昭和学園のバラ [2016年06月10日(金)]

 最近、キャンパスのあちらこちらに、美しいバラの花が咲いていたのに気づきましたか。
 80年館の東側入り口の壁や西門に行く手前の中高等部側の通路わきに、薔薇の垣根ができています。そして見事に赤いのつぼみがつき、花を咲かせてました。この垣根づくりは、坂東理事長が昨年提案して下さったものです。
 
(西門手前の薔薇の垣根)
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 学園には薔薇にまつわるこんな話があります。
 昭和学園がこの太子堂にある陸軍基地跡に移転したのは1945年のこと。第2次世界大戦直後のことで、廃屋同然の兵舎や防空壕がたくさんあった荒野だったそうです。そこに赴任されたのが、後の第2代理事長、第5代学長の人見楠郎先生でした。ベニヤ板に墨汁を塗った黒板、ガラス窓もない殺風景な教室で、創立者人見圓吉先生ご夫妻と20数名の学生との学園作りが始まりました。でも作業は大変でした。そんな中のある日、その殺風景な教室にたった一輪、小さな薔薇を飾ったところ、学生達に笑顔が戻ったのだそうです。もちろん当時の学園は貧乏でした。卒業生を送り出す時に、何も記念になるものも贈ることができません。そこで、楠郎先生が思いついたのが、薔薇の苗木を育てて、卒業生の胸元を飾ることだったのです(詳しくは『創立八十周年を迎え 昭和学園を語る』人見楠郎著を参照)。そして、少しずつ挿し木を続けて株を増やし、その後もたくさんの卒業生を祝福することになりました。
 
(昭和30年 校舎火災後の焼け跡を片づける学生たち)
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 最近は次々と素晴らしい教室棟や研究棟が建ち、昨年までは、薔薇は日本庭園にちらほら残っているだけになっていました。今年、美しく咲いた薔薇の花を見ると、この地に移転してきた70年も前の先輩や先生方が大変な苦労に耐えて学園を育ててくださったことを思い、感謝の気持ちでいっぱいです。そして、私たちは、これから50年、100年先の後輩に何が残せるのでしょう。是非皆さんにも一緒に考えて欲しいと思います。