教員からのメッセージ

国際学科へ合格された皆さんへ② [2019年02月08日(金)]

「入学前にするべきことはありますか」という質問が毎年よせられす。
まずは読書をしましょう。下記14冊を推薦します。

また、TOEICを受験しましょう。卒業までに900点超のスコアに達する先輩たち
がいます。ぜひ挑戦してください。

【学科推薦図書 2019年度入学者向け】
①近藤雄生『旅に出よう』岩波書店 ※入学準備教育課題図書

②西崎文子・武内進一編著『紛争・対立・暴力』岩波書店 ※入学準備教育課題図書

③内藤正典『ヨーロッパとイスラム』岩波書店、2004年

④松村圭一郎『うしろめたさの人類学』ミシマ社、2017年

⑤梅棹忠夫『知的生産の技術』岩波書店

⑥大野晋『日本語練習帳』岩波書店

➆鈴木孝夫『ことばと文化』岩波書店

⑧高島俊男『漢字と日本人』文芸春秋

⑨田中宏『在日外国人 第三版』岩波書店

⑩渡辺 由佳里 『 トランプがはじめた21世紀の南北戦争: アメリカ大統領選2016』晶文社、2017

⑪河野真太郎 『戦う姫、働く少女』  堀之内出版、2017

⑫田中克彦『ことばと国家』岩波書店(岩波新書)

⑬米原万里『不実な美女か貞淑な醜女か』新潮文庫

⑭村上春樹『やがて哀しき外国語』講談社文庫

2019年2月吉日
昭和女子大学国際学部
国際学科学科長 李守

国際学科へ合格された皆さんへ① [2019年02月08日(金)]

合格おめでとうございます。御家族のみなさまにも心からお祝い申しあげます。

国際学科は2009年、人間文化学部に開設され、2017年4月からは国際学部に移っ
て新たに出発しました。入学後、新入生のみなさんは英語にくわえて、ベトナム語・
中国語・韓国語・ドイツ語・フランス語・スペイン語のなかから一言語を選択し専門的
に学びます。

どの外国語を選ぶべきか迷っているみなさんは、入学までに御自身で各言語の情報を
調べてみましょう。
学科のホームページ(https://swuhp.swu.ac.jp/university/kokusai/global/)も活用して
ください。

入学式のあとで行われる説明会では、教員が学科の留学制度を解説し、学生が留学体験
を報告します。言語選択の参考にしてください。英語以外の外国語はほとんどの学生が入
学後はじめて学び、少人数クラスで着実に実力を伸ばしていきます。

みなさんは二年後期から上海(中国)、ソウル(韓国)、ハノイ(ベトナム)、ボストン
(米国)、ライプツィヒ(ドイツ)、ノルマンディー(フランス)、アルカラ(スペイン)
のうち、いずれかの地に留学して、異国の文化に触れながら、多くの出会いを経験するこ
とでしょう。

日本国内にいながらにして、米国の州立大学で学ぶこともできれば、通信回線を利用し
てソウルと上海で行われる講義を聴くこともできます(遠隔講義)。さらには中国、韓国、
米国の大学と本学の学位を二つ取得(ダブル・ディグリー)することも可能です。

充実した留学生活をとおして、高度の語学力を身につけ、成長して帰国したあとは、少
人数制の講義で、調査・研究の方法や、発表・討論の技法を学習します。

キャンパスでみなさんと会える日を楽しみにしています。
あらためて合格おめでとうございます。

2019年2月吉日
昭和女子大学国際学部
国際学科学科長 李守

国際学科を志望する皆さんへ [2009年09月01日(火)]

天候不順な夏でしたが、皆さんはどう過ごしましたか?
受験生にとって夏は「つらい季節」だと思います。成績を上げなくてはいけないという
プレッシャーだけでも大変なのに、「どの学部・大学にするのか」を決めるという
大きな決断が待っています。

学部・大学を決める際にはカリキュラム、教員、その他の学生サポート体制などを
しっかりと調べる必要がありますが、それと同時に「この学部・大学の雰囲気は
自分に合っているのか」ということも重要な判断基準になります。

国際学科の雰囲気は「ざっくり明るい、非常に活発、でも実は真面目」のような気がします。
学生たちの服装もジーパンあり、ミニスカートありで雑多ですが、学科全体に自由な
雰囲気があり、のびのびとしています。
留学が必修の学科の特徴かもしれませんが、みんな好奇心が旺盛で、
「未知」なことに挑戦するエネルギーがあります。

こんな国際学科の雰囲気が自分に合いそうだと思ったら、
ぜひ一度オープンキャンパスに足を運んでください。

8月の初めに北海道へバイク・ツアーに行ったときの写真です。
いつもは研究室と大学の往復という「真面目」な生活ですが、年に1回北海道の大自然の
中を風を感じて走ります。汗だくになり、雨が降ればびしょぬれになり、
虫はヘルメットにぶつかり、ときには「田舎の香水」の匂いがしたり、の旅ですが
私の元気の源です。

[柏 木]

フランス語担当松浪先生のメッセージ [2009年01月26日(月)]

「さてどん尻に控えしは…【問1】」松浪未知世です。世之介【問2】ではありません。フランス語【問3】などの科目を担当します。
(問1:これって誰の台詞(セリフ)?)
(問2:この人誰?何に登場する人?)
(問3:どんな言語?)【解答は入学後に】

ところで、料理するって楽しいですよねぇ。素材だけでは食指が動かないようなモノが、いろいろと組み合わせ、煮たり焼いたり蒸したり炒めたり揚げたり漬けたりすることで、すっかり姿を変え、美味しくみんなの口に入る( ときには大失敗もあるけれど(-_-;) )。大学なんかに行って、無駄な時間つぶしをするなら、自分の食生活をしっかりと自分でサポートできるようにするほうがよっぽど有益!?でも学問にも料理と似た部分があります。どうすれば料理ができるようになるのでしょうねぇ?

最後に、落語って楽しいですよねぇ。寄席に行けばいろいろな芸人がとっかえひっかえ登場して、バカなことを言って笑わせてくれます。げらげら笑って、ちょっぴり泣いて、いやな対人関係やバカな上司やうるさい小言や、要するにこの世の憂さを晴らしましょう。でも聴いて笑ったり泣いたりしている落語の中に、人生の縮図もあるのかもしれませんねぇ。

この不況の時代にこそ国際学科です!! [2009年01月16日(金)]

 サブプライムローンに端を発した世界同時不況は今だに底が見えません。楽観的な見方は日を追うごとに少なくなり、この経済状況はどうやら当分続くことを覚悟しなくてはいけないようです。2009年度に入学する学生が就職活動を始めるのは3年生の2011年、多分採用に関する企業の慎重な態度はまだ続いているでしょう。
 その中でしっかりと自分をアピールするための強い武器になるのが語学力です。それも英語はできて当たり前、それにもう1ヶ国語をかなりのレベルまで使える語学力があることは大きな財産です。例えば三菱商事では2005年から新入社員を対象に、従来の英会話研修に加えて中国語の語学講座も義務付けています。
 米国一極集中の体制が大きく変わろうとしている現在、英語プラスワンの語学力はこれからの世界で活躍するためには必須になるでしょう。
 国際学科を創設する準備を始めた時にはまだこの世界同時不況は始まっていませんでしたが、今から考えると本当に先見の明があったな、と思います。来たれ、国際学科へ!!

[柏木厚子]

直向きに穏やかに  [2008年12月16日(火)]

 最近あることをきっかけに岡倉天心が英文で書いた『茶の本』 (原題はThe Book of Tea)の一部を読み直す気になりました。岡倉は「いつになったら西洋は東洋を理解するのか、あるいは理解しようとするのか。(略) インドの霊性は無知、中国の穏健さは愚鈍、日本人の愛国心は宿命論と嘲られた」と記して「大陸間で激しい言葉を浴びせ合うのはやめ、お互いが半球の半分ずつを手に入れることでより賢くはなくとも真剣になろうではないか。我々は異なる線の上を歩んで来たが、相互に補完することが望ましい。西洋は膨張するために安らぎを失った。東洋は攻撃に弱い調和を作り出した。西洋の人々は信じるだろうか―東洋がある点では西洋より優れていることを」と主張しました。厳然として揺るぎない東洋人の姿勢を天心に見ることができると思います。『茶の本』の刊行は1906年でした。因みに上記の引用箇所は私が和訳しました。
 岡倉天心が生きたころから今日までに東洋と西洋の間の理解がどの程度深まったかは容易に判断しかねますが、岡倉の書いたとおりだとすると今の日本には西洋的な人が増えているのではないかと感じます。ない袖は振れないと言います。粗暴で意図が不明な言動に走り他者に抑圧を加える人は実際には持っていない力を誇示しようと躍起になっているのかも知れません。
 私は26歳のときとある短期大学に専任講師として採用され40歳になるまでそちらにおりましたが、30歳そこそこのころ緩衝地帯という渾名を付けられていたようです。退職前の3年は全学に4人しかいない専攻主任のひとりでした。決して組織を運営する手腕に長けている訳ではないのに大過なく務められたのは、極力ほかの先生や職員の方のお気持ちを尊重して学生からも学ぼうとしたからではないでしょうか。国際化する社会でときに文化的衝撃の緩和が必要なように、小規模な人間関係においても和みの空間を作ろうとする者がいなくてはならないのだろうかなどと考えながら、直向きに努力する一方で周囲の方々とは穏やかに接して教えを受けるよう心掛けたいと願う昨今です。

森本 真一

学科教員自己紹介 第9弾!!  [2008年12月03日(水)]

はじめまして
国際協力と国際社会関連の科目を担当する予定の米倉雪子です。

大学を卒業して一度、就職したものの、
どうしても国際協力の仕事がしたくて、
イギリスのサセックス大学の開発研究所(IDS)に留学しました。
大学は、ロンドンから南下すると行き当る海岸の近くにあり、海峡を越えればフランス。
アフリカやアジアだけでなく、ヨーロッパ、アメリカ、中南米から
学生や研究者が集まり、講義だけでなく、いろいろなセミナーや研修が開かれていました。
毎日のように開かれる国際機関や他大学からの訪問者によるランチ・セミナーに、
各人、お弁当を持って気軽に参加し、
自分が関心のある分野の先生や研究者、国際機関やNGOワーカーと
直接、知り合い、それぞれの研究や実践について話し合えるのです。
学生も20代から50代、既に国連機関やNGOの現場で働いた人もいました。
先生方も、大学 ⇄ 国際機関 ⇄ NGOと行き来して、
国際協力について教え、研究し、実践しているので、
年齢も経験も関係なく、学びあい議論できる自由で開かれた雰囲気でした。

この経験は、大学院を終え、国際NGOに勤めたり、
カンボジアで国際協力の活動をした時、非常に役に立ちました。
カンボジアはインドシナ半島のベトナムとタイの間にあり、
中国、ベトナム、タイなど人が移住して代々、住んでいて、
元フランス植民地ですので、年配の人はフランス語が話せますし、
多文化が混在し、共存しています。
ある時、お父さんが中国から移住してきたカンボジア人と、
私達NGOが支援する職業訓練校の仕事で知り合いました。
その人は一生懸命働いて成功した実業家で億万長者でした。
彼は中国語とカンボジア語が話せました。
ある日、彼の家族が「カンボジア人は、内戦後の苦しい時に、
日本からいただいたご支援は忘れません。」と言って
「忘恩不義」と紙に書きました。
彼の家族は、中国のルーツを大事にしながらも、
カンボジアに根付き、内戦を乗り越えてきたのです。
彼はビジネスマン、私達はNGOで、
バックグラウンドも仕事の内容も違うのですが、
お互いについて理解を深め、尊重し合いながら話し合い、
最後は職業訓練校の存続を確保することができました。

これから、国際協力の活動に限らず、国内でも海外でも、
異なる国や文化の人々と知り合い、学び合い、協力して仕事をし、
生活する機会が、多くなると思います。
将来、そのような機会を生かせるよう、学生と共に
学び、考え、力をつけていけたら良いと思います。

【写真:12月10日人権の日を祝うイベントでNGOリーダー達と(中央が筆者)】

最初から英語ができたら苦労はしない! [2008年11月26日(水)]

英語、通訳・翻訳等を担当している柏木です。実は私の大学時代の専攻は法律で、まったく英語とは関係ありません。英語を本格的に勉強しはじめたのは米国のコロンビア大学の大学院に進学を決めた時で、すでに20代の半ばでした。ほとんど「辞書を抱いて寝る」生活を送り、めでたく大学院での勉強が始まったのですが、何せ本での受験勉強しかしていません。始めのころは「えっ、LとRって発音が違うの??」ぐらいの低いレベルで、教授の授業も半分しか理解できない、自分の言うことはわかってもらえない、の涙、涙の毎日でした。

時間とともに少しずつ慣れ、泣くことも少なくなった時点で学位取得・卒業、帰国しましたが、その時点でも自分の言いたいことを自由に英語で表現できる状態からはほど遠かったと思います。よく英語の先生で「英語で考えなさい、日本語で考えるからダメなのよ」という人がいますが、それって無理。これまで20何年か(学生だと10何年かですね)の間、その言語で考え、知識を蓄えてきた母国語を全く忘れて、急に外国語で考えられるわけがありません。

ではどうしたら良いのか。答えはとてもシンプルです。とにかくあきらめずに大量に英語を読み、聞き、できるだけ英語を話したり、書いたりする機会を作ることです。良い先生をみつけ、自分の間違いを必要に応じて指摘してもらえればさらに効果的でしょう。キーワードは「あきらめない」「継続」「毎日やる」ですね。あと、辞書とはお友達になってください。できたら電子辞書ではなく紙辞書。

よく言われるのですが、英語は少しずつ着実には伸びていきません。階段状のように、全然進歩が感じられない時期が続き、それでもあきらめずに努力をしていると、ある日、「あれっ」という手ごたえが感じられる日がきます。

                         [英語を学び始めたころの柏木厚子先生]

第二弾、乞うご期待!

[柏木(o^冖^o)]

学科教員自己紹介 第8弾!! [2008年11月17日(月)]

 今日は李守先生です~どうぞ~

   国際学科では「韓国語」のほか,「日本社会概論(多文化社会としての日本)」「国際社会
  論(ことばと社会)」などを担当します.
   専門は社会言語学.朝鮮語の近代化をおもな研究対象としています.現在,フィールド
  としているのは中華人民共和国・吉林省・延辺朝鮮族自治州です.
   56の民族がくらし,約80の言語がはなされている中国ほどではないけれど,日本でも,
  最近,さまざまな言語を耳にする機会がふえました.公共施設の標示は,ポルトガル語や
  スペイン語,ハングルや簡体字(大陸中国の漢字)でかかれるようになっています.
   事実として,日本社会は多言語化しつつあります.わたしが大学院で勉強していた20数
  年まえ,‘multilingualism’はとおい異国の現象をさす語であって,頭では理解していて
  も,いまひとつ実感がともなわなかっただけに,隔世の感があります.
   わたしにとって国際学科は,こうした問題をかんがえるうえで,とてもめぐまれた環境で
  す.

   写真: この夏,中朝国境の町をたずねました.背後につらなるのは朝鮮半島の山なみ.
       中国東北地方には約200万人のKorean(朝鮮族)がいます.

学科教員自己紹介 第7弾!! [2008年11月14日(金)]

今日は佐藤喜之先生です
 どうぞ

  私は福岡生まれの玄海育ち、と言いたいところですが、3歳の時に一家で東京へ夜逃げ
  をしてきましたから、東京育ち。昭和では中国関係の授業を担当しています。
  専門は13世紀頃の中国語の文法研究です。専門に関わる授業はもちろんありません。
  私の写真を見ればわかると思いますが、真面目一方でこれといった趣味もなく、ひたすら
  仕事と勉強に打ち込んでいます。年に少なくとも1度は沖縄の離島に1~2日滞在して、
  ボーッとすることはありますが、大学が大好きで、一度卒業して会社勤めをしてから
  また大学に入り、大学院を含めて15年ぐらい学生として在籍してしまいました。

  皆さんに私からあれこれ言うことはありませんが、何か目的意識を持つことがよいと
  思います。大学のすべての授業に興味を持つのは無理としても、自分の関心のある
  分野はとことんやってください。

 次は李守先生です。お楽しみに…。