歴文から観光業界を目指す!(前編) [2014年07月14日(月)]

こんにちは、松田忍です。今日はキャリアデザインの話を。

歴史文化学科では、歴文生が目指す職業モデルの1つとして「旅行代理店・ホテルなど」を掲げています。実際に、日本や世界の歴史や文化を深く学び、それを観光の仕事へとつなげたいという歴文生には結構いらっしゃるんですよ。そんなみなさまのモデルケースとして、観光の仕事につきたいという夢をかなえ、この春から大手旅行代理店で働いていらっしゃる歴文・近現代ゼミOGの中村友美さんにいろいろとお話しを伺ってみました。

松田:中村さん、おひさしぶり……っていうほど時間経ってないけどな笑 こないだのゼミOG食事会来られなくて残念だったね。

中村さん:楽しみにしてる時に体調を崩す運の無さは、卒業しても健在でした(笑) 次こそリベンジ!

松田:中村さん、運が良いか悪いかっていうと、確実に悪い方だからな!笑 あと雨女。プレゼミイベントの青山霊園ツアーにはじまり、ゼミ旅行(広島)、会津学寮を経て、卒業旅行(京都)と、要所要所でことごとく雨を降らしきる実力は折り紙付きだよ。で、唯一中村さんのこなかった猿島要塞のBBQはかんかん照り笑

中村さん:雨女は私だけではない……はず。多分……。

 

中村さんのときのゼミ生はイベント大好きでした。これは青山霊園ツアーのときの写真。中村さんは前列中央。

松田:さて、今日は観光の仕事に就きたくて歴文を選んだという学生、それから観光業を目指して歴文を受験しようかなと考えている高校生向けのお話しを聞かせてください。順番に伺って行きますね。そもそも中村さんが昭和の歴文を選んだ理由ってなんだったっけ?まぁ、歴史好きというのはよくよく分かるんだけど。

中村さん:私は本当は写真系の大学にいきたかったんですよ。でも学費が高すぎて笑 それならば大学ではとことん好きな勉強するよ!いいよね!?っということで歴史系の学科を中心に受けることにしました。それで昭和を選んだ理由ですが、学寮があったりホームルームがあったりと、なにかと中高のような雰囲気があるなぁってことで選びました。高校生活が楽しかったので、その延長が欲しかったんです(笑)

松田:中高のようなという表現が適切かどうかはわからないけれど、昭和女子大学には、大学だからといって学生をほったらかしにせず、卒業までの4年間確実に成長させきる決意というか、面倒見の良さはあるかもしれないね。学寮もそうだけど、いろんなチャンスも盛りだくさんだもんねえ、昭和は。そういや中高のようなということで思い出したんだけど、中村さん、卒業パーティーのときもまるで中高の卒業式のように泣いてたよな笑

中村さん:あれでもすごく我慢してたほうです!寂しくて寂しくて……みんな仲良しですからね~。

松田:せっかくだから証拠画像をあげておきます。どどん↓↓↓↓↓

松田:大学入学時点で将来像というか、就きたい職業のイメージはあったの?

中村さん:最初は全く考えてませんでした!いやほんとに!京都が好きで、京都に関われる仕事したいなぁということはぼんやりと思っていて、色々な人に言っていました。ほぼ趣味の延長ですね。1年の冬に京都検定を自分で勉強して受けてみたりしました。今思うと、これがキャリアの最初の大きな一歩になっていたようです。

 

ゼミ卒業旅行では幹事として大好きな京都を案内して下さいました。でも自分も全力で楽しむ。走らない走らない笑

松田:興味を広げたり固めたりする上で、そうした動きを自分からつくってみるというのもとても大事だよねぇ。京都検定って京都生まれの松田でも相当厳しい問題が揃っているよな。ひそかな難関。で、入学してからはいろいろな授業とか実習とかを受けていくことになるんだけど、特に記憶に残る授業ってある?

中村さん:歴史は紙の上で学ぶもの、暗記もの、みたいなイメージが世間一般的にある気がしますが、それが嫌だったんですよ。でも歴文では、歴史の裏側を知れたり、奥行きが広がる授業がたくさん受講できたのが印象に残っています。2年前期の必修科目として松田先生がやっていた「日本史通論」〔現在は野口先生担当〕は、実際に史料を読みながらその世界観に入っていける面白さを実感出来たな、という印象が強いです。

松田:おっ、空気読んできたか!成長したな、中村友美笑

中村さん:いやいやいや(笑)

松田:あの年の「日本史通論」は、一般の人や兵士が書いた日記から、皇族・政治家・軍将校が書いた日記まで、とにかく戦時期の日記を読みまくるって内容だったね。で、レポートは「戦時期に書かれた日記を組み合わせて、みなさんなりの視点で戦時期像を描いて紹介してみよう」みたいな内容だったかな。中村さんのレポートも気合い入っていたけれど、他にも、芝居の台本仕立てで戦時期を語る学生とか、ラジオ番組風に紹介するとか、かなりぶっとんだ内容が多かったのを覚えているねぇ。せっかく歴文に入って専門的に歴史学を学ぶんだからさ、語られた歴史を受けとめる消費者の姿勢に立つだけでは不満で、歴文生には積極的に「歴史の語り部」をめざしてほしいと強く願っているんだよね。そして歴史を語る時に、どの史料を使い、どの史料を使わないかという選択次第で異なる歴史像が生まれてくるということを実感して欲しかった。「日本史通論」はそんな意図をもった授業でした。ほかの授業だと?

中村さん:あとは個人的に興味ど真ん中だったのは、遠藤由紀子先生の「近代と地域文化」ですね。毎週楽しみでした。多分誰よりも目を輝かせて話を聞いてた(笑) 伝統芸能、とりわけ祭りや踊りが好きなので、当時渡辺伸夫先生が開講していて、今は大谷津先生にかわった「民俗と芸能」で祇園祭やYOSAKOIソーランのビデオを観ることができたのが楽しかったなあ~。思い出に残る授業はまだまだたくさんありますよ!

松田:遠藤先生は歴史小説も書いていらして、幕末や明治をとことん深く語る内容の授業をなさるということで学生たちには大人気だよね。それと歴文は映像や画像を使う授業も結構多いのかなぁ。文化を学ぶのにモノを見ないとどうしようもないもんね。「民俗と芸能」の授業の時には廊下に笛や太鼓の音が鳴り響いているよね笑 では次の話題、入ってみて歴文の雰囲気ってどうだった?

中村さん:なんらかのマニアが多かった学科でした(笑) みんな最初は隠してますが、一度さらけ出し始めるとひどいひどい。おかげで打ち解けるのも早かったです。好きなものが一緒な友人たちなので、遊びに行くぞという話になったとき候補地に博物館や美術館が挙がるというのは、特徴的だったなと思います。なんだか濃ゆい友人関係です、歴文は。それが心地よい。

松田:特に、中村さんの代の学年やゼミの雰囲気はそうだったよね。特別展や企画展の開催情報とかみんな異常に詳しかったりして笑 で、そんな感じで、楽しく学びながら3年生になるとゼミにはいることになるわけです。中村さんは松田ゼミ(近現代ゼミ)に入ったわけですが、いまさらだけどどうしてだったの?

中村さん:幕末が好きで歴史にハマったので、その時代を取り扱うところがいいなと考えました。そしてそれまで松田先生の授業を履修していたこともあり、この先生ならしっかり面倒見てくれそう……と思って松田ゼミに入ることを決めました。ごますりでは無いです。多分。

松田:まぁ、生粋の幕末好きだったもんね。中村さんは。で、面倒見のよさゆえに、かの「10月事件(※)」が発生することになったわけですが笑

中村さん:今となっては良き思い出…かもしれない(笑)

松田:いまだ癒えぬ心の傷……かも……しれない(笑)

血(?)と汗と涙がしみこんだ思い出深いゼミ室での一コマ 真剣に学問に取り組み、熱い議論を戦わせました

松田:中村さんは新撰組の故郷であった、宿場町・日野の幕末史を語りたいということで卒論に取り組み始めたんだけど、まとまった歴史史料を分析してみたくなってテーマを切り替え、最終的には、幕末から明治初年にかけて生きた旗本の日記を読み込んだ卒論を書いたね。ご自分の感覚だともっとやりたかったんだろうなとも思うんだけど、明治期に入ってからの旗本が政治環境の変化をいかに乗り切ったのかについて、先行研究と比較しながら堂々と論じた力作論文でしたね。先輩たちに助けてもらいながら、くずし字史料を翻刻しきったのもお見事でした。

中村さん:諸先輩方、そして先生にも大変お世話になりました!今歴史が好きな職場の上司に卒論で書いたことの話をすると、いい勉強してきたなあと言ってもらえるのが誇らしかったりします!

松田:それはいい話だ!おおっと、まだキャリアの話全然していないのにブログ記事としては長くなりすぎました。ここで一回切ろうか。後編はまた後ほど……。

※10月事件とは・・・卒論提出直前の4年生の10月になってものんびりしていた当時のゼミ生13名の一人一人に対して、松田から厳し~~~い檄が飛んだ事件!ゼミ生Lineは阿鼻叫喚の嵐だったという。