東明学林 [2020年03月06日(金)]


 豊かな水と緑に恵まれた神奈川県西北部の足柄地域東側の大井町に本学の学外研修地の一つ、東明学林があります。足柄山系や箱根外輪山の美しい山並に囲まれ、足柄平野と富士山そして相模の海が一望できる、雄大な樹林に囲まれて高台にあります。この地を研修寮の建設地として購入することが決まってすぐ、当時の理事長人見楠郎先生が数名の教員に声をかけてくださり、車に乗って出掛け、大井川の対岸からこの山の斜面を眺め、どんな建物ができるのかを、満面の笑顔でお話してくださったことを思い出します。完成した東明学林には、教室、ホール、食堂、スポーツ施設も備わり、学園の子ども園から大学までが研修学寮地として利用するようになりました。

「東明」は創立者人見圓吉先生の雅号です。東明学林が開かれたのは、今から43年前の1977(昭和52)年、学寮の緑声舎が完成したのと同年のことでした。創立者の愛した雄大な富士山が正面に見える地です。それから何十万人もの学生、生徒、児童たちが学林を訪れ、山の斜面には美しいつつじの花が咲き、おいしいみかんが実る研修地となりました。開設されてしばらくは、酸っぱいみかんしかできないので、「未完の学寮」などという呼び名もあったとか。

斜面のつつじは、世田谷キャンパスで挿し木をして、東明学林に移植しました。訪れた生徒や学生が斜面を耕し、雑草を取り、肥料を施す「労作」のおかげで、今では、つつじの花の時期になると、地域の方々にも学林を開放して楽しんでもらえるようにまでなりました。滝の水が流れ、東京キャンパスから運ばれた鯉が泳ぐ「見返りの池」、夏には蓮根の花が咲き、冬には蓮根ができる「蓮池」、水車の回る「水車池」などのほとんどが、ここで学寮生活をした人々の手によって創られました。サツマイモの苗を植えるのも、茶摘みも簡単な作業ではありませんが、製茶されたお茶が次に東明学林に来る人々の喉を潤し、サツマイモも秋になると、こども園のこども達が大喜びで掘り出す姿を思い描きながら、自分たちの作業が何かの形で、他の人たちの役に立つことを思い描いて、今でも楽しく作業をしています。

◆校祖の碑とふるさとの碑
学園の創立者 人見圓吉先生は、1974(昭和49)年に亡くなられたので、この建物を見ていたくことはできませんでしたが、より豊かな自然に接することの出来るこの地を教育の理想の場として選んだことに満足されていると思います。学林の正門の少し手前にある「黎明(れいめい)の碑」には、創立者の詩「森はふかし」が刻まれています。

「黎明の碑」

森はふかし  『人見東明全集 第三巻』326-327頁
いばらの道また遠い
入りがたけれど
かなたには不思議の光
小暗き谷の底を
青白く。

なべては
影のごとく消ゆべきに
不思議なる光のみ
移り行く
とこしえにかがやきて。  

「学父母の碑」と「ふるさとの碑」は、東明学林でとても大切な場所です。創立者は富士山をこよなく愛したため、これらの碑は富士山を見るのに一番よい場所に建てられています。「ふるさとの碑」は創立者の故郷の岡山産の花崗岩を使い、創立者の詩「まことに静なり」が刻まれています。雄大な富士の山を見上げながら読む詩には、自然にふれながら自然の中で時を過ごすことの大切さを改めて教えられます。

静かなり 人見東明 『人見東明全集 第三巻』223-224頁

野に出でよ
あかときの光
草の葉
露にぬれ、

地を踏め
地は自然の肌
柔らかにまた冷ややかな
地をふめよ、足うらで。

風さわやかに
木の葉を揺すり
鳥の胸毛をふく。

空をみよ、美しき空に
雲はただよう。

野に出でよ、愛の野に
野は自然の胸
つねに静かにして安らかなり。  大正7年7月

「柔らかにまた冷ややかな地をふめよ、足うらで」と読むと、裸足で冷たい大地を踏みしめる感じが伝わりますね。どんなことがあっても大自然はつねに変わらず「静かにして安らか」なのですね。