「東南アジア青年の船」紀行⑧ [2011年01月21日(金)]

東南アジア青年の船
~まとめ~

「 日本人としての誇り 」

東南アジア青年の船事業に参加して自分が変わったと思うことは、日本という国が好きになったことです。私は外国が好きで、このプログラムに参加する前に1年半アメリカに住んでいました。アメリカ人の明るさと前向きな考え方にすっかり慣れて帰国した私は、日本人の暗さ、後ろ向きの姿勢を東京で感じながら日々生活していました。もっと多くの外国人と知り合ってその国々を良く知り、見聞を広めて早くこの嫌いな国から飛び出したい、という思いで参加した東南アジア青年の船でした。ところが私は自分が今まで気づいていなかった日本の良さを、プログラムを通して知ることになりました。
まず、国内プログラムで私は岐阜県に滞在しました。生まれも育ちも東京で、忙しい日々に毎日翻弄されていた私は初めてゆったりとした本当に温かみのある生活、家族を肌で感じることができました。国内旅行でも、ホテルに泊まって旅をするのと一家庭にお世話になるのとでは全く事情が違います。私は自分が日本に求めていた理想の家族にここで出会うことができました。プログラム中に国外の5カ国でホームステイをしましたが、岐阜の家族ほど私のことを温かく迎え、労わってくれた家族はありませんでした。また、食事も私にとっては最高の時間でした。ホームステイ中にいただいた無農薬、有機栽培の新鮮な野菜や果物、お米やお水も世界一だと思います。同じ国の中でさえもたくさんのカルチャーショックを感じました。
いよいよ乗船してからも、日本がどんなに良い国なのか実感する場面にたくさん遭遇しました。国ごとで集合するときに列がピシッとそろっていたり、人が見ていないところで手を貸してくれたり、イベントの後片付けで率先して奉仕しているのはいつもJPYでした。相手に対する気遣いや礼儀正しさ、良い意味での謙虚さは日本人には自然に身についていると思います。
そして、日本の良さを最も感じたのはタイとインドネシアに行った時のことです。街でたまに見かける手足のない物乞いの人々には大変ショックを受けました。ホストファミリーは裕福でおしゃれをして高級車に乗って、何人かの女中がいるにも関わらず、街には裸足で地面を這う人が多くいるのです。私は日本の豊かさを改めて感じました。貧富の差があるといっても日本人の大多数は中間層で、たとえホームレスであっても靴は履いているし、物乞いを見かけることはめったにありません。東南アジアでそのような光景を見たのは非常に悲しいことでした。

 

私の根本は変わりません。早くこの国を出て外国に住みたいと思っています。しかし、日本の悪い点ばかりを外国人に話すのではなく、自分が感じた日本人の素晴らしさをもっと外国に広めていくつもりです。日本は、これから経済発展を続けていく国々の見本となるべき国だと心から思いました。それと同時に、私たちの世代が自分たちの国に対する誇りを高く持ってこれからもよりよい日本社会のために貢献していかなくてはならないと強く思います。SSEAYPで得た貴重な体験は私の向かうべき将来の道に光を当ててくれたと感じています。