『死者の書』を見て。

<日文便り>

1月27日(金)に銕仙会能楽研修所で、「すずしろ」による物語る演劇、折口信夫『死者の書』を見ました。能舞台に三名の当麻の語部が登場し、物語を語っていきます。何かが乗り移ったかのような畳みかけるような迫力でした。南家郎女は胴体だけの人型で表わされていましたが、物語の展開につれ、語部によって息が吹き込まれて行くようでした。打ちもの、吹きものも古代的な幻視の世界を紡ぎ出しています。
大学時代に大津皇子の悲劇に心惹かれ、当麻寺を訪れました。二上山の美しさ、冬の誰もいない御堂に掛けられた当麻曼荼羅に圧倒され、『死者の書』の碑に心動かされて作品を手にとりました。難解で一種おどろおどろしい世界に踏み込むようでした。
舞台で「こう こう こう」と響く魂呼いの声、「あっし あっし あっし」と踏み鳴らされる魂鎮めの足音、語部の声の迫力に自分の魂が引かれていくようでした。観世銕之丞の大津皇子と阿弥陀仏も素晴らしかったです。阿弥陀仏の神々しく美しい姿に息を呑みました。郎女の衣が脱がされ阿弥陀仏の腕に掛けられた時、郎女の魂が召されていくのだなあ、と感じました。
語りは古代文学の重要な要素です。人間は語ることによって、幾千万もの大切なことを、時空を超えて伝えてきたのだと思います。けれども今、それが失われようとしているように思います。語部に心動かされ、もう一度『死者の書』を手にしています。

 

(KR)