2020年4月

七夕読書会をめぐる冒険~一通の手紙から~ [2020年04月28日(火)]

〈受験生の方へ〉

あれは、去年の秋、私のもとに、一通のエアメールが届きました。
「さっちゃん~ごきげんよう。七海です。何度かメールしたのですが、
うまく届かなかったので手紙にしました。今私はニューヨークで物流の仕事をしています。
さっちゃんと約束した通り「記憶」「物語」を学ぶため留学、そして卒業後三井物産に入り、
7月からニューヨーク勤務です。7月7日、七夕、必ず思い出すのが、あの七夕読書会。
よしもとばななの「ムーンライト・シャドウ」はニューヨークにも持ってきました。
あの日から、私は人にとって、記憶、そして、物語とはなんなのか考え続けています・・」

かつて高校教師だった私の最後の教え子からの手紙は、あの「七夕読書会」を
鮮やかに蘇らせてくれました。3・11大地震が発生した、あの年の7月7日のことでした。

不安いっぱいでスタートした高校3年4月始業式、私は語り始めました。
「一年間一緒に学ぶ仲間たちと、一緒に何かを続けるってどう?」、生徒達からは猛烈な拍手。
それを受け「私の話を聞いてください」プロジェクトについて話し始めると
「おもしろそう~」の声があがりました。これは朝のホームルームを使い、毎日一人が
「私の話を聞いてください」と、今、私が興味関心を抱いている社会のコトを仲間に説明し、
その中で自分の思い・考えを語るものです。素材は新聞・ネット・雑誌なんでもOK、
紹介した素材は週の終わりに一枚のプリントにして配布し、各自じっくり読み込むという
シンプルな試みです。拍手をうけ「では、今日は私から」とスタート。
「私の話を聞いてください。今日、私が皆さんに紹介したいのは、今朝のこの新聞記事です。」
と藤原信也さんのエッセーを紹介。『先日、主宰するウェブマガジンに、ルターの「たとえ明日
世界が滅びようと、わたしは今日林檎の木を植える」という言葉を掲載した。
「読んで涙をぼろぼろこぼした。仲間と『こういう世の中だけど、前向きに生きていこう』
と話し合った」というメールが来た。過剰反応かなと思ったが、肩書を見てハッとした。
フクシマの高校生からだった。』

ここから始まった「私の話を聞いてください」に夢中になった生徒たちからリクエストがでました。
「先生、今度みんなで読書会したいです。
一つの小説を真ん中において、みんなで語り合いたいです」
その声に答え、開催された、7月7日の「ムーンライト・シャドウ」をめぐる「七夕読書会」。
七海さんの手紙は次の言葉で終わります。
「あの七夕読書会は単なるイベントではなく、新たな学びの<冒険>でした。」と。

受験生のみなさん、「新型コロナウイルス禍と向き合う」こんな時こそ、本を読んでみませんか?
世界をみる新たな「まなざし」は、きっと、あなたの力になります。

(AO)

コロナ禍の先を見据えて [2020年04月22日(水)]

〈日文便り〉

いまキャンパスは八重桜が満開ですが、それを愛でる学生たちの姿はなく、
ラウンジも教室もがらんどうです。


そんな中、今週末からはオンラインで授業が始まります。
写真は全学的な授業開始に先立ってテレビ会議システムでつないでみた大学院授業の画面です。
少人数の授業であれば、この画面のように、お互いの顔を見ながらの話し合いもできますが、
何十人もの学生が履修する授業はオンラインでうまく行くだろうか、
アクセスできない学生がいないだろうかなど、教員のほうも不安を抱えての新学期開始です。
学生たち、特に新入生は、入学式で同級生と顔を合わせる機会もなく、
まだ友達もできない中で、 電子情報だけに囲まれて始まる新学期にどれほどの
不安とストレスを感じていることかと、心が痛みます。

いま私たちは人類史上初めて、人との交流を閉ざされるという試練に直面しています。
この数十年来、一直線に進んできたグローバライゼーションの行き着く先に、
こんな断絶が待っていたのかと、深いため息をつくばかりです。
しかし、何かを奪われるということは、その「何か」の価値と意味を考える機会でもあります。
人と会ってその息遣いや温もりを感じることにはどんな意味があったのか、
未知の国を訪れて異国の人々や風土と触れることにはどんな価値があったのか、
なぜ私たちはこんなにも人との接触が恋しいのか、
このように人間にとって根幹的なことを考える機会を与えられているのだとも思います。
どのくらい時間がかかるのかはわかりませんが、この断絶はいつか必ず解除され、
人との交流は戻ってきます。その時に、もう一歩進んだ賢明な交流ができるよう、
いまは思考を深め、力を蓄えるべき時かもしれません。

(YO)

変わらないもの [2020年04月07日(火)]

<日文便り>

皆さん、お元気に過ごされていますか?2020年は思ってもみなかったスタートでしたね。
いつ終わるのか分からない不安と同時に、世界はこれほどまでに繋がっているのだと実感しました。
どうか皆さんも無事にお過ごしください。少しでも事態が早く収束しますように。。

さて、話は変わりますが、最近私の周囲では多くの友人が子育てに奮闘中です!
私も赤ちゃんや子供に少しでも好かれる為、本屋に行っては絵本を物色しています。
そこで驚いたのが、私が小さい頃ボロボロになるまで読んでいた絵本達がいまだに現役バリバリで店頭に並んでいた事です。
もう●年も前の子供と現代の子供が同じ絵本を読んで育つ、、トレンド関係なくやはり名作は何年経っても名作なのですね。
それは絵本が私たちにいつの時代も変わらない、人として生きていく上での基本的且つ普遍的な事を教えてくれるからなのかな、と思いました。
なので絵本は大人になっても読み続けていると、日々の生活で忘れてしまった事に気付ける機会にもなります。

ここで私がその多くの名作絵本の中から、特にお薦めしたい2冊を紹介させていただきます。

まず一冊目は、
『あなたのいえ わたしのいえ』(加古里子作 1969年 福音館書店)です。
これは私たちの家についてのお話です。まず雨などを避ける為に屋根をつけることから始まり、壁、ドア、戸締り、床、、とどんどん自分たちに必要なものを工夫して家に取り付けていきます。
至ってシンプルな話ですよね。にもかかわらず、何度読んでも段々と家らしくなっていく過程を見る度にわくわくしてしまうんです!
加古さんの作品はだるまちゃんシリーズが有名ですが、こちらも是非チェックしてみてください。

続きまして二冊目は、
『おふろだいすき』(松岡享子 1982年 福音館書店)です。
主人公のぼくがお風呂に入ると、普通の家の浴槽からウミガメ、ペンギン、カバと次から次へと飛び出してきます。そして最後には巨大な●●まで、、!!タイトル通りお風呂に入るのが楽しくなる事間違いなしです。
また私はこの本をある指針として読んでいます。
例えば読んだ際に、一般家庭のお風呂から動物が次々出てくるなんて非現実的だなあ、などのように自分が少しでも考えていたら、ああ今の私は柔軟な考えを受け入れられない余裕の無さなんだわ!と反省し、心を休める時間を取るようにしています。

皆さんが小さい頃何度も読んだ絵本は何ですか?もし子供の頃以来読んでいなければ、よければ一冊読み返してみませんか?
きっと新しい視点で楽しめるはずです。

(CC)