年末年始の京都散策(後編) [2016年01月04日(月)]

こんにちは、松田です。京都散策・後編をお届けします。

2016年1月2日 この日も気持ちよい晴天でした。マフラーをして歩いていると汗ばむくらいの陽気です。

どこへいこうかなぁととりあえず実家を出て、バスに乗って四条の繁華街にでました。そして四条通を東に向かい、鴨川を渡ります。そのまままっすぐ進むと八坂神社につきあたるのですが……。松葉のにしんそば食べたいなぁと思いつつ南座を通り過ぎ、ふと思い立って右に曲がり南に向かいました。そして鴨川東岸に広がる六波羅の地に向かいます。

六波羅は、歴史の教科書的には平家の根拠地でもあり、承久の乱以降は鎌倉幕府の出先機関・六波羅探題がおかれた土地ですね。そして六波羅から東に広がる山麓一帯は鳥辺野と呼ばれ、平安京が開かれて以来の葬送の地でもあります。清水寺の近辺です。

きらびやかな都と葬送の地をはさむ六波羅には多数のお寺が存在しています。

まずは建仁寺にいきました。残念ながら方丈は戦後の室戸台風で倒壊してしまったので、現在あるのは再建された建物なのですが、海北友松作の襖絵だけは偶然難を逃れ、現在は京都国立博物館に保管されています。近年、CANONの綴プロジェクトによって、現代技術の粋を尽くした襖絵のレプリカが製作され、もともと襖絵があった位置に戻されているのです。

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雲龍図です。襖が戻されてから初めて訪れたのですが、なかなかの迫力ですね!もともと存在していた位置で美術を鑑賞する経験もまた貴重だと思いました。

そして方丈の正面には庭園。禅寺の庭園はやはりいいですねぇ。

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法堂の天井一面に描かれた双龍図は、平成になってからの作品になります。

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次に、向かったのが六道珍皇寺です。六道の辻に位置するといわれるお寺です。六道とは、仏教における地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人道・天道を指します。都から鳥辺野にむかう途中、六道のいずれに輪廻するか、その分かれ道ということで六道の辻と呼ばれています。

このお寺には、閻魔大王に仕えたといわれる小野篁が冥土に訪れる際の通路として使った井戸があります。そういえば歴史文化基礎の授業で、この井戸のことを調べて発表した歴文生もいました。もう卒業してOGになっていますが、Fさん、元気にしていますか~!?

あとは迎え鐘ですかね。お盆に鐘を鳴らすと、ご先祖様がもどってくるとされる鐘ですね。撞いてみると、ぼぉおぉぉおお~~~~~~っん~~~~~~と本当にいい音で鳴ります。

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そして六波羅蜜寺へ。稲穂と縁起物を求める初詣客でごった返していました。

教科書にも掲載されている空也上人像と平清盛像が宝物殿にあります。私はまだみたことがなかったのでこの機会に見学いたしました。

ここまで回ったところで「はて、ここからどう歩こう」と悩みました。三十三間堂と国立博物館は去年行ったし、清水寺も混んでそうだしなぁ…。案内地図を眺めながらしばし小考。

……よし、泉涌寺にいこう。泉涌寺は天皇家と非常にゆかりのあるお寺であり、天皇家の菩提寺として、「御寺」(みてら)の名前で親しまれています。ます。さきほど記したとおり、京都の東山一帯は葬送の地であるわけですが、五条通から北は庶民の墓場、南は高貴な身分の人物が葬られる場でありました。そしてかなり南に位置する泉涌寺山内には歴代天皇を葬った御陵が。最近だと孝明天皇陵ですね。

結構距離がありますが、大谷さんを左に、三十三間堂を右に見ながら、東山通りをズンズン南下。そして泉涌寺道を左折します。

そして入山。

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泉涌寺山内にはいり歩いていると、道行くおじさんから「戒光寺には参拝した方がいいよ」と話しかけられました。それならということで初めて訪れました。ここは素晴らしかった!!鎌倉時代の作と言われる、釈迦如来立像、とても立派でした。仰ぎ見るほど背の高い仏像なのですが、どこか優しさがあります。数名の方が参拝していらしたのですが、みなさま仏さまの前でうっとりと。京都に来る機会があれば、是非訪れてみて下さい!

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そして泉涌寺。仏殿、舎利殿、御座所と回ります。江戸時代には仏殿と舎利殿を取り囲む回廊があったそうです。何度も焼失しつつ、現在の姿となっています。京都好きな人もなかなかここまで足を運ぶことはないんじゃないかな。とても良いところですよ!

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1日、2日と京都を散策してみて感じたのは、時の権力と仏教との深い繋がりです。教科書的には文化は文化、政治は政治として習うわけですが、実際は信仰と政治は深い繋がりをもって、日本の歴史の底層をなしているという事実があります。それは近代になっても変わりません。経済的な変動が新しい信仰の形を生み出してきたとする宗教史の成果もあります。歴史研究者として、その時々を生きた人々の心をえぐり出すような深い歴史像を描きたいなぁという思いを新たにしたのでした。

この記事をお読みになった皆さんも是非京都廻ってみて下さいね!