2022年の授業が始まりました。私は授業で『古事記』を講じています。3月末に『『古事記』にみる敗者の形象』というブックレットを出版しました。
皆さんは「敗者」という言葉にどのようなイメージを抱きますか。『古事記』に記された「敗者」は輝きを放っています。 ブックレットでは日本最古の古典『古事記』に描かれた敗者に焦点をあて、倭建命、須佐之男命や沙本毘売ら六人のヒーローやヒロインの伝承の意味を、原文や諸説を踏まえて考え、近代に至る芸術作品におけるこの神話伝承の受容事例を辿っています。『古事記』は、古代王権の側から逐われ悲哀を背負う敗者を蔑みの対象ではなく、むしろ顕彰する姿勢で描いており、日本人の敗者を讃える心情はすでに『古事記』に色濃く表れていることを確認しました。
源義経や楠正成は激しい戦いの末に敗れ去るのですが、『義経記』や『太平記』の勇者の最期に私たちは心を揺さぶられます。「判官贔屓」の語が示すように、第三者が弱い立場にある者に対して同情する気持ちを呼び起こす日本人特有の情感や精神構造に語りかける表現を、『古事記』はすでに用いています。
今回の執筆を通して序文に記された「削偽定実」の実態がますますわからなくなりました。長年に亘って読んできた『古事記』ですが、まだ理解が浅く自身の今後の課題が示されたように思いました。
漢籍を受容し、漢字を用いて筆録しながら中国的なものに染まらず、日本人のオリジナリティーを創造しようとした『古事記』の魅力を多くの方に知ってもらえるとよいなと願っています。
(烏谷知子)