プロジェクト

企画展示「被爆者の『発見』」メイキング風景! [2019年11月13日(水)]

こんにちは!「戦後史史料を後世に伝えるプロジェクト―被団協関連文書―」顧問の松田忍(歴文・日本近現代史)です。

昭和女子大学秋桜祭における、私たちの企画展示「被爆者の『発見』」にご来場いただき、誠にありがとうございました。

お越し下さった方からはたくさんのご質問を受けましたが、意外と多かったのが「この研究展示を学生たちはどんな風に作っているんですか?」とのご質問でした。

私たちが展示を準備するにあたり、具体的に行ってきた活動については、こちらにまとめましたが、今日は、趣向を変えて、プロジェクトメンバーの紹介をしながら、昭和女子大学のプロジェクト活動が進んでいく雰囲気をお伝えいたしたく存じます。

※写真は、秋桜祭1週間前くらいから秋桜祭当日にかけて撮影されたものです。

展示ルームの黒板を作成する新家さん(歴文1年)。プロジェクト内の議論では「私よく分からないんですが……」といいながら、結果的に必ず良い意見をいう憎い奴笑 偏らない安定感のある意見が出せるところが新家さんの魅力です!「受忍論」がはじめて示された1980年基本懇意見の概要について、史料を読み込んで、パネルにまとめて下さいました。

新家さん正面から。左から2番目。

事務面でプロジェクトを支えて下さった関口さん(左・歴文2年)。2019年9月に長崎へいったプロジェクト旅行では幹事として、思う存分勉強して、思う存分美味しいものを食べる最高の旅行を企画して下さいました!「礼法・着付けサークル葵」との掛け持ちで頑張ってましたので、この格好での写真!関口さんは和服を5分で着られるそうです。すげー!関口さんの強みは、あふれる好奇心!新しいことに対して、とりあえずやってみてから考えよう、体験しないと始まらないというスタンスで取り組む姿勢には脱帽。だから旅行ではさまざまな企画を立てる名幹事になるわけです笑

パネル展示ではトップバッターの「ごあいさつ」パネルを担当。

企画展にご来場いただいた立教大学の小倉康嗣先生(社会学)に対して、堂々とプロジェクトの説明をする我らがエース吉村さん(左・歴文4年)。吉村さんは、昨年度のプロジェクトリーダーであったのですが、それからさらに1年経つうちに、1000人以上の人の前で話す経験や一般市民の方と議論する経験も積み、そして何よりもたくさんの史料を読み込んだことによって、本当に成長しました!

卒論でも「被爆者運動の歴史的研究」をテーマとしている、吉村さんの個人研究の成果が盛りこまれたパネルもたくさんあります。

プロジェクト内においては、展示案全体のバランスを見ながら、展示の章構成を練って下さいました。研究の進展に応じて、章構成は5~6回作りなおしているのですが、本当に粘り強く、何度も何度も叩き台となる展示構成案を出し直して下さり、一番良い形になるように、みんなの議論をリードして下さいました。また各パネルに書くべき内容のうち、落としてはいけない論点についても後輩たちにたくさんアドバイスしていました!

そんな吉村さんの心の支え笑 展示準備の大詰めの時期、みんなが体力と精神力を削られた期間には「レッ◯ブル派」と「モン◯ター派」と「そもそもそういうのに頼るのはいけないんだよ派」に分かれて激論が!?笑

パネルを製作する樋口さん(中央・歴文2年)。歴史学の分析は簡単ではありません。ただ史料を読むだけでは駄目で、史料と何度も「対話」し、史料が発する声に耳を傾け、しかもその声を意味ある歴史像としてまとめていかねばなりません。樋口さんはその声がなかなか聞こえてこないことに悩みながらも、真剣にプロジェクトの議論と向き合いました!

パネルとしては1980年の基本懇から1985年調査までの流れを扱った第3章の監修を担当。

来場者の方にご覧いただく史料を真剣に選ぶ北林さん(左・歴文2年)。北林さんは最後まで納得しないとOKしない粘り強さでもって、結論を急ごうとするプロジェクトの議論を引き締める役割を務めて下さいました。北林さんの「なんかそれちょっと違う……」のぽつりとした一言で、大事な論点にみんなが気づくことができたことが何度もありました!

1985年調査を扱った第1章全体を監修し、1985年調査の質問票の展示を担当しました。

秋桜祭の歴文有志企画とのかけもちで頑張って下さった日高さん(一番右・歴文1年)。学科企画名物のコスプレ(ハイカラさん)でのお写真。この服、日高さんの手縫いだそうですよ!

1年生は準備期間を通じて、たくさんの被団協史料を読み、たくさんの研究報告をしたのですが、日高さんは鬼のような責任感(鬼に責任感があるかどうかは分かりませんが笑)をもって、さまざまな調査活動をパワフルにこなしてくださいました!

パネル担当は1977年の被爆者調査の概要について、分かりやすくまとめて下さいました。

乱戦になることもあるプロジェクトの議論の中で、積極的に意見を出し続けた林さん(後列中央・歴文1年)。日高さんと同じく歴史文化学科企画との掛け持ちでコスプレでの登場。

林さんが提起した「多くの人に見てもらえる展示をめざすのか」それとも「少ない人数であっても深く分かって貰える展示をめざすのか」の議論は、メンバー全員を巻き込んだ大論争になりました。林さんは、はじめて被爆者運動のことを知る人に、どうしたら上手く説明できるかを一生懸命考えて下さいました。その裏には、プロジェクトを通じ「被爆者一人一人がそれぞれ人間であることの大事さに気づけた」林さんの熱い想いがあります!

パネルとしては「1977年の生活史調査から被爆者運動が得たもの」を担当しました。

史料解読のやり方の見本プリントを作成する古内さん(一番左・歴文1年)。今回は、来場者の皆様に1977年の被爆者の生活史調査の史料解読を実際にやっていただき、その参考資料をみんなで作ったのですが、その作業ですね。

パネルとしては1980年代の基本懇意見を踏まえて1985年の被爆者調査がおこなわれるに至るプロセスについて執筆しました。

古内さんもまた来場者の方にきちんと見てもらうための工夫について、たくさんの意見を出して下さいました。議論し出すと止まらない古内さん笑 「(プロジェクト内の議論が停滞したときには)古内に振れ!」が鉄則!!

印出さん(中央・歴文2年生)。プロジェクト内の書記を自発的に務めて下さいました。長時間に及ぶこともあるプロジェクトミーティングの議論を洩れなく書きとめて下さり、議事録をつくっていただきました。あっちいったりこっちいったりする議論を整理して書きとめるテクニックはピカイチ。私たちが自分たちの活動を振り返ることができるのは、印出さんの献身的な努力があってこそ!感謝!!

議論の面でもリードして下さり、今回の企画展示で、もっとも重要な企画趣旨説明(私たちの気づき)のパネルなどを執筆して下さいました。

史料閲覧用の虫眼鏡で遊ぶ古藤さん(歴文1年)。プロジェクト準備段階で𠮷田一人さん(長崎被爆)の聞き取り調査を企画・実行してくださいました。

研究の停滞を打開するための、新しい調査や報告が必要となったときに真っ先に「私やります!」という積極性が超GOOD!被爆者調査の企画の中心となった岩佐幹三さん(広島被爆)の原爆経験と被爆者調査との関連を読み解く、難しいパネル作成にも勇気を持ってチャレンジして下さいました。

プロジェクト内の食事会における絶対的エース!?(謎微笑)

松浦さん(左から2番目・歴文1年)。広島で胎内被爆した濱住治郎さん(写真右)の聞き取り調査では、松浦さんは濱住さんのお気持ちを深く丁寧に聞き取りました。そして、そのままの勢いで「胎内被爆者が学ぶ「被爆者の心」」のコラムパネルを執筆しました。

聞き取り調査で得たエッセンスを本当に分かりやすく書いて下さり、来場者のみなさまからたくさんの「いいね!シール」(関心をもてたパネルに貼って頂きました)をいただきました。

パネル原稿の最終チェックをおこなう成瀬さん(右・歴文2年)。

成瀬さんはたくさんの活動とのかけもちで、夏の活動にはあまり顔を出せなかったのですが、最後の締めの原稿チェックでは大活躍!!

私たちのプロジェクトのパネルは担当を決めて執筆しますが、細かな表現が妥当かどうか、来場者に伝わる表現になっているかどうかを必ず複数のメンバーで音読して確認します。

今回の展示において、内容面ではさらに検討すべき課題や事実関係で修正すべき点もあったのですが、少なくとも文法面での誤字脱字がなかったというのは、ここに写っているような最終確認チームの勝利!!

成瀬さんはパネル担当としては年表作成を担当。原典にあたって事実を確認する姿勢を身につけました!

オールマイティにいろいろと頑張った安齋さん(左・歴文2年)。

しばしば暴走して、過激に走るプロジェクトの議論に対して「それ言っちゃたらやばいですって!」とストップをかける役割が安齋さんの仕事。「先生それは駄目です!」の発言回数も多分トップ笑 そういう意味では常識人なのか!?

被爆者運動に関する先行研究は歴史学の分野ではほとんどありません。何も土台のないところから歴史像を作りあげるのは本当に大変です。このプロジェクトでは、あえて「極論」まで振り切った議論を一度してみて、その歴史像の是非をめぐって、みんなで激論をし、そこから論点を一個ずつ史料に照らし合わせた正確な理解にまで落とし込むようなプロセスをとっています。

そういうやり方が可能なのは安齋さんや北林さんなどの「冷静」な議論をできるメンバーがいるからだと思っています。1年生メンバーのなかにも、そうした力をもつ学生が育ってきています。

思いきった意見を言う学生と慎重な意見を言う学生、そのバランスが取れているからこそ、今は本当に楽しく議論が出来ている状態だと思います。

安齋さんは1977年調査から1985年調査への流れを論じた第2章の監修を担当。上級生だろうがなんだろうが、圧倒的に「妹扱い」される枠。プレゼンの時の腰が低い。

Special Thanks!昨年度のプロジェクトメンバーから川古谷さん(左・歴文4年)と小方さん(右・歴文4年)もお越し下さり、パネル製作の実技指導を後輩にして下さいました。本当にありがとう!こうしたパネル製作方法は学芸員課程の授業の中で身につけられますよ!

秋桜祭の展示は、メンバー一人一人が個として参加し、意見やスタンスは違っても、それぞれの意見をぶつけあって作られました。もちろん松田もその一人です。打ち上げの席では「先生もプロジェクトメンバーだから」と、とある学生に言われました。これは本当に嬉しい一言でした。

もちろん教員ですから歴史学の方法に対する理解度では、学生たちの一歩先を行っているわけですが、「先生のいうことについていく」のではなく、それぞれがそれぞれの気持ちを入れて議論を戦わせ、過去と「対話」していく姿勢を持ってくれたことは本当に教員冥利に尽きます。

プロジェクト活動を通じて、学生たちも大きく成長しましたし、私も成長できました。真剣勝負を通じて高め合うプロジェクトの場をこれからも維持していけるよう努力していきたいと思います。

 

企画展示「被爆者の『発見』」無事終了しました!! [2019年11月13日(水)]

みなさん、こんにちは!「戦後史史料を後世に伝えるプロジェクト―被団協関連文書―」です。

昭和女子大学秋桜祭(2019年11月9日、10日)において、私たちの企画展「被爆者の『発見』」を開催いたしました。

研究を進めるにあたり、ご協力下さいました「ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会」(協働団体)の皆さま、聞き取り調査に応じて下さった被爆者や運動関係者の皆様、そのほか、お世話になった教職員のみなさまに心より感謝申し上げます。

企画展はたいへん盛況であり、2日間あわせて497名もの方にご来場いただきました。そもそもが重いテーマであり、また文字パネル中心の展示構成であり、どれだけの方に見て頂けるか心配だったのですが、蓋を開けてみれば終始たくさんの方が展示をご覧になっていらっしゃいました。

私たちは27枚のパネルを製作したのですが、20~30分以上かけてじっくり読み込んで下さる方が大変多く、プロジェクトメンバー一同、本当に感激しました!!

特に、今回が大学生活における初めての展示になる1年生は「文字だけであっても、しっかり研究して中身がある文章を書けば、見て頂けるのだ」と自信をもつことができました。

当日展示したパネル内容全てをお見せすることは出来ないのですが、今回の企画の「まとめ」となるパネルをご紹介します(クリックで拡大します)。

1日目の最後にはプロジェクトメンバーとお世話になっている皆さまとで集合写真!

お越し頂いた皆さま、様々な形でご感想をお伝え下さった皆さま、本当にありがとうございました!

「戦後史史料を後世に伝えるプロジェクト企画展示につきまして [2019年11月06日(水)]

こんにちは!戦後史史料を後世に伝えるプロジェクトです。

2019年11月5日にプロジェクトに関するプレスリリースをおこないましたのでお知らせいたします。下記リンクからご覧下さいませ。

原爆体験が言葉になって国内外へ発信されるまで 戦後史史料から「被爆者の『発見』」を後世に伝える企画展示

2019年度秋桜祭企画展示「被爆者の「発見」」にぜひお越し下さいませ! [2019年10月30日(水)]

こんにちは、戦後史史料を後世に伝えるプロジェクトです!

今年度も2019年11月9日~10日に開催される秋桜祭にて、企画展示を行います。タイトルは「被爆者の「発見」」。詳細はまたお知らせいたしますが、下記のようなスケジュールで進めてきた私たちの研究内容を発表いたします。多くの皆さまのご来場をお待ちしております!

クリックで拡大します

【秋桜祭】曽我の里プロジェクト参加のお知らせ [2019年10月30日(水)]

歴史文化学科の大谷津早苗先生がアドバイザーとなり、小田原市曽我を盛り上げるべく活動している曽我の里プロジェクトが秋桜祭に参加します。

(クリックすると拡大します)

また、新しくオリジナルTシャツを作成しました。
当日スタッフはこのTシャツを着ています。ぜひ8号館1階のブースにお立ち寄りください!

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<前期活動に参加した学生の声>

〇今までの学生生活は、これといって力を注いで取り組んだ活動がなかったため、なんとなく時間が過ぎていくだけ、という感覚でした。しかし、プロジェクトに参加してからは、皆と協力して考えたり行動したりと、これまでにない経験をすることができ、日常が充実したものとなりました。後期の活動も精一杯取り組もうと思います。(Hさん)

 

大学生になったら新しいことをしたいと思いプロジェクトに参加しました。全てが初めての体験で、もっと積極的に発言、行動していかなくてはと思いました。傘焼き祭りでは化粧坂の少将に扮してパレードに参加させていただきました。そこで、曽我の里の方々にとって曽我物語、曽我兄弟がどのような存在であるか間近に感じることが出来ました。このことを忘れずに、後期の活動を頑張っていきたいと思います。(Yさん)

 

今まで自分から率先して活動することがなかったため、プロジェクトという普段経験できない活動を通して積極性や行動力を磨きたいと思い、参加を希望しました。
今回私は子育てファミリーフェスタの担当で催しの計画から製作までを行いました。担当者だけでなくメンバー全員が協力して下さったお陰で本番もスムーズにやり遂げることができました。
曽我の里プロジェクトに加入してみて実際に地域の活動に参加し人との繋がりに触れると共に、中々一筋縄ではいかないような難しさも感じました。後期では前期での反省点を見直し改善し、より良いプロジェクトを目指して日々の活動に邁進していきたいと思います。(Aさん)

 

今回、学内販売の担当をさせていただきました。学内販売は大変でしたが、学ぶことも多いように感じました。
曽我の里プロジェクトは人との繋がりを感じると共に、自分がどのような行動をすべきか考えることが大切だと思いました。今後の活動では、前期の反省点を生かし後期に繋げていきたいと思います。(Wさん)

 

〇このプロジェクトは地域活性化を目的として活動しています。私はそこから将来、地元の活性化に役立てたく、このプロジェクトに参加しています。
地域活性化と一言でまとめられますが、そこには多くの人の想いがあり、努力や協力のもとで成り立っていました。下曽我において、誇れるものは「曽我物語」です。その歴史を語り継ぎ、伝承していく力となるためにも、微力ながら今後も尽くしていきたく思っています。(Kさん)

 

○地方創生や、曽我物語に興味がありこのプロジェクトに参加しました。
私は学内販売の担当でした。思ったようにはうまくいかないことが多かったですが、仕事についたときに役立てそうな様々なことを学びました。
今回のイベントで学んだことを、次回のイベントにいかしていきたいです。(Kさん)

 

○基礎ゼミが大谷津先生だったこともあり、かねてからこのプロジェクトに携わってみたいという気持ちがありました。
今年度、私は会計と子育てファミリーフェスタを担当しています。会計の仕事が自分が思っていた以上に性に合い、大変ながらも楽しさを見いだすことができました!
後期では秋桜祭を大成功させたいです!(Nさん)

 

2年生では何かプロジェクトに参加したいと思い、クラスアドバイザーの先生との面談でこのプロジェクトを紹介して頂きました。その活動内容を知り、私もやってみたいと思い、参加を希望させて頂きました。
私は傘焼き祭りで松明参加させて頂きました。
私にとって松明行列が初めて曽我の方々と触れ合う機会だったのですが、皆さん大変心暖かく迎えてくださり、曽我の里の方々の暖かさ含め、曽我の里の魅力を深く感じました。この魅力をもっと多くの人に知って頂けるよう、これからの活動に力を入れていきたいと思っています。(Sさん)

『被団協』に掲載された岩佐幹三氏関連記事まとめ [2019年09月22日(日)]

こんにちは、戦後史史料を後世に伝えるプロジェクトです。

9月21日のインタビューの準備のためにプロジェクトメンバーが協力して作成した資料をアップします。日本被団協の機関誌『被団協』の1号(1976年5月31日)~150号(1991年7月6日)に掲載された岩佐幹三氏関連の記事まとめです。

こちら(岩佐幹三氏関連記事まとめ)をクリックするとPDFが開きます。

1980年代の岩佐さんの活動の濃密さが伝わってくる内容となっています。

機関誌『被団協』のバックナンバーをすぐにみられるようになったのも、ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会に協力して、昭和女子大学の学生がおこなってきた被団協文書整理会の成果ですね!

戦後史プロジェクト 被爆者インタビュー(岩佐幹三氏) [2019年09月22日(日)]

こんにちは、戦後史史料を後世に伝えるプロジェクトです。

2019年9月21日に船橋勤労市民センター第2会議室にて、岩佐幹三さんへの聞き取り調査を行いました。

岩佐さんは広島の原爆でお母様と妹さんを失い、家の下敷きになったお母様を助けられなかったことへの想いや、いくら探し回っても妹さんを見つけることができなかったときの想いを抱えて、被爆者運動をなさっていらしたかたです。

今回さまざまな事前準備をした上で、インタビューに臨みましたが、もう90歳を越えていらっしゃる岩佐さんですが、資料と照らし合わせてもご記憶は確かであることに驚きました。

今回は岩佐さんが金沢大学法文学部にお勤めになっていらした時期に、石川県の原爆被災者友の会会長(1960年~1992年)として活動なさったときのお話しを中心に伺いました。

はじめて被爆者として行動したのはストックホルムアピールへの署名だったが、最初はGHQのMPに目を付けられるのではないかと怖かったこと、第1回原水禁大会に参加したときに、まだ被爆の実相などなにも分かっていない時期だが「核をなくそう」との気持ちだけでつながっていたことに感銘を受けたこと。自分としては「母と妹の死を悔しいと思う気持ちがあった」との気持ちがあったことなどを話して下さいました。

また友の会をつくるきっかけとなったのは、自分が被爆者健康手帳を取得したときに「被爆者同士つながらないと手帳を取った意味がない」と思ったとのお話しも印象的でした。友の会の活動といっても、運動というよりも、被爆者同士がつながりあうことに意味があると考えていて、やっていたのは署名や募金などであったとのことでした。

石川県代表の全国理事として日本被団協の東京事務所でさまざまな会議に出席なさったときの活動をうかがう中で、岩佐さんが1980年代の被爆者運動のキーマンであったとの確証をプロジェクトメンバーは感じました。岩佐さんご自身は「私はなにもやってないよ、みんながやったこと」と何度もおっしゃっていましたが、1980年に基本懇答申があり、被爆者調査を実行し、被爆者の基本要求をつくり、死没者に対する運動を進める中で、岩佐さんのお名前はなんども史料に登場しますし、特に専門委員としてのご活動や、被爆者調査特別委員会委員長としてのご活動が大きいように思いました。

岩佐さんのお話を伺っていると、さまざまな葛藤や矛盾を抱えながら、今も岩佐さんが考え続けていることがよく分かりました。一瞬で世の中を変えてしまう原爆は、通常兵器とは違う「特別な被害」を与えるのだとの思いがありつつ、一方で戦争被害一般に対する補償が必要だとの想いも抱いていらっしゃいます。また真珠湾攻撃に対して「万歳」をして大喜びした時の気持ちと、戦争は間違っていたと考える気持ちも、同じ岩佐さんのなかにあります。

「答え」ではなく、さまざまな「問い」に触れられるのは、こうした聞き取り調査ならではのことだなと思いました。

岩佐さん、本当にありがとうございました!

是非岩佐さんのご自宅にあるという岩佐幹三関連文書の整理もやらせてください!!!

戦後史プロジェクト 第19回ミーティング [2019年09月22日(日)]

こんにちは、戦後史史料を後世に伝えるプロジェクトです。

2019年9月12日におこなわれた第19回ミーティングの様子をお伝えします。ボストンにいっていた2年生3名が帰国し、まだ中屋敷遺跡での考古学発掘調査に参加する2名の出発直前という、ギリギリの日程で開かれたこのミーティングは、久々のフルメンバーの議論となりました!

さまざまな活動に参加できたメンバーと参加できなかったメンバーとの間で、情報共有をはかり、秋の秋桜祭に向けてのテーマづくりの議論をしました。

議事次第は以下の通り。

①まず日高さん(1年生)から、1年生メインで進めてきたこの夏の活動について報告があり、研究成果の共有を行いました。

②日本被団協がおこなった77年生活史調査について、1年生からの補足報告があり、原爆投下当時人間らしくふるまえなかったとの罪意識をもっている被爆者の存在、「聖戦」や「軍人」といった注目ワードなど、被爆者の実相が明らかになる調査結果がこのときに得られたのであろうとの議論がなされました。

③吉村さん(4年生)から、「国民法廷運動」「基本懇答申」に関する研究の概要を共有しました。

④ミーティング前日におこなった吉田一人さんインタビューでの聞き取り内容に関して情報共有し議論しました。

⑤9月21日に予定されている岩佐幹三さんのインタビューに備えて、当日質問したい内容や議論したい内容を調整しました。また岩佐さんが掲載されている『被団協』記事をリストアップして、インタビュー準備を進めることを決めました。

戦後史プロジェクト 被爆者インタビュー(吉田一人氏) [2019年09月22日(日)]

こんにちは、戦後史史料を後世に伝えるプロジェクトです。

2019年9月11日に長崎で被爆した吉田一人さんへの聞き取り調査を行いました。

吉田さんは昨年の9月25日にもインタビューしましたので、2度目の調査となります。

昨年度は長崎における被爆状況の聞き取りからはじまり、大きな身体的被害を受けなかった吉田さんが被爆者としての自覚を持って「被爆者に「なる」」過程を中心にうかがいました。私たちのプロジェクトにとって非常に大きな意味を持つ調査となりました。

今年は吉田さんが『被団協』新聞の編集長をなさっていた1980年代のご活動を中心に、被爆者運動の展開について、さまざまなお話しを伺いました。

戦後史プロジェクト ―被団協文書整理会・夏休み後半の部― [2019年09月22日(日)]

こんにちは、戦後史史料を後世に伝えるプロジェクトです。

2019年8月28日、30日、9月2日、5日 と夏の被団協文書整理会―夏休み後半の部―を開催いたしました!