うつし世は夢、よるの夢こそまこと

 9月2日、附属校4・5年生に向けた体験授業を行いました。今回は「結局、江戸川乱歩の何がすごいっていうんです?」というタイトルで、江戸川乱歩を例として作家の評価軸について紹介しました。
 江戸川乱歩は近年、研究や関連図書の出版がますます盛んであり、学生からの人気も高い作家です。彼の作品は卒業論文のテーマにも頻繁に選ばれていますし、何より私自身も好きな作家です。
 授業ではやや簡易にではありますが、乱歩の作品を取り上げてその面白みを指摘しました。『人間椅子』が与える、日常空間への疑念や恐怖。『屋根裏の散歩者』が刺激する、他人の秘密を覗きたいという欲望。『二銭銅貨』を代表とする、謎解きの面白さ。そして明智小五郎や怪人二十面相といった、また出会いたくなる(読み続けたくなる)魅力的なキャラクター。総じて、乱歩の作品は読者の日常を侵食し、欲望を刺激します。もってまわった言い方にはなりますが、誰もが持っている欲望(特に暗い欲望)にアクセスする素材選びが絶妙なのです。

 だからといって、そうした欲望にのめり込むことを煽っているわけでもなく、最後にはそれをはぐらかしたり、主人公の破滅を描いていたりもします。大衆は乱歩の作品の中でも、奇抜なものを好みがちでした(し、今もそうしたものが愛されがちです)が、例えば随筆などを見ると、乱歩の生真面目な性格もうかがえます。
 タイトルの「うつし世は夢、よるの夢こそまこと」は乱歩が色紙や短冊に好んで書いた言葉で、エドガー・アラン・ポーやウォルター・デ・ラ・メアの言葉をアレンジしたものだそうです(乱歩「忘れられない文章」,『毎日新聞』昭和30年6月22日)。現実社会はまやかしのようなもの、夜に見る夢の中(あるいは創作の中)にこそ人間の真実の生というものがある――ということになるでしょうか。とはいえ乱歩は「うつし世」を懸命に生きた人物でもあります。探偵小説の普及・定着につとめ、積極的に後進を育て、雑誌を運営し、日本探偵作家クラブさえ創設しました。彼は「うつし世」の中に「よるの夢」を見る場所を育もうとしたのでしょう。小説という「よるの夢」を描き出すかたわら、「うつし世」を調整しアップデートしていこうとしたところに、乱歩の偉大さがあります。

 高校生には乱歩の代表的短編をまとめて読める新潮文庫の『江戸川乱歩傑作選』を薦めました。大学生であれば光文社の『江戸川乱歩全集』で著作を発表順に読んだり、装丁が魅力的な春陽堂書店の『江戸川乱歩文庫』で気になるタイトルを選んだりしてみるとよいでしょう(どちらも解説や資料が収録されていますので、それにも注目してみてください)。

(山本歩)