歴文生の夏休み その10 ~~卒論のための知覧旅行の巻~~

「歴文生の夏休み」第10弾は卒論のために弾丸個人旅行を敢行した鈴木さんの記事をご紹介いたします。

このシリーズで今まで紹介してきたのは学科企画旅行、ゼミ企画旅行だったのですが、歴文生はこの夏個人でも海外へ、国内飛び回りまくっていました。そんなたくさんの学生たちの一人だと思って下さい 🙂

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こんにちは!歴史文化学科4年の鈴木舞です。

今回私は、卒論のために研究している『特別攻撃隊』というテーマをより深く学ぶために、9月18日~20日にかけて実際に一人で知覧を訪れました。

9月18日15:10 羽田出発!のはずが、さっそくトラブル発生。搭乗予定の飛行機が1時間の遅れ…。鹿児島に到着したのは19時過ぎでお腹ぺこぺこ!てことで、さっそく鹿児島グルメを堪能!!黒豚のカツをいただきました(^^)これがころもさくさく中ジューシーでとても美味しかったです!

その日は、移動とグルメだけで終了。

9月19日9:30ホテル出発→バスにて10:30特攻平和会館に到着!

バスから降りた瞬間になんとも言えない空気が流れていました。約70年前この地からたくさんの青年たちが飛び立ったと思うと感慨深かったです。普通なら1時間から1時間半で見終わるところ私は4時間半くらい見学していたので、受付の方に「まだいたの?」と驚かれてしまいました。自分は、本当はもっといたかったんですけどね…。でもそのあとにもう一つ見に行きたいところがあったんです。それは、「冨谷食堂」です。ここは、当時軍の指定食堂だったところです。ここは鳥浜トメさんという方が経営していて、この方は特攻の母と呼ばれ数多くの特攻隊員のお世話をした方です。現在、この食堂も博物館になっていて、鳥浜トメさんと特攻隊員の方との写真やエピソードなどが展示されています。(鳥浜トメさんは現在お亡くなりになっています)

その後、鳥浜トメさんのお孫さんが経営なさっているという知覧茶屋を訪れました。残念ながらご本人がいらっしゃらなかったのでお話できませんでしたが、そこでいただいた薩摩地鶏そば。美味しかったー!!!

その日は1日知覧を見学して終了。歩きまわって足パンパンでした…。

最終日9月20日は、帰るだけ…。超弾丸ツアーでした!!

特別攻撃隊とは、約70年前に起こった太平洋戦争において行われた、爆弾、爆薬等を搭載した軍用機、高速艇、潜水艇等のなどの兵器を、敵艦船等の目標に乗組員ごと体当たり、自爆などをさせる戦法です。今回訪れた知覧はかつて数多くの陸軍特別攻撃隊が飛び立った場所です。私はこの特別攻撃隊について勉強し始めてからずっと知覧を訪れてみたいと思っていたので、実際知覧の地を踏んだ時はなんとも言えない気持ちになりました。17歳18歳の少年が国のため、家族のために命を捨てる。今の時代では考えられないことです。彼らがどんな気持ちだったのか、当時の日本は特別攻撃隊をどう思っていたのか…。ただかわいそう、悲しいだけで終わらせられない難しいテーマです。

今回の経験をふまえより良い卒業論文をかけるようにこれからも研究を頑張りたいと思います。

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鈴木さん旅のご報告ありがとうございました。弾丸ツアーでも現場を見に行く歴文生の心意気です。

鈴木さんは日本近現代史ゼミのゼミ生です。特攻隊を卒論のテーマとして1年向き合い史料に取り組む中で、鈴木さん自身のなかの特攻隊イメージ自体随分変化してきたように思います。特攻隊を直接見送った人の談話はTVでも紹介されることはあるのですが、特攻隊員を身内に持たない人たち当時隊員をどのように認識していたのかという問いについては、歴史の中に埋もれてしまっていて、私たちのなかになかなか明確な像を結ばないのではないでしょうか。もやもやとしている。この記事では触れてはいらっしゃいませんが、鈴木さんが卒論で取り組もうとしているのはそうした問いであり、またそうした人たち視線を受けながら亡くなっていった隊員の心であると認識しています。鈴木さんのご研究をうかがっているとたしかに「かわいそう、悲しい」だけではない、さらに何段も深い「哀しみ」がそこにあるように思えます卒論の完成楽しみにしていますね。