たまたま書棚を見ていたら、『女性文化第34集』が目に留まりました。これ1冊だけ、『女性文化』の棚から抜き出してありました。もう一度読みたいと思っていたところがどこかもすっかり忘れていました。
『女性文化』は、本学の近代文化研究所が昭和女子大学の女性教養講座でお話しくださったご講演の中から、講演者の承諾をいただいたご講演内容を、毎年まとめているものです。第1集を1984(昭和59)年に出してから、昨年度の講演をまとめた第37集まで、すでに37冊となっています。
私がもう一度読み返したいと思っていたのは、当時、ノートルダム清心学園理事長でいらした渡辺和子先生の「三つの化粧品」というお話でした。
教育者、修道者、そして著述家でもいらっしゃる渡辺先生は、本学の「実践倫理」の授業も時々お引き受けくださっていました。アメリカ、ボストンカレッジ大学院でも学ばれています。1981年にマザー・テレサが来日した折には通訳も務められました。とても残念ですが、2016年12月に他界されました。
渡辺先生は、昭和11年2月26日の早朝に、二・二六事件で30人の青年将校らに惨殺された陸軍教育総監、渡辺錠太郎氏の次女でいらして、当時9歳でした。座卓の陰に隠れていた先生は、お父様が44発の銃弾を受けて亡くなるまで、その一部始終を目撃し、さらに、事件の半年後、将校たちが処刑されたことをきっかけに、戦後は、シスターとしての道を歩まれました。
第34集に収められている渡辺先生のご講演のテーマは、「三つの化粧品」です。眞山美保氏が書かれた劇『泥かぶら』を紹介され、泥のついたかぶらの様に醜い顔をしていて皆からいじめられていた少女が、ある旅人が教えた3つのことを、来る日も来る日も実行して「仏のように美しい子」になったというお話です。その3つとは、「笑顔、思いやり、自己受容」。このご講演の中では、マザー・テレサの通訳をしていた渡辺先生が直接マザー・テレサからお聞きになったことばに、特に感銘を受けたことを思い出しました。 日本にいらして一番のカルチャーショックは何かと聞かれたマザー・テレサは、「日本があまりにきれいだということです」とお答えになったそうです。その時「きれい」の英語はprettyを使われ、「ごみが落ちていない」「服装、建物、家、そして車がきれいだ」と仰り、でも、「きれいだけれども、美しさが足りませんね。きれいな家の中で、親と子との間に話題がない、口争いが絶えないとすれば、日本の立派な建物は、カルカッタの泥で捏ねた小屋よりも貧しいと言わねばなりません」と続けられたのだそうです。結局、日本についてのお言葉の中で、beautifulは一度も使われることがなかったけれども、お金で買えない「美しさ」を私達は大切にしたいものです、と渡辺先生は話されています。これを読み返して、どこか心痛むところがありませんか。
お聞きしたいろいろな分野のご講演内容は、しばらくは記憶にあるのですが、数年が経過すると、すばらしいお話だったということは思い出しても、具体的にどんな内容であったのかの記憶が薄れてしまうものです。是非、多くの皆さんに、本学が発行している『女性文化』を時々読み返して欲しいと思います。