みなさん、こんにちは。現代教養学科2年、出雲チームの渡邉翠です。今回は、現地訪問3日目午後の様子を紹介します。
前期の取り組み(学び)について
前期の取り組みとして、私たち出雲チームは、出雲大社への正式参拝、万九千神社への訪問にあたり、「出雲大社」「古事記」「出雲の地域や土地」「出雲神話」をテーマにそれぞれ担当を決め、調べ始めました。調べるなかで、出雲大社の御祭神である大国主大神と縁の深い八岐大蛇神話・因幡の白兎・国譲り神話等で登場する物や語源が土地の名産品になっていたり、その祭事が現在に至るまで続けられていたりすることがわかりました。また、現地訪問の前に鳥取県米子市、境港市、島根県松江市、出雲市の市長が参加する、「中海‧宍道湖‧⼤⼭圏域市⻑会」と市長会の傘下にある「一般社団法人中海・宍道湖・大山圏域観光局」の事務局の方々ともZoomを利用してお話を伺う機会をいただきました。そのお話をとおして、地域の皆様が怪談や妖怪といった目には見えないものに幼少期から見聞きし、触れあっていることを知ることができました。このような事前学習をとおして、神話と出雲の地の関係性やその出雲の神話がどのように水木しげるや小泉八雲に影響を与え、また影響を受けているのか。その接点となったものは何なのかといった疑問を意識しながら、実際のフィールド・リサーチ研修に向かいました。
実際の現地での活動について
研修三日目の午後に、万九千神社を訪問し、宮司である錦田様にお話を伺うことができました。
万九千神社は、神在月の際に、日本中の八百万の神々が出雲路の締めくくりに立ち寄られ、神議りと直会ののち、各地へと旅立たれる場所として伝えられています。創祀は不詳ではありますが、出雲国風土記や延喜式にみえる神代社・神代神社がのちの万九千神社だとされています。主祭神は、*櫛御気奴命(クシミケヌノミコト)、大穴牟遅命(オオナムチノミコト)、少彦名命(スクナヒコノミコト)、八百萬神(ヤオヨロズノカミ)であり、それぞれが国土開拓・国造り・縁結び・諸産業・医薬の道を開かれた万物の生命と生業の弥栄に霊験あらたかな神社として知られています。
*櫛御気奴命(クシミケヌノミコト)は、八岐大蛇神話でも知られている素戔嗚尊(スサノオノミコト)の別名とされています。また、大穴牟遅命(オオナムチノミコト)は出雲大社の御祭神である大国主大神(オオクニヌシノカミ)の別名です。
また、万九千神社の境内に鎮座する立虫神社は、かつては斐伊川の中流にありましたが、江戸時代の寛文十年の大洪水に伴い、万九千社の境内に遷宮されたとのことです。御祭神は木材、植林、建築などを司られる五十猛命(イソタケルノミコト)、大屋津姫命(オオヤノツノミコト)、抓津姫命(ツマツヒメノミコト)であり、*配祀神は、大穴牟遅命(オオナムチノミコト)、伊弉冊大神(イザナミノオオカミ)となっています。
*配祀神(はいししん)とは、主祭神に添えて祀る神のことであり、立虫神社では、主祭神の一柱である素戔嗚尊(スサノオノミコト)と縁の深い神々です 。
錦戸宮司からは、境内をご案内いただきながら、万九千神社と立虫神社の由緒とともに、それぞれの神社がその時代ごとの価値観や要請を受け止めながら現代の姿を保っているという、お話を伺うことができました。
実際に現地を訪れて感じたこと
今回の万九千神社への訪問のなかで、私たちが身を置く社会とは、目に見えるものが重要視され、またそのような視点に拍車がかかっていると感じさせられました。目に見えるものである現世と目には見えないものである隠れ世のバランスを維持すること、また、その両方の重要性を再び思い出すことが大切であるとお話しされていたことが、深く印象に残っています。目には見えないものに畏怖を感じつつも、親しみをもって人々と関わっていくという日本に古くから浸透してきた考え方に再度意識を向けるとともに、そのような視点や関わり方に、小泉八雲や水木しげるとも通ずるものがあるように感じられました。そして、畏怖と感謝を思い出させてくれる存在であることが、水木しげるの妖怪や小泉八雲の怪談が島根・鳥取の人々に愛され、語り継がれ保てれてきた理由の一つになるのではないかと感じました。
*若き日の大国主大神が須佐之男命からの試練の際に、ネズミの助けで生命の危機を救われたことが古事記に記されていることから万九千神社にはねずみの石像が多くある。
今回の現地訪問からの学びと、後期に向けた抱負
今回、三日間の研修を通して、各グループで調べていた点がそれぞれの場所を訪れることに結びつき、その関係性や共通点をより明瞭にさせていくことができたと思います。また、出雲のグループのメンバーとも今回の研修を振り返った際に、似ていながらも各自の視点からの独自の気付きがあるように感じられました。今回の貴重な体験をしっかりと生かすことができるよう出雲グループだけでなく、フィールド・リサーチ研修に参加している他のグループとの対話をとおして、より学びの精度の高いものにしていきたいと思いました。今回の研修で見つけることができた、結びつけることができた点をストーリーとして昇華できるよう後期の活動にもますます力を注いでいきたいと思います。
錦田宮司から学生へのメッセージ
猛暑の中を遠路はるばるお参りのうえ、私の話を心静かに聴講いただきありがとうございました。
私の方こそ皆さんとの、若さと情熱あふれる充実した質疑応答のやりとりに目の覚めるような刺激を受けました。そして「社会とは何か、人間とは何か、歴史文化とは…」と学究を通して問い続ける皆の真摯な眼差しを大変頼もしく感じました。
「日本の若者はまだまだ大丈夫だ!」「日本の将来は明るいぞ!!」と大きな期待に胸が高鳴りました。
私が当日、皆さんに伝えたかった鍵語(キーワード)の幾つかを改めて末尾に列記しておきます。
少しく説教っぽいのですが、今後の学究活動や人生の中で何か一つでもお役に立てることができれば幸いです。
皆さんの未来が、毎年旧暦十月、万九千神社から全国に旅たれる八百万の神々のように、前途洋洋、一路平安でありますようお祈り申し上げます。
どうぞ身も心も健やかで、日々の暮らしが神々の直会のごとく明るく朗らかでありますように…。
だんだん、だんだん.(←出雲弁の「ありがとう」です)
【伝えたかった言葉の幾つか】
・「目に見える世界と目に見えない世界の均衡を」
・「遷宮や祭儀に通底する『原点回帰とよみがえり』の思想哲学」
・「八百万神の多種多様な価値観の共存共栄=日本型民主主義の源流」
・「目に見えぬ縁(えにし)に結ばれて生きている」
・「自然への畏敬と感謝は他者・他人への優しい心の基」
・「『お忌み』(物忌)は畏敬すべき尊きモノへの濃縮された心構えと作法」
・「神祭りは人間らしさと謙虚さを取り戻す聖なる時間と空間」
・「時をこえて私たちが大切にすべきものは何か?これを問い続ける生き方に私の人生の道標がある」
・「立ち止まって考えよう」
・「それでも御神酒あがらぬ神は無し~大切な直会のこころ~」
以上
担当教員より、今回の現地視察を振り返って
学生に対して「外の世界を見ろ」、「海外にもっと目を向けろ」という論調は、私自身の経験からも、本当にその通りだと思います。学生には感性豊かな大学の四年間に、ぜひ海外に出向くことにより、世界を知り、日本の現状を客観的に見る機会をつくって欲しいと思います。
他方、私たちは日本のことをどれだけ知っているのでしょうか?
今回のフィールド リサーチ研修は、「古事記」や「日本書紀」にも描かれた「出雲神話」へと繋がる、日本の価値観のルーツを辿る旅であるとともに、混迷の時代に我々が立ち返るべき場所を深く理解する、貴重な学びの機会になりました。
今回の6篇の学科ブログや、学生のリアクションペーパーに目を通し、参加してくれた学生にとっても、それぞれの地域ごとに存在する、目に見えない3つの点が、学生の五感を通じて複層的に次々と繋がっていくことを実感、体感する、そんな現地視察訪問になったと思います。
1つ目の点の繋がりは、今年度のフィールド リサーチ研修のテーマである、水木しげるが描いた「妖怪」、小泉八雲が描いた「怪談」、そして「出雲神話」という地域に点在するコンテンツの根底にある「ストーリーの繋がり」。
2つ目の点の繋がりは、「水木しげる記念館」の庄司館長、「小泉八雲記念館」の小泉館長、「出雲大社」の飯塚権禰宜、そして「万九千神社」の錦田宮司の先人の想いを繋ぐ「人の繋がり」。
3つ目の点の繋がりは、「過去」、「現在」、「未来」という「時空を超えた繋がり」です。
これら3つの点の繋がりのバトンが、未来の当事者である学生に託されたのだと思います。
全ては目に見えない世界を司る、出雲の神様が繋いでくれたご縁なのかも知れません。
今回の研修に参加してくれた14名の学生一人一人の心に宿った、言葉にできない思いや、目に見ないものを感じられる心が、想像を超えた未来に学生自身を誘う力となることに期待しています(このことが、初日に実施した、米子北高の生徒さんとの「自分の未来を語るワークショップ」のプログラムの伏線回収のような気がします)。
末筆になりますが、今回の研修旅行でお世話になった全ての方々に心より感謝、御礼を申し上げます。
現代教養学科 見山 謙一郎
【完】