管理栄養学科で、化学、生化学、化学実験、生化学実験を担当している川崎です。専門基礎科目として主に1年生に教えています。管理栄養学科の教員らしからぬ体型(メタボ)なので、大好きなお菓子を食べては見つかり学生に怒られています。
子供のころから生き物が大好きで(特にカエル大好き♡)、大学院まではどちらかというと「化学」よりも「生物学」を学んでいました。しかし、「生物学」を学んでいると、カエルもヒトもその生命の根本にある現象は化学物質の化学反応であると感ずる場面が多くなり、気づけば生命現象を化学の目で考える「生化学」の道に進んでいました。
さて前置きが長くなりましたが、今日のお話は「酸素」です。みなさんは無意識に体内に取り込んでいる酸素が、知らず知らずのうちに自身の体内で悪さを働き、病気を引き起こす様子を想像できるでしょうか? 今回のブログでは、酸素がかかわる病気の成り立ちの一つを、私の研究室が行っている研究とともにご紹介しようと思います。
「活性酸素」という言葉をご存知でしょうか? 我々は空気中の酸素を取り込んで、生命活動に必要なエネルギー物質を作る反応系で利用しています。この反応系では、取り込んだ酸素のほとんどが水へと変換されますが、数%が活性酸素と呼ばれる物質に変わってしまいます。この活性酸素は、物質を酸化する力(簡単に例えると、釘を錆びやすくするような力)が強く、望まない化学反応を体内に引きおこす恐れがあります。(図1)
通常は、我々の体内の除去機構によって活性酸素は取り除かれますが、病気の方の体内では活性酸素が多量に作られたり、除去機構が正常に作動しなかったりして、悪さを働くようになります。例えば、血圧を下げるなどの重要な働きを担っている一酸化窒素という物質がありますが、この一酸化窒素と活性酸素が反応すると、様々な物質にニトロ基(-NO2)をくっつけるニトロ化という化学反応を引き起こし、ニトロ化された物質は正しく機能できなくなることが知られています。私たちの研究では、このニトロ化という活性酸素の悪さに着目をしており、なかでも6-ニトロトリプトファンというニトロ化物質に焦点を絞り込んで研究を進めています。
この物質はタンパク質の材料であるアミノ酸の一種トリプトファンにニトロ基がくっついたもので、酵素などのタンパク質のはたらきを異常にする可能性があります(図2)。
これまでに、治りにくいかゆみや皮膚の炎症がおこる病気であるアトピー性皮膚炎に関して、その患者やモデル動物の体内に6-ニトロトリプトファンが実際に生じていることを明らかにしてきました。アトピー性皮膚炎の患部皮膚などでは活性酸素が多く生じていますが、皮膚に存在する炭酸脱水酵素と呼ばれる酵素のなかに6-ニトロトリプトファンが生じると、この酵素のはたらきが損なわれ、皮膚表面の環境(特にpH)が乱れて皮膚炎の症状を誘発する一因になっている可能性があること (H. Kawasaki et al., Free Radical Biol Med, 2014.)を報告してきました (図3)。
さらにその後の研究で、血液中の免疫グロブリン(いわゆる抗体)のなかにも6-ニトロトリプトファンが生じていて、こちらはごく早期にアトピー性皮膚炎の発症をとらえるマーカーとして利用できる可能性があること(K. Iizumi, H. Kawasaki, et al, J Clin Biochem Nutr, 2018.)も明らかにしてきました。
このように、6-ニトロトリプトファンに関する新事実を見出すことは、病気の新しい治療法や診断法の開発につながる可能性があります。そこで現在はアトピー性皮膚炎のみならず糖尿病などの様々な病気を研究対象にくわえ、卒業研究生を中心に日々幅広く研究を進めているところです。われわれの研究がアトピー性皮膚炎や糖尿病などの病気で苦しんでいる方のお役に立てると良いなとの思いで研究に取り組んでいます。
研究というと難しく感じる学生さんも多いかもしれませんが、ちょっとしたことにも興味を持つ好奇心があれば、飛び込める世界だと私は思っています。私のラボの学生さんも「化学は苦手だけど、病気の研究にはなんとなく興味がある」と飛び込み、今では自ら研究を進めるまでになっています。
普段何気なく体内に取り込んでいる酸素、私たちの体を傷つける凶器にもなりうるのだということを知っていただけたでしょうか。ちなみに、ポリフェノール、ビタミンCやビタミンEといった抗酸化物質は、活性酸素の除去に有効な物質ですので、うまく食事に取り込むことが重要です。食事からこれらの栄養素を取ることで、活性酸素が悪さするのを防ぐこともできるのです。
化学や生化学と聞くと、苦手意識が強い学生さんも多いかもしれません。しかし、私たち自身のからだを知るためには、修めなくてはならない学問です。先にも述べましたが、われわれヒトの体も食品も化学物質の集まりなのです。
1年生でこれらの科目を学ぶのは、さまざまな食品に含まれる栄養素がヒトの体内に取り込まれ、その化学反応を通して疾病の発症や予防のメカニズムに深く関わっていることを理解するためです。今回の活性酸素のお話から、化学や生化学にすこしでも関心を持って頂けたら幸いです。