<日文便り>
この文章がアップされる2月25日は、歌人斎藤茂吉(1882~1953)の忌日にあたります。近代写生派短歌を代表する茂吉の作品は、国語教科書に採用されることも多く、とりわけ次の2首は、教科書に採られた近代短歌の最多3位と8位となるため、おそらく多くの人が一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。
のど赤き玄鳥ふたつ屋梁にゐて足乳ねの母は死にたまふなり
死に近き母に添寝のしんしんと遠田のかはづ天に聞ゆる
この2首は茂吉の第一歌集「赤光」(1913)中の「死にたまふ母」に収められたもので、母危篤の一報を受け帰郷した茂吉の臨終前後の痛切な悲しみが詠まれています。この2首に見られる「死にたまふ母」の絶唱が、「赤光」への注目を集めたことは確かですが、「赤光」には、2月を詠んだ「きさらぎの日」のように、日常生活の中から詠われた作品も多く収められています。「きらさぎの日」から2首あげてみます。
きさらぎの天のひかりに飛行船ニコライ寺の上を走れり
まぼしげに空に見入りし女あり黄色のふね天馳せゆけば
お茶の水のニコライ堂とその上空を飛ぶ飛行船、「光の春」の中に異国情緒を感じさせる光景が出現しています。まぶしそうに黄色い飛行船を眺めている女性の姿も詠み込まれ、陽の光が春を実感させる2月が写し出されています。一方、厳寒の2月も「赤光」には詠まれています。
遠く遠く流るるならむ灯をゆりて冬の疾風は行きにけるかも
「二月作」と付記された「犬の長鳴」中の一首で、隙間風が部屋の電灯を揺らす深夜、作者は外の木枯らしに耳を傾けています。「きさらぎの日」の2首に春に向かう2月の明るさが描かれたとすれば、この作品の背景は厳冬の2月でしょうか。厳冬と早春といった2月の二つの貌を「赤光」から探してみました。
(Y.I)