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春の特別展「発掘で何がわかる?」開催中 [2017年06月09日(金)]

現在、光葉博物館にて春の特別展「発掘で何がわかる?-昭和女子大学生の発掘調査・活動から-」が開催されていますnotes

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中屋敷遺跡(神奈川県)や諏訪原遺跡(山梨県)での発掘調査を通して、発掘の基礎知識や発掘で得られる成果について学べます。
展示は、中屋敷遺跡で発掘された土偶形容器をキャラクター化した「やしきちゃん」と歴史文化学科公認ゆるキャラの「歴まる」が案内しますパステル星 デコメ絵文字

発掘調査に関わっていた卒業生の方にとっては、懐かしい写真が満載ですhappy02shine
考古学をよく知らないという方も、写真やクイズで楽しみながら発掘について知ることが出来ますので、是非足をお運びくださいhappy01

また、6月10日(土)・17日(土)にはミニ土器や勾玉、ガラス玉をつくるワークショップを開催します(事前申込制・先着順 ※空席がある場合は当日申込も可能です)。
こちらも是非ご参加ください!

パステル星 デコメ絵文字詳しくは、光葉博物館ブログパステル星 デコメ絵文字

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平成27年度山本暉久先生ゼミ旅行in北陸! [2015年11月19日(木)]

山本暉久ゼミ3年です!月日はだいぶ過ぎましたが、9月1~4日に山本暉久先生、井口助手、OGの先輩3名、大学院生3名、4年生1名、3年生6名で北陸地方にゼミ旅行に行ってきました!旅行の様子と印象的だった場所についてご紹介します(#^^#)

【1日目 9月1日(火)】

今年3月に開通した北陸新幹線のかがやき号に乗車!東京駅から金沢駅まで約2時間30分という時間はとても近く感じられました。その後は3台のレンタカーに分乗して北陸旅行の始まり!お昼ご飯を済ませた後、一番最初に向かったのは、市内にある兼六園と金沢城です。

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☆兼六園(石川県金沢市)

兼六園は水戸の偕楽園、岡山の後楽園と並ぶ日本三名園の一つに数えられます。もともと金沢城の外郭として城に属した庭であり、江戸時代の代表的な林泉回遊式大名庭園の特徴がそのまま残っています。園内では徽軫灯籠(ことじとうろう)や唐崎松、根上松、栄螺山などを見て回りました。根上松はとても大きく迫力がありました。栄螺山からは霞ヶ池を一望でき、とても良い眺めでした。
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☆金沢城(石川県金沢市)

金沢城は天正11(1583)年から明治2(1869)年まで加賀藩前田家14代の居城が置かれました。幾度も火災の被害に遭ったためすべては残っていませんが、平成に入ってから整備・復元工事が進み、平成13年に都市公園として開園しました。菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓の内部に復元されていた当時の階段は、現在のものよりも角度が急で、足がそわそわして怖い怖いと言いながら上り下りをしていました。また、攻めてきた外的を攻撃するための石落としを数多く見られました。
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その後は石川県野々市市にある御経塚遺跡へ。ここには復元された竪穴住居がありました。隣接されているふるさと歴史館では、遺跡から出土した縄文土器や石鏃、勾玉、土偶などを見ることが出来ました。

夕飯は宿泊地の近くのお店でお寿司を食べました!!最高においしかったです(*’ω’*)
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【2日目 9月2日(水)】

朝、コンビニで昼食を調達した後、8時30分に出発し約2時間30分かけて真脇遺跡に移動しました。

 

☆真脇遺跡(石川県鳳珠郡能登町)

真脇遺跡は縄文時代前期初頭から晩期週末までの約4000年間も繁栄を続けた、他に例を見ない長期定住型集落遺跡です。土器・石器と共に大量のイルカ骨が出土していて、確認されたイルカの頭数は285頭と聞き、数の多さに驚きました。イルカの肩甲骨に石器の先端が刺さったまま出土したことや、解体の時に付いた傷が残されていることから、縄文人がイルカ漁を行い、食料にしていたことが考えられます。

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輪島塗会館へ向かう途中、重要文化財に指定されている時國家(ときくにけ)へ立ち寄りました♪時國家の初代は平安時代末に能登へ配流された平大納言時忠で、江戸時代には加賀藩の役職を代々受け継ぎ、農業、塩業、回船業などを営んでいたそうです。

輪島塗会館では本物の漆塗り製品をみたり、製作過程の展示を見ました。

見学後はまた3時間ほどかけて宿泊地の金沢市内へと戻ってきました…。運転手の先輩方ありがとうございました。

夕飯は金沢駅付近で加賀料理を食べました。
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【3日目 9月3日(木)】

この日も8時30分に出発。福井県へ向かいました(^^)/

☆あわら市郷土歴史資料館(福井県あわら市)

あわら市郷土歴史資料館では、桑野遺跡の出土品である玦状耳飾りなどを見せていただきました。玦状耳飾りとは今でいうピアスのようなもので、切れ目部分が下に来るようにして装着させていたといわれています。桑野遺跡は玦状耳飾り以外にも貴重な石器や石製品が出土したということで、国指定の重要文化財に指定されています。
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お昼を調達しながら一乗谷へ!

 

☆一乗谷朝倉氏遺跡(福井県福井市)

まず一乗谷で思ったことはとにかく広い!!そんな広い遺跡全体が国の特別史跡に指定されているのでとても見応えがありました。朝倉家最後の当主朝倉義景館跡はまわりを歩いていても十分広さを感じ、上からみると史跡のあとが完全に出てきていて主殿の広さなどがとても分かりやすかったです。高台をのぼり3つの庭園あとを見学した後に、城下町の復元町並へ!庶民の家や武家屋敷を発掘調査や当時の資料から復元した場所で一軒一軒の広さの違いや井戸の場所、厠の場所も再現されており、想像しながら見学できました。
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道の駅に寄り道しながら敦賀市の宿泊地へ。

夕飯は翌日博物館でご案内いただく小島さんとの会食でした。食事後、宿舎の先生のお部屋でゼミ旅行の打ち上げを行いました(^◇^)
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【4日目 9月4日(金)】
美味しい朝食をいただいて9時に宿舎を出発!若狭湾にほど近い若狭三方縄文博物館へ向かいました。

 

☆若狭三方縄文博物館(福井県三方上中郡若狭町)

若狭三方縄文博物館では、学芸員の小島秀彰さんに解説をしていただきながら鳥浜貝塚の出土遺物を見学しました。通常、漆製品や木製品というのは腐食して残りにくいのですが、鳥浜貝塚は低湿地遺跡であり、だからこそ残った赤漆塗の櫛や丸木舟などの遺物を見ることが出来たのが印象に残りました。また、鳥浜の春・夏・秋・冬それぞれの食事の献立が展示されていて、縄文人を身近に感じることが出来ました。
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三方五湖のジェットクルーズはいい天気の中、のんびりとした時間を過ごすことが出来ました☀
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帰りは滋賀県の米原駅から東海道新幹線で東京まで帰ってきました。

4日間を通して、仲間との絆が深まったのはもちろん、先輩方とも様々なお話をすることが出来てとても有意義な時間となりました。ただ観光しに行っただけではなく、自分たちの勉強している縄文時代の遺跡やそこから出土した遺物を展示している博物館の見学をすることができ、とても勉強になりました。

来年のゼミ旅行先はまだ未定ですが、今からとても楽しみです!!

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諏訪原遺跡調査参加記(7)先生からのご講評 [2015年08月20日(木)]

こんにちは、松田忍です。

今年の諏訪原遺跡発掘調査に対する感想を、1~2年生、3~4年生、大学院生の順番にアップしてきましたが、最後に小泉玲子先生(古墳時代の考古学がご専門)、山本暉久先生(縄文時代の考古学がご専門)のご講評をアップいたします。歴文に興味あるなあという受験生のみなさまは是非お聞きになって下さいませ。両先生のお人柄がよく分かると思いますよ!

【小泉先生のご講評】 来年日程があえば・・・笑/発掘は初日と最終日がきつい/苦労や辛さがあるからこそ、深く楽しむ ことができる学問、それが考古学/たとえ考古学を専攻しなくても、考古学と関わり続けていく道はあるよ。

【山本先生のご講評】 テル先生が考古学を目指し始めたきっかけ/大学の授業よりも遺跡の調査だった/自分の道を貫いている先輩もたくさんいる/自分が大学で何を学ぶのかをしっかり考えよう/68歳がずっと掘ってたら倒れるよ。でも瞬発力はあるぞ!/また来年会いたいな。

松田が諏訪原遺跡を見学した証拠画像もあげておきます。ねこを押して土山に土を運搬する松田(なぜか連続写真笑)。

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何点か土器が出てきました。竹ぐしに注目!

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写真は小泉先生に撮影していただきました。ありがとうございました。

諏訪原遺跡調査参加記(6)現場を張る大学院生たち [2015年08月17日(月)]

こんにちは、松田忍です。

昭和女子大学の歴文で学び、発掘の実習をふくめて所定の単位を修得すると「2級考古調査士」の資格を取得できます。そして、さらに大学院に進学し所定の単位を取得すると「1級考古調査士」に認定されます。

考古調査士資格認定機構のHPをみると、考古学の専門機関に就職した考古調査士有資格者のリストが公開されています。我らが昭和女子大卒業者も多数、各教育委員会などで働いていることが分かりますよ!

8月15日には、OGのみなさまが10名も現場にかけつけてくださいいました!そのなかには、考古学の最前線で働いていらっしゃる方も多数いらっしゃいました。考古学を生涯の仕事としたい学生にとっては、そうした先輩たちと触れあい、貴重なお話しをうかがえるのも、発掘調査の醍醐味なんだろうなぁと思いました。

さて、以上までは歴文の教員として知識としては知ってはいましたが、「1級」と「2級」の違いがいまいちピンとは来ていませんでした。

しかし、今回現場を見学して、1級考古調査士の卵である大学院生は、発掘調査プロジェクトにおいて完全に「運営側」であるということが本当によく分かりました。前述のHPに掲載された1級考古調査士の資格説明にも次のようにあります。

遺跡の発掘調査において、主体的に調査に関わり、安全管理や衛生管理をはじめ発掘調査の全工程において現場を統括し、関係機関との調整など、実務を担当でき、また報告書の執筆や編集において、主体的に総括できると認められるもの。

テル先生は、大学院生に対して「おめぇらの立てた発掘方針なんて、どうせ俺の一言で覆されるんだから、方針を立てるだけ無駄無駄~」なんて、愛情たっぷりにおっしゃっていましたが、3人の大学院生が密に話しあい、現場をコントロールしながら、みんなを鼓舞して、調査を進めている姿がとても印象的でした。

現場を飛び回る大学院生の姿がこちらです。

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歴文OGでもある3人はどんな気持ちで調査に臨んでいたのでしょうか。前半組の打ち上げの際の感想を聞いてみましょう。

1週間で帰宅する下級生とは違い、2週間参加の大学院生はようやく折り返し地点です。後半も、歴文の学生にたくさんの指導をしてあげて下さい!

そして調査が終わっても、遺物の整理や接合作業を先導し、さらには報告書の作成へと仕事は続きます。そしてその任務の傍ら、ご自身の修士論文も執筆せねばなりません。これから修士課程修了までずっと山場ですね。しっかり頑張ってね!

諏訪原遺跡調査参加記(5)参加学生の雄姿一挙紹介! [2015年08月17日(月)]

ではここで、参加学生の雄姿を一挙紹介します。みなさん飛び回っていますので、結果的に、一箇所でとどまって調査している学生に写真が偏っちゃったのは本当に申し訳ないです……。

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発掘現場全景(左が遺跡、右のテントがベース)

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是非、現場の静かなる熱気を感じてくださいませ!

諏訪原遺跡調査参加記(4)発掘ファッション名鑑 [2015年08月17日(月)]

こんにちは、松田です。参加記の続きです。

発掘は炎天下の作業となるので、全員、強い紫外線を防ぐことを第一に考えた服装をします。

これは「日光は美容の大敵!」みたいな生温い話ではなく、自分の命を守るための装備であります。今回も、万全の注意をしていてもなお日光にやられて湿疹がでてしまった学生がいましたし、発掘歴50年のテル先生ですら、油断して火ぶくれになったことがあるそうです。

ということで、今回は独断と偏見にて、発掘女子のみなさまのファッション名鑑(!?)を取り上げます。

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左は長袖ジャージと帽子。これが推奨の基本スタイルになっているようです。帽子は農作業用に売られている帽子(首の後ろを守る布が標準装備)を多くの学生がかぶっています。胸に名前がついている高校のジャージ着用の学生もいますが、顔が見えない分、名前が分かりやすくていい!

中央の2人は虚無僧みたいになっていますね。左にいるのは現場を仕切る大学院生なのですが、上級生になるとウエストポーチに発掘グッズを仕込んでいます。何回も参加している学生は、毎年毎年少しずつ、マイグッズを揃えていくのが楽しいみたいですよ!

右の学生はつなぎに長靴のパーフェクトスタイルです。もう何度も現場を踏んでいる大学院生の背中には、頼もしさが漂います。

熱中症を防ぐため頻繁にとられる一斉休憩では、よく冷えたお茶とスポーツドリンクが配られます。長袖を脱いで、みなさん一休み。

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休憩中はテル先生もこのリラックスぶり。御年○○歳で、いまだ現場・現役ってすごいことなんですよ!現場でみると、一段と若々しいです。

この時もカメラ談義。「宮崎あおいが首から提げてるカメラは、買わねばならないという義務感にかられて買っちゃうんだよなぁ」とオリ○パス党のテル先生。

普段は現場総監督に徹しているテル先生ですが、調査期間終了間際に「ここまでは絶対に今年中に調査を終えたい!」となった瞬間、熟練の掘り技術が登場するそうです。テル先生の「本気の掘り」を見たい学生は是非後半組に参加してみてください!

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そして作業再開。

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左の学生も完全防備ですね。一切肌が露出していません。発掘現場の写真って笑顔を撮るのが本当に難しいんです。全員が集中して作業に取りくんでいるのに加えて、みんな虚無僧スタイルだからそもそも顔が見えない笑 現場では誰が誰だかわからず、宿舎に戻ってはじめて「あ、掘ってたんだ!」っていう学生もたくさんいました。

中央の2人は目だけをだしたマスクスタイルとゲリラスタイル(通称)。顔も完全防備です。ゲリラスタイルは熱がこもりすぎて、熱中症の危険が増す「諸刃の剣」だそうです(某OG談)。

右は昨年1年生の時に服装で失敗した経験を踏まえて、つなぎを新調した2年生。来年以降も参加したいとのことなので、愛用のつなぎになっていくんだろうなぁ。バシッと決まっています。

機能に特化しているからこそ、発掘ファッションってカッコいいよね!!

松田はそんな現場で半袖で突入し、みんなに呆れられました。日焼け止めを40~50分ごとに塗り直すことで、なんとか耐え凌ぎましたが、本当に危険行為だったんですね・・・。我ながら無知というのは怖い・・・。

諏訪原遺跡調査参加記(3)歴文3・4年生の感想 [2015年08月17日(月)]

こんにちは。松田です。

では「参加記(1)」に続き、打ち上げでの3年生、4年生の感想を紹介します。

光波の事前勉強をしたことが役にたった/後輩たちに機器の使い方を伝えていきたい/4年間継続して参加していろいろな仕事を任せられるようになり、今まで続けてきたよかったなと思った/4年間参加できてすごい楽しかった(しんみり)

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上級生になると、自分なりの課題をしっかり持った上で、現場に臨んでいることがよくわかりますね。これが学生時代最後の発掘になる4年生もいましたが、寂しいだろうなぁ……。ほんとうに、おつかれさまでした……。

学生たちの話に登場するキーワードを追加説明します。

「紋様あり/無紋」・・・発掘された土器に紋様がついているかいないかは非常に大きなポイントとなります。どんなに小さな欠片であったとしても、そこに特徴的な紋様がついていれば、テル先生は作成年代を言い当てます(すごい!)。逆にいうと、いくら大きくても、無紋の土器片は年代の推定がかなり難しくなるそうです。

「ナンバー(ナンバーさん)」・・・学生たちの話に何度も登場するナンバーさんとはなにか!?それは、重要度が高く、出土後、発掘現場ですぐにナンバーが付けられて管理される遺物を指します。土器の場合、紋様がついていれば、ナンバーさんになる可能性が跳ね上がりますので、興奮が高まります。

「一括」・・・ナンバーさんに採用されなかった土器片や石片など比較的重要度の低い遺物。現場では発掘区画ごとのざるに入れて、一括で管理されます。後ほどしっかりと整理されるとはいえ、せっかく土器が出土しても「一括でいいよ」といわれると、残念な気持ちになります・・・

「W-4」とか「PJ-4」とか・・・区画の名称です。諏訪原遺跡では1メートルごとの将棋盤のようなマス目を想定して、そのグリッドで発掘位置の情報を管理・共有しているそうなのですが、それとは別に「W-4」や「PJ-4」のように名前をつけて、作業場所および遺跡内の各遺構を特定しているそうです。1年生が「W-4好きすぎて離れたくなかった!」などと言ってましたが、完全にあっちの世界(考古学の世界)にいっちゃってますね笑

諏訪原遺跡調査参加記(2)現場で活躍する道具たち [2015年08月16日(日)]

こんにちは、松田です。小学校高学年のときに、京都市がやっていた「小学生発掘体験」企画に一度参加したことがあります。その時は、どんどん陶磁器がでてくるのが面白くて、最初の区画を越えて周囲まで掘り広げていた記憶があります。今回諏訪原遺跡の調査に参加して確信したこと、それは、あれは「遺跡を破壊していたのだ」ということです!笑 無知は怖い!

さて、前回紹介した1~2年生のみなさんの話にはたくさんの現場用語がでてきました。私の分かる範囲内で解説したいと思います。間違っていたら学生のみなさんが指摘してくれることでしょう。

まずは「現場で活躍する道具たち」をみてみましょう。

「ねこ」・・・ねこ車。工事現場でよくみかける例のアレ。掘り出した土や石を満載して、土山まで持っていきます。「『ねこが楽しい』って、どういうことやねん!!」と思った方は現場に行くしかないね!いや、楽しいんだ、これが笑

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「エンピ」・・・スコップの一種。硬い土も掘れるように先がとがっています。「『エンピが楽しい』って、どういうことやねん!!」と思った方はこれまた現場に行くしかないね!私はエンピ作業に全身の筋肉をやられました!

「み」・・・掘り出した土を貯めて置いたり、運んだりするための容器。本来の用途以外にも、いろいろな道具の日よけに使ったり、遺構の穴を養生するのに使ったりと、大活躍。発掘現場で一番けなげに働く道具でした!

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「移植」・・・園芸でお馴染みの移植ごても現場では大活躍。「遺跡を掘り進むときは、地面をこするのではなく、刃先を使って手首のスナップを利かせて掘る。新しく堀った面が常に見えるようにすれば、なにか出てきたときすぐに分かるから!」と教えて頂きました。最初は全然要領がつかめないのですが、なんとなーく、できるようになってくると、すごく嬉しいんだよね!

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移植

「竹べら」・・・移植で掘っていって、何か堅いモノに当たったときには遺物を傷めないように竹べらに切り替えます。竹べらでモノの周りの土を取りのぞいていく瞬間は本当にワクワクします!

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竹べら

「竹ぐし」・・・普通の竹ぐしです。土器や石器などの遺物が頭を出してきたとき、位置を他のメンバーに知らせ、注意を促すために地面に刺します。写真は竹ぐしで位置をマークした土器を竹べらでさらに掘り進んでいるところですね。竹ぐしを刺された遺物は「ナンバーさん」の証しでもあります。「ナンバーさん」ってなんだと思われた方は次の記事を待て!

竹ぐし

竹ぐし

「画板」・・・図工の時間に使った例のアレ。考古学において、とても重要な図面を扱うための道具ですから「画板を絶対に汚さないように慎重に扱おう!」と先輩たちからの指示が飛んでいました。

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画板

「土のう」・・・発掘現場の陰の主役であり、そしてラスボスでもある土のう。発掘期間中は、遺跡を保護するためのブルーシートの押さえに使ったり、ピット(かつての穴の跡)を保護するために用いています。また発掘期間が終われば翌年まで遺跡を保護しておかねばなりません。そのため竪穴住居の住居跡全体を土のうで埋め尽くして、遺跡が傷まないようにしているのだとのこと。最近追加購入された土のうの数はなんと800袋・・・。ひょえ~。

土のう

土のう

「野帳」・・・発掘調査野帳。昭和女子大学歴史文化学科の刻印が付された限定版のメモ帳です。全員が持ち歩いています。松田は1日だけの参加ですが、想い出の集合写真を貼っておきました!

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野帳の使い方を3年生、4年生に解説して頂きました。(後半は話が混線していてごめんなさい・・・)

【歴文らじお】表紙と裏表紙に水性マジックで書き込める/遺跡の図を書き写す/プリントも貼り付けていく/野帳をみれば全てが分かるようにする/他のグループの進行状況も記録する/PCにデータを貯えるだけではなく、使えるデータとして共有する/光波の話

「光波(こうは)」・・・光波測距儀のこと。遺物が発見された位置と標高をmm単位で測定するための電子機器です。左の写真の緑の機械から光を発射し、右の写真の矢印のところについているミラー(反射プリズム)にあてます。その反射光が帰ってくるのにかかる時間と角度を測定して、遺物の位置を特定してコンピュータに記録します。今回光波班に入った学生は、調査準備の段階で、数十時間にもわたる勉強会で、使い方を訓練して現場に乗り込んだそうです。

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現場では他にもいろいろな道具が使われていましたが、松田が把握できたのはこのくらい。学生のみなさんはそれぞれの道具を大事に使いながら、発掘を進めていましたよ!

諏訪原遺跡調査参加記(1)歴文1・2年生の感想 [2015年08月16日(日)]

こんにちは、松田です。

私は日本近現代史の担当教員ですが、無理を言って、考古学分野が企画している諏訪原遺跡発掘調査隊にスポット参戦してきました!

諏訪原遺跡は八ヶ岳山麓にある山梨県北杜市に存在する縄文遺跡であります。縄文土器がもっとも華やかな発達を遂げた縄文時代中期中葉に栄えた諏訪原遺跡を歴文では10年以上調査し続けています。今年の調査対象は3つの竪穴住居跡だそうです。

歴文生たちが情熱と青春を傾けている諏訪原遺跡とはどんな現場なのか興味津々でありまして、軽い気持ちで、山本暉久先生(愛称・テル先生)に「一度取材させてください」と相談したところ、最初の「どうせ来るならOGもたくさん来る15日にきなよ」から、「どうせ来るなら泊まっていきなよ」に変わり、さらに「どうせ来るなら発掘できる服できなよ」になり、気がつけば一生懸命、掘っていました・・・。おそるべしテルマジック笑

「○○先輩と比べて、松田先生の掘る姿、頼りな~い!」「松田先生がぎっくり腰になるに1票!」と言いたい放題だった学生!世田谷帰ったら覚えてろよ!!歴史系の授業でいじめてやる!!!笑

でも、1年生だってすでに5日間現場を経験していたわけで、松田にとっては大先輩だったわけですけども。

表土をざくざくと剥がして発掘箇所を拡張する「力仕事」と、移植ごてをもって遺物を探す「細かい仕事」を両方体験させていただいたのですが、どっちも最高に楽しかったです!!そして本当に土器が出てくるんだという感動。1日だけでしたが、非常に濃密な体験をさせて頂きました。院生、学生のみなさん、そして山本先生、小泉先生、ほんとうにありがとうございました。

1泊2日参加してみて、ド素人だからこそ逆に何もかも目新しくて発見の連続でありました!その様子をいろいろとレポートしてみたいと思います。

遺跡発掘調査は2週間おこなわれ、1週間ごと前半組と後半組で学生がいれかわります(大学院生と上級生は2週間参加)。8月15日(土)の夜には、前半組の打ち上げが宿舎でおこなわれましたので、その様子をお伝えします。

打ち上げでは今年初めての試みとして、参加学生全員が発掘の感想を述べ合う企画がありました。

下級生から上級生、大学院生の順番で話をしていったのですが、みなさんの話をうかがって、「成長することの凄さ」を強く感じました!!! 割り当てられた目の前の仕事を一生懸命こなす1~2年生、それぞれの持ち場で一定の責任を果たしていく3~4年生、そして全体に目を配って現場を仕切る大学院生と、上級生になるほど受け持つ責任が増えると共に、視野が大きく広がっていることが感じられ、現場が人を育てるんだなぁということを感じました。

順番に音声をアップしていきますので、歴文の考古学分野の学びのなかで、学生がどんな風に育っていっているのかを是非体感してみて下さい。

でも、仕事の分担の広さはいろいろあれども、全ての参加学生がそれぞれの持ち場で充実感(辛さと楽しさ)を感じて、達成感を覚えた6泊7日になったみたいですよ!

打ち上げの感想大会の様子

打ち上げの感想大会の様子

では下級生の感想から順番に聞いていきましょう。音声スタート!!

【1年生の話】 2日目で帰りたいと思ったけど、だんだんと……/先輩がたと遺跡にご迷惑をおかけしてごめんなさい/W-4大好きすぎてエンピから離れたくない/埋設土器を発見した/ねこで楽しみすぎた。きれいな石と思ったら石斧だった!/最初は凄く緊張したけど、慣れてきたら……/初日の土嚢あげが7日間の辛さのMAX

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【2年生の話】 前半だから掘れると思ってきたら、ひたすら図面。微細図を完成させることができた!/1日目は土嚢と縮んだつなぎに苦しんだが、2日目からは絶好調!/どんな感じで遺物がでてくるのかにすごく納得した/信じる・信じられるという感覚があるのがすごく嬉しい!/油断してたら肌焼かれた/腰と膝がバキバキだけどすごく勉強になった!

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発掘チームの雰囲気が少し伝わったかな?学生たちの話で、わからない現場用語がでてきたかと思うので、次回以降分かる範囲で解説していきます!

 

遺跡を視る [2015年01月31日(土)]

歴史文化学科の山本暉久です。私は毎年夏の山梨での発掘を終えたあと、ゼミ生たちを連れて、ゼミ旅行に出かけています。昨年夏のゼミ旅行は、すでに院生の石下さんがこのプログで報告していますので、くわしいことはそれにゆずりますが、北海道東部を3泊4日で駆け回りました。このゼミ旅行は、各地の史跡や博物館、観光地を巡りながら、直に歴史に触れることを目的としています。今回は、その一つを紹介しましょう。場所は国指定史跡である釧路市北斗遺跡です。この遺跡は旧石器時代から縄文・続縄文時代を経て擦文時代に至る重複遺跡です。なかでも、続縄文から擦文時代(本州でいうと、弥生時代から奈良・平安・鎌倉時代)の当時の大規模なムラが発見されています。これは北海道東部地方の遺跡に特徴的なことなのですが、当時の竪穴住居の跡がまだ埋まりきらずに窪地として残っていることです。実際にその姿に接してみると、はるか昔の人たちがここで生活をしていたんだなあと、実感することができます。遺跡の発掘は調査してみないとなにが発見されるかわからないことが多いのですが、こうした竪穴住居跡の窪地がそのまま残っていると、確かにここに遺跡が埋まっていることがよくわかるのです。考古学という学問は、実際に遺跡を発掘調査して研究していくのですが、このような形で遺跡の存在を知ることもできるのが不思議な感じです。遺跡や遺物に直に触れてみることの大切さが実感できた旅行となりました。皆さんも一緒に見学の旅に出ませんか。

釧路市北杜市北斗遺跡の埋まりきらない竪穴住居跡と復元住居

釧路市北杜市北斗遺跡の埋まりきらない竪穴住居跡と復元住居