プロジェクト

第13回被爆者の声をうけつぐ映画祭にコメンテーターとして参加いたしました! [2019年07月15日(月)]

こんにちは、戦後史史料を後世に伝えるプロジェクトです。

7月13~14日に武蔵大学にて、第13回被爆者の声をうけつぐ映画祭が開催されました。

プログラムの中で、コメンテーターとして、本プロジェクトからも4名の2年生が参加いたしました。

プログラムでは武蔵大学の永田先生のプロジェクトが作成した被爆者運動を紹介する映像作品をみんなでみたあと、シンポジウムとなり、動画作品への感想を含めて、被爆者運動研究についていくつかのコメントをしました。

コメンテーターとして参加した歴文2年の印出さんの感想をあげておきます。

映画祭に参加した方からお話しを伺い、被爆者運動に対して本当に色々な考え方、視点を持っていらっしゃる方がいるのだなと改めて感じました。

また、(ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会事務局次長・胎内被爆者の)濱住さんのお話を聞いて、胎内被爆者がどのような活動をしてきたのか(してきているのか)、濱住さんが被爆者に「なっている」過程を知ることができ、また新しい視点を得たと思っています。
永田先生からはプロジェクトについてご質問いただきました。さらに、今年度の研究テーマについてもご指摘をしてくださいました。

映画祭に参加した方からお話しを伺い、被爆者運動に対して本当に色々な考え方、視点を持っていらっしゃる方がいるのだなと改めて感じました。また、濱住さんのお話を聞いて、胎内被爆者がどのような活動をしてきたのか(してきているのか)、濱住さんが被爆者に「なっている」過程を知ることができ、また新しい視点を得たと思っています。
永田先生からはプロジェクトについてご質問いただきました。さらに、今年度の研究テーマについてもご指摘をしてくださいました。
この事によって、自分達が今まで気がつかなかった点や、課題も出てきました。
これを完全に消化することは難しいことかもしれませんが、今回の映画祭でのご指摘を踏まえ、今後の研究の軸作りに役立てていきたいと思います。

2年生にとっては「デビュー戦」であり、上手く話せた部分とそうでなかった部分の両方がありましたが、この経験を土台にして、今年度の活動も頑張っていきましょう!

戦後史PJ、たこ焼きパーティで懇親を深めました! [2019年06月26日(水)]

こんにちは、戦後史史料を後世に伝えるプロジェクトです。

今年度の新メンバーを迎えて約1ヶ月。史料の読み合わせなどもおこない、研究は少しずつ進展しています。

前回のミーティングでは、12名の1年生と2年生を3つのグループに分けて、手分けして、証言史料を読んでいくことを決めました。夏休み前までにある程度の軸をつくる必要があり、ここからは本腰を入れて、進めていかねばなりません。

さて2019年6月24日には三軒茶屋にあるカシキッチンを借り切りまして、恒例(?)のたこ焼きパーティを開きました!

たこ焼きをつつきながらたくさんのことを話し、懇親が深まったのか、なんなのか、よくわからないところもありますが(笑)、11月の秋桜祭展示に向けて頑張っていきます!

2019年度 第9回ミーティングの模様 [2019年06月11日(火)]

こんにちは、戦後史史料を後世に伝えるプロジェクトです。

2019年6月10日の第9回ミーティングでは、1985年におこなわれた日本被団協調査の結果をまとめた「あの日の証言」を、新規メンバーに読んできてもらい、意見を共有しました。

議論は白熱し、ホワイトボードは文字で埋め尽くされました!

強力な新メンバーをむかえて、今年の活動もますます楽しみになって参りました。

協働団体であるノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会の総会で活動報告をしてきました! [2019年05月27日(月)]

こんにちは。戦後史史料を後世に伝えるプロジェクトです。


2019年5月25日に四ッ谷主婦会館プラザエフで行われた、ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会の第7回通常総会に参加してきました。

総会席上では、本プロジェクトのこれまでの活動と今後について報告する時間をいただき、個人的体験としての「被爆者に『なる』」を研究した昨年度の活動を土台として、集団的体験としての「被爆者に『なる』」を考えていきたいと報告しました。

また、「未来につなぐ被爆の記憶プロジェクト」や武蔵大学からの映像発表もあり、有意義な総会となりました。


報告後は濱住治郎さん(被団協事務局次長、被爆2世)から、 2020年NPT再検討会議に向けての準備としてニューヨークに行ったときのお話をお伺いし、アメリカにおける被団協の活動について、イメージを得ることができました。プロジェクトメンバーの中には、夏にボストン・サマーセッションに参加する予定の学生もいるので、渡米する前に貴重なお話しを聞くことができて良かったです。


また、この日にはNHK広島の方が取材にいらしておりインタビューを受けました。


この総会に限らず、取材「される」立場になる機会が増えてきていると感じています。取材「する」立場の人に、どうしたら私達の活動を理解していただけるのかを考えることも、今後の課題となりそうです。

『長崎新聞』の手島記者の取材を受けました! [2019年05月26日(日)]

こんにちは、戦後史史料を後世に伝えるプロジェクトです。

2019年5月24日に、吉村知華(歴文4年)、印出也美(2年)の2名で、『長崎新聞』の手島記者の取材を受けました。

手島さんは東京で被爆者運動研究をしているプロジェクトとの点に着目して、本プロジェクトにご興味をお持ちになり、活動の内容と今後の方向性をお聞きにいらしたとのことでありました。

取材を受ける度に思うことでありますが、プロジェクトのことを知らない方に説明しようとすることで、頭の中の考えがまとまってくることが本当によくあります。吉村、印出の2名は翌25日に開催されたノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会総会で、「プロジェクトの今後の方向性」を発表することになっていたのですが、手島さんのご質問に対して答えているうちに、頭が随分整理されました。

昨年度は個別の原爆被害者が自らの被爆体験を受け入れて、「被爆者に『なっていく』」プロセスを研究しました。その成果を土台としつつ、今年度は、1980年代前後に人間の尊厳に関わるような悲惨な被爆体験が体験談として相次いで表にでるようになったことで、被爆体験の共有化が進み、原爆被害者が集団的に「被爆者に『なっていく』」プロセスを次なる研究テーマとしたいとのことをお話ししました。

また運動の中で被爆者意識が形成されるプロセス自体を継承したいとのこともあわせてお話ししました。

お忙しい中、約2時間にわたって丁寧な取材をして下さった手島さんに感謝申し上げます。

「戦後史史料を後世に伝えるプロジェクト」説明会開催のお知らせ! [2019年05月10日(金)]

こんにちは、戦後史史料を後世に伝えるプロジェクトです。

2019年度新メンバー募集のための説明会をおこないます。

日時は2019年5月20日12時20分~、場所は7号館4L03です。

みなさまのご参加を振るってお待ちしております。歴文生以外も大歓迎です。

共同研究はたいへんだけども、充実感はありますよ!!一緒に研究しましょう♪

実践倫理の授業でプロジェクト紹介をおこないました! [2019年05月10日(金)]

こんにちは、「戦後史史料を後世に伝えるプロジェクト」担当教員の松田忍です。

5月8日1限の「実践倫理」の授業のなかで、本学のプロジェクト活動を1年生に伝える時間があり、3つのプロジェクトが紹介されたのですが、そのなかで私たちのプロジェクトもプレゼンの機会を得ました。

プロジェクトを代表して壇上に立ったのは、昨年度プロジェクトリーダーを務めた吉村知華さん(歴文4年)。プロジェクトにおいては、これまで学内、学外を問わずさまざまなところで、多くの人の前で話す経験を積んできていらして、最初の頃から比べると、本当にプレゼン技術が上達なさったと思います。

最近はパワポスライド切りかえの細かなタイミングの違いにこだわっていくのが楽しくなってきたとのこと笑 そうそう、そういう細かなところの気配りで、伝わり方って全然変わってくるよね!

この写真は登壇直前の吉村さんの楽屋袖待機の様子。最後まで入念に原稿チェックをなさっていました。1年前のプレゼンではワタワタしていたのが、今ではこの落ち着き。

吉村「これでも緊張しているんですよ~~!」

そして舞台に登場!会場は人見記念講堂。1500人以上の学生が聞く1年必修授業はさすがのど迫力!

持ち時間を完璧に使いきって、プレゼンは終わりました。1年生もしっかり聞いていて下さったと思います!

吉村、大役おつかれ!!

『栗原淑江氏談話速記録』を発表しました! [2019年05月06日(月)]

こんにちは、戦後史史料を後世に伝えるプロジェクトです!

すでにブログ記事にしておりますが、2018年9月20日に、長年被爆者運動に関わっていらっしゃった栗原淑江さんへの聞き取り調査をおこないました。そのときのお話しいただいた内容は、被爆者運動の流れや、運動に関わるなかで栗原さん自身の考えが深まってきたことを理解するために、たいへん重要なものでありました。

そこで私たちはインタビュー内容を「栗原淑江氏談話速記録」としてまとめ、2019年3月発行の『文化史研究』に発表いたしました。PDFファイルを添付いたしましたので、どうぞお目通し下さいませ。

戦後史史料を後世に伝えるプロジェクト『栗原淑江氏談話速記録』(PDFファイルはこちらからクリック)

被団協運動に関する研究報告をおこないました! [2019年04月14日(日)]

こんにちは、松田忍(日本近現代史)です。

2019年4月13日に主婦会館プラザエフにて開催された《被爆者運動に学び合う 学習懇談会》シリーズ12におきまして「被団協運動の「再生」を問う―被団協関連文書№8の史料解読を通じて―」と題する研究報告をおこなって参りました。

集まってくださった方は、被爆者に加えて、戦後の運動にご興味がある方、日本史研究者など約30名。「戦後史史料を後世に伝えるプロジェクト―被団協関連文書―」に参加している学生も5名が聞きに来てくれました。

内容としては、1960年代における日本被団協の運動の停滞と「再生」を扱いました。年配の方でしたら、おそらく「原水禁運動が分裂して社会党系と共産党系に割れて、ごたごたしていた時期」としてご記憶の時代ですね。国際情勢としても、安保問題、米ソなどの核実験競争、ベトナム戦争の進展など大きく揺れ動く時期です。

この時期に作成された被団協文書(特に内部対立を如実に示す議事録や書簡など)を年代推定しながら読み込み、原水禁運動の分裂に連動して被爆者運動も内部対立する中、日本被団協の組織のロジックが変わり、被爆者の日常に根ざす新しい組織原理をつかみ取っていく点を論じました。

この勉強会で報告するのは2度目でありますが、私の方では被爆者運動の歴史的展開と戦後史における意義を議論しようとしているのに対して、聞き手の被爆者の皆さんは報告で示された歴史像からアイデアを得て「どのように現在の運動に生かしていくか」に主たる関心があり、どんどん話が「脱線」していくのはもはや「お約束」!!

しかし「脱線」のなかから、研究には欠かせない当時に関する重要なご記憶がどんどん掘り起こされてきたりして、非常に不思議な感覚です。とても楽しく議論ができました。

参加した学生たちには、議論を聞くことによって、「運動史を研究する立場」(松田)と「運動する立場」(被爆者)との違いを体感してもらい、現代に近い生々しい時代を研究する近現代史の「難しさ」と「面白さ」を感じとってくれていると嬉しいなぁと思いました。

また被爆者以外の方からも有益なご助言を多数いただきました。ここに記して感謝申し上げます。

長崎被爆者・木戸季市さんへのインタビューをおこないました [2019年03月27日(水)]

戦後史史料を後世に伝えるプロジェクトです。

2019年3月12日に、長崎で被爆した木戸季市(すえいち)さんへのインタビューを行いました。木戸さんは現在は日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)の事務局長をなさっていらっしゃる方であります。

昨年度の私たちの秋桜祭展示のタイトルは「被爆者に『なる』」だったわけですが、その報告をしたときに、「私も三度被爆者に『なっている』んだよ」と声をかけて下さったのが木戸さんであり、その時にオファーして以来、念願かなってのインタビューでした。

木戸さんは5歳のときに被爆なさったのですが、ご自分の記憶と照らし合わせながら、当時の史料を多数ご覧になって、ご自分の体験を客観的にみようとしていらしたことがたいへんよく分かるお話しでした。特に、8人兄弟の末っ子であった木戸さんのお姉さんが、すでに結婚して鹿児島県出水にいた長姉にだした被爆直後の手紙には、木戸家の被爆状況が克明に記されていて、非常に価値のある歴史史料だと思いました。

2㎞の地点で原爆の熱線の直撃を受けたお母さんと木戸さんが、顔などを激しく焼かれたにも関わらず、後から合流したお父さんが「みんな無事で良かった」とおっしゃったことが印象に残っているとのことであり、合流以前にお父さんがみた光景の凄まじさが想像できるとのお話しが印象的でした。

木戸さんご自身も「自分は『幸運』な被爆であった」と語っていらしゃいました。もちろん被爆が「幸運」であったことはありえないのであり、それでも「幸運」と表現する木戸さんは、より爆心地に近い、人間の尊厳が保ちえなかった地域のことを今も学び、胸に刻み続けているのだろう、そしてそこにいた人々との対比で「幸運」とおっしゃるのだろうと感じました。とすると、私たちが木戸さんから学ばねばならないのは、木戸さんのさらに向こう側にあった世界への想像力になります。

だからこそ木戸さんもまた意識的に被爆者に「なって」原爆を語り継ぎ、その責任を問い続けることを自らの責任として引き受け続けていらっしゃるのかと思いました。

また私どものプロジェクトが気にしているのは、「あの日」の体験に加えて、その後の人生の歩みでありました。高校卒業後京都で学生生活を送った後、岐阜で大学の教員をながらくなさってきた木戸さんのお話はたいへん興味深く、予定された時間はあっという間に過ぎてしまいました。

一番のメインでお聞きしたかった「三度被爆者になった話」はまた次回(5月中旬)に伺うことになりました。ちなみに木戸さんが「三度被爆者になった」というのは、一度目(1945年8月9日)、二度目(自分が被爆者だと知ったとき)、三度目(日本被団協に関係を持って被爆者運動に参加し始めたとき)を指すとのことでありまして、私たちのプロジェクトがこだわってきた「被爆者の歴史的形成」の論点にとって、非常に重要なお話しになるかと思っております。

このプロジェクトでも何度かインタビューをしてきまして、時間をかけてお話しを伺うことの大切さがよく分かってきました。次回のインタビューをとても待ち遠しく思っております。

木戸さん、ありがとうございました!またどうぞよろしくお願いいたします!!