【本の紹介】さよならミニスカート [2020年03月23日(月)]

こんにちは、松田忍(日本近現代史)です。「こういう時こそ本を読め!」ってことで今日も本の紹介です。

歴史文化学科のカリキュラムには「日本女性史」「近代女性史文献講読」「比較女性史論」などの女性史関係の科目がいくつか設置されています。そうした授業を受講した上で、特に近現代の女性史に関する研究をして卒論を書きたいという学生が、松田ゼミを希望することが増えてきました。(念のために言うと松田ゼミは幅広く日本近現代史を研究できるゼミであります。史料さえあるテーマなら一緒に頭を悩ませて研究を支援します。皆さんドンとぶつかってきてください!)

かつては「1930年代の性売買の問題を遊廓の衰退とカフェーの興隆とに引きつけて論じた卒論」もありましたし、今年の卒業生の一人も「なぜ1930年代には、職業婦人の華やかなイメージと女性の身売りの悲惨なイメージが同居しているんだろう」との問いかけを出発点として「1930年代の女性の職業選択のあり方」を論じた卒論を書きました。

さて現在のゼミ生にも、1970年代のウーマンリブの背景を探るべく、とある婦人雑誌の1950年代から1970年代までの約30年分の記事を分析し、1970年代になると、急速に「主婦」の枠組みにはめこまれていく女性たちの生き方を考えている学生がいます。

その学生が「先生!是非このマンガ読んで下さい」と教えてくれたのが、牧野あおい「さよならミニスカート」(『りぼん』にて連載、現在は休載中)です(下記参照)。

集英社公式サイト(http://ribon.shueisha.co.jp/sayonara_miniskirt/)から引用

この作品における「女性の生きづらさ」への洞察力には舌を巻きました。女性であろうとしても、女性であることから逃げようとしても、どのみち女性であることにからめとられていく少女たちの息苦しさがリアルに描かれています。究極的には「なぜ少年たちは汚れないのに、少女たちは『清楚』だったり『汚れたり』するのか」を考えさせられました。

「さよならミニスカート」を私に教えてくれた学生は、一方で、「このマンガは良いマンガだけれどもこのマンガだけで終わるのはもったいないと思うんです」とも言っています。

たとえばこの学生が研究している1970年代のウーマンリブにおいて、田中美津は、なぜ女性は「母か、便所か」のどちらかとしてしか生きられないのかとの鋭い問いかけをおこない、女性のおかれた現状に対して憤りの声を上げました。田中に共感する女性たちや、田中と同様の問題に切り込もうとした女性たちが運動を盛りあげた一方で、男性たちだけではなく、同じ女性たちのなかにも、運動に対して冷たい視線を注ぐ人たちが数多くいました。

つまり女性史のなかでは「さよならミニスカート」がつきつけた問題がこれまでも問われてきており、かつても「さよならミニスカート」のなかにみられる構図が存在していたわけです。そうした歴史を踏まえた上で読めば、「さよならミニスカート」の現代的な意義について、さらに理解が深まるし、また「さよならミニスカート」を出発点として、多くの人に女性史を学んで欲しいと学生はいうわけです。

私自身もこれだけで終わるのはちょっともったいないマンガだなと思っています。なにか女性史研究と絡めてこの作品を読む読書会などの企画を立てようかなと思っています。

「さよならミニスカート」で検索すると試し読みできるサイトもあるようです。この記事を読んで気になった方は是非読んでみて下さい。また感想を松田に教えてくれるといろいろと議論が出来ると思います。