コロナ禍の先を見据えて [2020年04月22日(水)]

〈日文便り〉

いまキャンパスは八重桜が満開ですが、それを愛でる学生たちの姿はなく、
ラウンジも教室もがらんどうです。


そんな中、今週末からはオンラインで授業が始まります。
写真は全学的な授業開始に先立ってテレビ会議システムでつないでみた大学院授業の画面です。
少人数の授業であれば、この画面のように、お互いの顔を見ながらの話し合いもできますが、
何十人もの学生が履修する授業はオンラインでうまく行くだろうか、
アクセスできない学生がいないだろうかなど、教員のほうも不安を抱えての新学期開始です。
学生たち、特に新入生は、入学式で同級生と顔を合わせる機会もなく、
まだ友達もできない中で、 電子情報だけに囲まれて始まる新学期にどれほどの
不安とストレスを感じていることかと、心が痛みます。

いま私たちは人類史上初めて、人との交流を閉ざされるという試練に直面しています。
この数十年来、一直線に進んできたグローバライゼーションの行き着く先に、
こんな断絶が待っていたのかと、深いため息をつくばかりです。
しかし、何かを奪われるということは、その「何か」の価値と意味を考える機会でもあります。
人と会ってその息遣いや温もりを感じることにはどんな意味があったのか、
未知の国を訪れて異国の人々や風土と触れることにはどんな価値があったのか、
なぜ私たちはこんなにも人との接触が恋しいのか、
このように人間にとって根幹的なことを考える機会を与えられているのだとも思います。
どのくらい時間がかかるのかはわかりませんが、この断絶はいつか必ず解除され、
人との交流は戻ってきます。その時に、もう一歩進んだ賢明な交流ができるよう、
いまは思考を深め、力を蓄えるべき時かもしれません。

(YO)