石巻報告 [2018年12月11日(火)]

11月17日(土)東京を出て宮城県石巻市に向かいました。やまがた『科学の花咲く』プロジェクト(山形大学)主催・東北大学大学院理学研究科共催・石巻市教育委員会後援の「科学で東北を盛り上げ隊!@石巻」にブース出展するためです。参加団体は、昭和女子大学の他、やまがた『科学の花咲く』プロジェクト、NPO法人ガリレオ工房、Science & Technology for All、東北大学大学院理学研究科広報サポーター、東北大学理学研究科天文学専攻、宮城県立石巻高等学校、東京学芸大学附属高等学校、科学講座研究会、山形大学SCITA学生スタッフ、山形県立博物館で、総勢約150人のスタッフが集いました。場所は「こもれびの降る丘遊楽館」です。

 その1 準備

昭和女子大学初等教育学科の学生はこれまで学科プロジェクトである館山プログラムで館山の子どもたちに3日間教育実習さながらにプランを練って学習活動を展開してきました。また、理科教育では科学館や小学校で行われる実験教室にサポーターとして参加し、指導技術を磨いてきました。その集大成として、山形大学さんが長年育ててきた意義深い事業に参加させていただくことになりました。昭和女子大学からの参加学生は8名で、昭和女子大学の正式なプロジェクトとして認定してもらいました。120人の子どもたちに科学工作を行う内容の検討を重ね、磁石を使った工作をすることになりました。工作で使用するペットボトル120本を運ぶために1人15本持って新幹線に乗りました。前日の土曜日夕方に机のレイアウトを確認して、夜ホテルで掲示するポスターを制作したり使用する材料を加工したりしました。

 その2 磁力のイメージ

11月18日(日)10時になると一斉に親子が会場に入ってきました。私たちが科学工作に選んだのは糸をつけたクリップを磁石で宙に浮かす実験でした。スタッフの一人が、生活科における子どもの自然認識について研究しているので、参加した子どもたちに、宙に浮くクリップに働いている磁力のイメージを絵に描いてもらいました。多くの子どもは、磁力を線や矢印で表現していました。電気をイメージして雷のように表現する子どももいました。

目に見えないよくわからないものを概念化する過程では、人は一旦既有の知識に置き換えて認知して、関連する事物現象とつないで理解することが知られています。電気は身近なところにありますし、静電気として見たり感じたりすることができます。面白い表現をしていたのは、飴やケーキの絵と、犬の絵です。ケーキ欲しさに飛び上がる人のイラストから、クリップを自分と重ね合わせて擬人化して認知しようとしていると読み取ることができます。犬の絵はよくわからないのですが、もしかしたら、飼っている犬の散歩をイメージしているのかもしれません。犬は興味のある方へと向かいリードを引っ張ります。糸をリードに見立てたのかもしれないと思います。

 その3 工作

さあ、いよいよ工作です。シールタイプとプレゼントタイプを選んで浮かせるようにしました。学生は紙粘土の試作(中央のバレリーナ)もしたのですが、時間がかかりすぎることから2つに絞っていました。作り方は簡単です。糸を付けたクリップを2枚のシールで挟み、ペットボトルに入れ、ひもを出してセロハンテープで側面にとめます。

ペットボトルを逆さにして上部に磁石を付けます。磁石は厚みのあるボタン型がよく、ドーナッツ型や小さなネオジム磁石ではうまくいきませんでした。

この工作の面白いところは、外に出た糸を押すと磁石とクリップの距離が変わり、磁力が変化するので、糸のよじれによってクリップが回転するところです。予想以上によく回るので面白いです。太い糸では上手くいかないので、細い糸がおすすめです。

 その4 空気の理科読

隣の会場では、理科読を行っていました。とても参考になるので、学生もお手伝いとして参加しました。一人一人が実験したり、科学読み物で空気の性質やはたらきを考えたりするプログラムでした。

最後は全体での実験です。うちわで風を起こして張り合わせた新聞紙に空気を送り込みます。すると、徐々に新聞紙が起き上がってドームになっていきます。子どもたちは大喜びで中に入っていきます。中は意外と広いようで、何人もの子どもが入っていき盛り上がりました。学生は、見えない空気のことをどうやって子どもに教えたらいいか分かったと言っていました。

 その4 石巻の復興の様子

11月19日(月)観光協会にお願いして地元のガイドの方とともに被災地である石巻の復興の様子を見て回りました。漁港がきれいになり、せりを行う立派な施設ができていました。たくさんの人が住んでいた川沿いの地区は住んではいけない場所に指定され、今後は公園になるとのことでした。

石巻の被害が大きかった利用として川津波が起きたことが挙げられます。多くの人が避難した高台からは、海と川が一望できました。津波は川をさかのぼったので、海から遠く離れた地域まで被害が広がったのだそうです。

震災後、住んでいた人はなかなか被災した現地に足を踏み入れなかったそうです。ところが、震災を伝える施設を作り、地図を張って付箋紙を置いておいたところ、多くの人が書き込みをするようになっていました。読んでみると、中学校の時に部活で走った海岸や、やさしい店員がいたお店、散髪屋さんの思い出などが書かれて、地元の人の情報交換の場になっていました。それを読んで、多くの人が住んでいたということは、それだけの思い出が詰まった場所だったのだと、あらためて身につまされるような思いがしました。このような復興途中の石巻で、子どもたちと触れ合え、科学の楽しさを伝えられたことは意義深いことでした。これから震災を知らない子どもが増えてきていますが、震災を忘れることなく、私たちにできることをしていきたいと思います。

昭和女子大学 しらす