昭和の留学生第1号 [2016年04月22日(金)]

 今年も年度初めの4月、留学生のサポートをしながら国際交流イベントに参加したり、海外からの来賓の接遇をしたりする本学学生のグローバル・ネットワークメンバーの自主活動グループ「茶輪」の皆さんが中心となって、留学生歓迎会がグローバルラウンジで行われました。アカデミック・プログラム、インテンシブ・ジャパニーズ・プログラム、ブリッジ・プログラムの参加者も含めて、本学への留学生は世界15カ国から集まってくれています。海外に留学しなくても、この世田谷キャンパスで多言語での異文化交流を楽しむことができる様々な機会を、是非大切にしたいものですね。

 昭和学園への初めての留学生は、バーラティ・アシャ・チョードリさんでしょう。昭和では朝子(読み方は違いますが、私と同じ漢字です)と呼ばれました。アシャさん一家は昭和元年にインドから神戸に来られ、父サハイ氏は、インド独立のために日本で活動されました。サハイ氏は、優れた日本の文化を学ばせようと、以前からの友人であった本学創立者人見圓吉先生に願い出て、アシャさんを昭和高等女学校(現在の昭和女子大学)に託したのだそうです。太平洋戦争が始まり、1945年3月にインド独立のために戦うことを覚悟してアシャさんは出征。やっとの思いでインド国民軍と合流するも、8月の敗戦を迎えたのです。

 2009年にアシャさんをインドに訪ねた折も、昭和のさまざま思い出と共に、日本語の童謡を何曲も歌ってくださいました。本学創立90周年の記念式典にはインドからアシャさんをお招きしましたが、昭和の皆さんと日本で学べたことに感謝し、昭和の教育精神である「清き気品」「篤き至誠」「高き識見」を世界に広めることが自分の使命であると、スピーチされました。

 本学で学んだ多くの留学生が、帰国してそれぞれの分野の女性リーダーとして活躍されています。海外の大学の日本語学部や学科の長として後輩を指導し、その後輩たちを昭和に再び送ってくださる方々もいらっしゃいます。本学で学ぶ学生の皆さんも、協定校への留学・研修や自ら選んだ大学への認定留学などを通して、互いの優れた文化を伝え合い、学び合うことにチャレンジしてくださることと期待しています。
 
 
出征を前にした昭和での壮行会
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