<受験生の方へ>
受験生の皆さん。
受験で道草は食いたくないですね。できれば一本道でねらったところに行き着きたい。
でも、人生なかなかそうは行かなくて、順風満帆だったはずなのに、道草を食う羽目になる小説が、夏目漱石の「道草」です。主人公の健三は留学から帰って、大学に勤めながら妻子を養っていますが、ある日、縁の切れていた養父に会い、邪険にできずに少しずつ関係を戻し、金をちょくちょく渡してしまいます。さらに実の兄姉、義理の兄なども生活が苦しいため、健三を頼ってきます。妻の御住(おすみ)ともお互い気にかけているのに、すれ違ってしまいます。まとまった金を渡して養父と縁を切っても、健三の最後の言葉は「世の中に片付くなんてものは殆どありゃしない」です。人生の道草にうんざりしている言葉――なんて暗くて重いのだろうと思うでしょう。
ところが、御住は「黙って赤ん坊を抱き上げ」て、「おお好い子だ好い子だ。御父さまの仰っしゃる事は何だかちっとも分りゃしないわね」と言い、「幾度か赤い頬に接吻」するのです。彼女はそんな妨げなど気にもとめず、これから人生を切り開いていく赤ん坊と前に進もうとするのです。このしたたかさ。この小説は御住のこの言葉で閉じられています。
推薦入試が真っ盛り、一喜一憂している方もいるでしょう。共通テストまであと2か月余、模擬試験の結果に一喜一憂している方もいるでしょう。たとえ道草を食っても「模擬試験さまの仰っしゃる事は何だかちっとも分りゃしないわね」と呪文を唱えて、前に進んでください。きっと、あなたの進むべき道が見えてくるはずです。
最後に私の好きな、2つの道の一節を。
高村光太郎「道程」より
僕の前に道はない
僕の後ろに道は出來る
ああ、父よ
僕を一人立ちにさせた父よ
僕から目を離さないで守る事をせよ
常に父の氣魄を僕に充たせよ
この遠い道程の爲め
遠藤周作「影に対して」主人公に対する母の言葉より
「アスハルトの道は安全だから誰だって歩きます。危険がないから誰だって歩きます。でもうしろを振りかえってみれば、その安全な道には自分の足あとなんか一つだって残っていやしない。海の砂浜は歩きにくい。歩きにくいけれどもうしろをふりかえれば、自分の足あとが一つ一つ残っている。そんな人生を母さんはえらびました。あなたも決してアスハルトの道など歩くようなつまらぬ人生を送らないで下さい。」
道草を含めて、あなたの歩いてきた後ろにも道はできているのです。
(笛木美佳)