六月の花──紫陽花──

<日文便り>

関東もいよいよ梅雨入りとなった。

このところ雨もようの日が続くが、曇天には菖蒲や紫陽花など紫や青の花がよく映える。紫陽花の花の名の由来は、藍色の意の「さゐ」(真藍さあゐ)と集める意の「あぢ」(あづ)によるともいわれるが、諸説がある。別名「七変化」ともいわれるように、白、青、紫、淡紅色と咲きはじめてから、また雨や土によって色彩が変わるのも風情がある。

 

紫陽花は、『万葉集』にすでに詠まれている伝統的な歌材であるが、

飛ぶ蛍日かげ見え行く夕暮になほ色まさる庭のあぢさゐ

(藤原家良)

移り行く日数を見せてかたへより濃く薄くなる紫陽花の花

(大隈言道)

など、やはり花の色に目をとめた歌が少なくない。

 

俳句も数句紹介しておこう。

紫陽花や縹に変はるきのふけふ          (正岡子規)

紫陽花や白よりいでし浅みどり          (渡辺水巴)

あぢさゐが藍となりゆく夜来る如        (橋本多佳子)

 

散文の世界で、もっとも印象深い紫陽花の景を描いた珠玉の名作は、泉鏡花の随筆「森の紫陽花」ではないだろうか。

今年も紫陽花が見ごろの季節を迎えたが、鏡花の随筆の紫陽花の景と現し世の紫陽花の景をかさねて鑑賞してみるのも一興かもしれない。

 

分けて見詰むるばかり、現に見ゆるまで美しきは紫陽花なり。その浅葱なる、浅みどりなる、薄き濃き紫なる、中には紅淡き紅つけたる、額といふとぞ。夏は然ることながらこの辺分けて多し。明きより暗きに入る処、暗きより明きに出づる処、石に添ひ、竹に添ひ、籬に立ち、戸に彳み、馬蘭の中の、古井の傍に、紫の俤なきはあらず。寂たる森の中深く、もうもうと牛の声して、沼とも覚しき泥の中に、埒もこはれごはれ牛養へる庭にさへ紫陽花の花盛なり。

(吉田昌志編『鏡花随筆集』所収)

(校庭の紫陽花)

 

(ks)