【特殊研究講座】木村靖二先生による講演「戦争はなぜ起こり、なぜ止められないのか」

こんにちは。西洋史担当の小野寺です。

今回は、去る11月11日(第一次世界大戦が終結した日、世間的には「ポッキーの日」)に行われた、木村靖二先生(東京大学名誉教授)による特殊研究講座について、お伝えしたいと思います!

木村先生といえば、山川出版社の『世界史B』教科書で名前を目にしたことがあるという皆さんも多いかと思います。
言わずと知れた、日本におけるドイツ近現代史研究の第一人者。
私の先生でもあります。
ですので、当日は私も(自分がしゃべるわけでもないのに)わがことのように緊張しておりました。

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講演のタイトルは「戦争はなぜ起こり、なぜ止められないのか―第一次世界大戦の例で考える」。

木村先生はまず、第一次世界大戦が勃発した1914年から現在までの100年間が、歴史的に見てもグローバルな戦争の百年であったことを指摘されました。
1914年から1945年は、二つの世界大戦だけでなく、ロシア内戦、シベリア出兵、満州事変、エチオピア侵攻、スペイン内戦など、大規模な国家間戦争が絶えなかった時期。
1945年から1990年はいわゆる「冷戦期」ですが、その間も植民地独立戦争や内戦(国共内戦や朝鮮戦争、ヴェトナム戦争など)が次々と起こりました。
そして1990年以降には、さまざまな原理主義運動による新しいタイプの非対称戦争が次々と生じ、湾岸戦争から現在のシリア内戦、アフガニスタンへの派兵など、戦争の規模自体はさほど大きくなくとも、それが難民などの形をとってグローバルな影響を与え続けています。

その上で木村先生は、第一次世界大戦がなぜ勃発したのか、多数の死傷者が出たにもかかわらずなぜ戦争は途中でやめられなかったのかについて、詳しく説明されました。
特に私が印象に残ったのは、

・戦争というのは、起きてしまうと事前の予想とはまったく違うものになってしまう。短期戦を予想していたものが、何年、場合によっては何十年にも延びていく。

・「バルカン半島はテロがはびこる、いつも紛争や対立が絶えない(どうしようもない)地域だ」といったような、ステレオタイプ的な思い込みが、戦争の帰趨に大きな影響を与える。これは、現代のイスラーム世界に対する思い込みと同様のところがある。

・列強はバルカン半島自体にはそれほど関心はなかったが、その地域が他の国に押さえられてしまうと列強間のバランスが崩れてしまうこと、他の国に優位な立場に立たれてしまうことを恐れ、結果としてバルカン半島が「導火線」の役割を果たすことになった。その意味で、現在の南シナ海の問題と似ているとも言える。

・民主主義の社会においては、戦争被害が拡大するとかえって戦争が止めにくくなる。数十万人も犠牲を出した以上、それに見合うような一定の成果を挙げないと、国民に申し訳が立たなくなる。

といった点でした。

第一次大戦を軸にしながらも、100年間という大きなスパンでの俯瞰や、戦争について考えるうえでの基本的姿勢、現在との共通点についても触れていただき、歴史を学ぶことの意味について貴重な示唆をいただく講演内容でした。

その後、学生からはさまざまな質問が出されました。

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・ナポレオン戦争の記憶は19世紀にきちんと伝えられていなかった。戦争の記憶を風化させないためには、どういう努力が必要か。

・毒ガスを製造した科学者の責任が、戦後に問われることはなかったのか。

・ハーグ陸戦協定が存在したにもかかわらず、なぜ毒ガスは利用されたのか。いとも簡単に破られるような条約に、一体どのような意味があるのか。

・当時「列強」とはどのように定義されていたのか。

・EUを創設したことは、戦争を防ぐという点でどのような影響があったのか。

・戦争責任という問題をどう考えるべきか。

これに対する木村先生の答えは、いずれも鮮やかなものでした。
たとえば一つ目の質問に対しては、次のように答えられました。
記憶の風化は避けられないものであるし、とくに抽象的なデータ(死者の数など)では歴史の記憶は伝えていきにくい。だからこそ『アンネの日記』のように具体的、個人的なかたちで歴史を伝えていくことが大事である。そして何より重要なのは、歴史を伝えていくということを人任せにしないことである。

二つ目の質問に対しては、ビタミンCの例を挙げられました。ビタミンC合成のように、広くいろいろな人びとの役に立ち、決して軍事利用できないだろうと思われていた技術も、潜水艦で栄養不足になりやすい乗組員たちが摂取するという形で、軍事利用されてしまう。民需・軍需というふうに明確に技術を区別することは困難であり、これはとても難しい問題である。だからこそ、その使い方について条約などで厳しく規制していく必要がある。

木村先生のゼミに長年出席していた私にとって、この質疑応答は、そのときの様子をまざまざと思い出させるものでした。
多方面から寄せられる質問に対して、すべて適切に答えるだけでなく、無尽蔵とも思える例を引用されて、歴史の複雑さ、豊かさを具体的に示してくださるのが、「木村ゼミ」最大の魅力でした。
その一端に本学科の学生も触れることが出来、本当によかったなあと思っています。

講演終了後は、学生たちがあつまってさらに一時間程度質問大会。
1980年代、冷戦下の東ベルリンでの生活など滅多に聞けない裏話もあり、私にとっても非常に楽しいひとときでした。

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木村先生、本当にありがとうございました!