目にはさやかに見えねども

九月になりました。九月は「長月」とも呼ばれます。日が暮れるのがしだいに早くなり、夜が少しずつ長くなっていく頃です。
暦の上では八月から秋ですが、立秋を迎えたからといって、すぐに秋らしくなるわけではありません。今年は例年に比べて雨が多く、暑さは比較的穏やかですが、まだ夏の名残はあり、蝉の声が聞こえることもあります。それでも、九月にもなると、朝夕の風に、「秋が来た」と感じる瞬間もあるのではないでしょうか。
『古今和歌集』巻第四・秋歌上には、立秋の日の歌として、藤原敏行の次の詠があります。

  秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる

「秋が来た」と、目にははっきりとは見えないけれど、ふと耳にした風の音に、秋の訪れを感じさせられる。そんな季節の移ろいを鮮やかに掬い取ったような和歌です。
しかし、受験生のみなさんにとっては、こうした風情を味わう余裕はなく、九月は少し落ち着かない季節かもしれません。
「夏休みが終わってしまった」「入試まであと何か月しかない」。共通テストや入試までの日数が、急に現実味を帯びてくる時期でもあり、カレンダーをめくるたび、時間が自分を置いて先へ先へと進んでいくように感じることもあるでしょう。
けれど、時間は目に見えるかたちで過ぎていくだけではありません。昨日までわからなかったことが、少しずつ見えてくる。難しいと思っていた文章が、ある日すっと読めるようになる。以前は気にも留めなかった言葉が何だか気になって、思わず調べてみたくなる。そうした小さな変化もまた、過ぎゆく時間の中で生まれているはずです。
大学での学びも、きっと同じです。すぐに答えが出ることばかりではありません。迷ったり、立ち止まったりしながら、あるとき「ああ、そういうことか」とすとんと腑に落ちる。その感覚は、風の音に秋を知る瞬間に少し似ているかもしれません。
「もう九月だ」と自分を鼓舞する気持ちは大切にしながら、「まだ九月だ」と肩の力を抜く余裕も忘れずに。そして、目には見えない自分の成長にも、少しだけ心を寄せてみてください。気づかないうちに積み重ねてきたものが、きっと自分だけの力となっているはずです。

(鵜飼祐江)