望秀学寮追記

3年生のクラス・アドヴァイザーの掛川です。望秀学寮の野外研修中心に写真をお届けします。

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初日に那古寺まで避難経路確認にでかけて、周辺散策しました。さらに那古寺裏山の展望台まで上りました。そこまで一緒に仲良く上った1・3年生と展望台から見た館山湾です。好天に恵まれて気持ちのよい眺望でした。望秀学寮もはっきりわかりました。皆さんも那古寺まで行ったら、もう少し頑張って展望台まで登ることをおすすめします。

 

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2日目に3年生は戦争遺跡見学をしました。NPO安房文化遺跡フォーラムの代表愛沢伸雄さんと事務局長の池田恵美子さんからまず1時間半座学で、館山周辺の遺跡の講義を受けました。熱意が伝わってくる大変充実した授業でした。その後赤山地下壕跡をNPOのボランティアの方々にご案内いただきました。このように全員ヘルメットで見学です。NPOの方の案内無しには入れません。地下壕の中は見たことも無いような見事な地層です。断層の後もくっきり。さらに1945年9月3日に米占領軍本隊が初上陸した地点で説明を受けました。館山では4日間直接軍政が惹かれたそうです。この話と上陸時の米軍の記録写真は初めて見聞きしたものです。館山湾は、元禄地震(1907)と関東大震災(1923)のおりの隆起面がはっきりわかる海岸段丘になっています。

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その後、青木繁が滞在して「海の幸」を描くきっかけになった布良の小谷家と布良崎神社でお話を伺い、「青木繁海の幸ゆかりの地」記念モニュメントを訪れました。布良崎神社の二つの鳥居の間に晴れていればちょうど富士山が見えるそうです。大島の影がうっすら浮かび、モニュメントのところから見る太平洋はおおらかに膨らんで感じられました。青木繁と福田たねが見たわだつみです。ちなみに、たねさんの産んだ青木の息子が音楽家の福田欄童で「笛吹童子」を作ったそうです。「ひゃらーりひゃらりこ・・・」なつかしい!!ノーベル医学生理学賞受賞が決まった大村智さんは、「NPO法人青木繁『海の幸』会」の理事長で、小谷家住宅保存会にも積極的に関わってくれていることを現小谷家当主小谷福哲さんからお聞きしました。

資生堂創業者の福原有信や渋沢栄一との関係や「新婦人協会」や「かにた婦人の村」の従軍慰安婦まで、とにかく盛りだくさんのゆかりの人物が登場し、驚きいっぱいの野外研修でした。自然に癒やされつつ、勉強になりました。NPOの皆様本当に有り難うございました

今回の学寮は10月末ということで、ハロウィンの飾りつけがいっぱいなされておりました。夜も小さいランタンがテーブルにともされていたり・・・食堂のピアノの上にもカボチャ頭が鎮座しておりました。翌日からはクリスマスの飾り付けにかわるそうです。学寮の職員の皆様有り難うございました。学寮クラス委員の皆さんも連日ご苦労様でした。学生の皆さんの成長が実感できて、達成感と充実感のある楽しい

学寮でした。

 

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