昭和女子大学と佐賀藩主・侯爵鍋島家

はじめまして。4月に着任した野口です。

よろしくお願いします。

私は歴史学・日本近世史を専攻して、これまで、佐賀藩をフィールドとした研究を行ってきました。

ところで、佐賀藩は昭和女子大学と深い結びつきがあるのをご存じでしょうか。

それは、大学の前身である日本女子高等学院の院長松平俊子先生が、佐賀藩主・侯爵鍋島家の出身なのです。

松平先生のお父さんは、最後の佐賀藩主鍋島直大(なおひろ)で、お母さんは、公家の広橋家から嫁いできた榮子(ながこ)でした。

直大のお父さん(松平先生の祖父)は、幕末佐賀藩に西洋技術を導入した名君鍋島直正(閑叟)です。

またお姉さんには、華族のなかでもその美貌が特に有名で、後に梨本宮家に嫁いだ伊都子(いつこ)がおりました。

皇太子嘉仁(後の大正天皇)は、鍋島家の別荘に遊びに行くことが多く、そこにいた同家の姉妹達のなかでも伊都子と

お互いに惹かれあっていたというエピソードもあります。

松平先生は、旧高松藩主・伯爵松平頼壽(よりなが)の弟胖(ゆたか)と結婚して、昭和8年に二代目の院長に就任しました。

結婚されてからも鍋島家とは行き来があり、昭和10年の創立15周年にあたっては、

母榮子から和歌を送られており、今でも大学の正門を進んでいくと、この和歌を刻んだ秩父石があります。

私は、華族の出身である一方で、教育に対して真摯に取り組まれた松平先生について、大変興味を持っています。

松平先生のことが書かれた史料など、ご存じの方がおられましたら、ご一報いただけるとありがたいです。