学生記事

教育実習体験記 [2019年07月03日(水)]

西洋史の山本です。こんにちは。

最近、教育実習をおこなったゼミ生から感想文をいただきましたので、この場を借りて掲載させていただきます。

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「教育実習を終えて」

私は6月に中学校での教育実習を終えました。一言で述べるなら「楽しかった」です。私は教育実習が始まるまで不安だらけでした。実習事前指導の授業を受ける度に不安になり、ネットで「教育実習」と調べては不安になる。そんな毎日でした。しかし、管理職に恵まれたこと、指導してくださる先生に恵まれたこと、生徒が大変協力的で助けてくれたことで私の教育実習は大変有意義なものになったと感じています。初週は授業観察が主で後ろで授業を観ることが多くありました、週の前半はとにかく生徒に慣れることを意識して昼休みは校庭で生徒とバレーボール(全く経験はありません)をし、放課後は部活に顔を出していました。私の場合は初週の金曜日から授業をすることになっていたので水曜日頃には教材研究が増えていきました。2週目、3週目は授業が主で朝学活と給食指導、終学活も任されていました。給食指導では生徒とおかわりの牛乳ジャンケンをしたり、班に混ぜてもらって食べていました。実習最終日が運動会ということもあり、運動会の練習やクラスごとのスローガンの板作りなどを通してコミュニケーションがたくさん取れたことは話すことが好きな私にとって大きな喜びでした。生徒はびっくりするくらい人懐っこくて、3週間、授業にしても学校生活でも助けられてばかりでした。

不安は人に話して発散することをオススメします。ネットにはビビるようなことしか書かれてません。ただし、準備(特に授業範囲の勉強と睡眠)はしっかりすると良いです。実習は始まったら転がる石になるしかありません。途中で一時停止は出来ないので、困った時はその都度、指導してくださる先生に聞くのが1番です。なんと言っても実習では現職の先生方の工夫をたくさん目にすることが出来ます。大学では教えて貰えない、知りえないということを念頭に置き、なんでも相談、なんでもやってみるの精神が実習を有意義なものにしてくれると思います。

教育実習は生徒にすれば授業はヘタだし、そのうち忘れられる存在です(私も覚えてません)しかし、教育実習する側は一生の経験になります。先生と呼ばれる経験、授業をする経験、今しか出来ない経験です。このために3年間教職を頑張ったと思えるくらい、ご褒美のような素敵な経験でした。教師になりたいというやる気や資質、さらに、伸び代を教えていただけるからです。これから実習を控えている人も、教職にちょっと興味がある人もぜひ楽しんで実習に挑んでください。

歴文4年 F.A

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この記事を書いてくれた方は、たいへん責任感が強く、自分に厳しい学生です。教育実習ではその力を存分に発揮して、見事修了することができました(研究授業も見させていただきましたが、決して下手ではありませんでしたよ!!)。また歴文のディスカッションや実践的授業も、役に立っているように思えました。

受験生の方で将来、中学(社会)や高校(地歴)の教師になりたいという人は、ぜひ昭和女子大学歴史文化学科の門を叩いていただきたいと思います。

 

【学生記事】神田祭参加記② [2019年05月31日(金)]

こんにちは、歴史文化学科3年のm.mです。

今回のブログでは、m.mが体験した神田祭の手古舞について書いていきたいと思います。

 

まず初めに神田祭とは、京都の祇園祭、大阪の天神祭と並ぶ日本三大祭りのひとつです。

今年の神田祭は、令和元年の大祭ということもあり国内だけに限らず、国外からも多くの方が訪れ、活気あるお祭りとなりました。

それでは次に、私たちが神田祭で体験した手古舞についてご紹介したいと思います。

手古舞というのは、お神輿がお宮に入るまでの道のりを、先頭に立ち、導く役割をする人たちのことを言います。

元々は鳶職の方々が先導しており、彼らが持っていた「てこ」からこの名前がきたとされています。

 

 

突然ですが皆さん、手古舞を聞いて何か似ている言葉を思い出しませんか?

忙しくなると言う言葉です。

 

「もう、あれこれやらないといけなくて、てんてこ舞いだよ~」

 

どうでしょう?この言葉、言ったこと、聞いたこと、ありませんか?

実はこのてんてこ舞いのの語源は、一説によると手古舞なのです。この「手古舞」という言葉が変化して「てんてこ舞い」という言葉が生まれたのです。

意外にも身近に使われている単語なのですね。

 

ここからは、神田祭当日の私たちの流れについて書いていきたいと思います。

5月12日8時30分、私たちは神田南口から少し歩いたところにある鍛冶町の御酒所に集合しました。御酒所に来る途中、至る所に「神田明神御祭禮」と書かれた旗を発見!

集合し、着替えを済ませ、レセプションを行いましたら、神田明神目指し出発です。

 

 

11時半頃、近くの小学校まで来て休憩。

それとともに、多くの他の町会の御神輿も集合し、大きなレセプションを行いました。

12日は日差しも強く、暑かったため、これからの長い移動のためここでは水分を補給し、しっかりコンディションを整えます。

小学校を出発し、平成通り、靖国通りと練り歩きます。

歩いている途中に、ふと御神輿の掛け声に耳を傾けると、「わっしょい!」「せいやっ!」だけでなく「令和!」という掛け声も混ざっていることに気づき、改めて平成から令和になったのだな~と実感しました。

 

 

13時ごろ肉の万世に到着。

皆さん、汗びっしょりになりながらも、笑顔で満ち満ちています。

私たちが休憩していると、かわいいサングラスをかけ、法被を着たチワワちゃんに会いました。

飼い主さんの、チワワちゃんに対する愛が伝わりますね。

さて、水分補給、チワワちゃんの補給が終わりましたら、再び神田明神に向け出発!

 

 

神田祭の手古舞では、錫杖持ち、提灯持ち、高張り提灯持ちを体験したのですが、これらは、ただ持って歩けば良いというものではありません。

お神輿を考え、一定のリズムで歩かなければならないのです。

特に錫杖を持ち歩く時には、錫杖を鳴らす音を合わせないと格好が良くないので、始終となりに歩いている友人を注意して見ていました。

また、高張提灯は、しっかりとお腹で支え、両手で握っていなければよろけてしまうため大変でした。

 

 

その後、神田明神に着くまでに何度か休憩しながらも、16時30頃宮入。

ご覧の通り、神田明神の正面入り口は多くの人で溢れていました。

この時初めて知ったのですが、宮入の際に神田明神の正面から入ることができるのは、なんと、お神輿を担ぐ人、先導する人、といった関係者たちだけなのです。

そんな特別な瞬間に立ち会えたことは、私の忘れられない思い出になりました。

 

 

宮入後、だんだんと空の色は暗くなって行きましたが、辺りはビルの明かりや提灯の明かりに照らされていました。

そのような中を、錫杖を鳴らし先頭で歩くのはすがすがしかったです。

再びゆっくりと肉の万世、神田駅と通っていくと、朝の景色とはまた少し違う鍛冶町の御酒所に到着。

御酒所には、宮入から帰ってきた方のためにフライドポテトや空揚げ、お茶などが用意されていました。

力を使った後の食事は、より一層美味しく感じました。

帰りがけには、弁松のお弁当を頂きました。

お家でおいしく頂きました。

ありがとうございました。

 

 

今回、宮入に手古舞として参加させて頂き、氏子町会の方々、外国人の方、といった様々な方と交流することができました。

交流していく中で改めてお祭りというのは多くの方が関わりより良いお祭りをつくり上げていくのだなと思いました。

私は滅多に多くの人の前に出る機会がないため、手古舞も初めは緊張し、動きがぎこちなかったのですが、お祭りの雰囲気のおかげで、だんだんと移り変わる景色を楽しめるまでになりました。

特別な場で、特別な衣装を着て、特別なことをするのは、今も昔も多くの人に力を与えてくれるのではないでしょうか。

この令和初の神田祭にこのような体験ができ、本当に良かったです。

脈々と受け継がれる神田祭に是非また参加したいと思いました。

大谷津先生、鳥居様をはじめ、鍛冶町氏子町会の皆様、改めてこのような貴重な機会を頂き、ありがとうございました。

【学生記事】神田祭参加記① [2019年05月31日(金)]

歴文三年の杉澤です。

5月9日から15日まで行われている江戸の三代祭りの一つ、神田祭にわたし達は5月12日の日曜日、神輿宮入のお手伝いをさせて頂きました。

大谷津先生のご紹介で、私たち歴文生五人は神田鍛冶町一丁目神輿の手古舞を担当しました。

 

2年ごとに行われる神田祭にて、鍛冶町一丁目神輿は令和初、新天皇初、先頭での宮入初、といった三つの初の特別な日となりました。

そんな特別な宮入に参加させて頂けてとても光栄でした。

 

 

祭りの格好になり、錫杖や弓張、高張を交代しながらやらせて頂きました。股引を着るのには苦戦したのもいい思い出です(笑)

 

足につけている藁は、「血止め」というもので足の血液のうっ滞を防ぎ、疲れにくくする効果がありますので昔から使われていたようです。

 

地下足袋でアスファルトの上を歩くのに初めは違和感を感じておりましたが、すっかり祭りの雰囲気に飲み込まれ、楽しみながら神田の街を歩きました。

 

一日中歩き、疲れも見える中16時頃鍛冶町一丁目神輿は宮入しました。

宮入を目前にし、鳥居の前が近くなるにつれて氏子さんたちの熱気が上がり、私の気分も高揚しました。

 

一つの神輿を共に担いたり、神輿の周りで手を叩き、掛け声をすることによって、連帯感が生まれており、私たちはよそ者であるのにそれごと包み込んでくれるような器の大きさを感じられました。

 

神輿を何度も出し入れしている場面が何度か見受けられました。これは、担ぎ方に関する美意識が関係しているそうです。

神輿は、掛け声に合わせて上下に練る動作をしながらも、左右にふらふらよろよろせず、まっすぐに進むのが美しいとされています。

何度も戻すのは、まだ美しく担げていない、というサインで、担ぎ手は戻されることにより、「なにくそ」とさらに美しく心を合わせて担ごうとするそうです。

 

私にとって神田祭は博物館での展示や、テレビやネットで見るものでした。なので、今回氏子さんたちと祭りに参加できるとは思ってもみませんでした。

 

氏子さんたちは皆さん自分たちは純粋な江戸っ子なんだ、といった心持ちが感じられました。

私が地元の神輿を担いだのは小学1年と4年の時です。中学からは電車で通学していたので、地元とは疎遠になりました。神田祭と神田明神の氏子さんたちのように自分の町を誇りに思えるような祭りがあることをとても羨ましく思った1日でした。

 

次回の神田祭には卒業しているため、歴文生としての参加はできませんが、神田の街を練り歩く神輿を見に行きたいと思いました!

大谷津先生、鍛冶町一丁目の皆様、貴重な体験をさせて頂きありがとうございました!

次回にも繋げられるよう、神田祭の魅力を後輩にも伝えていこうと思います。

【学生記事】文書情報管理士の資格取得 [2019年04月04日(木)]

こんにちは。歴史文化学科4年のM.Sです。私はこの2月に「文書情報管理論集中講座」を受講して、文書情報管理士2級の資格を取得しました。
近年ではマイナンバー制度や個人情報保護法などにより、情報を保管する企業にも責任が求められています。情報漏洩や紛失は企業の存続を問われる重大な問題となります。そこで、書類を安全に保管するにはどうすれば良いのか、個人情報はなぜ漏れてしまうのか、というようなことを文書情報管理士の資格を通じて学び実践に活用させる、というものです。
私が文書情報管理士の資格を取ろうと思ったきっかけは2つあります。1つ目は、私は現在歴史学日本近世史ゼミに所属しています。近年、歴史学にとって大事な分野としてアーカイブズがあります。アーカイブズとは、古文書を始めとした史料からデジタルの情報まで、どのように保存、管理、収集、検索していくかを考える学問です。私はアーカイブズにも関心があり、文書情報管理士とは密接に関係しているからです。2つ目は就職した企業で役に立つと思ったからです。内容だけ見てしまうとIT企業などでしか役に立たないのでは、と思ってしまう方もいると思いますが、現代ではどのような企業でもITの部署はあり、またもしそのような部署に配属にならなかったとしても自分にはこういう知識があるんだ、という自信にも繋がると思います。

「文書情報管理論集中講座」の様子

私は集中講座を受講しましたが、今年度からは前期月曜4限に「文書情報管理論」という授業として開講されます。授業は基本的にテキスト中心で進みます。また、皆さんが最初に受験する2級は主にテキストから出題されるため授業をしっかり受講する、習ったことは復習する、という基本的なことを行えば合格できると思います。また、学芸員や司書の資格を取っている方、取ろうと思っている方にも役に立つ資格だと思います。
これから資格を取ろうかなと思っている方や何を取ろうか迷っている方、ちょっとでも興味が湧いたという方はぜひ積極的に挑戦してみてください。就活も含めてきっと今後の自分のためになると思います!

 

 

※「文書情報管理論」の授業を履修し、授業内の認定試験に合格して認定料を納めた場合、 文書情報管理士2級の資格が認定されます。

※「文書情報管理論」は歴文の専門科目で、前期のみ月曜4限に開講しています(後期は開講していません)。

東洋史ゼミの紹介 [2018年12月20日(木)]

■東洋史ゼミの紹介

歴史文化学科教員の牧野元紀です。今回は私の担当する東洋史ゼミをご紹介します。本学科創立以来初となる本格的な東洋史専攻のゼミで、今年度スタートしたばかりです。私自身は近代のアジアにおけるキリスト教の布教活動とそれぞれの布教先での社会と文化の変容に関心を抱いています。これまではベトナムの北部を主要な調査対象としてきましたが、現在は他の東アジア・東南アジア諸地域や太平洋島嶼にもフィールドを広げています。

 

さて、日本における「東洋史」とはおおむね日本と欧米以外の国々・地域の歴史を指します。しかし、欧米の大学では日本史も東洋史のなかに含まれます。東洋の英訳はOrientですが、欧米では一般に中東地域をイメージする言葉であり、東アジア・東南アジア・南アジアについてはAsiaと言ったほうが適切です。他方、中国で「東洋」というと、一般に日本を指します。中国からすると東の洋(海)にある国ですから自然な考え方です。「西洋」といえば、すぐに欧米世界が連想されるのに比べると、「東洋」は非常に曖昧で多義的な言葉といえるでしょう。

 

東洋史ゼミに所属する皆さんの問題関心や卒論のテーマも時代・地域ともに多様性に富んでいます。今は3年生だけですので、これから卒論の執筆に向けて歴史学の具体的方法論を学んでいます。アメリカの大学で歴史学を専攻する学部生向けに書かれたMary Lynn RampollaのA Pocket Guide to Writing in Historyを頑張って輪読しています。

 

今回のブログでは東洋史ゼミの雰囲気を読者の皆様にお伝えすべく、現役のゼミ生に順番で執筆してもらいました。まずは、日本の東洋学を代表する研究機関・専門図書館である東洋文庫に附属する「東洋文庫ミュージアム」を全員で見学した際のレポートから始めて頂きましょう。

 

■東洋文庫ミュージアム見学

こんにちは!東洋史ゼミ3年の元理歩です。私は大航海時代に中国・日本からヨーロッパにもたらされた陶磁器から見るヨーロッパにおけるアジア観を卒論テーマとしています。

 

私たち東洋史ゼミの学生は、ゼミ研究の一環として東洋文庫ミュージアムの見学会をしばしば実施しています。今回は、2018年1月18日〜2018年5月27日に開催されていた「ハワイと南の島々展」の紹介をさせていただきます。

 

太平洋にはいくつもの島々が浮かんでいます。それらへの美しいイメージはあっても、なかなか歴史や文化に触れることはないのではないでしょうか。この展示会では、そんな歴史・文化を、かつて現地へ訪れたヨーロッパの宣教師や冒険家たちの記録などから知ることができました。

 

印象に残っているのは『キャプテン・クック航海記図版集』のタヒチ島の踊りが描かれた挿絵です。サイズは大きくなくても、とても細かく描写されていて、描かれた女性の優しげな笑みがとても印象的でした。人々の文化や歴史以外にも、極彩色の羽をもつ鳥などの珍しい動植物を記録した図鑑の展示もされていたため、よりいっそう南の島々への憧れ・興味をかきたてられます。

 

そしてこの展示はハワイ日系移民渡航150周年を記念して開催されていましたので、ハワイと日本の関係も見ることができました。ハワイは現在も日本人が多く訪れる人気の観光地ですが、両者の歴史的関係をあまり意識していなかったため、あらためて知ることができて良かったと思います。明治時代に日本の皇室とハワイの王室との婚姻話が持ち上がっていたことを知り、それが実現していたら今頃はハワイに行くときはパスポートがいらなくなったかもしれないという話にはとても驚きました。

 

東洋文庫ミュージアムの展示は所蔵する文献をメインとするため、絵画のような華やかさはあまりありませんが、ゆっくりと落ち着いて見学をして、歴史に思いをはせるにはぴったりな場所だと思います。今後も面白い展示が続きます。来年度から歴文生はキャンパスメンバーズで入場無料となります。ぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。

東洋文庫

http://www.toyo-bunko.or.jp/

東洋文庫ミュージアム

http://www.toyo-bunko.or.jp/museum/museum_index.php

 

■ゼミ旅行 ①天草キリシタン館

東洋史ゼミ3年の佐藤萌々恵です。私は「日土(日本・トルコ)交流」の礎を築き、両国の架け橋となった日本人の山田寅次郎についてエルトゥールル号事件から日土貿易協会設立までを段階別に調査し、そこから見えてくる日土交流の実像を卒論のテーマとしています。

 

この夏ゼミ旅行を実施しました。旅行先は日本のなかでも昔から東西文化の交流が盛んで、その史跡が多く残る熊本県の天草を訪れました。潜伏キリシタンの関連遺産がちょうど世界遺産に指定されたばかりで注目の集まる島でもあります。

 

1日目の9月18日に私たちは「天草キリシタン館」を訪れました。天草キリシタン館には島原・天草一揆で使用された武器や国指定重要文化財の『天草四郎陣中旗』、キリシタン弾圧期の踏み絵、隠れキリシタンの生活が偲ばれるマリア観音など約200点が展示されています。

 

私たちは館長である平田先生からレクチャーをしていただき、天草島原一揆を中心とした天草キリシタン史について学びました。その中でも私は江戸幕府による禁教政策下において密かにキリスト教の信仰を継承した潜伏キリシタンの独自の文化的伝統や既存社会・宗教との共存がとても印象に残っています。

 

また、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」として天草が世界遺産の登録を受けたことに関する意見交換を行う機会もありました。平田館長の世界遺産推進室長としての取り組みや世界遺産登録に至るまでの困難と登録後の課題、保存と活用のバランスなど座学だけでは得ることの出来ないリアルな学びは貴重な経験となりました。

天草キリシタン館

http://www.city.amakusa.kumamoto.jp/kirishitan/

 

■ゼミ旅行 ②天草市立本渡歴史民俗資料館

東洋史ゼミ3年の栗原彩香です。纏足からみた近代における中国女性の生活と社会的位置づけを卒論テーマとしています。

 

私たちは2日目の午前中に天草市立本渡歴史民俗資料館に行きました。天草地方の民具、民芸品、生活用品などの資料が約3,800点収蔵されており、天草全体の歴史の流れを知ることができます。

 

大陸との交流を物語る縄文時代の大矢遺跡、古墳時代の妻の鼻古墳群の出土遺物等も展示しています。1階は天草の歴史、2階は民俗資料を主に展示しています。天草の民家を再現したコーナーもあり実際に体験することができるのも魅力の1つです。天草の古代から近現代にいたる歴史の流れを知ることができる資料館となっています。

 

展示を見学した後、資料館のご厚意で会議室をお借りして、参加者が今回のゼミ旅行で与えられた各自の調査課題を発表し、お互いに調査で用いた参考文献を紹介しながら、天草とアジアとの歴史的な深いつながりについて意見・情報の交換を活発に行いました。

 

資料館の目の前は海です。

入り口には熊本県を代表するくまモンが並んでいました!

 

■ゼミ旅行 ③天草コレジヨ館

東洋史ゼミ3年の魚取諒です。私は李朝時代の朝鮮半島における女性の社会的役割を卒論のテーマにしています。

 

私たちは2日目の午後に天草コレジヨ館を訪問しました。ここでは16世紀以降、天草に伝えられた南蛮文化の資料が多く展示されています。

 

日本史の教科書でおなじみの天正遣欧使節の少年たちが持ち帰ったグーテンベルクの活版印刷機を用いて天草で刷られた「天草本」の複製や、復元されたグーテンベルク活版印刷機そのものが特に見応えがあります。他にも南蛮船の模型や当時のキリシタンが演奏したであろう西洋古楽器の複製、天正使節団の関連資料も多く展示されています。いずれも間近で見学することができます。

 

■ゼミ旅行 ④崎津教会

東洋史ゼミ3年の吉田菜々です。私は日本と中国沿岸における東インド会社と海賊との関係を卒論のテーマとしています。

 

天草コレジヨ館見学の後、私たちはいよいよ世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の最重要な構成資産の一つである崎津の集落を訪れました。注目するべきものは2つありました。それは崎津教会と崎津の独特な漁村風景です。後者についてはのちほど飛永さんが紹介してくれるので、私は前者の崎津教会のついて書きたいと思います。

 

崎津教会はカトリック浦上教会や大江教会の設計・施行に関わった鉄川与助によって設計されました。現在の教会は1934年に再建されたものだそうです。私たちが崎津に到着し、集落のなかの小道を進むと、ゴシック様式の崎津教会が突然目の前に浮き出るように現れたことを思い出します。低い建物の多い集落のなかで、先端に十字架を付けた教会はシンボルのように目立っており大変印象的でした。

 

教会について少し驚いたことがあります。それは教会の建物の床に畳が敷き詰められていたことです。日本の生活風土のなかに教会が上手く溶け込んでいることを示す象徴的事例であると感じました。

 

崎津教会自体も印象深いのですが、関連してもう一つ面白いものが崎津にはありました。それは崎津のお寺、神社、教会がそれぞれのご朱印を一つご朱印帳に納めて訪問者へ提供していることです。仏教・神道・キリスト教がそれぞれ共存している崎津独特の生活文化を象徴しており、私も記念に頂いて帰りました。

 

崎津の信仰に関わる歴史の背景と、美しい教会のある風景は、写真だけでは分からない魅力に溢れていると言えます。天草に行くのなら、立ち寄ってみることをおすすめしたいです。

 

■ゼミ旅行 ⑤世界遺産 崎津集落

東洋史ゼミ3年の飛永莉羅です。私は古代エジプトのハトシェプストを卒論テーマとしています。

 

吉田さんのご報告に続いて崎津集落をご紹介します。ここは昔ながらの日本家屋が並ぶ集落の中央に崎津教会が建っている独特の景観を持ちながら、どこか懐かしい穏やかな雰囲気の漁村でした。

 

また、2018年7月に世界文化遺産に登録が決定した「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」を構成する遺産の一つであり、禁教下で潜伏キリシタンが信仰を継続していたことを示す集落です。漁村であるこの集落は、身近にあったものを代用して信心具とし、信仰を実践していました。アワビやタイラギなど貝殻の内側の模様を聖母マリアに見立て、さらに漁業の神ともされる恵比寿などを唯一神ゼウスに見立てていたとされます。

 

私たちは、崎津教会を崎津出身のガイドさんに解説していただき見学しました。限られた短い時間のなか、崎津資料館みなと屋の見学や特産品のお店をまわり、崎津の海風と町並みを堪能しつつ歩き、そして、全力で走りました。時間ぎりぎりに特産品“杉ようかん”を求め崎津を疾走し、優しいおばあさまのお店で1パック購入、おまけで1パック頂いてきたことは忘れられない出来事です。世界遺産になった地とそこで生活している人々の思い出や記憶、あたたかさにも触れられ貴重な経験であったと思っています。

 

■ゼミ旅行 ⑥大江教会・天草ロザリオ館・妙見ヶ浦

こんにちは、東洋史ゼミ3年の彦坂琳子です!私の卒論のテーマは「日本人漂流者の視点から見たロマノフ王朝時代のロシアの社会格差~生活文化を中心として」です。

 

崎津集落を後にし、私たちは大江教会と天草ロザリオ館を訪問しました。大江教会はパリ外国宣教会に所属したフランス人の宣教師ガルニエ神父が地元の信者さんとともに建てた美しい教会です。天草ロザリオ館は教会のすぐ近くにあり、隠れキリシタンにまつわる多くの貴重な展示物を間近に見ることができます。

 

大江教会は、ゴシック様式の重厚な崎津教会とは趣の異なるロマネスク様式の明るい白亜の教会です。小高い丘の上に建っていて大変可愛らしい外観で、教会のなかも居心地がよいです。天草の地に50年間暮らし、大江の集落の人々に「パーテルさん」と呼ばれて愛されたガルニエ神父にしばし想いをはせることができます。

 

教会の前にてみんなで記念写真を撮りました。地元の方々が名産品を販売しており、とれたての美味しいみかんジュースを頂くことができました。天草市内へ戻る帰り道に観た妙見ヶ浦の絶景も素晴らしく、天草の歴史と自然を存分に堪能した一日となりました。

 

■ゼミ旅行 ⑦世界遺産「三角西港」

こんにちは!東洋史ゼミ3年の伊藤栞織です。卒業論文では「紅茶がもたらした文化と社会の変容と影響」をテーマとしています。

 

私はゼミ旅行最後の訪問地となった「三角西港」の思い出についてお話しします。三角西港は「明治日本の産業革命遺産」として世界遺産にも登録されている場所です。オランダ人水理工師ローウェンホルスト・ムルデルが設計した明治政府の三大築港とされています。

 

この日はあいにくのお天気でしたが、港からの眺めがとても美しく、洋風の建物が並んだ景色はヨーロッパの穏やかな小ぶりの港町といった雰囲気でした。他にも、ここに滞在したことのある小泉八雲が書いた『夏の日の夢』の舞台となった「浦島屋」や、映画『るろうに剣心』の撮影場所になった「旧三角簡易裁判所」などにも訪れました。

 

地元ガイドの方や宇城市の職員の方にお話を聞くことができたのは、ゼミ旅行ならではの贅沢だと思います!三角西港の歴史や文化のお話はとても面白く、じっくりと見学したかったのですが、滞在時間が短かったのがとても残念です…。市の方から、夕方は「西港明治館」のテラスからの眺めがとても良い、とお聞きしたので、次はぜひ夕日を眺めてみたいです♪(*^^*)

 

※この日の見学の様子は宇城市のホームページにご紹介頂きました。ご関係の皆さま有難うございます!

https://www.city.uki.kumamoto.jp/q/aview/1/13760.html

 

■ゼミ旅行 番外編 熊本光葉同窓会の森下会長と

東洋史ゼミ担当教員の牧野です。今回のゼミ旅行の解散地となった熊本市内にて、参加者は昭和女子大学の光葉同窓会熊本県支部会の森下知恵子会長と昼食をご一緒する機会に恵まれました。全国に広がる光葉同窓会のなかでも熊本県支部会は若手が多くとても活発であるとのことです。森下会長も企業経営者として、家庭人として素敵なキャリアを築いておられます。会長の学生時代の思い出話に興味深く耳を傾け、東洋史ゼミの学生たちは現在のキャンパスライフを活き活きと伝えていました。お陰様でとてもアットホームな交歓の場となりました。どこへ行っても同窓の先輩の存在は心強いですね!

 

今回のブログ記事の最後を締めくくるのは、昭和女子大学からほど近い静嘉堂文庫美術館についてのご報告です。

■静嘉堂文庫美術館の見学

こんにちは、東洋史ゼミ3年の鈴木彩乃と申します。私は東洋各地におけるコーヒー受容の歩みを卒論のテーマに据えています。

 

東洋史ゼミでは博物館や美術館などの見学に行くことがあります。今回は世田谷区岡本にある静嘉堂文庫美術館について書きたいと思います。最寄り駅は東急田園都市線・大井町線の二子玉川駅ですので大学からは近いです。駅からはバスかタクシー、あるいは徒歩での移動になります。

 

静嘉堂文庫美術館は岩﨑彌之助、岩﨑小彌太の二代が集めた東洋古美術品を収蔵しています。彌之助は三菱財閥の創立者である岩崎彌太郎の弟にあたる人です。東洋文庫が彌太郎の長男である久彌の創立ですから、同じ三菱・岩崎家の収集品ということで深い関係があります。美術館はいわゆる常設展示ではなく、展覧会が開催されているときだけ開館しているようです。

 

私は見学に行くまで静嘉堂文庫美術館の存在を知らなかったので、ゼミ活動の一環としてこうした場所を知ることができたのはとても有益でした。今回訪ねた「〜生誕200年記念〜幕末の北方探検家 松浦武四郎展」はたいへん面白かったです。

 

松浦は幕末から明治初期の人物で、現地のアイヌ人と協力して蝦夷の各地を調査しました。

沿岸部だけでなく内陸部の地名をも詳細に記した地図をつくり、また北海道という名称をつくったのも彼です。とあるアニメでアイヌが注目されているなか、2019年には松浦を主人公にしたテレビドラマが作成されるようで、話題性抜群ですね。

 

松浦は探検家だけでなく、コレクターという一面も持ち合わせていました。後世に当時を語るものとして蒐集していたのだと思われます。幼少の頃から骨董品に興味があったようなので、好きなものを集めていただけという可能性もあります。

 

展覧会のなかでは『武四郎涅槃図』という絵が展示してありました。特に印象に残った作品です。これには永眠した松浦をコレクションの数々が囲んでいる様子が描かれています。

名前の通り仏涅槃図をパロディー化したものですが、囲むのは弟子ではなくコレクション品です。これを見て、師匠から弟子が教えを継いで遺されるのと同じように、コレクションが彼の示す当時を語っているのだろうと感じました。

 

長々と私感を書いてまいりましたが、正直なところ真面目アピールです。普段はこんなに色々考えたりしません。いかに被写体にならないかくらいしか考えてません(笑)。最後にその成果があらわれている写真で締めさせてもらいます。

静嘉堂文庫美術館

http://www.seikado.or.jp/

 

■むすびにかえて

再び教員の牧野です。以上、東洋史ゼミのご紹介でした。現場の生の声を伝えてもらいたく、現役のゼミ生にご執筆頂きました。これから昭和女子大学の歴史文化学科で東洋史を学んでみたいと思っている受験生、あるいはゼミの選択に迷っている歴文の1・2年生のご参考になれば幸いです。好奇心と探究心あふれる皆さんの入ゼミをお待ちしています!

 

伝統文化の現場で年賀状を書きました! [2018年11月21日(水)]

こんにちは、歴文2年のM.Mです!
本日は「伝統文化の現場」の授業についてご紹介致します。

この授業は、民俗、仏教、神道、美術、服飾、といった各伝統文化に携わるスペシャリストに二週に渡りお越しいただき、実技や座学を通して学んでいく、歴文ならではの、歴文だからこそできるオムニバス形式の授業です!
今回は書道家の中島裕子先生にお越しいただき、墨と水彩を使い、来年の干支の「亥」の字が入った年賀状を作りました。

   

まず始めに、1週目は中島先生に書道の歴史、文字の種類、字の書き方を教えて頂きます。
書道の歴史についてお話しして下さる中で、先生は落款印について、竹簡を束ねる糸がほつれないようにするために、粘土状の土を押し当てる際に用いられた道具が元であると教えてくださり、非常に驚きました。

さて、字の書き方まで教えて頂きましたら、次は実際に半紙に書いていきます。
ほとんどの学生が、高校、または中学以来の書道であったため、はじめは字のバランスが掴めず大変でした。
しかし、先生から直接アドバイスを頂いていく中で、だんだんと筆に自分の思いが伝わりやすくなり納得できる字が書けてきました。

  

2週目は、墨に加え、水彩を使いポストカードに来年の干支の「亥」の文字を書きます。
学生は思い思いにポストカードに色を乗せていきます。
ここでは縁起の良い赤や緑、金色が好まれました。

色を乗せていく過程でポイントとなったのは、2色入れる時は角や先などに色を乗せることでした。
加えて、2週目では文字を崩すということにも挑戦しました。
文字を崩す過程でポイントとなったのは「太さ、細さを入れること」そして「空間を作ること」でした。
ポイントを押さえ書いていくと、一人一人選んだ「亥」の書体によっても印象も変わってきます。

アーティスティックな年賀状が出来上がりました!

  

最後は完成した年賀状を持って記念撮影です。

出来上がった年賀状は学生個人で持って帰ります。
今から年賀状を出すのが待ち遠しいです。

中島先生、ご指導いただきありがとうございました!

【学生記事】ボストンサマーセッション参加記 [2018年09月29日(土)]

こんにちは、松田忍(日本近現代史)です。

今年の夏休みにボストンサマーセッションに参加した中村早織さん(歴文2年生)が海外研修の体験記を書いてくださいました。

行く前は必ずしも積極的ではなかったそうですが、ボストンでは楽しいが盛りだくさんで充実した日々を過ごすことができ、学ぶこともとてもたくさんあったのだと生き生きと書いて下さいました!

内容盛りだくさんの参加記、是非お読みください!

【ボストンサマーセッション参加記(歴文2年 中村早織)】

私はこの夏ボストンサマーセッションに参加しました。私にとっての初めてのアメリカです。

ボストンサマーセッションでは、専門科目に応じた8つのコース(フォーカスグループ)から、特に学びたいことを選べるのですが、私はビジネスを選択しました(松田注:今年度歴文生が選択できたのは「ホスピタリティ」「ミュージアム」「ビジネス」「メディア」「フード」「心理学」「アメリカ文化」の7コース)。ビジネスは名前の通り、アメリカのビジネスを学ぶことができるコースです。このコースを選んだきっかけは、ビジネスについてほとんど知らなかったので学びたかったということ、就職活動で役立つ知識を得たいと思ったからです。

昭和ボストンの授業は一日3コマです。

ボストン到着直後に英語力のレベル分けがおこなわれ、1限(8:20-9:50)にはそれぞれのレベルに応じた英語の授業がありました。私のクラスはLとRの発音の違いをおさらいしたり、チップのことについて教わったり、英語のジャーナルを書く宿題が出たり、様々なことをしました。クラスによって映画の台詞を覚えて実際にお芝居をしたり、先生によって内容は異なります。

2限(10:00-11:30)にはフォーカスグループのクラスがありました。3限におこなわれるフィールドトリップの事前知識を得る授業が中心でした。専門的な内容なので、少し難しかったです。私のクラスでは、フィールドトリップ先の資料をもらい、午後から訪問することになる企業のホームページを見て学びました。また、そこで質問するべき事を考えました。今回のビジネスコースは2つのコースに分かれていたので、それぞれで授業スタイルは異なっていました。

3限(12:40-14:40)は日によって異なりますが、フォーカスグループごとに研修先に出かけることが多かったです。ビジネスコースは実際に企業に訪問して、2限の内容を踏まえて話を聞きます。私が行ったのは、レッドソックスの本拠地であるフェンウェイパーク、マスチャレンジ、ハーバードビジネススクール、ニューバランスです。また、フィールドトリップに出かける日以外はクラスによってゲストスピーカーのお話を聞く日や授業がおこなわれることもありました。

私のクラスは企業分析が主でした。授業で学んだ項目、例えば企業の安定性、こだわり、革新、リスクなどについて、自分で企業を選択し、調査報告します。さらに、企業の強み・弱みを明らかにするSWOT分析も学びました。私は要領があまり良くなかったので課題を終わるのが夜中になることが多くありました…。

フェンウェイパーク

マスチャレンジ

ハーバードビジネススクール

生活面では当然ですが合う合わない人がいると思います。親しい友人と一緒にボストン研修に参加する人もいるのですが、私は親しい友人が一人も参加しない中で留学したので、とても不安でしたし、ホームシックでした。でも最終的には、学科も学年もバラバラで、違う大学の人も含めて友人ができました。

食事はカフェテリアで、ビュッフェ形式です。平日は朝食、昼食、夕食の3度、休日はブランチと夕食の2度です。ショートトリップのときにはお弁当としてサンドイッチとオレオとポテトチップが紙袋に入れて渡されます。ときにサンドイッチが唐揚げやサラダボールに変わったこともありました。ただオレオとポテトチップは絶対ついてきます。

部屋は大体が2人部屋で、同じフォーカスグループの人とペアになります。寮内には洗濯機・乾燥機、シャワーがあります。ドライヤーの心配はほぼ無いです。シャンプーなどは前の人が残していったものがありますがあまり当てにしない方がいいです。特に洗剤は持って行くか現地で調達した方がいいです。

昭和ボストンの最寄りにあるリザヴォアの駅までシャトルバスがでていて、そこから地下鉄でボストンの街にでることできます。門限は22:00です。

寮のシャワールーム

リザヴォアの駅前

ボストン滞在中には、オプションでショートトリップが開催されるのですが、私は全て参加しました。その話を書きます。

プリマスは1620年にイングランドのメイフラワー号が辿り着いたとされる場所です。ツアーでは、ピルグリムファーザーズとアメリカの先住民族が住んでいたそれぞれの村が再現されているのを見ることができます。

セーラムは魔女狩りの発祥地とされる場所です。魔女の博物館で魔女狩りのシアターを見たり、魔女狩りとは関係ないですが博物館に行って日本を含むアジア、ヨーロッパの展示品を見ました。

ナイアガラは現地にいって見られただけでもう感動でした。バスに乗っている時間がひたすら長いですが、着けばそんなことどうでも良くなります。ナイアガラの帰りにノーマンロックウェルミュージアムとアウトレットに寄りました。

ノーマンロックウェルミュージアム

ニューヨークも行きましたが、予定がぎっしりでバタバタでした。ニューヨークの全体を眺めて、ちょっと歩いてタイムズスクエアに行って、ブロードウェイでアラジンを見て、ハードロックカフェで早めの夕飯を食べて、1時間半クルージングで自由の女神やニューヨークの夕日、夜景を見ます。翌日はメトロポリタン美術館に行き、5THアベニューでトランプタワーを眺めたり買い物をしました。忙しかったけれど、行ったら楽しいです!

トランプタワー

休日には友人と街に出かけました。チャーリーカードと言って、Suicaみたいなカードで電車に乗れます。お金のチャージは少々戸惑いますが、料金は分かりやすいです。電車は世田谷線みたいな感じです。私は、ボストンミュージアムやアウトレット、ハーバード大学、チーズケーキファクトリーに行きました。せっかくの海外研修ですから、お金と時間と課題が許す限り、いろんなところに出かけてみるべきだと思います。

ボストンの地下鉄(路面も走っていますが)

あと、昭和ボストンの敷地内を歩くのも楽しいです。いろんな動物がいると聞いていましたが、私はターキー(七面鳥)に出会いました。街中に鳩感覚でターキーがいます。

今回の留学では英語やアメリカンビジネスの勉強はもちろん、アメリカの文化や考え方など様々な学びがありました。全部書いていたらきりが無いですが1つ書くとしたら、「自分から学ぶ姿勢でいないとただ旅行しに来た人で終わってしまう」ということです。授業は全部英語だし、分からないことも多いし、他の学校の人もいるし、生活は慣れないし、不安なことはたくさんあります。でも、頑張れば、それなりに相手の言いたいことも分かってくるし、学ぶこともあります。完璧に聞き取れなくても、誰かに訳してもらうばかりではなく、自分で英語を聞いて、文法がめちゃくちゃでも少しでも話そうという姿勢を持たなければならないのだと感じました。プログラムを終えてペラペラにしゃべれるようになれなくても、帰国して誰かに話せるような学びを何かひとつ持って帰ることが大切なのだと思いました。

ボストンミュージアム

ボストン・サマーセッションからのお便り その2 [2018年08月25日(土)]

ボストンからのお便り2通目です!「ミュージアム」プログラムに参加している歴文2年のFさんからです!

8/22のフィールドトリップでイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館(Isabella Stewart Gardner Museum)に行きました。
展示されているタペストリーや絵、彫刻、さらに建物も含めてイザベラという女性の所有していたものだと聞き、この膨大な数を1人で収集したのかと驚きました。

(F)

Fさん、元気そうで何よりです!松田が以前ボストンにいったときにも、いろいろなところを回りましたが、イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館は特に印象深い場所の一つです。いわゆる美術館的な展示ではなくて、大富豪のコレクションをそのまま見られるようなところが最高だよね!部屋ごとに雰囲気が揃えてあるのもとても良い!!いい経験してるねぇ。また行きたくなりました……。

(松田)

『れきマガ』第9号が刊行されました! [2018年03月01日(木)]

歴文ブログをご覧の皆さん、はじめまして。『れきマガ』編集長の松井です!

皆さん『れきマガ』はご存知でしょうか?『れきマガ』とは、歴文生が作る歴文生の学生生活に役立つ学科紹介雑誌です♪ 今回はこの程刊行されました『れきマガ』第9号の見どころ5つを紹介しようと思います(^_^)/☆

見どころ①

「特集1 坂本龍馬没後150周年!―幕末を駆け抜けた異端児― 」(p.1〜p.4)

坂本龍馬は日本の偉人の中でもかなり有名ですよね!2017年は坂本龍馬没後150年であり、彼の名前は知っていても彼の人生について知らない人は少なくないのでは?と思い、特集に取り上げました!(表紙もかっこいい坂本龍馬です!)

記事では彼の誕生から最期までの出来事を紹介しています。また、江戸東京博物館で催された『坂本龍馬展』の感想や、坂本龍馬が登場する作品紹介もあり盛りだくさんな内容となっています( ´ ▽ ` )

見どころ②

「特集2  歴文虎の巻①―これでわかる歴文生―」(p.5〜p.8)

一口に「歴文生」と言ってもみんな様々な個性がありますよね。そんな歴文生の生態を明かすべく、歴文の1〜4年生に協力して頂きアンケートを実施しました!アンケートの設問には「好きな偉人は誰ですか?」といった歴文らしいものや、「学科内の資格は何か取得していますか?」「おすすめの学食メニューは何ですか?」というような大学生活についての設問もあり、歴文生の生活を垣間見ることのできる記事となっています♪

見どころ③

「特集3  歴文虎の巻②―先生アンケート―」(p.9〜p.12)

歴文生に続き、歴文の先生方にもアンケートに協力して頂きました!アンケートでは「今の研究分野に興味を持ったきっかけとは?」といった普段は中々聞けない設問や、「おすすめの小説・漫画・アニメ・映画は何ですか?」といった皆さんが気になる(はず!)設問にも回答して頂きました!

個人的には「おすすめの大学周辺のお店を教えてください」に回答して頂いたお店は知らないお店が多く、非常に勉強になりました(`・ω・´)

見どころ④

「ゼミ紹介―あなたの気になるゼミを見てみよう―」(p.44〜p.47)

この記事はゼミを決める前の1.2年生は必見です!

現役ゼミ生に協力して頂き、ゼミに入った理由・内容・下級生に一言を回答してもらいました。9つのゼミそれぞれの雰囲気を感じ取れる記事なので、ゼミ選びの時に役立つこと間違いなし!

見どころ⑤

「歴文生の一日」(p.37〜38)

歴文には教職や学芸員といった様々な資格課程がありますよね。資格をとっている学生は、「来年はどんな授業があるのかな?」「先輩はどれくらい授業を入れてるのかな?」と気になることと思います。この「歴文生の一日」では、教職課程(1.3年生)・学芸員課程&考古調査士取得課程・司書課程を履修する4人の学生の時間割を紹介しています!

それぞれ出身地やアルバイトの有無なども回答してもらっているので、資格の取得とアルバイトやサークル活動の両立ができるかもひと目でわかるようになっています。履修を組む際に是非見てください(●´ω`●)

この他にも発掘調査、椎葉巡見などの調査記事、ボストン留学、学寮研修、おすすめ授業紹介といった大学生活に関わる記事もあり、紹介しきれないほど盛りだくさんな内容となっています!是非読んでくださいね(∩´∀`)∩

『れきマガ』はオープンキャンパスでも配付していますよ!

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昭和学報に記事が載りました! [2018年01月12日(金)]

『昭和学報 第617号』に、歴史文化学科に関する記事が掲載されました!!

☆ベトナムの島を発掘(菊池 誠一 先生)

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☆バトントワリングで世界大会出場(中島 香歩 さん)

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☆学寮報告 10/24~10/27(小尾 香菜子 さん)

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