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第2回特殊研究講座が開催されました [2016年11月16日(水)]

11月9日(水)に第2回特殊研究講座が開催されました。
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今回は「ミャンマー国家論―上座仏教国家から現代連邦国家へ―」というテーマで、東京外国語大学名誉教授の奥平龍二先生にご講演頂きました。奥平先生が半世紀以上ご研究されている、ミャンマー法制史と上座仏教国家論についてお話し頂きました。

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最後に奥平先生より学生の皆さんへメッセージを頂きました。
奥平先生ありがとうございました!

ボドリアン図書館(オッスフォード大学)旅便り [2016年11月04日(金)]

今回はボドリアン図書館(2015年夏・オックスフォード大学)の旅便りを掲載します。

インド・パキスタン・中央アジアの仏教文化関係の資料収集のためにオックスフォードのボドリアン図書館を利用しました。使用許可の準備は結構面倒でしたが、いざオックスフォードへ来てみると湿度も無く天気は最高、行き届いた環境の中で研究生活を楽しみました。下の写真(左)は始終持ち歩いていたオックスフォードの大学マップ、右は宿舎として滞在したレディーマーガレット・ホール(LMH)というカレッジのマップです。

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オックスフォードの地図   LMHのキャンパス地図

オックスフォードは、ロンドンの西北、バスで1時間半くらいのところにあるテムズ川上流の大学街です。多くのカレッジの集合体をオックスフォード大学と総称しています。「ハリー・ポッター」の魔法の学校で有名になったクライスト・チャーチは8世紀に建てられました。
私はレディーマーガレット・ホールというカレッジの宿舎に滞在しました。ここは普段は学生の寄宿舎として使われていますが、夏休みは外部に開放されています。この大学はヘンリー7世の母であるレディーマーガレット・ビューフォートによって1878年に創建されました。オックスフォードの女子大学としては最初に建てられ1978年に男女共学となった伝統あるカレッジです。
さて、ポーターズロッジと呼ばれる守衛室で手続きを済ませて、宿舎の中に入っていきます。

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レディーマーガレット・ホール  オックスフォード・パーク

室内は8畳くらいの広さで、ベッドと机、書架、ロッカー、小さなシャワー室、今は使われていませんが小さな暖炉もあります。窓の外には大きな泰山木が茂り、白い大きな花をつけていました。
キャンパス全体が何か、ラベンダーみたいな香りに包まれています。夏休みで学生がいないせいか静寂さに包まれて、まるで森の中にいるような雰囲気です。宿舎の裏手に廻ってみると近くの小川から運河を引き込み、そこにはパントと呼ばれる小舟が浮いていて、白鳥やカモの親子が泳いでいました。
朝食は芝生を横切ったダイニングホールで食べます。ビュッフェスタイルでハリーポッターの食事の場面に出てくるような古いテーブルと椅子と歴代の学長の大きな油絵が壁に掛かっていました。何だか先生方から見詰められているようでした。

さて、ボドリアン図書館へ行ってみましょう。私が滞在した宿舎からボドリアン図書館までは、オックスフォード・パークに沿って徒歩で15分ほどかかります。大きなヒマラヤ杉と広大で緑美しい芝生を眺めながら毎朝、図書館に通って行くのはとても気持ちの良いものでした。

中央図書館では、まず利用の為のインタビューを受けないといけません。日本から添付メールで送っていた書類とそのオリジナル版をつき合わせ、ここの図書館で何がしたいのかを聞かれます。カウンターにいる図書館員はユーモアを交えながら日本のことを尋ねたりして、私が行くべきいろいろな図書館を親切に教えてくれました。ここには中央図書館以外にも各カレッジ付設の多くの図書館があるのです。カウンターで写真入りの入館証を作って貰えば、これ1枚でどこの図書館でも自由に入館出来ます。

左:サックラー図書館入口  右:サックラー図書館閲覧室

サックラー図書館入口  サックラー図書館閲覧室

ボドリアン日本図書館入口

ボドリアン日本図書館入口

ボドリアン図書館の由緒ある手すりの階段を上って行くと、またカウンターがあってそこでも利用方法を説明してくれました。それによると調べて持っていった資料は書庫に入っていてすぐには出せないとのこと。この日の2時半過ぎか明日の10時以降に貸し出しができるとのことでした。この間、パソコンの準備をしていたらコンセントとプラグが合いません。そこでまた図書館員に相談すると、これを使いなさいと言ってプラグを親切にも貸してくれました。
宿舎に帰ったら、11時に貸し出した旨のメールが届いていました。初回は、上下本を入れて6冊借り出しました。書庫の本は申込みをして、準備が出来たらメールで知らせるようになっているようです。夏休みは特に世界中からいろいろな研究者が来るようです。
昼食で外に出るときも、そのまま資料は置いていきます。最後に使い終わった図書も机上にそのまま置いて帰ります。後で図書館員が片付けるようです。このようにしてオックスフォードでの研究生活を満喫しました。
ボドリアン図書館の近くに、BLACKWELL’Sという本屋があります。地下まであって喫茶室もある大きな本屋です。お茶を飲みながら本を読み、あれこれと考えることも自由に出来る贅沢な時間を過ごしました。書店員に欲しい本のリストを渡すといろいろと調べてくれました。とても無いだろうなぁと思っていた本も取り寄せればあるというのです。いくらだと聞くと51£。ちょっと高かったのですが、来週の水曜には入荷すると言うので即決しました。入ったら私が滞在したLMHに電話をすると言ってくれました。この他にも、大学の出版局が経営している洒落た本屋も街の中にあります。
オックスフォードでの生活で困った点は、食事がまずく物価が高いと言うことでした。物価はおおよそ日本の2倍から3倍というところです。例えば、昼食に2000円~2500円前後はかかります。若い人々はアパート代と食費を出し合って共同生活をしている人が多いようです。
さて、このようなわけで2015年夏休みは、精神的開放感を満喫したボドリアン図書館の滞在でした。

(早田記)

 

JĀTAKA(Myanmar) 調査旅行 [2016年05月13日(金)]

 JĀTAKAジャータカをご存じでしょうか。JĀTAKAジャータカはパーリ語で書かれた南方上座部の経藏に含まれるテキストで、二十二編547話から成り、漢訳などの翻訳も多くいろいろな国々に伝搬し影響を与えました。仏教は紀元前後ころ、大乗仏教の興起によって大きく発展するのですが、その大乗仏教興起の条件として仏伝文学、仏塔崇拝、部派仏教の教理が考えられます。ここでは仏伝文学について考えてみます。大乗仏教の興隆には仏伝文学が大きく関わっていたのですが、これには各地に残る部族の説話と釈尊の前生譚の説話を繋げて大乗仏教が民衆に近づいていったと考えられます。

大乗仏教は利他の考え方に重きを置く思想ですが、その為に菩薩思想が発生し自己を犠牲にして他を利すると言う考え方が基本に置かれています。その発展過程の中で盛んにJĀTAKAジャータカが用いられました。JĀTAKAジャータカというのは釈迦の前世の善行を記した説話で現在物語、前世物語、連結の3部から成る話で、前世物語が中心です。釈迦の成仏が偉大であるほど、前世における修行も偉大であったに相違ないとするものです。成仏の為の修行を組織的に完成させ、土地の説話と絡ませて広めた、これがJĀTAKAジャータカです。その修行は六波羅蜜と呼ばれ、布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧の六つの修行があり、その中でも特に布施と忍辱が重んじられました。このJĀTAKAジャータカの話はインドは勿論、ミャンマー、インドネシア、中央アジア、中国、日本など広く分布しています。

今回は、2016年3月にミャンマーで行ったJĀTAKAジャータカの調査旅行について述べます。ミャンマーは上座仏教の国で、国民は仏教に対して大変熱心な信仰を持っており老若男女、寺院はいつも信者で一杯です。また寺院に対して喜捨をする人も多く、それによって在家信者は功徳を積んでいます。仏教への信仰により社会全体はある種の安定を保っているように見えます。折しも軍政から民主政への移行期ということもあり、国全体は明るい希望を持っているように感じられました。

3月末のミャンマーの気候は、暑期に当たりだんだんと暑くなりかける頃です。事実、日本を出発するときの気温は6度、ヤンゴンは36度、帰国してまた6度、と気温差30度はかなり過酷でした。

ミャンマーにスリランカから仏教が伝わったのは12世紀ですが、その前から土着神としてナッ神を信仰していました。バガンから南東に50㎞行ったポッパ山はその精霊が棲む聖なる山として知られています。筆者も石段を何百段も登り、ポッパ山に登ったことがあります。

ヤンゴンからすぐバガンやマンダレーへ飛びました。バガンはビルマ族によって1044年に最初の統一王朝が成立した土地で、エーヤワディー河の両岸に大小幾千もの仏塔や寺院が林立しているところです。そのバガンにはJĀTAKAジャータカを残す多くの寺院があります。ミャンマーのJĀTAKAジャータカはテラコッタやその上から釉薬をかけたもの、或いは木彫りのものもあります。

林立する寺院群

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西ペッレイ仏塔

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シャーマJĀTAKA(西ペッレイ仏塔)

 

シャーマJĀTAKAはこのような話です。

シャーマの父母は毒蛇に咬まれて失明します。シャーマは山で多くの種果を採って父母に孝養を尽くします。両親が喉が渇いたというので、彼は鹿革の衣を被って水汲みに出かけますが、鹿狩りに来ていた迦夷国の王が射た矢に当たり死にます。事の真相を知った両親は嘆き悲しみます。そこで天帝釈は彼の父母に対する孝養に感じ入り、シャーマは蘇生し父母も開眼するという話です。

 

アーナンダ寺院は、Baganバガンを代表する寺院ですから写真を載せておきます。

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アーナンダ寺院

マンダレーの南方のザガイという街のティロカグル寺院にはこのように美しい彩色の仏教絵画が残されています。

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仏足石(トゥロカグル寺)

 

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 JĀTAKA(トゥロカグル寺)

マンダレーのShwenandawシュエナンドー寺院には、19世紀建立の珍しい木彫りのジャータカJĀTAKAもあります。

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Shwenandawシュエナンドー寺院外観

 

早田先生

VessantaraヴェッサンタラJĀTAKA

ヴェッサンタラ王子は大変布施が好きでしたが、バラモンに請われるままに奥さんやかわいい子供まで与えるという話です。

JĀTAKAジャータカには、このように大乗仏教に支えられた菩薩思想が表現されています。

<早田記>

文化史学会第32回大会のご案内 [2015年11月30日(月)]

12月5日(土)に文化史学会第32回大会が開催されます。
どなたでも参加自由ですので、ふるってご参加ください。
〈日時〉平成27年12月5日(土)13:30~17:00
〈会場〉昭和女子大学 研究館6階 6S03教室
〈参加費〉無料(申込不要)

☆★大会プログラム★☆
13:30~ 
  【開会挨拶】
13:35~14:20
  【大会講演】吉成薫(昭和女子大学教授)
    「古代エジプト史と日本古代史」
〈休憩〉
14:25~15:10
  【大会講演】早田啓子(昭和女子大学教授)
    「仏教の思想と文化」
〈休憩〉
15:20~15:40
  【調査報告】石下翔子(昭和女子大学大学院生)・鈴木英里香(昭和女子大学大学院生)
        高田夏帆(昭和女子大学大学院生)
        小泉玲子(昭和女子大学教授)・山本暉久(昭和女子大学教授)
    「山梨県北杜市諏訪原遺跡2015年夏季発掘調査報告」

〈休憩〉
  
15:55~16:25 
  【研究発表】角田美保子(昭和女子大学助手)
    「明治期女子洋装の制度化
     -美子皇后の大礼服洋装化への準備過程-(仮)」
16:30~
  【閉会挨拶】
終了後、懇親会を行いますので是非ご参加ください!

【懇親会】
 〈時間〉17:00~
 〈会場〉研究館5階学生ホール
 〈会費〉無料
文化史学会大会に関するお問い合わせは
昭和女子大学 人間文化学部 歴史文化学科 教授室
(Tel:03-3411ー5375/Fax:03-3411-7059)
までお願いします。
第31回大会の様子

第31回大会の様子

<国宝『一遍聖絵』展>によせて [2015年11月12日(木)]

藤沢市にある時宗の総本山清浄光寺(遊行寺)では、宝物館のリニューアルオープンに合わせて国宝『一遍聖絵』を一般公開しています。『一遍聖絵』は鎌倉時代に日本浄土教の最後を飾った一遍上人の生涯を絵巻で表現した作品です。法然によって唱導された念仏思想は、時代を経過する中で多くの念仏者を輩出しました。

今回の展示は、清浄光寺所蔵の全十二巻と東京国立博物館所蔵の第七巻を一度に見ることが出来る絶好の機会です。第七巻が東京国立博物館所蔵?と思われるかも知れません。この間の事情を少し説明しますと、清浄光寺所蔵の第七巻の詞書きは鎌倉時代の作品ですが、絵画は江戸時代の作品なのです。しかし全十二巻として国宝に指定されています。一方、東京国立博物館所蔵の第七巻の絵画は鎌倉時代の作品でこれは国宝に指定されています。どのようにして第七巻のみがばらばらになったのか、という事情については定かではありません。いずれにしても、今回はその全部の絵巻を総て見ることができる良い機会です。

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この展覧会の会場は以下の三カ所で同時開催していますので、参考にしてください。(入れ替え等の詳細な情報については各博物館のHPで確認して下さい。)

「遊行寺宝物館」

10月10日~12月14日

「神奈川県立歴史博物館」

11月21日~12月13日

「神奈川県立金沢文庫」

11月19日~12月13日

<写真は国宝『一遍聖絵』展覧会パンフレットから転載しました。>

早田記

<インドの仏>展-東京国立博物館 表慶館 [2015年05月19日(火)]

東京国立博物館の表慶館で今、特別展「コルカタ・インド博物館所蔵 インドの仏 仏教美実の源流」展が開催されていました。今回はこの展覧会を紹介します。コルカタ(旧カルカッタ)は私が暫く留学していたところでもあり、懐かしい街です。

コルカタ・インド博物館は、1814年に開館したアジア最古の博物館で収蔵品は多岐にわたり、中でも仏教美術のコレクションは群を抜いています。今回展示されている仏教美術の出土品は無仏像時代の紀元前2世紀頃の「バールフット」の出土品やマトゥラーやガンダーラ、グプタ朝時代の仏立像やパーラ朝時代の密教像など多種多様な仏教美術の数々です。

バールフットの高さ3mの巨大な欄楯や塔門に彫られたレリーフには、釈迦の生涯である仏伝図、前世の物語であるジャータカ、ヤクシャやヤクシ-といった神像、蓮華紋様などがびっしりと彫られています。この仏塔は1873年インド考古局のA.カニンガムによって発見されて、翌年カルカッタ博物館に移されました。

展示品の全体を概観すると、選りすぐった優品を日本へ持ってきたことが分かります。それに展示の方法が分かりやすく陳列されていることに気が付きます。

それでは展示されているいくつかの作品を見ていくことにしましょう。

仏足石

仏足石

<仏足石>
これは11世紀頃のパーラ朝時代の仏足石です。無仏像時代の名残で、仏像が出来た後でもこのような象徴で仏陀の存在を暗示したレリーフが作られました。

 

聖樹崇拝

聖樹崇拝

<聖樹崇拝>
これはバールフットのレリーフです。インドでは古くから聖樹を崇拝する伝統がありました。
これも供養者が樹木を仏陀の象徴として供養している浮彫図です。

法輪崇拝

法輪崇拝

<法輪崇拝>
これもバールフットの無仏像時代のレリーフです。供養者は法輪を供養しています。

 

 

 

 

 

 

インドでは、古代初期の仏教寺院建築はストゥーパ(仏塔)を中心に造られました。
仏像誕生以前は、悟りを開いた仏陀を人間の姿で表さず、佛足跡、法輪、聖樹などの象徴によってその存在を表現しました。

托胎霊夢

托胎霊夢

<托胎霊夢>
仏陀の母、マーヤ夫人はある夜、白象が胎内に入る夢をみて懐妊を知りました。
この浮彫図はパキスタン出土の2世紀頃のクシャーン朝の作品です。

仏陀誕生

仏陀誕生

<仏陀誕生>
マーヤ夫人の右脇腹から誕生する仏陀。
10世紀、パーラ朝時代の作品です。ナーランダー出土。

出家踰城

出家踰城

<出家踰城>
出家の決意を固め、馭者のチュウダを従え、愛馬カンタカに乗ってカピラ城を出て行くところです。
2世紀頃、クシャーン朝の作品。パキスタン出土。

臨終

臨終

<臨終>
2本の沙羅樹の間で北枕に右脇腹を下にして、臨終を迎えている浮彫図。
2世紀頃、クシャーン朝の作品。パキスタン出土。

 

 

 

 

私はバールフットと同じくインド中部のサンチーのストゥーパの調査をしました。バールフットより少し時代が後になりますが、この仏塔は今でも現地に存在しています。(一見の価値あり)
日本ではインドの無仏像時代の古代仏教美術を実際に見る機会は少ないので、皆さんも是非この機会に、上野の表慶館へ足を運んでみたらいかがでしょうか。

(早田記)

※写真はすべて、同展覧会の図録『INDIAN BUDDHIST ART』から転載したものです。

韓国南部の仏教寺院 [2014年11月17日(月)]

 今回は、学会の後立ち寄った韓国のお寺を紹介します。最初のお寺は、釜山から西に2時間ほど行った全羅南道順天市の郊外にある松廣寺です。松廣寺は韓国仏教の最大勢力である曹渓宗が発祥した大変由緒あるお寺です。

 曹渓宗は1200年頃、知訥(ちとつ)という僧侶によって創始されましたが、もともとこの寺院は新羅時代末期に慧麟(えりん)が華厳宗の吉祥寺として創建しました。その後、知訥がその活動の拠点をここへ移し吉祥寺を修善寺と改名し、さらにまた松廣寺と改名して現在に至っています。

 仏教において最も重要な三つの宝を三宝と言います。それは仏・法・僧を指し、この松廣寺はその中で僧宝をもつ寺刹です。僧宝とは釈迦の弟子達を指し、この寺から多くの高僧を輩出したので僧宝寺刹と言われています。境内には,多くの高僧の祈念碑が建てられています。

松廣寺 鐘鼓楼

松廣寺 高僧の祈念碑

 次に紹介するお寺は,同じく釜山近郊にある智異山の山中にある華厳寺です。同じくこのお寺も曹渓宗で、544年にインド僧の縁起によって創建されたもので、670年に韓国の華厳宗の開祖義湘が増築しました。その後、お寺は華厳宗から禅宗へ更に曹渓宗へと引き継がれてきました。覚皇殿は国宝に指定されており、韓国では現存する木造建築として最大の規模だと言われています。智異山華厳寺は全山紅葉に包まれて、山から流れ落ちる水音が深閑とした山中に響き渡っていました。

華厳寺 覚皇殿

華厳寺 国宝四獅子三層石塔

(歴史文化学科 早田記)

仏教と温泉 [2014年05月23日(金)]

 皆さんは深大寺温泉をご存じだろうか。14年ほど前にボーリングして掘り当てたそうで、温度は40度以上もある。水質は、ナトリウムや塩化物を含んだ茶色い温泉水だ。効能はあらゆるものに効き、特に疲労回復や神経痛に良いらしい。

 或る財団から奨学金を貰った時、同じ受賞者にハーバード大学で仏教と温泉の関係について研究している若い仏教研究者がいたことを思い出した。彼の名はダンカン・隆賢・ウィリアムズ。今日本中の温泉に入りまくっている、と笑いながら話していた。彼によると弘法大師などの真言宗の僧侶が、日本の風呂文化のなかで浄めと癒しという概念を普及させたというのだ。聖水の歴史は世界各地に古くからあるが、彼は日本人と温泉に関して仏教的見地から研究していて面白いと思った。

 温泉で、もう一つ思い出す話がある。場所は、インドだ。驚く人も多いだろうが、実はインドにも温泉がある。古代インド・マガダ国の首都であるラージギル(王舎城)だ。或る新月の夜、宿の主人がここにも温泉があると言うので力車を呼んで行ってみた。星明かりを頼りに、村の暗い夜道を15分ほど行くと温泉の入口に着いた。さほど大きくもない穴に石段があって、ろうそくの光を頼りに手探りでそろそろと下っていくと、暗闇にインド人の大きな目だけが異様に白く浮かび上がった。勿論、服を着たままの入浴だ。彼等は、突然外国人が入ってきたのでびっくりしたようだった。湯加減は、ちょっと温めだったが心地は悪くはなかった。思えば、パキスタンでも温泉に入った。やはりどこでも、温泉は極楽!極楽!
(仏教思想と文化 早田