『被団協』新聞の取材を受けました。 [2018年11月22日(木)]

こんにちは。松田忍(日本近現代史)です。戦後史史料を後世に伝えるプロジェクトの顧問をつとめています。

昨日、日本被団協事務室長の工藤雅子さん、「おりづるの子(東京被爆二世の会)」事務局長の吉田みちおさんから、本プロジェクトに関する取材を受けました。取材内容は日本被団協の機関誌『被団協』2019年1月号に掲載されるそうです。

吉田みちおさんは長崎で被爆した吉田一人さんのご子息でいらっしゃいます。取材における吉田さんのご関心は、我々のプロジェクトがいかにして「被爆者に『なる』」の展示コンセプトにたどりついたかにあったように思います。東京で被爆者運動の研究をしているというのは、運動に身を置かれている方からすると不思議なことのようであります。「修学旅行などで被爆者の話を聞いたことがあるとしても、基本的には原爆と縁遠いところに生まれ育った学生たちがなぜ被爆者運動を分析しようとするのか」という疑問は、吉田さんのみならず、新聞各社の方も必ずお聞きになりました。「みなさんの出身地は本当に首都圏なの?」という質問も何度か受けました。

それに対する返答はメンバー一人一人異なるものではあります。

しかし私なりの回答をすれば、このプロジェクトが目ざすところが「運動への参加」ではなく、「運動から距離を置いて、歴史学として運動を分析する立場」をとっているからこそ、原爆や被爆者からの距離が遠い私や学生たちであってもプロジェクトとして成立しているのかなと思っています。歴史学の学びは、単純に網羅的に知識を蓄えていくことではありません。なんらかの出来事を対象として分析を加え、その出来事がおかれた歴史的文脈を一本一本紐解いていくことで、過去の世界を豊かに理解していく思考態度が歴史学では求められます。

その点においては、被爆者運動分析についても同様であり、運動の分析をおこなうことが戦後日本がおかれた政治構造や思想状況を知ることへつながっていると感じられるので、学生たちは「学ぶ喜び」を感じ、一生懸命に頑張っているのではないかと思います。歴史を知り考えていく「喜び」に関していえば、「原爆との距離が近いか遠いか」の差異のようなものはないのかなと考えております。極端な話をすれば、戊辰戦争に従軍していなくても、興味を持って幕末政治史を学べるのと同様に。「語り」によって支えられてきた被爆者運動を、歴史として知的関心を持って学びうる対象へと捉え直していく点において、「現代を歴史にする」瞬間にたちあっている緊張感のようなものは私にもあります。

今年の秋桜祭展示によって、プロジェクトメンバー間で「考える土台」のようなものはなんとなく出来たかと思っていますし、それを実現したメンバーの頑張りには精一杯拍手を送りたいと思います。しかし実際の研究はこれからがスタートです。上級生の思いを下級生が引き継いで、しっかり頑張っていって欲しいと思っています。