテーマとして、「外国人労働者の受け入れ拡大は是か非か?」のテーマを学生たちにぶつけました。大学生のみなさんがこれから先、生きていく社会の未来像に関わる非常に重要な課題です。現実問題として外国人労働者が増えている実情がありつつも、円滑な受け入れ実現のために、クリアせねばならない課題も山積しているのが現在の状況だと思います。幸福な未来に生きるために、いかなることを考えて議論していくべきかをあぶり出すような機会になることを願って、このテーマを掲げました。

ディベートは、3大学共同ゼミを運営している小野寺先生によって練りこまれた「小野寺方式(!?)」にのっとって行いました。 おおむね7つのSTEPで学びを深めていきます。

STEP 1 参考文献やネット上で公表されているデータなどを分担して集めて、学寮に持ち込む。

100枚以上の統計資料に付箋をびっしり貼り付けて持ち込んだ学生もいて、チームのメンバーから褒め称えられていました笑

1_DSC05044_R

STEP 2 KJ法を用いて、テーマに関わる論点を出し尽くし、整理する。

テーマに関して考えられる問題点を、どんどん付箋に書いていき、論点をチームメンバーで共有していきます。

16_DSC05066_R1_DSC05043_R

 

STEP 3 各グループごとに論点を模造紙にまとめ、YES/NOの立場を明確にしたプレゼンをおこなう。

外国人労働者受け入れ拡大のメリットと現状における問題点を比較検討し、各グループごとの結論を報告しました。この段階で賛成の班と反対の班の数が拮抗していたことが印象的でした。

1_DSC05042_R4_DSC05049_RDSCN9914_RDSCN9899_RDSCN6756_R

STEP 4 ランダムに振りあてられたYES/NOに沿って、ディベートでの立論と討論の準備をする。裁判官役の学生はディベートの進行戦略を練る。

プレゼンでYES or NOのどちらの主張をしたかに関わりなく、ランダムでYESかNOの立場が割り当てられます。それに従って、今度は討論するための論理の組み直しが求められます。裁判官にあたる学生は、自分が担当する対戦カードのグループに貼りついて、事前の情報収集をして、ディベートの進行戦略を練ります。

みなさんの真剣な議論の様子をご覧下さい。

8_DSC05072_R4_7_DSC05105_R_R6_11_DSC05069_R_R10_DSC05093_R6_DSC05058_R2_DSC05045_R

STEP 5 ディベートでの対戦!

いよいよディベート本番です。今回は準備段階で確実な統計の数字を多数用意して議論することを求めました。ドイツの事例やシンガポールの事例、さらには日本における外国人労働者の実情などを示す具体的なデータが飛び交っていて、私もたいへん勉強になりました!ディベートがおわると、裁判官学生からYES/NOの判決とその判断理由が開示されます。

DSCN6789_RDSCN6801_RDSCN6776_R

STEP 6 教員からの講評

論点の組み立て方に関して上手かった点や、本来厳しくつくべきだったのにつききれなかった部分があったこと、さらには相手の意見を尊重した冷静な議論ができていたかどうかなどを教員から講評いたしました。

DSCN9877_R

STEP 7 学生同士での互選投票でディベートでのMVPを決定して景品贈呈!

最後にその対戦カードで最も活躍した人を学生同士の互選投票で選び、表彰しました。これ選ばれた人は嬉しいだろうなぁ!!

DSCN9875_R

各チームでは、「歴史文化と社会」(3年必修授業)にて、すでにディベートを経験している3年生が、1年生を優しくリードしている場面が見受けられ、1年生からは「2年後あんな風になりたい!」との声が多数聞かれました!ディベートの時にも、1年生が発言する機会を作ったり、1年生を3年生が挟む形でサポートしたり、 それぞれの工夫が見られ、とても良かったですよ!

受け入れ拡大の規模をどの程度まで見込むのかは論点が分かれますが、日本社会の今後の活力を考えても、国際社会における日本の位置を考えても、外国人労働者の受け入れは不可欠であり、すでに進行している現実でもあります。ただ現在の法制度や意識のままの受け入れ拡大は種々問題があるわけであり、クリアすべき課題があぶり出されるディベートとなったように感じました。

実は歴文のディベート企画は去年からはじめました。学寮という共同生活の場での企画は学生たちの負担も大きいのですが、その分充実感も大きいのではないかと思います。学寮の先生からも「充実したプログラムだね」とお褒めのことばをいただいたようです。

私個人は人文科学の学問とディベートとは全くの別モノだと思っています。歴史史料を前にして沈思黙考して読み解いていくことと、勝つための議論を組み立てていくことは異なる営みです。ただ今回ディベート大会を担当して、その両方が必要な力であると強く実感いたしました。学問的土台を鍛えられている歴文生だからこそ、ディベート力がつけば、まさに「鬼に金棒」。そんな風に考えております。

おそらく今後も学寮でディベート大会をやっていくことになります。1年生のみなさんは今回経験したことを糧にして、次は引っ張る側に立って、成長した姿を見せてほしいなと思います。

 

 

三大学共同ゼミ合宿第1日 [2016年10月18日(火)]

こんにちは。西洋史の小野寺です。

先週の9日に、立正大学にて三大学共同ゼミ合宿の1日目が行われました!

IMG_0760

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年度のテーマは、「ドイツ・メルケル政権による移民政策の是非」。
合宿の二日目では、賛成側・反対側に別れてその是非をめぐってディベートを行いますが、まず一日目では難民・移民の歴史的経緯について、(1)アメリカと移民、(2)ユダヤ人難民とパレスチナへの移住、(3)ドイツ人被追放民とその統合、(4)トルコ系住民のドイツ社会への統合という4つの班に分かれてプレゼンを行いました。

三大学共同ゼミも今年で三年目になりますが、今年のプレゼンはどの班も非常にレベルが高かった!
(2)ユダヤ人難民の班は徹底的な文献調査が印象的でしたし、(4)トルコ系移民の班は、具体例を適宜織り交ぜながらすっきりとした立論に仕上げていて、非常に聞きやすい報告でした。
三つの異なる大学による混成班でしたので、準備はどの班も大変だったようですが、その苦労はきちんと内容に反映されていたと思います(下は最優秀プレゼン賞を獲得した4班に対する景品授与。教員がドイツから様々な景品を持ち帰ってきました!)

IMG_0763

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてそれが終わると、グループを変えてのKJ法。
難民・移民を受け入れることによってどのような利点があるのか、あるいはなぜ彼らを受け入れるべきなのか。
逆に、難民・移民を受け入れることで、どのような問題が生じるのか。
みんなで知恵を出しながら、グループとしての議論を組み立てていきます。

IMG_0767

 

 

 

 

 

 

 

 

こうしたグループワークを通じて、どの班も気づいたこと。
それは、物事には必ず「表と裏」があり、それは分かちがたく繋がっているということでした。
難民や移民を受け入れればホスト国には大きな経済的負担となるが、一方で彼らは将来の労働力、社会保険の担い手として有益な存在ともなりうる。
彼らを受け入れることで様々な文化・宗教と接触する機会を得られるけれども、そのことはしばしば文化的衝突をも生み出す。

ディベートのテーマとなるものは、たいていの場合、片方が絶対的に正しく、もう片方が絶対に間違っているということはありません。
どちらにも理はある。
であるからこそ、どちらに「より」理があるのかということを、双方が論理を尽くして説明していかなければいけない。
絶対的な正解が存在しないなかで、よりよい解決策を見いだしていくために必要なことは何か。
そうしたプロセスを、皆さんには是非体感してもらえればと願っています。

新入生を歓迎する夕食会を開催いたしました! [2016年04月07日(木)]

こんにちは!松田忍(日本近現代史)です。

4月7日で新入生のガイダンス行事が終わりました。今年歴史文化学科に入学したのは90名であり、全員が欠席することなく、学びへの準備を進めました。

その様子を振り返ってみたいと思います。

まずは4月4日には歴文の上級生が企画する新入生歓迎「夕食会」が開催されました。

開会の挨拶を告げつつ、夕食会を準備してきたサブリーダーから乾杯の挨拶。

DSCN9975_R_RDSCN9989_R_R

かんぱーい!!(ソフトドリンクです!)

金尾朗副学長と増澤史子人間文化学部長の御挨拶……DSCN9979_R_R

DSCN9982_R_R

そして・・・

DSCN5663_R_R

夕食会準備を一生懸命おこなってきた歴文の新3年生からも歓迎の挨拶です!

夕食会は各テーブルを10人程度で囲む立食パーティ形式でした。各テーブルの様子をのぞいてみましょう。

DSC04143_R_R

まずは野口朋隆先生(日本近世史)のテーブル。新入生と上級生でいろいろな情報交換がなされたようです。

DSC04139_R_R

みんなのアイドル、小野寺拓也先生(西洋近現代史)。「この写真は載せるな!」といわれたのですが、それすなわち「載せろ!」という意味だと解釈して掲載します(ニヤリ)。

DSCN0013_R_R

吉成薫先生(エジプト史学)もこの表情。楽しそうですね!

DSCN0017_R_R

今年4月から着任された鶴岡明美先生(日本美術史・中央奥)も、早くも新入生の輪の中心に!

DSC04148_R_R

教職担当の緩利誠先生(教育学)も歴文の夕食会にかけつけてくださいました!

その他のテーブルのようす……!

DSC04140_R_RDSC04145_R_R

会の後半になると、先輩たちから歴文紹介のプレゼン、三軒茶屋紹介のプレゼンがなされ、そして、恒例のクイズ大会へ!DSCN0008_R_R

出題されたのは・・・

昭和女子大学の建学の精神は?? 【正解】世の光となろう

歴史文化学科のキーワードは?? 【正解】手で考え、足で見る

といった基本問題や先生方の顔当てクイズなどでした。

上位3チームには学科長の菊池誠一先生(ベトナム考古学)から賞品が!

DSCN0032_R_RDSCN0038_R_R

DSCN0043_R

4月から着任された金子朝子学長の御挨拶。ご自身の学生時代の体験を面白おかしく話してくださりながら、知識を活用していくことの重要性を伝えて下さいました。新入生達も真剣に聞き入っていましたよ!

〆は新3年生の夕食会リーダーの挨拶。金子学長も暖かく見守ってくださっています。

DSC04174_R

新入生に聞いてみると、夕食会で新しく話すことができた友だちもたくさんいるとのことで、本当に開催して良かったなと思っています。3ヵ月かけて準備して下さった上級生のみなさま、本当にありがとうございます。君らの気持ちはしっかり伝わったと思うよ!

【ヨーロッパ歴史演習】ケルン大聖堂の衝撃 [2016年04月07日(木)]

koeln1

西洋史の小野寺です。
ヨーロッパ歴史演習の学生レポートも4回目になりましたが、今回はドイツ・ケルン大聖堂を訪れたさいの学生の皆さんの感想をご紹介します。

今回大聖堂を訪れたさい、ちょうどミサが行われており、大司教であるライナー・ヴェルキ枢機卿の説教を聞くことができました。
ドイツを初めとするヨーロッパ諸国では現在、シリアなどからの難民受け入れをめぐって「難民危機」と言われるような深刻な状況になっていますが、宗教や肌の色、出自に関係なく、全ての人間を平等に扱うことの重要性、キリスト教徒としての態度が今ほど求められている時はないというような趣旨のことを大司教は語っていました。
大聖堂の中を自由に歩くことはできませんでしたが、学生の皆さんはそれでも強い感銘を受けたようです(小野寺
)。

koeln4

ケルンの大聖堂は、私が世界史に興味を持ち、大学でも世界史を勉強したいと思うようになったきっかけの大聖堂だったので、実際に見ることができて本当によかったです。
ケルンに着き、バスでホテルまで移動するときに少しだけ夜のライトアップされた大聖堂を近くで見ることができましたが、その姿だけでも感動しました。
次の日の朝、近くに行って大きな大聖堂を見て涙が出そうなくらい感動しました。
ケルンの大聖堂は、ゴシック様式の外観だけが大好きでしたが、ガイドさんのお話を聞いて、外観だけでなくて、歴史にも興味を持つようになりました。
戦争時にステンドグラスや燭台などは疎開しており、戦後元通りにされたという話を聞いて、日本では建物も疎開していたということを文献で読んだことがあったので知っていましたが、ドイツでも行われていたとは知らなかったので、知ることができてよかったです。
疎開していたからこそ、現在もこのような美しい大聖堂が存在しているのだと思いました(歴文3年Wさん)。

koeln3

私はこの研修で正直最も楽しみにしていたのがこのケルン大聖堂でした。
いままでにここまで大きな聖堂に足を踏み入れた経験はなく、もちろんそこでミサにあずかったこともなかったので、今までにない感動を経験しました。
時代によってミサ曲というのも曲想や構成が変わってきますが、今回自分の体で感じた事をミサ曲を歌うときに表現力の向上のために活かせれば良いなと思います(心理2年Mさん)。

koeln5

感動という一言では表しきれないほどの感情を抱いたのは、ケルン大聖堂です。
世界史の資料集でしか見たことがありませんでしたし、あれほど大きな教会に入ったのも見たのも人生で初めてでした。
外見を見ただけで圧倒され、中に入ると神聖という言葉がぴったり合った雰囲気が漂っていました。
教会の奥の方を見たいという願望もありましたが、あまり出くわすことのないミサを見ることができて、感無量です。
先生も言っていましたが、声が天井から降ってくるという感覚は初めて味わいました。
異世界にいるみたいで、正直今でもあの中に入ったことが信じられないくらいです(歴文3年Hさん)。

2016-02-25 12.54.10

日本にいてはあまり体感することができない宗教について感じるということについては、ケルン大聖堂を訪れた時にタイミングよくミサを聴くことができ、教会のパワーというものを感じることができました。
ケルン大聖堂に入った瞬間に、神秘的な、上から言葉や音楽が降ってくる感覚に感動し、ずっと鳥肌がたっていました。
大司教の方がお言葉を述べられていて、そこに人々が集い、歌が歌われその幻想的な世界は、無宗教の私ですら信じたくなるような世界でした。
司教の方のお言葉の中に、「難民」という言葉は使っていないがこのことに関する内容のお話をしていたと先生が訳してくださいましたが、教会でそのようなことを話す外では、貧しい人が座っているこの光景には、教会や宗教ってなんだろうと考えさせられました(歴文3年Iさん)。

【ヨーロッパ歴史演習】ヨーロッパの博物館や記念碑から学んだこと [2016年03月30日(水)]

西洋史の小野寺です。
引き続き、ヨーロッパ歴史演習に参加した学生の皆さんの感想をご紹介します。
今回は、ヨーロッパ各地にある博物館や記念碑を訪れて感じたこと、考えたことを取りあげます。
勉強になったこと、日本でもぜひ取り入れるべきだと思った工夫も多かったようですが、中には「あれ?」と首をかしげるようなこともあったようです(小野寺)。

berlin4

博物館で一番印象的だったのは、ベルリンのユダヤ博物館でした。
ユダヤ人の歩んできた道の不安や迷いが体感するだけでも伝わるという建物の構造には、驚かされました。
「ホロコーストの塔」では、冷たい、光の少ない、閉鎖的な場所で、車の走る音など外の音、生活音が少し聞こえるようになっていました。ユダヤ人の暮らしのとなりには、普通の世界があったことを強く実感しました。
亡命を象徴する庭に出てみると、思っていたより傾斜があったのと、石畳になっておりうまく歩くことができませんでした。
展示の方法、建物の設計、カフェのランプなど細かいところまで考えて作られていて、これは何を表しているのかと考えて見るのが面白かったです(歴文3年Hさん)。

berlin5

 

ドイツ・ボンの現代史博物館は、ヒトラーが死んだ後から東西ドイツの統一を経て現代に至るまでのドイツの歴史が、写真やポスターや手紙や車やおもちゃなどを使ってわかりやすく展示されていましたが、私がここで気づいたことは、東西ドイツは実はあまり変わらないということです。
研修旅行に行く前までは、西が栄えていて東が不幸というイメージが大きくありましたが、ここでは東ドイツと西ドイツが交互に展示されていて、時にこの展示が東西どちらかわからなくなってしまう程でした。
そして占領国によるポスターや西ドイツの選挙ポスターなどには、写真ではなく絵が使われていました。
これは写真より絵の方が表現の幅が広がりわかりやすいためであり、事実を写真を使ってより明白に伝えることより、大きなインパクトを伝えることの方が当時大切だったことを知りました(歴文1年Gさん)。

 

berlin6

なかでも印象的だったのが、ドイツ・ヴァンゼー会議記念館で見つけた点字です。
もちろんどの国に行ったときにも障がい者のための環境づくりというのはされていましたが(身障者用のトイレや駅の点字ブロックなど)、改めて海外でも体の不自由な人のための取り組みがされていることが分かりました(心理2年Mさん)。

 

berlin7

今回の研修の中で1番興味深かったのは、ベルリンの東ドイツ博物館です。
この博物館はその名の通り、東ドイツの世俗的な文化や日常生活を主に展示していて、日本と似て文献や文字資料で押すドイツでは珍しく体感型で、子供から大人まで幅広い層が楽しめる博物館です。
並べられた棚の1つを開けると当時流行していた女性服と靴がいっぱいに詰められていたり、当時のリビングやキッチン、トイレなどを再現した部屋でくつろいだりと、展示物にダイレクトに触れられてワクワクします。
特に日本では絶対に味わえない展示だと思ったのが、下図のコーヒー豆です。

berlin12

これは東西ドイツにおけるコーヒー豆と麦の混合率の違いを表した展示で、右上の黒い穴の中に手を入れると各々コーヒー豆を掴み取ってその差を見て確かめることができます。
さらに手を穴に入れている間は上にある解説文が光って読めるようになります。
このように展示物、しかも食品に実際に触れて確かめられるという展示方法は日本では行っていません。
来館者が最大限に楽しめる工夫がされていると感じ、日本の博物館でも遠くから見ているだけではなく、この博物館を見習って体感型に特化した博物館を作るべきだと思いました。

ベルリン市内には博物館が100以上あります。
これはドイツ国民が自らの歴史観を徹底的に話し合った結果であり、ナチスドイツや東ドイツに関する負の側面を展示できるのもそのおかげだそうです。
私は今回の研修を通して、日本も国民全体で近現代の歴史観についてある程度共通した認識を持つ必要性があると改めて思いました。そのためには今日までに起こったあらゆる歴史的事象を、今度は教育の中に落とし込んでいくことが大切だと感じます(歴文2年Kさん)。

 

berlin11

現地に直接赴いて私が新たに気付いたことは、ユダヤ人の記念碑などに対する現地の人々の向き合い方が、思っていたものと違っていたということです。
特にビルケナウのシャワー室に落書きがしてあったということには驚きました。
普通ユダヤ人が大量殺戮されたと聞けば、落書きなんてことはしないはずと思っていたのですが、案外そうでもないということに気づかされたのです。

さらに言えば、上の写真はユダヤ人のために作られた記念碑なのですが、この写真に写っていない箇所では、子どもたちが鬼ごっこをしていたり、私たちと同じ年齢ほどの学生がふざけて上に乗っかっていたりなど、この場所に来ている人たちのなかには真面目に見学している人が少なかったのです(歴文3年Hさん)。

 

berlin14

 

今回の旅行では三つの国をまわり、それぞれの博物館を見ることができましたが、展示の仕方は様々で、ドイツのようにシリアスな現実をどーんと文章で展示するやり方と、オランダやポーランドのように実際に体験するやり方、わかりやすく、様々な工夫が見受けられ、視覚的に訴えてくるような展示の仕方があり、どちらが良いと言うには難しいなと身を持って感じました。
また、今回ナチスに関する場所を強制収容所をはじめ博物館など回ることができましたが、その中でこれらに対する現在の若者の態度というものも見ることができ、これに関しても新しい発見かなと思いました。
興味がなくて遊んでしまっていたり、記念碑の上に登っていたりと、私自身が勝手な思い込みで描いていた若者の像が崩れました。
自分がナチスについて興味があり勉強をしているからこそ、その物の価値や意味がわかりますが、興味がない人にとっては同じように映らないという当たり前のことですが、非常に悲しく感じました(歴文3年Iさん)。

berlin13

【ヨーロッパ歴史演習】アウシュヴィッツ・ビルケナウで学んだこと [2016年03月23日(水)]

西洋史の小野寺です。
引き続き、ヨーロッパ歴史演習への学生の皆さんの感想をご紹介します。

今回は、この研修旅行で学生にもっとも強い印象を与えたと思われる、アウシュヴィッツ・ビルケナウ訪問についてです。
現地を実際に訪れることで、今まで自分が考えていたこと、感じていたことが強く揺さぶられたことが、みなさんの声からは伝わってきます(小野寺)。

auschwitz1

 

ホロコーストを勉強してきた中で、アウシュヴィッツとビルケナウはとても恐ろしい場所というイメージがありました。
しかし実際は想像していたものとは違い、煉瓦造りの建物は普通のヨーロッパの建築物であったし、雪の白色とよく合っていたし、白樺の木は規則正しく並んでいました。
雪で一面が白くなっていたことで、雪の中にあった死の池も写真で見た景色よりもきれいで、普通にそこに存在していました。
あんなに残酷なことが行われていた場所が普通であった、目の前に存在した、本当に見てしまった、という現実を突きつけられた感覚でした。
もっとおどろおどろしい雰囲気が漂っているのかと思っていました。
多分自分の中では、そうあってほしいという願望があったのかもしれません。
でも実際は願望とは違い、普通であったことによって、言葉にできない複雑な感情が生まれました。これは実物を見ることができたからこそだと思います(歴文3年Hさん)。

auschwitz2

 

私はアウシュヴィッツに行く前には、きっとすごく殺伐としていて浮世離れした恐ろしい場所なのだろうと思い込んでいました。
しかし言い方が悪いかもしれませんが、アウシュヴィッツを実際に見ると収容所の施設は赤レンガで洒落ていると思えましたし、過去にユダヤ人が何人も殺された場所でも上を見上げれば雲のある日本と何も変わらない空があり、白い雪が降り積もっていて決して殺伐とはしていませんでした。
ガスの缶や残忍な写真や刈られたユダヤ人の髪の毛や残された靴などを見ても、昼になるとお腹が空いてお腹いっぱいに昼ご飯を食べていました。
私は何か違和感を覚えました。
そして気づいたことは、ここは決して浮世離れしたところではなく、100年も経っていない過去に本当にここで現実にホロコーストがおきたのだということです。
特に死の池が日光に照らされていて美しく光り輝いているのを見た時、本当にあった池にユダヤ人を焼いた灰が捨てられたのだと思い衝撃が走りました(歴文1年Gさん)。

birkenau4

 

昼食もアウシュヴィッツ内のレストランで食べたのですが、多くの人が殺された場所で穏やかに食事している自分やレストランに違和感を覚えました。
ガイドの中谷さんが、ユダヤ人たちの悲劇を伝える仕事をしていながら何事もなかったかのように食事をとりそしてまた仕事に戻っていくスイッチの切り替えが出来てしまう自分が恐ろしいとおっしゃっていました。
このようなスイッチの切り替えは私たち誰しもがもっており、人間が過去の悲惨な歴史を繰り返してしまう原因の一つではないかと感じました(歴文2年Tさん)。

birkenau1

アウシュヴィッツ、並びにビルケナウを訪れて、一番感じたことは事実を受け止めるということは非常に難しく、勇気がいることだということです。
文字や資料を通してだけなら、すんなりと頭に入ってきますが、実際の場所にきてみると気持ちが邪魔をする、という体験をすることができました。
アウシュヴィッツやビルケナウが、負の場所というイメージらしくひどい有様であるならばもっと受け入れやすかったかもしれません。
でも、実際は美しいと思ってしまうほどの場所で、想像もつかないのです。
資料だけでなく、実際に現地に行くということは当たり前ながら大切なことですが、改めて身を持って知ることが出来ました(歴文3年Iさん)。

birkenau2

いままで正直歴史を学ぶ意味というのがよくわからなくて、過去を振り返っても何も変わらないと思っていましたが、こうした過去というのは「知らなかった」で済まされることではなく、二度と起こさないために後世に伝えていく必要があることをやっと理解できたような気がしました。
また、歴史というのは人が作ったもので物事が起こるには必ず人の感情が加わっているのだということも学び、そういう意味できっかけ作りの場になったという点では、研修旅行の一つの目標を達成できたと思います(心理2年Mさん)。

birkenau3

ヨーロッパ研修旅行に行ってきました! [2016年03月10日(木)]

2016-02-20 15.00.44

 

 

 

 

 

 

 

 

こんにちは。西洋史の小野寺です。

今年の2月18日から29日まで、19名の学生を引率して「ヨーロッパ歴史演習」の研修旅行に行ってきました。

今回のテーマは、「ヨーロッパの『負の遺産』を訪れる」。
ナチズム、東ドイツといった「負の歴史」がヨーロッパではどのように記憶されているのか、ポーランド、ドイツ、オランダの三ヶ国をめぐりながら学んでいくというものです。

具体的には、まずポーランドで、アウシュヴィッツ・ビルケナウ収容所、クラクフのシンドラー工場博物館を訪問しました。ベルリンでは、ベルリン・ユダヤ博物館、テロのトポグラフィー、虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑、ヴァンゼー会議記念館といったナチズム・ホロコースト関係、壁博物館、東ドイツ博物館、シュタージ博物館といった東ドイツ関係の博物館を見学しました。さらにボンのドイツ歴史博物館で戦後史を学び、最後にアムステルダムでアンネ・フランクの家、レジスタンス博物館を訪れました(下は、東ドイツ博物館で東ドイツ兵士のヘルメットをかぶる学生)。

2016-02-23 14.53.59

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その一方で、現地の歴史文化や宗教、芸術に触れる機会もありました。クラクフでは世界遺産のヴァヴェル城や旧市街を徒歩で回り、ケルン大聖堂ではちょうどミサの最中に見学することができました。ボンにあるベートーヴェンの生家も訪れ、ケルンではローマ・ゲルマン博物館でローマの文化水準の異様な高さに圧倒されました。アムステルダムではゴッホ博物館で、「鬼才」としかいいようのない彼の絵画にこれまた圧倒されました。

2016-02-25 12.54.10

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の研修旅行では、いろいろな「出会い」もありました。
アウシュヴィッツでは、日本人でただ一人のガイドである中谷剛さんに、6時間以上つきっきりで説明していただきました。
単に昔のことをすでに起こってしまった過去のこととして理解するのではなく、今の問題にひきつけて(たとえば難民問題、雇用問題)考えることを促す中谷さんのガイドは、強い印象を与えるものでした。
ベルリンでは、私の知り合いであるフンボルト大学学生のマルテさんと、夕食会を開きました。
「過去の克服」と日独の比較、日本とドイツの「国民性」、ナチスにおける「正の側面」(アウトバーンとか)、難民危機、ウクライナ危機、歴史教育における「犠牲者」と「加害者」の位置づけ方、平和観など、さまざまなことが議論されました(下はマルテさんとの写真)。

2016-02-23 21.40.51

 

 

 

 

 

 

 

 

このブログでは今後数回にわたって、参加した学生のみなさんの感想を連載していきたいと思います。
ですので、ここでは私が一つ強く印象に残ったことだけを記しておきます。

ベルリンの博物館「テロのトポグラフィー」を見ていたときのこと。
帰りがけに、職員の方に声をかけられました。
「あなたは、いい歴史の先生ですね」、と。

一瞬意味が分からず、どうしてそんなことを言うのだろうと怪訝な顔をしていると、
「だって、学生さんがみんな一生懸命展示を見ていますもん」、と。

まわりを見回してみると、先生に引率されてきたドイツ人の中学・高校生が沢山いるのですが、確かに多くの生徒は「連れてこられたからやむを得ず見ている」といった感じで、熱心に見ている生徒はあまりいなかったのが実情でした。

もちろん私たちは大学生なわけで、中高生とは状況が違うのですが、それでも関心のある学生が熱意をもって展示を見ている状況は博物館の方にも印象を与えていたようで、そのことを私は嬉しく思いました。
実際、アウシュヴィッツのガイドの中谷さん、ヴァンゼー会議記念館で説明してくださった学者の方も、ものすごく一生懸命説明してくださいました。学生の熱意が、先方にも伝わったのだと思います。

10泊12日で非常に疲れましたが、充実感のあるいい研修旅行でした。
次回は2年後。
関心のあるみなさんの参加をお待ちしています!

2016-02-27 09.13.46

【特殊研究講座】木村靖二先生による講演「戦争はなぜ起こり、なぜ止められないのか」 [2015年11月14日(土)]

こんにちは。西洋史担当の小野寺です。

今回は、去る11月11日(第一次世界大戦が終結した日、世間的には「ポッキーの日」)に行われた、木村靖二先生(東京大学名誉教授)による特殊研究講座について、お伝えしたいと思います!

木村先生といえば、山川出版社の『世界史B』教科書で名前を目にしたことがあるという皆さんも多いかと思います。
言わずと知れた、日本におけるドイツ近現代史研究の第一人者。
私の先生でもあります。
ですので、当日は私も(自分がしゃべるわけでもないのに)わがことのように緊張しておりました。

DSCN9869

 

 

 

 

 

 

 

 

講演のタイトルは「戦争はなぜ起こり、なぜ止められないのか―第一次世界大戦の例で考える」。

木村先生はまず、第一次世界大戦が勃発した1914年から現在までの100年間が、歴史的に見てもグローバルな戦争の百年であったことを指摘されました。
1914年から1945年は、二つの世界大戦だけでなく、ロシア内戦、シベリア出兵、満州事変、エチオピア侵攻、スペイン内戦など、大規模な国家間戦争が絶えなかった時期。
1945年から1990年はいわゆる「冷戦期」ですが、その間も植民地独立戦争や内戦(国共内戦や朝鮮戦争、ヴェトナム戦争など)が次々と起こりました。
そして1990年以降には、さまざまな原理主義運動による新しいタイプの非対称戦争が次々と生じ、湾岸戦争から現在のシリア内戦、アフガニスタンへの派兵など、戦争の規模自体はさほど大きくなくとも、それが難民などの形をとってグローバルな影響を与え続けています。

その上で木村先生は、第一次世界大戦がなぜ勃発したのか、多数の死傷者が出たにもかかわらずなぜ戦争は途中でやめられなかったのかについて、詳しく説明されました。
特に私が印象に残ったのは、

・戦争というのは、起きてしまうと事前の予想とはまったく違うものになってしまう。短期戦を予想していたものが、何年、場合によっては何十年にも延びていく。

・「バルカン半島はテロがはびこる、いつも紛争や対立が絶えない(どうしようもない)地域だ」といったような、ステレオタイプ的な思い込みが、戦争の帰趨に大きな影響を与える。これは、現代のイスラーム世界に対する思い込みと同様のところがある。

・列強はバルカン半島自体にはそれほど関心はなかったが、その地域が他の国に押さえられてしまうと列強間のバランスが崩れてしまうこと、他の国に優位な立場に立たれてしまうことを恐れ、結果としてバルカン半島が「導火線」の役割を果たすことになった。その意味で、現在の南シナ海の問題と似ているとも言える。

・民主主義の社会においては、戦争被害が拡大するとかえって戦争が止めにくくなる。数十万人も犠牲を出した以上、それに見合うような一定の成果を挙げないと、国民に申し訳が立たなくなる。

といった点でした。

第一次大戦を軸にしながらも、100年間という大きなスパンでの俯瞰や、戦争について考えるうえでの基本的姿勢、現在との共通点についても触れていただき、歴史を学ぶことの意味について貴重な示唆をいただく講演内容でした。

その後、学生からはさまざまな質問が出されました。

DSCN9900

 

 

 

 

 

 

 

 

・ナポレオン戦争の記憶は19世紀にきちんと伝えられていなかった。戦争の記憶を風化させないためには、どういう努力が必要か。

・毒ガスを製造した科学者の責任が、戦後に問われることはなかったのか。

・ハーグ陸戦協定が存在したにもかかわらず、なぜ毒ガスは利用されたのか。いとも簡単に破られるような条約に、一体どのような意味があるのか。

・当時「列強」とはどのように定義されていたのか。

・EUを創設したことは、戦争を防ぐという点でどのような影響があったのか。

・戦争責任という問題をどう考えるべきか。

これに対する木村先生の答えは、いずれも鮮やかなものでした。
たとえば一つ目の質問に対しては、次のように答えられました。
記憶の風化は避けられないものであるし、とくに抽象的なデータ(死者の数など)では歴史の記憶は伝えていきにくい。だからこそ『アンネの日記』のように具体的、個人的なかたちで歴史を伝えていくことが大事である。そして何より重要なのは、歴史を伝えていくということを人任せにしないことである。

二つ目の質問に対しては、ビタミンCの例を挙げられました。ビタミンC合成のように、広くいろいろな人びとの役に立ち、決して軍事利用できないだろうと思われていた技術も、潜水艦で栄養不足になりやすい乗組員たちが摂取するという形で、軍事利用されてしまう。民需・軍需というふうに明確に技術を区別することは困難であり、これはとても難しい問題である。だからこそ、その使い方について条約などで厳しく規制していく必要がある。

木村先生のゼミに長年出席していた私にとって、この質疑応答は、そのときの様子をまざまざと思い出させるものでした。
多方面から寄せられる質問に対して、すべて適切に答えるだけでなく、無尽蔵とも思える例を引用されて、歴史の複雑さ、豊かさを具体的に示してくださるのが、「木村ゼミ」最大の魅力でした。
その一端に本学科の学生も触れることが出来、本当によかったなあと思っています。

講演終了後は、学生たちがあつまってさらに一時間程度質問大会。
1980年代、冷戦下の東ベルリンでの生活など滅多に聞けない裏話もあり、私にとっても非常に楽しいひとときでした。

DSCN9911

 

 

 

 

 

 

 

 

木村先生、本当にありがとうございました!

 

「18歳選挙権は是か非か」プレゼン&ディベート [2015年11月02日(月)]

こんにちは。西洋史の小野寺です。
引き続き、1/3年生学寮3日目の後半について報告させていただきます。

午後はまず、午前のグループワークをもとにしたプレゼンテーション。
模造紙一枚に、自分の班の意見とその結論に至った道筋をまとめて、5分で発表します。
成果を発表するのと同時に、情報を全員で共有することも、プレゼンテーションの重要な目的です。

 

DSCN3927 DSCN3931

こうした経験を何度もしてきている3年生がよどみなく発表している姿は、1年生からは頼もしく見えたようです。
「目の前にはメモ書き一枚しかないのに、発表するときにはきちんとした文章になっていてすごいと思った」という1年生の感想もありました。

さて、プレゼンが終わると、ディベートでの各班の意見が教員によって決定されます。
「18歳選挙権に賛成」「必ずしも賛成できない」という二つの班に、強制的に分けられます。
プレゼンの時に「反対」で発表したのに、その場でいきなり「賛成」の役割を与えられるということも、当然あり得ます。
むしろそういう時こそが、正念場。
物事をどれだけ多角的に見られるかが、こういう時に試されるわけです。

DSCN3939

そして、ディベートの準備が始まります。
ここでやるべきことは3つ。

(1)役割分担の決定。誰が冒頭で立論するか、誰がディベートの中心に立つか、後ろで参謀役を務めるのは誰か、最終弁論を述べるのは誰かなど、チーム内での役割分担をある程度決めておきます。ただし、この役割をあまりに固定してしまうと、いざディベートになったときに柔軟性に欠けることになるので、チームワークも重要になります。

(2)主張のポイントを5点に絞る。いままでまとめた議論の中から、自分たちにとってとくに「強力」だと思われる論拠を5点拾い出し、なぜ「賛成」「反対」なのかを、きちんと主張できる状態にしておきます。

(3)相手が何を主張してくるかを想定し、それに対してどう反撃するのかを話し合っておく。自分たちの主張に対してどういう批判がありうるのかを予測した上で、それに対する反論も考える。この作業をきちんとやっておくことで、ディベート中に黙ってしまったり、議論が止まってしまったりすることが少なくなりますし、議論がきちんとかみ合うようになります。

そうした準備を終えたら、いよいよディベート開始!

DSCN3935

賛成側、反対側が向かい合い、真ん中に裁判官役(これも学生がつとめます)。
賛成、反対双方が立論したあと、それに対する質問、反論が行われ、最後に最終弁論で班としての結論を述べる、という流れになります。

DSCN3942 DSCN3938

前の記事にもあったように、3年生がディベートをやるのはこれが2回目になります。
私(小野寺)は、「三大学共同ゼミ」でもディベートをやっていますので、うちのゼミ生だと3回目ということになります。
今回つくづく実感したのは、「場数」がいかに大事かということでした。

1回目、2回目ではほとんど発言できなかった学生、裁判官として議論をリードできなかった学生が、今回は堂々と自分の意見を述べていたり、班の意見を的確にまとめていたり、うまく議論を裁いていたりする光景を、今回は至る所で見ることができました。
学寮の最後に、みなさんに感想を書いてもらったのですが、

「自分は積極的な人間ではなく、他人をリードしたりすることはほとんどなかったのだが、今回はおとなしい3年生が多かったうえ、1年生ではまだ発言しにくいだろうからということで、人生で初めてリードする側に回った」。

「裁判官役が二回目だったので、自分が何をすべきかもある程度理解しており、以前よりもきちんと議論をリードすることができた」。

「発表のさいには『反対』側だったが、いきなり『賛成』側に回ることになりどうしようと思ったが、そこから巻き返してディベートに勝つことができた。自分が成長したと感じることができた」。

といった感想があって、非常に嬉しく思いました。
以前も書いたことですが、何かを教え込むということだけでなく、「場を提供する」ということも大学教育の使命なのだなということを、私自身改めて実感した次第です。

最後には、ディベートで奮闘したMVPが相互投票で選ばれ、景品が贈呈されました。
みなさんいい表情をしています。

DSCN4768  DSCN3952DSCN3967

最後の一枚は、1年生にしてMVPを獲得したOさんとのもの。
こうやって、1年生ながら臆せずディベートに参加した学生も、ちらほら見られました。
今後が楽しみです!

 

 

西洋史の三大学共同ゼミ合宿 [2015年10月14日(水)]

こんにちは。西洋史の小野寺です。
ちょっと前の出来事になりますが、8月上旬に行われた三大学共同ゼミ合宿について、お話ししたいと思います。

IMG_0368

このゼミ合宿は、共立女子大学の西山先生、立正大学の森田先生と私の三人で、三年生を対象にやっているものです(昨年の様子はこちら、三大学共同ゼミの趣旨についてはこちら)。
毎年、西洋史において議論の絶えないテーマを一つを取り上げ、(1)そのテーマについて事前学習したうえでプレゼン→(2)その情報をもとにグループワーク→(3)最終的にディベートするという形式をとっています。

今年のテーマは、

「宥和政策やミュンヘン会談はやむを得なかったのか」。

ヴェルサイユ条約を破棄して再軍備を宣言し、非武装地帯であるラインラントに進駐し、チェコスロヴァキアのズテーテン地方割譲を要求するなど、領土拡大の野心をあらわにしつつあったヒトラーに対し、譲歩を重ねてしまったイギリスとフランス。これは果たしてやむを得なかったのか、あるいはやはり当時としても誤った判断だったのか。

ウクライナ問題でロシアに対して国際社会がどう対応すべきかという点とも重なる点が多く、非常にアクチュアルなテーマでもあります。

このテーマに対し、まず事前学習ではドイツ班、イギリス班、フランス班、イタリア班と4つの班に分かれて、各国の立場から宥和政策について学びました。下の写真は、最優秀プレゼン賞を獲得したイタリア班のもの。単に情報を提示するだけでなく、そこから結局どういうことが言えるのかということまできちんと考えられた、いい発表でした。

IMG_0341

その後は、KJ法というグループワーク。詳しくは昨年書いたとおりですが、まずは各人が思いつく論点を書き出し、それをみんなで共有し、グループ化したうえで概念化し、そこから自分たちの主張をくみ上げていくというプロセスになります。

IMG_0350

今年の学生がとくに素晴らしかったのが、その熱意!!
プログラム自体は21時で終了なのですが、学生はその後も自主的に集まり、班によっては深夜1時くらいまで、次の日のディベートに向けての準備をしていました!
明日はどういうことを主張しようか、相手は何を言ってくるだろうか、それに対してはどう反撃したらよいだろうか。そんなことを熱心に話し合っていました。
「ミュンヘン会談の是非」などという「硬」くて、それほど身近でもないテーマでここまで一生懸命やってくれるとは、正直教員の側も考えていなかったので、ちょっと感動してしまいました。↓はその様子。

IMG_0351

そして翌日はいよいよディベート。「ミュンヘン会談は当時としても誤った判断だった」「必ずしもそうとは言えない」という二つのグループに分かれて、議論を戦わせます。

IMG_0355

裁判官役も、もちろん学生がつとめます。

IMG_0363

ディベートについては、いろいろ課題がありました。合宿の後、学生のみなさんから寄せられた感想として、とくに以下のようなものが印象的でした。

・その場でいきなり質問されたことについて、臨機応変に答えることが難しかった。

・ぱっとその場で理解することが難しく、議論の早さについていけなかった。

・自分の言うことに自信がなく、つい黙ってしまった。

・本は沢山読んだのだけれど、それを「生きた知識」にするのが難しかった。必要なときにその知識をすぐに引っ張り出せなかった。

・自分の意見を言うことだけでなく、人の話をきちんと理解することが大事だと思った。相手の主張をきちんと理解できなければ、こちらが何を言っても主張がかみ合わず、議論がうまくいかない。

・事前にグループで情報や認識をきちんと共有していないと、うまくいかない。

いずれも、非常に重要なことばかりですね。
とくに5つめ、ディベートというのは自分の言いたいことをいうだけではダメで、相手の主張を理解しなければいけないというのは、あらゆるコミュニケーションの基本のようなもので、改めて認識しなければいけない点だと私も感じました。
とにかく、こういうことに自分で気づけたのが、この合宿最大の効果かなとも思います。
自分に足りないのはどういう点なのかを知り、そのためにはまず場数を踏んで、こうしたことに徐々に慣れていくこと。
そういう場を提供するのも、大学教育の大事な役割なのだなと、私自身も再認識させられました。