「それな」がきこえてくるとき

〈日文便り〉

 

新年度が始まり、早2か月が経ちました。4月、5月はきこえてくる学生達の話声もいつもよりトーンが高いように感じます。新入生が入ってきたからでしょうか。

 

そんな中、特段きこえてくるのは「それな」です。

みなさんは「それな」を誰に、どんな時に使っていますか?

 

今回は「それな」について、“指示詞としての「それ」”と、終助詞としての“「な」”のそれぞれを考えてみたいと思います。…というと面倒な話になりそうですが、まぁ、ちょっと読んでみてください。

 

私が「それな」を耳にしだしたのはいつだったでしょうか…。

それまでは「あーねー」がよくきこえていましたが、最近ほとんどきこえなくなりました。「随分他人事のような返事だなぁ」と感じたので、「“あーねー”って何かの略なの?」と、数年に亘り授業時にきいてきました。答えは「あー(それ)ねー」であったり「あー、…ねー」と特に省略するものはなかったりと、その形式と意味は固定しないものでした。

 

日本語には「これ」「それ」「あれ」と3つの指示詞があります。

この日本語の指示詞、みなさんはどう使い分けていますか?

 

日本語の指示詞の指す領域には2つの考え方があります。

一つ目は自分と相手が同じところにいる想定で指すものです。近い場合が「これ」、遠い場合が「あれ」、どちらでもない場合を「それ」で指します。

もう一つは、自分と相手は独立して存在していると想定する場合です。自分の領域を「これ」、相手の領域を「それ」、そのどちらでもない場合を「あれ」で指します。

 

その考えに従うならば、「あーねー」は、遠い、自分と相手のどちらの領域でもないことを指していると捉えられても不思議はありません。

それに対し、「それ(な)」はどうでしょう。相手の話の領域(考え)を指して、同意する意味で使っているのではないでしょうか。「それ」は形式的にも明確に相手の話を指す、さらにはその考えに同意している、とお互いが認識できます。

 

では、終助詞「な」はどうでしょう。

おそらくこれまで女性の多くが使用してきたのは「それね」だったと思います。もちろん今も「それ」+「ね」は各世代で使用されると思いますが、「それな」と相手や場面によって絶妙に使い分けているのではないでしょうか。さらには「それなー」と「それな」、語末を伸ばすかどうかも意味を異にして使い分けているのではないかと思います。

 

数年前まで「まじか」をよく耳にしていました。私がこの「まじか」を初めて耳にしたのは10年ほど前、当時勤めていた研究所内で、とてもキラキラしたきれいな女性から「まじかー(当時は伸ばすのが主流)」と言われ、一瞬混乱して「まじだー(私も伸ばしてみた)」と応えたのを鮮明に覚えています。

 

「まじ」自体はそれまでも耳にしてきましたし、女性が終助詞の「か」(「か」も「だ」も粗野な?屈強な?男性が使うイメージ)を付けて使う場面に遭遇したことがなかったので「こ、これは…どういうノリだろ」と戸惑いながらも、私も相手のスタイルに合わせ、咄嗟に終助詞「だ」を付け(しかも伸ばして)返答した次第です。

 

終助詞をはじめとして、時代とともに、女性/男性が使っても不自然でないことばの使用域は変わってきました。

とはいっても、「まじ」+「か」も「それ」+「な」も、女性が使うには新鮮で、若い女性にとっても「新しいことばがやってきた」ように皆が感じたのではないでしょうか。

 

ではこの「それ」+「な」。4月5月はいつも以上に耳に届いていたのはなぜだったのでしょう。

 

季節的に新年度です。私たちは出会ったばかりの人とどのように親しくなっていくでしょうか。相手との共通点を見つけ、時を共にし、互いの情報量を増やしていくのだと思います。

ただ、必ず互いの違いに気づき、緊張も強いられるはずです。

 

日本語の場合、同意することを示すためには「うん、うん」と、ことばに表すことで示します。ただその「うん」は様々な意味を担ってくれるので、より明確に「それ」と“相手の話の領域”を指し、“同意してますよ”と、相手の話に寄り添う、時には相手の話の中に入っていくことを示しているのではないでしょうか。

 

さらに一見粗野な「な」を付ける、付けられる関係、つまり親しい間柄でこそ使える「親しさのマーク」を互いに共有していると“示す”機能をフル活用中だったのではないでしょうか。

 

6月に入り、そんなことを考えながらお弁当を買いに出かけ、研究室まで戻ってくる道のり、2度ほどもっと静かな「それな」がきこえてきました。なんだかきれいな話で終わるようですが、でもきっと少しずつ、互いの情報量が増え、少しずつ自然な「それな」が使える関係性が築かれてきたのではないでしょうか。

 

(宮嵜由美)