2020年8月

過信は禁物 [2020年08月25日(火)]

〈日文便り〉

メダカを飼って3年半になります。メダカの寿命は2~3年だそうですので、
我が家のメダカたちはなかなか頑張っています。
メダカの学校 ちょっと〈密〉。

さて、皆さんは、メダカを飼う上でいちばん大切なことをご存じですか。
ズバリ、水質です。水が悪くなると、あっという間にメダカは弱ってしまいます。
ところが、この水質管理がとても難しいのです。
まず、水草の量があります。日中は酸素を放出するのでよいのですが、
夜は二酸化炭素を排出するので、多すぎるとメダカが朝方ぐったりすることがあります。
少なすぎるとメダカの休むところがなくなってしまいます。

また、日があたりすぎて水温が上がってしまうと、メダカは元気なのに、
水草がダメになってしまうことがあります。
3年半で3回、アマゾンで水草を買うハメになりました。

次にエサの量です。多すぎると食べ残しが出て、水質に影響します。
人間だってたくさん運動した日はおなかが空きますが、
じっとしていたらそれほどでもないでしょう。メダカたちも同じです。
夏と冬ではエサの量を変えなければなりませんし、天候によって活動量が変わるので、
それも見極めなければなりません。メダカの数も考慮しなければなりません。
数に対して量が少ないと、強いメダカがみんな食べてしまいます。

水がきれいすぎても、フンを分解してくれるバクテリアがいなくなってしまうので、ダメ、
水の取り替えもタイミングの見極めが必要なのです。

毎日毎日、試行錯誤を繰り返しながら思うのは、こんな小さな水槽の水さえ、
人間は容易に管理できないということです。インターネットで情報を手に入れ、
便利なものをいろいろ使えばすむと思ったら大間違い。
「過信は禁物」なのです。

(FE)

受験生の方へ オンライン授業の中で見つけたもの [2020年08月21日(金)]

<受験生の方へ>

こんにちは。古典文学担当の山本です。
今日は前期の間、行ったオンライン授業の中で見つけたものをご紹介します。

私が担当する授業では、日本の伝統芸能を教材として扱うことが多く、自ずと映像資料を活用します。
いつもの対面の授業であれば、映像を見せながらの講義となりますが、オンライン授業ですと、それがなかなかできません。
そこで、今回はインターネット上にある情報、動画を教材として活用することにしました。
STAY HOMEの最中、予定された公演が中止や延期になった役者さん達がネット配信など、新たな取り組みを始められたこともあり、画面越しではありますが、これまで以上に古典芸能の舞台を気軽に鑑賞できるようになりました。また改めてインターネットを検索する中で、すでに公開されていたHPや動画の中に、教材として活用できるものが多いことにも気づかされました。こうしたHPや動画を組み合わせて、前期の授業を行いましたが、受講生からの反応は、
「コロナウイルスの影響で日々の生活が不便になっていますが、今回の授業で見た動画のようにお金を払わず気軽に芸術に触れるチャンスがあると知りました。この機会に様々な芸術鑑賞ができたらいいなと思います。」
 「狂言を見られる動画があることを初めて知ったので、他の動画も見ようと思った。」
と上々でした。

そこで、「日本の演劇」で、学生の視点から能のことを知る上で有益なHPや動画を紹介するという課題を行ったところ、インターネット上の様々な情報が集められました。
今回は、その中で学生の評価が高かったものを、評価したコメントと併せて紹介します。

まずは、定番、王道のHPです。

◆the能ドットコム   https://www.the-noh.com/jp/
・このサイトは能に関するあらゆる疑問や情報がまとめられたhp。
・演目事典のページでは、あらすじ、みどころ、演目の現代語訳がPDF版にまとめられているため、プリントアウトして劇場に持っていくことができる。
(PDF版には英訳も載っているため、外国の方に能を紹介するのにも適している。)

◆公益社団法人 能楽協会 https://www.nohgaku.or.jp/
・「能楽事典」の頁には能の基礎知識が一通り説明されているので初心者でも学習しやすい。また「曲目データベース」があり、学習者の参考資料としても有用。
・教室案内も一緒に載っている点が学びたいという気持ちの背中を押してくれるようだ。

また、工夫を凝らしたHPもあります。
◆キッズウェブジャパン https://web-japan.org/kidsweb/ja/meet/noh/index.html
・これは、実際に稽古を行っている子どもやその両親の生活の様子が取材され、子どもの能への取り組み方や教える側の考え方を見ることができる。

◆ワゴコロ 「能・狂言とは?」https://wa-gokoro.jp/traditional-performing/Noh-Kyogen/
・様々な日本文化を知ることができ、リンク先も豊富。

上記の授業の教材として、もっとも活用したのが、
◆文化デジタルライブラリーの「舞台芸術教材で学ぶ」
https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc9/でした。

また動画では、
◆【能楽】鎌倉能舞台紹介動画 https://www.nohbutai.com/about/movie001.htm
・最初に「能楽とは」や歴史について、次に能面、最後に能舞台についてと順序だてて説明されているため知識がない人でも理解しやすい。
・画面全体が高画質で明るいため、能について暗く難しい印象を抱きにくい構成。

◆「能『隅田川」』~悲しみを覆う声~」告知動画
https://www.youtube.com/watch?v=sNEMultObkY&feature=youtu.be
・日本の文化を体験し学ぶ外国人のためのPRとして製作されたもの。
・能について深く知らない外国人にも「cool!」と思わせるような動きや能面の姿、そして「南無阿弥陀仏」と発する迫力のある声が3分に詰め込まれている。

この他にも、能楽堂主催のYouTubeチャンネルやグローバル化を意識した取り組みなど、様々あります。舞台公演は少しずつ始まっていますが、それでもなかなか行きにくいということもあると思います。

こうした機会に、ぜひ日本の伝統芸能と向き合う時間を作ってみてはどうでしょうか。

(山本晶子)

八月十八日という日 -渇きをいやすために- [2020年08月20日(木)]

〈日文便り〉

暑い…。とにかく、暑い。
新型コロナウィルスといい、この暑さといい、お天道様に対して、
わたしたちがいったい何をしたんですか、と訴えたくもなるのだが、
無力なわれわれは、ひたすら堪えるしかない。

なんとか道を拓くために、ブログの登載日「八月十八日」にちなんで、
作家が、この日をどのように過ごしていたのか、抜書きしてみよう。

まず、樋口一葉の「塵中日記」の、明治二十六年(1893)八月十八日から。

十八日 朝来あれもやうにて、風ものすさまじ。帰宅後、更に大音寺前に
せんべいをあつらへ、駒形に蠟燭の注文をなし、門跡まえにしぶ団扇を
あがなひ来る。今日下駄をもとむ。跡歯の白木にて、さらさ形の革鼻緒
なりしが、代金二十銭なりし。夕刻より雨に成る。風力さらに加りて、
ほとんど嵐に似たり。戸を明け置く事あたはざれば、はやくおろして
臥したり。

一葉は、苦しい家計を打開するため、七月二十日に下谷龍泉寺町(通称大音寺前)
へ転居、八月六日にここで荒物駄菓子を売る店を開いた。
日記中の「せんべい」「蠟燭」「しぶ団扇」「下駄」は、すべて仕入れた商品
である。荒天のなかの仕入れは、さぞ難儀だったろう。
しかし、この商売は軌道に乗らず、翌二十七年の五月には店をたたんで、本郷
丸山福山町(終焉の地)へ引き移った。
大音寺前の生活は十か月足らずだったが、ここでの体験が一葉の「作家的開眼」
をもたらしたことは良く知られている。

続いて、森鷗外の明治四十三年(1910)八月十八日の日記には、

十八日(木)。陰。茉莉、栄と途中まで同車す。桂田富十郎(岡山)
土肥慶蔵(麴町)幸田成行(向嶋)に書状を遣す。

とある。いかにも鷗外らしい簡潔な記述。
当時の鷗外は、軍医の最高位・陸軍軍医総監にして陸軍省医務局長。
地位の安定を得て、もっとも創作活動の盛んだった時期であり、多くの翻訳や
短篇小説のほか、「青年」を連載中だった。
陸軍省医務局への出勤の際に同車していたのは、長女の茉莉(当時八歳。のち作家
となる)と、鷗外夫人しげの妹・山口栄子。
病弱だった茉莉には、義妹の栄子がいつも付き添って世話をしていたのだった。
書簡を送った幸田成行の号は「露伴」。明治二十年代に、尾崎紅葉、坪内逍遥と
ともに「紅露逍鷗時代」を謳われ、ともに文学の先陣を切った作家である。

鷗外「青年」の執筆に刺戟を与えた「三四郎」の作者・夏目漱石は、同じ年、
明治四十三年の同じ日、伊豆修善寺温泉の旅館「菊屋」の一室に病臥していた。
この六日後の二十四日の夜に、大量の吐血をして、三十分あまり人事不省に陥る。
いわゆる「修善寺の大患」である。
漱石は八月六日に修善寺へ到着したが、当初はそれほど長く逗留するつもりでは
なかった。
容態が安定し、帰京したのは二か月後の十月十一日である。


▲修善寺温泉菊屋旅館

一葉と同じく、この体験は以後の漱石の人生観と文学を変えた。
と、ここまで書いてくれば、おのずから、この三人の作家それぞれの作品を
読み返してみたくなる。

一葉なら、大音寺前を舞台にした「たけくらべ」を。
鷗外なら、この月に発表した「あそび」と、連載中だった「青年」を。
漱石なら、修善寺の大患を契機にして書かれた「思ひ出す事など」を。

かくして、わたしたちは、この堪えがたい炎暑のなか、文学の深い森の中に
分け入って、豊かな言葉の泉を汲み、渇きを癒すことができるのである。

(吉田昌志)

日本語日本文学科特別講義 [2020年08月13日(木)]

〈日文便り〉

村上春樹など日本現代文学の研究者であるLaura Emily Clark(ローラ・エミリー・クラク)先生を
招き、「日本文学Ⅱ(近代A)  中・短編小説を読む」(7月7日)内において特別授業を行った。
クイーンズランド大学人文科学学術院(オーストラリア)所属で、
現在は昭和女子大学女性文化研究所の特別研究員でもあるクラク先生は、先述のように
村上春樹作品などを対象にジェンダー表象の研究をされており、今回の特別授業では
村田沙耶香「コンビニ人間」(「文学界」二〇一六・六)の分析を通じ、改めて現代の
ジェンダーや「普通」という概念をめぐる問題についての考察がなされた。
受講生においても身近なテーマであり、強く興味を惹かれたようである。
そのため、最後の30分に行われた質疑応答は非常に活発であった。
「コンビニ人間」やジェンダーに関する議論に加え、クラク先生が日本文学、日本文化に
関心を持ったきっかけなどについても、話題に上がった。
授業後には

「恵子がなろうとしていたのは『人間』なのに、周囲が期待しているのは
『女性』になることであった」
という視点が非常に興味深かった。

ジェンダー、世の中の「普通」「当たり前」、「大人になる」道筋、
フリーター(非正規雇用)、などの社会問題について幅広く解釈がされていて非常に興味深かった。
一番印象に残っているのは「性別威圧」という言葉で、
今まで聞いたことのない単語であるのに、説得力のある言葉だと感じた。

「一般的」「普通」「マジョリティー」といった概念を無意識に何の反発もなく身につけた人間と、
そうできなかった少数派のずれを明らかにしたような作品だと思った。

といった声も聞かれ、受講者は大いに刺激を受けたようである。
更には

タイトルの「コンビニ人間」が翻訳版では「Convenience Store Woman」になっている
ことに関して、どのようにお考えでしょうか?

といった質問が授業後にも提出されるなど、その後も盛んに応答がなされ、
非常に貴重な機会となった。また、次のような感想もあがったため、最後に記しておきたい。

今回の授業は、中々得ることができない機会であったので、参加することができて光栄でした。
日本人の作品について外国の方の意見を実際に聴くことがあまりなかったので、新鮮でした。
また、このような機会が可能なのであれば、是非参加したいと思います。

(山田夏樹)