トルストイの『アーズブカ』 [2016年07月15日(金)]

 「アーズブカ」はロシア語でアルファベットの「A, B, C」の意味です。この本はロシアを代表する作家レフ・トルストイ(1828年~1910年)がまとめたものです。トルストイの創作によるお話と、イソップの寓話や古い諺などをもとにしたお話が書かれています。
 
 トルストイは伯爵家に育ち、広大な領地で農民達が働いていました。農民の多くは、文字の読み書きも、計算もできない人が多かったので、トルストイは、農民の子供たちを自分の屋敷に集めて、読み書きを学んでもらいたいと考えました。これがトルストイの学校の始まりです。今から170年近く前のことです。ちょうど日本に初めて小学校が生まれた頃にあたります。子供たちの数が増えると、やがて教室を別棟に作るまでになりました。そしてトルストイは教科書として使うために、少しずつ色々なお話を書きためていったのです。

 というわけで、「アーズブカ」は子ども用の読み書きの教科書として作られましたから、あまり深い意味のある話は入っていないだろうと思うのですが、然にあらず……なのです。
  
(「トルストイのアーズブカ」)
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 本学の現代教育研究所のトルストイ研究グループでは、「アーズブカ」の中から130話程を選んで日本語に翻訳してまとめられた『トルストイのアーズブカ 心をたがやすお話』の読書会をしています。この翻訳本は、国立トルストイ博物館館長のレーミゾフ教授が編集したもので、日本トルストイ協会の初代会長で本学の第2代理事長であった人見楠郎先生が監修出版されました。エー!大人が読むの?と思う方もきっとあるでしょう。ちょっと、次の短いお話を読んでみてください。
 
〈小鳥とたね〉
 えだに小鳥がとまっていると、下の草むらにたねがありました。小鳥が言いました。
 「ようし、わたしが食べてしまおうっと。」
 たねに向かってとんでいくと、わなにかかってしまいました。 
 「どうして、こんなことに?」と小鳥は言いました。
 「オオタカは鳥たちを生きたままつかまえても、なんともないのに、わたしのほうは、ひとつぶのたねのために身のはめつだ。」
 
 子供たちはこの話を読んで、どんなことを考えるでしょうか。
 
「小鳥が種を食べるのは、生きるために必要なこと。落ちている種を食べようとして罠にかかったということは、誰か人間が小鳥を獲ろうと思って罠を仕掛けたに違いない。人間はどうして罠をしかけたのだろう。せっかく種を実らせ、次の収穫の為に備えているのに、それを横取りした小鳥が悪い?」
 
「罠にかけなくても、他に小鳥を追いやる方法があったのでは?」
 
「小鳥は罠が仕掛けてあることを知らなかったので、こんな羽目にあったのだから、無知な小鳥が悪い?」
 
「無知なものは損をするということか?」
 
「罠にはまった小鳥は、どう思ったか? オオタカは生きた鳥を捕獲して食べてしまうのだから、自分よりもずっと罪は重いはず、と考えたのだろうか?」
 
「罪の重い、軽いは何を基準に決めるのか? 小鳥は一粒の小さな種を取っただけだが、オオタカは生きた鳥を捕えた。双方共、横取りには差がない。オオタカは猛禽類の一種。食物連鎖の頂点、つまり一番強い鳥であるはずだ。例えば、バッタが草の葉を食べ、小鳥がバッタを食べ、オオタカが小鳥を食べる。これは自然の仕組みと観念しなければならないことなのか?」
 
「連鎖の下位にあるものほど体が小さくて、その数も多いからオオタカに小鳥が食べられるのは、自然の理に適っているのでは?」
 
「良く考えると、食物連鎖の頂点にいるオオタカでさえも、もっと大きな力を持ったものに襲われる? だって、オオタカは絶滅危惧種……」
 
 と考えれば考えるほど、大げさのようですが人間も含めて、私たちが生きている世界の途方もない大きな仕組みにまで考えが及んでいきます。
 
 ところで、宮崎駿監督の「となりのトトロ」の「トトロ」はオオタカがモデルとのこと。絶対にオオタカは絶滅させたくないですね。私たち地球上に住んでいる人間も、宇宙という大きな生命体の中では、ほんの小さな小さな存在にすぎないのかもしれませんね。