【ヨーロッパ歴史演習】アウシュヴィッツ・ビルケナウで学んだこと [2016年03月23日(水)]

西洋史の小野寺です。
引き続き、ヨーロッパ歴史演習への学生の皆さんの感想をご紹介します。

今回は、この研修旅行で学生にもっとも強い印象を与えたと思われる、アウシュヴィッツ・ビルケナウ訪問についてです。
現地を実際に訪れることで、今まで自分が考えていたこと、感じていたことが強く揺さぶられたことが、みなさんの声からは伝わってきます(小野寺)。

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ホロコーストを勉強してきた中で、アウシュヴィッツとビルケナウはとても恐ろしい場所というイメージがありました。
しかし実際は想像していたものとは違い、煉瓦造りの建物は普通のヨーロッパの建築物であったし、雪の白色とよく合っていたし、白樺の木は規則正しく並んでいました。
雪で一面が白くなっていたことで、雪の中にあった死の池も写真で見た景色よりもきれいで、普通にそこに存在していました。
あんなに残酷なことが行われていた場所が普通であった、目の前に存在した、本当に見てしまった、という現実を突きつけられた感覚でした。
もっとおどろおどろしい雰囲気が漂っているのかと思っていました。
多分自分の中では、そうあってほしいという願望があったのかもしれません。
でも実際は願望とは違い、普通であったことによって、言葉にできない複雑な感情が生まれました。これは実物を見ることができたからこそだと思います(歴文3年Hさん)。

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私はアウシュヴィッツに行く前には、きっとすごく殺伐としていて浮世離れした恐ろしい場所なのだろうと思い込んでいました。
しかし言い方が悪いかもしれませんが、アウシュヴィッツを実際に見ると収容所の施設は赤レンガで洒落ていると思えましたし、過去にユダヤ人が何人も殺された場所でも上を見上げれば雲のある日本と何も変わらない空があり、白い雪が降り積もっていて決して殺伐とはしていませんでした。
ガスの缶や残忍な写真や刈られたユダヤ人の髪の毛や残された靴などを見ても、昼になるとお腹が空いてお腹いっぱいに昼ご飯を食べていました。
私は何か違和感を覚えました。
そして気づいたことは、ここは決して浮世離れしたところではなく、100年も経っていない過去に本当にここで現実にホロコーストがおきたのだということです。
特に死の池が日光に照らされていて美しく光り輝いているのを見た時、本当にあった池にユダヤ人を焼いた灰が捨てられたのだと思い衝撃が走りました(歴文1年Gさん)。

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昼食もアウシュヴィッツ内のレストランで食べたのですが、多くの人が殺された場所で穏やかに食事している自分やレストランに違和感を覚えました。
ガイドの中谷さんが、ユダヤ人たちの悲劇を伝える仕事をしていながら何事もなかったかのように食事をとりそしてまた仕事に戻っていくスイッチの切り替えが出来てしまう自分が恐ろしいとおっしゃっていました。
このようなスイッチの切り替えは私たち誰しもがもっており、人間が過去の悲惨な歴史を繰り返してしまう原因の一つではないかと感じました(歴文2年Tさん)。

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アウシュヴィッツ、並びにビルケナウを訪れて、一番感じたことは事実を受け止めるということは非常に難しく、勇気がいることだということです。
文字や資料を通してだけなら、すんなりと頭に入ってきますが、実際の場所にきてみると気持ちが邪魔をする、という体験をすることができました。
アウシュヴィッツやビルケナウが、負の場所というイメージらしくひどい有様であるならばもっと受け入れやすかったかもしれません。
でも、実際は美しいと思ってしまうほどの場所で、想像もつかないのです。
資料だけでなく、実際に現地に行くということは当たり前ながら大切なことですが、改めて身を持って知ることが出来ました(歴文3年Iさん)。

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いままで正直歴史を学ぶ意味というのがよくわからなくて、過去を振り返っても何も変わらないと思っていましたが、こうした過去というのは「知らなかった」で済まされることではなく、二度と起こさないために後世に伝えていく必要があることをやっと理解できたような気がしました。
また、歴史というのは人が作ったもので物事が起こるには必ず人の感情が加わっているのだということも学び、そういう意味できっかけ作りの場になったという点では、研修旅行の一つの目標を達成できたと思います(心理2年Mさん)。

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