アマースト大学 [2016年05月06日(金)]

 3月の終わり、昭和女子大学海外キャンパス「昭和ボストン」のあるマサチューセッツ州ボストンから車で2時間程の所にあるAmherst College(アマースト大学)を訪ねました。今回は、昭和ボストンには寄らず、コネチカット州のブラッドレイ国際空港からレンタカーでアマーストまで1時間ほどドライブしました。アマースト大学は、全寮制で少人数教育に徹した全米最高峰のリベラルアーツ・カレッジと評され、最も入学が困難な大学の一つです。「少年よ大志を抱け」で有名な札幌農学校のウイリアム・クラーク氏もこの大学で教鞭をとり、後に、同志社大学を創立した新島襄も同大学で彼から科学の授業を受けたのだそうです。

 キリスト教では、イエス・キリストを表すのに the Light of the World(世の光)という表現を使いますが、アマースト大学の教育理念が“Let Them Give Light to the World”(世に光をもたらす学生を育てよう)であることを初めて知りました。昭和女子大学の学園目標「Be a Light to the World(世の光となろう)」とよく似た理念ですね。

 それにしても、ことばは難しい。そして翻訳はもっと難しい。当時の英米文学科の教員が議論を重ね、「世の光となろう」をBe a Light to the World.としましたが、決定するまでtoかofか、はたまたforかといろいろ議論したことを思い出しました。
  
  
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 アマースト大学のキャンパスから1.5kmほど離れた所にある、ディキンソン博物館。祖父は、アマースト大学創設者の一人で、父は同大学の出納係、弁護士で後に合衆国の下院議員となった、詩人エミリー・ディキンソンが住んでいました。
  
  
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 John F. Kennedyが寄贈した、アマースト大学で教鞭をとった詩人ロバート・フロストの記念図書館。フロストは彼の有名な詩、The Road Not Taken(歩む者のない道)にこう書いています。
 
森で道が2つに分かれていた。
そしてわたしは―わたしは、往く者の少ない道を選び、そしてそれが、すべてを変えた。