〈日文便り〉
時が経つのは早いもので、「夏休み」と思っているうちに、暑いまま9月。
先日、リビングの掛時計を落として文字盤のガラスを割ってしまいました。
あーあ、買い替えかー。
でも、資源ゴミに出そうと部品をバラしていて気づきました。掛時計って直径30センチ弱ありますけど、実は針を動かしてるのは文字盤の裏にある10センチ四方もない小さい駆動装置(ゼンマイと電池の入った機械の部分)なんですね。それと針さえあれば、数字の書いてある文字盤とガラスのカバーなんてなくても「時計」としての機能は十分なんです。
あれ?じゃあ、「時計」の大事な心臓の部分は無傷なわけで、買い替えることないんじゃない?
文字盤の代わりになるものさえあれば。
あとはそこに針と駆動装置を取り付けて…
こうして完成したのがコチラ。
北海道のお土産にいただいた「じゃがポックル」。その空き箱で作った世界に一つしかない(たぶん)時計です。
え?
いや、時計って、それ紙じゃないの?
ええ、紙ですが何か?
空き箱そのまま使ってますからね。
でもまさにその「空き箱がなんか時計になっちゃってるんですけど!」ってのがオシャレで気に入ってます。
紙だから湿気でゆがむだろうし、色あせもするし、カバーがないから針の間にほこりがたまったりするかもしれない。でも元々捨てられるはずの空き箱と時計ですから。古くなったら次の空き箱に換えればいい。思い出をディスプレイするような気分で季節ごとに変えるのもいいかも。かわいいから捨てられなくて取ってあったお菓子の缶とか、お気に入りのアクスタとか、なんならぬいぐるみのお腹とか…「今度は何を時計にしちゃおっかな」って考えるアナーキーな楽しさがあります。
元々日本の住まいって、茅葺き屋根やら襖や障子やらでできてるでしょ?骨組みだけ残して外側だけを張り替えて、古いものを残しつつ新しくもしていく…そんな和の精神を受け継いだ時計!・・・って、言い張ってみよう。
たかが「時計」、されど、です。「時計=買ってくるもの」とか「時計=ずっと使い続けるもの」とか、「時計=専用に作られた装置」っていう常識から自由になって、好きなものを時計にする、という新発想。
ちょっと立ち止まって、分解してみると、「常識」のフタがあいて、世界が見えてくる。
ここまで読んでくれた人の中には「私もやってみたい!」という奇特な方が0.5人ぐらいはいるかもしれないので、ここで作り方をちょっとだけご紹介しておきます。時計なんて専門の職人さんじゃないと、と思うかもしれませんが、それは駆動装置の中身をいじる場合。文字盤をいじるだけなら誰にでもできます。
まずは針を引っこ抜きます。ペンチを使うのがベターですが、手でも抜けます。
次に駆動装置を文字盤に留めつけているナットをねじって取ります。これはさすがにペンチかスパナが必要。

そうすると裏側の駆動装置がスポッと取れます。
これで移植手術の前半は無事終わりました。
続いて後半戦。
市販の時計キットとかも出回っていて、そういうキットを使って手作りしようっていう人はここからスタートです。ここまでのパーツどり工程はいらないもんね。
新しい時計になる空き箱の中心(またはお好きな位置)に、元の文字盤にあいていたのと同じ径の穴を開けます。ここに針の軸が通ります。
箱の裏側の、駆動装置のあたり、四角く切って窓を作っておきます。開けておかないと電池交換できなくなっちゃいますから。掛時計にする場合は、上の方にフックに引っかけるための穴も開けておきましょう。

あとは、外した時と逆の順番で、ナットを締めて、針を元通り取り付ければ、じゃがポックル時計の完成です!
今回は針と駆動装置以外を全交換しましたが、元の時計をそのまま利用して、文字盤だけ好みのものに取り替えることもできます。
以上、時計の作り方?壊し方?でした!!
「作る」なんてたいそうなもんじゃないんですけどね
「常識のふたを開けて、ちょっとだけ首つっこんで、ちょっとだけ手を加える」、かなあ。
そういうのが、たのしいっておもう。