本の声

歴史文化学科の比較女性史論担当の掛川典子です。風はまだまだとても冷たいですが、大学では新体育館の庭の河津桜はとうに満開を迎え、寄贈木の沖縄の彼岸桜を始め、ほかの種類の桜も次々につぼみを膨らませつつあります。春が確実に近づいているのですね。

最近私にとって最も嬉しかったことの一つは、ビンゲンのヒルデガルト(1098ー1179)の『スキヴィアス』(Liber Scivias)のファクシミリ版を入手したことです。ヒルデガルトはドイツ中世最大の女性神秘家、幻視者です。ほぼ30年ぐらい前のドイツ留学中に、初めて書店で彼女の著作集に出会い、35枚の細密画にとどめられた余りに独創的なビジョンに魅せられました。頼み込んでゲルマ二スティークのハウク教授の神秘主義文学の講義を聴かせていただいたりして、ドイツ語の文献を集めて帰国したのですが、原文はラテン語ですし、なかなか着手できず、ほとんど諦めていました。ところが昨年、ルーペルツベルク・コーデックスのすばらしい復刻版が出版されると知り、迷わず注文しました。今になって、私の手元に来てくれたのは、「読んで!」という本の声だと思います。幸いこの年月の間に研究が進み、詳しい美術史的な考察も重ねられ、ドイツ語の新訳のシリーズも刊行中であり、日本語訳も出されつつあります。『スキヴィアス』は「道を知れ」という意味で、キリスト教の救済史を枠組みにしています。しかもこの「道」は複数形です。十字軍の時代、対抗教皇をたてた神聖ローマ皇帝フリードリヒ1世赤髭王の時代に、幻視するこのユニークな女子修道院長が、男女の魂の救済のためにどのような「道」を説いているのか、どこが特別に女性的であるのか、とても興味深いです。

私は長年、20世紀初頭に活躍したマリアンネ・ヴェーバーの女性論を扱ってきましたが、マリアンネは、歴史的に見たとき女性の思想はレーベン(生命/生活)に近く実践的であったと考えています。同時代の実人生の中では尊敬され、影響力が大きく、優れていた女性の思想も、多くは書き残されてこなかった、伝えられてこなかったのです。ビンゲンのヒルデガルトの書物は残っている!!私の残りの研究時間をかけて、今度こそゆっくり取り組んでいこうと思っています。