蜂さん(の知識)と、おともだち

〈日文便り〉

今日は我が家の蜂の話を少し。

6月頃、ウチの庭にアシナガバチの巣を発見。
直径10センチ弱、シャワーヘッドみたいな形の巣です。
小型のアシナガバチですが、それでも刺されたら困ります。
まだ女王蜂と働き蜂が5匹程度の小さい巣なので、落として追い払うのは簡単。
こわいしあぶないし、別に蜂好きじゃないし。

でも一方で、せっかくここまで頑張って生きてるのを、よくわかんないまま叩き落としちゃうのも、なんか、ねえ。
繰り返しますが蜂なんか別に好きじゃないですけど、いまはネットでいくらでも調べ物ができる時代。おとなしい種族であることが判明、飼ってるなんて人も。庭の菜園の生態系を管理してくれる役割も。

 

・・・というわけで、庭の隅にお引越してもらうことにしました。
まず、巣をすっぽりとビニール袋でおおって、袋の中に蜂ごと巣を落とします。
袋の上から蜂だけ隅に集めて巣から分離させれば、安全に巣を移動できるというわけ。
次は空箱で巣箱を作ります。巣が剥き出しになっていなければ、蜂を驚かせてしまってて刺される危険も減るはず。お互いの共存のため。
より大きい蜂に襲われることがある(!?弱っ)ので、身体の大きい敵が入り込めないよう、巣箱の出入り口は7mm以下のスリットにする、と・・・あと観察できるように後ろ側はメッシュで中が見えるようにして、と。

たまたま今知った知識と、目の前に実際いる蜂さんを見比べての試行錯誤。知ったことが、目の前でつながって、形になっていく。

 

巣箱ができたら、針金で巣を吊り下げて、準備が整ったら新居に蜂を戻してやります。巣と引き離されてパニックになっていた蜂も、巣が見つかれば何事もなかったかのように帰ってきて仕事に戻ります。初めはとまどっていた働き蜂たちも、一日もたてば細いスリットから出入りすることを覚えてくれます。

蜂さんの新居はリビングの窓のすぐ向こうに設置したので、カーテンをめくればいつでも覗き放題。みんなどうしてるかなー、とついつい見てしまいます。誰にも頼まれてないけど、もはや夏休みの自由研究状態。

観察しているといろんなことがわかります。獲物を肉団子状にして持ち帰ってくることや、巣箱の隣の盆栽棚によくとまっているなぁと思っていたら、どうやら巣を作る素材として木の繊維を棚の木材からガジガジ削り取っているらしいこと。以前は少人数だったけど、最近メンバーが増えて門番役ができたらしく、巣箱の出入り口のところに2匹見張りがいること(でも出入り口のスリットは5つあるのに、一番真ん中しかチェックしてないおおらか警戒)。
そして一番の発見は、猛暑になって巣穴付近に点々と水滴がつくようになったこと。よくみると口元に水玉をつけて運んでいる蜂がいます。調べてみたら、水が蒸発する時の気加熱を利用して巣を冷却してるんですって。人が打ち水をするのと同じですね。

ん?
これって生物研究室のブログでしたっけ?
いえいえ、ワタクシ本業は日本語の研究でして。でも、虫の研究もコトバの研究も、通じるところがあるような気がします。まずは何かに気づいて、「観察する」ってところから、知ること・考えることはスタートするんだと思ってます。
そしてなんだろうなあ、研究するっていうと、「好きなことにひたすら打ち込む」ってイメージを持たれがちですが、そういう感じじゃないんですよね。蜂なんか好きじゃないけど、ある日出会って、その時に、あれっ、て思えること。

今はネットで検索すればどんなことでも簡単に調べられますし、動画でリアルな情報を得ることもできます。
でも大事なのは、「あれっ」っていうスタート。そして、「自分ごと」として調べ、考えること。ほんとに、蜂の巣箱の作り方だって、料理のレシピみたいに調べられます。
でもそこで実際作って食べてみたことあるか、みたいなもので、知識として食べ物知ってるか、経験として食べたことあるか、って、やっぱり違うと思うんですよ。年寄りくさく経験の方がただの知識に勝る、なんていうつもりはない。
けど、どうせなら食った方が楽しいじゃん、って感じかな。

デジタルだ、バーチャルだ、って便利になりましたが、
それらを扱い、享受する我々はデジタル化されず、目があって、鼻があって、舌があって、手があって。
それらを通して感じることを、たのしいって思えるんじゃないかって。

そうやって知覚したことって、
「本やテレビを通じて知ってる人」と「ともだち」ぐらい違う。
勉強する、研究する、って、「知」を求めるわけだけど、
知とともだちになる、ともだちをふやして、ともだちとあそぶ、っていう感覚なんだよな。

この勉強して、役に立つのか、そもそも学校の勉強ってもの自体、社会に出て役に立つのかって言われるんだけど、・・・私に言わせれば、ともだち、なんだよな。
このともだちは役に立つともだちか、なんて言われてもなあ。
ともだちと一緒にいる時間がたのしいだけなんだけど、それって大事じゃない?って。

繰り返すけど蜂、別に好きじゃないし蜂とともだちにもなれませんけどね、
蜂を眺め、蜂のことを調べ、蜂がそこにいる日々の記憶・・・と、ともだち。

役に立つのか?
役に立つのかは知らんけど、ともだちは人生を豊かにしてくれますよ。

 

(須永哲矢)