受験の季節に

 「受験生へ」というお題をいただきました。
 自分の受験時代ってそんなに楽しい記憶はないんですけど、受験生やってて面白かったことといえば、受験対策本――問題集や参考書、単語帳など――の種類の豊富さですね。書店の一角、大型書店なら一列全部に、よりどりみどり、色とりどり、形もサイズも異なった数えきれない対策本が並んでいる。赤本や青本、犬のイラストが描かれた英単語ターゲット、荻野文子先生のマドンナ古文、ゴロ565とか……自分の予算で買えるものは限られてるし、買ったところでろくに使わなかったりもするんですが、見ている分には楽しいんですよね。
 国語の文章問題は暗記で乗り切れないから、入試国語必勝法!みたいな本を読むことになる。論説文は論理構造に気づくべし、小説問題は感情表現に注意、〇〇大学の出題傾向は……といった感じ。中にはちょっとした「裏技」も混ざってるわけですね。センター試験(昔は共通テストをこう呼んだんですよ)の国語問題は選択肢の文章だけ読めば正答がわかる!みたいなものが。これも別に、傾向を把握するという意味ではズルッコとは思いません。

 大学受験というものの重要性や、受験生の態度なども、時代によって異なるようです。竹内洋氏の『立志・苦学・出世 受験生の社会史』という有名な本があります。受験や受験生と社会との関わりを取り扱ったものです(現在は講談社学術文庫で読むことができます)。それを読みますと、およそ昭和40年代から(1960年代後半以降)受験というものの“カラー”が変わっていったようです。
 大学受験というものが持っているある種の崇高さや、高等教育の威厳とか権威みたいなものが変わってきて、努力・勤勉一辺倒の受験イメージが変わってくるんだとか。そうすると〈いかに勉強して合格したか〉ではなく〈いかに勉強せず合格できたか〉を誇る受験生なんかも出てきたりする。面白いですね。
 塾や予備校といった受験産業は、もちろん一方では勤勉を推奨するんですけど、もう一方ではいかに効率的に入試をクリアできるかを教えたりもする。竹内氏が「受験のポストモダン」と呼ぶこの時期に、わき目も振らず一生けん命勉強すれば合格できる!という受験スタンスが、少しずつ変わってきたようです。
 かつて受験生活は「灰色」のイメージでした。しかしその昭和40年前後に、カラーやグラビアを取り入れた学習参考書が登場します。教学社の過去問集が赤色に統一されたのは……つまり「赤本」になったのは、昭和39年(1964年)。青春出版社が現在も刊行している大ベストセラー『試験にでる英単語』通称「でる単」の発行も昭和42年(1967年)だそうです。あのカラフルな、多種多様な受験対策本の歴史はここから始まったんですね。

 とまぁ、そんなことは現代の受験生である皆さんにはあんまり関係ないし、興味もないかも知れません。学習参考書なんて買ってない、動画やアプリで対策しているという人もいるでしょう。
 ただ、自分が身を投じている「受験」という状況もまた、歴史を持ち、社会や人々と共に変化していくものなんだと考えてみれば、ちょっと面白い。面白いし、息苦しさが和らぐかも知れない。そんなことないか、ごめんなさいね。
 ともあれ、大学での(人文系の)学びって、例えばこういうことだったりします。自分が立っているその場所を、歴史や社会構造、それを彩る小道具などなど、大きな尺度を用いたり細かなポイントにこだわったりして、眺め直すこと。そうすると、自分の経てきたあんまり思い出したくない経験や、日常で発見したちょっとした面白みが、違う輝きを放つこともある。
 しんどい受験を乗り切ったそのあとには、そうした学問の妙味を、存分に味わって欲しいと思います。

 さきほど書いたように、大学教育や受験の位置づけは、時代によって変わっていきます。皆さんの頭にも色々と、大学進学以外の将来の選択肢がちらついたんじゃないでしょうか。それでも大学進学を選んでくれる皆さんに、感謝とエールを送ります。私たち教育者も、皆さんに与えられる限りのものを与えたいと思います。

参考:竹内洋『立志・苦学・出世 受験生の社会史』(講談社、2015年9月刊行)

(山本歩)