2011年6月

梅雨の1週間 [2011年06月27日(月)]


(写真は6/25保護者懇談会での講演の様子)

 6月18日(土)、宇宙飛行士 山崎直子さんに女性教養講座で話していただく。とても誠実で真面目なお人柄がにじみでる。若い女性がいろいろな試練を超えて宇宙へ行った体験談は学生たちにもきっといい刺激になったと思う。同日のオープンキャンパスでは学生たちが活躍している。

 19日(日)、朝松島徹さんが亡くなられたと電話。アメリカ法人の社長まで務められた方だが、世田谷区の委員会で私とご一緒した後社会人学生として昭和女子大学大学院に入られた。魅力的な方だったのに残念。

 20日(月)昼、社会人メンター、『”輝く私”昭和女子大学ステーション』について打ち合わせ。北京大学の東大事務所で働く林さん来訪。中国の活力、発展ぶりを聞いていつも刺激を受ける。夜、女性人権機構総会。また、昭和女子大学でシンポジウムをして欲しいが、今度はジャカルタで開催を検討。

 21日(火)川越の古い料亭で毎年1回お目にかかる方たちと会食。

 22日(水)昼は、新任の教員の方たちと会食。8人それぞれ個性があって楽しい。ぜひ新風を吹き込んで欲しい。
 教育会議はすべての教員に話ができる貴重な機会だが、いつも時間が少ないので十分に意を尽くせない。与えられた持ち時間にとらわれず長く話せる方もいるのだが。ソウル訪問の報告、学寮研修、ロング科会など要望する。引き続いてベネッセ基礎力調査結果の解説。昭和女子大学の学生がまじめで資格志向で、学習意欲を持って入学してくるのをいかに伸ばすかが課題。

 23日(木)夜は岩男寿美子先生、広中和歌子先生と久しぶりに会い、すっかり話しこむ。


 25日(土)は保護者懇談会、震災被災農村女性の農産物の即売会を行う。たくさんの学生がボランティアで販売を担当してくれた。オープンカレッジ、紺野美沙子さんの朗読座、現職で亡くなられた大妻女子大学の大場学長の偲ぶ会、本学グリーンホールでの田部井さんの講演会と動き回る。

 26日(日)は日帰りで新潟の同窓会主催の講演会と総会。雨だがたくさんの方が集まってくださる。

東日本大震災から3カ月 [2011年06月13日(月)]

 東日本大震災から3カ月が経過した。昭和女子大学は4月3日の入学式以来平常の授業を行っているが、3カ月後に再び大地震が来るという噂をまじめに伝えていた人は今度は1年後が危ないと言い出すかもしれない。
 私もこの間少しは地震のメカニズムを勉強した。その結果今考えているのは1.確率は目安にしかすぎず、想定外は常に起こる。確率87%の東海地震が起こる前に、宮城沖地震が起こった。2.確かに大地震の後は、誘発地震が増えるのは確かだが、直下型地震に関してはいつどこで起こってもおかしくない、全く予測不可能である。3.「絶対安全」な場所も時期も絶対ないので、地震を恐れていたら日本国で生活することも、あらゆる活動をすることもできない(もちろん教育も)4.地震は必ずおこると覚悟したうえで、その際の被害を最小限にとどめ特に生命を守る備えだけは最大限に行う。5.そのうえで平常心で行動する。というものである。
 宮城、岩手などの震災、大津波に関しては、被災された方は立派に行動されているし、日本人として人間として何かしなければならない、何かしたいとみんな思っている。アメリカやオーストラリアの友人たちも気遣ってくれている。私も震災で親を失った子どもへの奨学基金を立ち上げるお手伝いをしたり、気仙沼の市役所の方に差し入れをする、風評被害に苦しむ福島の農家から果物を買うなどささやかな自分でできることをしている。昭和女子大学でも入学検定料免除、授業料減免などのほか学友会や川平前監事などの資金から見舞い金を出す予定である。6月25日には被災地を助けるためにキャンパスで農産物の即売会を計画している。
 しかし福島原発事故については何と言うべきか。怒り、呆れていてもしょうがないのだが、何をどうすればよいか、様々なことを考える。

世界学長フォーラム(ソウル女子大学50周年記念) [2011年06月10日(金)]


 韓国の協定校のソウル女子大学が創立50周年を記念して「世界学長フォ-ラム―女子大学のビジョンと未来」が開催されたので6月6日(月)から9日(木)まで訪韓。1年以上前に招待状が届いていたので、学期途中だが日程をやりくりして出かけた。羽田からだと飛行時間2時間、ほんとに近い隣国である。内閣府時代に韓国経済専門の部下がいて様子を聞いてはいたが、ソウルの発展ぶりは見事である。

 宿泊はウェスティン朝鮮ホテルソウル、7日、8日とも朝早くから夜遅くまで行事で9日も早朝に出発したのでホテルの部屋にはほとんどいなかったが、到着した日に李さんという昭和女子大学の卒業生の方が見える。人見楠郎元理事長の思い出を語り大変懐かしがってくださるが、韓国でも同窓生の消息を把握し続けるのが困難らしい。日本留学の経験者の4年生の学生の朴さんが空港の出迎えから最後まで責任を持ってエスコートしてくれる。

 7日(火)は午前中から学長フォーラムで、李学長、アメリカからの二人の女子大学の学長のスピーチと言いみなさん立派なスピーチで問題意識は共感するところ大。韓国、アメリカでも女子大学は減少しているが、社会のニーズを把握して、特色あるよいプログラムを提供する変革を続けているところだけが生き残る。私のスピーチは準備不足で原稿の出来が良くなかったのでアドリブでかなり変更。聴衆の反応もよく社交辞令ではあろうがたくさんの方がほめてくださったので少しほっとする。日本からの女子大学もそれぞれ頑張っておられるので、昭和女子大もぼやぼやしておれないと実感。夜は李朝時代の様式のレストランでレセプションと夕食会。

 8日(水)はソウル市内のツアーが予定されていたが、我々は協定校である漢陽女子大学を訪問。柳学長や金国際交流部長と昼食会。あたらしい立派な施設設備で服飾、デザイン、陶芸、歯科技工士の養成など実学に力を入れている。韓国は情報化が進んでいる国というイメージを持っていたが、芸術、デザイン、サービスに力を入れているのが印象的。午後中央日報のインタビュー。漢陽女子大学の金先生に通訳していただく。夜はアートセンターでレセプションとコンサート。終了後、西江大学の申教授の立派なお宅に寄り、12時近くにホテルに帰る。

 9日(木)午前中に羽田に着いて、午後は昭和女子大学で愛知淑徳大学の真田教授から話をうかがう。共学化するとよい女子学生は逃げ、頼りない男子学生が来るという先入観念を持っていたが、愛知淑徳大学は男子学生が入ることでよい女子学生も増え、受験生の水準も上がり、成功しているらしい。

女性文化研究賞とスペシャル・シンポジウム [2011年06月03日(金)]


 5月30日(月)は第3回の昭和女子大学女性文化研究賞の授賞式。今回は大阪大学の木村涼子教授の「主婦の誕生」にさしあげる。過去2回は男女共同参画社会の形成に資するような作品が選ばれていたが、今回は1920年代から30年代、主婦という新しい階層とマスメディアの役割を分析した作品である。記念講演も専業主婦の母親の存在、学生時代からの問題意識も交えてとても魅力的に話してくださる。昭和女子大学女性文化研究奨励賞は本学福祉社会学科の助教の吉田仁美さんの「高等教育におけるユニバーサルデザイン」ご本人の経験も踏まえこれからの広がりを期待させる作品である。


 6月1日(水)はアメリカ大使夫人のスーザン・ルース氏、ジャン・ヤネヒロ氏、ヨーコ・桜井氏などUSカウンシルの方たちに来ていただきパネルディスカッション。通訳なしなので英語コミュニケーション学科や国際学科の英語のできる学生たちでオーロラホールは満杯。お話もとても充実していて学生たちも目を輝かせて聞いていた。質問も英語といい、内容といいしっかりしていて誉められる。学生がほめられると私はいい気持になる。

 29日(日)には自宅で朝日新聞の「家族の肖像」の写真と取材。チェリー
という猫はもう15年間母の老いと死、娘たちの結婚と出産など家族の変遷を共にしてきたが、いつも気ままで誰にも媚びない。6月2日(木)の夕刊に掲載される。大阪版には1面にも顔写真が出たので友人たちから反響多数。